オッサンヒーラーとカツアゲ未遂犯
読みにくいかもしれません。
昔から体格だけは良かった。顔立ちも厳ついのか人は寄って来ない。
そのせいで怯えられたりもしたし何故か財布を差し出されたりもしたが、変な輩に絡まれる事は無く平和に過ごす人生だったはずだ。なのに。
「もう、終わりだ…」
金が無い。金が無いんだ。おふくろは病気になっちまったのに、ろくな治療を受けさせてやれない。女手一つで俺を育ててくれたおふくろに何も返してやれないなんて。
どうにかしておふくろに長生きして欲しかった。何としてでも、金を手に入れなくてはならない。
例え悪事に手を染めたとしても。
真っ当に働きながら、非合法な手だって使ってやる。
せっかく良い体格をしていて厳つい顔をしているんだ、誰かからまずは小金を脅し取ったり、そこから始めよう。小さな事からコツコツと、だ。
そう決意した深夜、俺は近所の河川敷にポツリと立っている段ボールで出来た小屋の傍へとやって来た。何でも1人のホームレスが住み着いているらしい。
ここは人目にもつかないし、普通に生きて普通に暮らしてる人間より、きっとまだ、やりやすいはずだ。そうだ、小金でいいんだ。少額だって何だって良い。これはただ、自信を付ける為に始める事だ。
そう思いながら恐らく扉の代わりだろう垂れ下がるブルーシートに手を伸ばした。
けれど俺の手がブルーシートに触れる前に、中から男が出てきた。
「お前さん、難儀な人生送ってんなぁ」
50…60代、くらいだろうか、少し長めの髪の色はホームレスとは思えないような、まるできちんと染めたかのような綺麗な白だった。後ろで髪を1つに束ねた、俺と同じくらいの体格のオッサンだ。っつーか外人か…?
下調べはきちんとしておくんだった。
後悔しても遅い、とにかく金を奪おう。
「金を、出せ」
「金なぁ……この国の金じゃねぇから使えねぇんだわ」
オッサンはそう言いながら、俺の顔をまじまじと見つめた。
俺を見つめるオッサンの目は、左目に大きな傷があり開かないようだった。
「なぁ坊主、お前さん、魔法が使えるって言ったら信じるか?」
「は?イカれてんのかオッサン」
「まあまあ、そうカッカしなさんな。お前さんな、多分、ちゃんとした師匠が付けば魔法が使えるんだわ。体内……魂かこの場合。魂にな、魔力の塊があって、そんな人間が至近距離まで近寄って来たから目が覚めたっつーか」
オッサンはペラペラと訳の分からない事を言う。
何言ってんだこのオッサンは。イカれてんのか?
「んー…そうだ、坊主、腹減ってないか」
「………」
「否定しないって事ァ減ってんだな。ここにな、胡瓜の種があるんだわ」
「まさか、種を食えってんじゃ…」
「いや?この種をここにバラバラっと撒いて」
オッサンは段ボールの小屋の前の地面に種を撒くと、地面に手を着けて目を閉じた。
それから、よく聞き取れない言葉を発したかと思うと。
「なっ…!?」
種を撒いたばかりの胡瓜は一気に成長し、既に胡瓜が成っていた。
「これな、いざと言う時に魔法を信じさせるのにちょうどいいんだわ。怪我して治すとか痛いし嫌だしな」
胡瓜をもいでオッサンは俺に1本差し出す。オッサンはまた胡瓜をもいで食べ始めた。
何なんだ、このオッサンは…?
「っつー訳だ、魔法を信じて俺に賭けてみねぇか?お前さんの願いも案外叶うかもしんねぇぞ?」
獰猛に笑いながらオッサンは俺の首に手を掛けながら言った。
どうやら俺はこのオッサンの獲物になってしまったようだった。
「ほう?で、おふくろさんの病気ってのを治したいと」
「……それが一番の望みだよ、まだ親孝行だって出来ちゃいないんだ」
「いいじゃねーか!いっそ俺が治してやんよ」
俺はオッサンの家(段ボールの小屋を家と呼べと言われた)で、今俺が置かれた状況を話した。
オッサンは楽しそうに俺の話を聞いて、それから話し始める。
「いやな?俺ァ所謂異世界って所から来たんだが、そこではこの世界で言うヒーラーってやつだったんだ」
「……オッサンが?」
「そうだ。戦えるヒーラーってのはけっこう需要があってな、食いっぱぐれる事は無かった。だから元の国の金なら何だかんだ言ってけっこう持ってたりしてな」
オッサンが取り出した皮袋は、確かに中からジャラジャラと硬貨がぶつかり合う音がした。
「まあ、この世界にある金属で出来てねぇから価値はここでは一切無いんだが」
「1つ、聞かせて欲しい」
「何だ?」
「そもそもオッサンは、何で異世界って所からこの日本に?」
「あー…それなァ…」
頭を抱えながらオッサンは語る。
「女神に惚れちまったんだよな。で、追っ掛け回したら、まあこの世界で言う『ストーカー』みたいな扱いされて、違う世界に強制的に飛ばされたっつーか…」
「女神相手にストーカー出来る世界ってどんなだよ…」
「いい女だったんだよなぁ!あんなに惚れた女は後にも先にもあの女神だけだ!」
女神に惚れてストーカーして異世界転移して日本にやって来た自称戦えるヒーラーのオッサン。
情報量多過ぎだろ!今時漫画のキャラだってそんな設定盛り盛りの奴は居ないっての!
俺が「このオッサン胡散臭いな」という目で見てた事に気付いたのか、オッサンは慌てたように笑う。
「まあ、百聞は一見にしかずってな!おふくろさんの病気、見てやんよ。治せるもんは治しちまった方がいいだろ!さすがにバレねぇようにやんのは難しいからよ、おふくろさんが寝てる時間に会わせてくれや!」
このオッサンにおふくろ会わせたくねぇな…。
そう思いながらも結局金を奪う事も出来なかった俺は、とりあえずこのオッサンの胡散臭さを信じるしか無かった。
「どうよ、本物だっただろ?」
あれから数日。俺はおふくろが眠っている深夜に、オッサンを家に連れ込んでおふくろを診せた。
オッサンはおふくろの手を握って、胡瓜の時と同じように聞き取れない言葉を発していた。
次の日はおふくろは病院だったが、医者に「精密検査をしてみないと分からないが不自然な程健康になっている可能性が高い」なんて言われたらしい。
「不自然な程健康になっている」って何だよ。
いやまあ金が必要な状況じゃなくなったのは良いけども。
「……まだ、完全に信じた訳じゃあ…」
「ハイハイ、んな事ァどうでもいいけどよ、魔法、使ってみたくねぇの?」
オッサンは俺の手を握り、ゆっくりと開いている右目を閉じる。
握られた手から温かいものが流れ込んで来るのが分かる。それから、俺の中の何かが動くような、不思議な感覚がする。
「この世界を学ぶのに漫画を読んでな?幸いにも言語は勝手に翻訳されるから助かった」
「はあ…」
「で、だ。この世界の魔法がどんなものなのか参考になるかと思って読んだ漫画に、自分の魔力を相手に通して相手の魔力を活性化させるって方法があった」
「いや、それ、フィクション…」
「わーってるっての!けどよ、分かりやすいだろ?」
「まあ…」
何となく、オッサンの言おうとしてる事は分かる。けどこの世界には魔法なんて存在しない。そう思って過ごしていた俺からすれば、詳しい事なんて何も分からなかった。
「とりあえず、使い方教えてやっから練習しようぜ!」
それからオッサンは、俺に色々な魔法を教えてくれるようになった。
正直魔力ってのが分かっても俺に使えるとは思ってなかったものの、擦り傷くらいの傷を治せるようになって「なんてこった」と思った。
っつーかそもそもオッサン、魔法使えるならそれで金儲けすりゃあいいのに。
そう思いオッサンに言ったところ、「下手すりゃ監禁されてこき使われそうだしなぁ」と欠伸をしながらの返事が返ってきた。
「けど、競馬とかで一発当てれるんじゃ?馬に強化魔法みたいなの遠隔で掛けて」
「あー…な、まあ出来なくは無ぇだろうが、なんつーか、そこまでして金が必要って訳でも無ぇからなぁ」
「は?金は必要だろ」
金が無きゃ住む所も食べる物も何も手に入れる事は出来ないだろ。
「お前さんな、俺は元々異世界人だぞ?まず、魔物が居ない、野生動物に襲われるのも滅多に無い、盗賊に殺されない……そういう世界の時点で平和な訳だ。で、俺は魔法で植物成長させて食う事も出来るし、空き缶集めて時々酒買えりゃあそれで充分っつーか」
「けど、家があれば…」
「そもそも俺、戸籍ってモンが無いからな。無理だなぁ……こっちに来た時に記憶喪失のフリでも何でもして行政ってのに頼っときゃ良かったんだろうが、そうしなかったからな」
そんな話をしながらも、オッサンの魔法講義は俺の魔法の精度を日に日に上げるのに為になった。
俺は時々、オッサンに酒を買って行くようになった。嬉しそうに酒を呷るオッサンを見て、「この人の全盛期っぽい異世界の戦えるヒーラー時代を見てみたかった」とかぼんやりと思うようになり。
オッサンと俺が出会ってから、1年が経った。
魔法が使えるようになった俺は、人にバレない程度に魔法を使うようになった。
他の人間からしたらズルになるのかもしれない。けれどこれは俺の能力の1つだ。生きる事に使って悪い事なんて何一つ無い。
前より少し良い暮らしが出来るようになっただけに留めているし、法だって犯してない。
ほんの少しだけ魔法を使って生きているだけで、極々普通の生活を送っている。
「そうだ、お前さんに言っておく事があるんだが」
ある日オッサンは、俺が買って来た煙草を吹かしながら話し始めた。
「俺、もうじき死ぬから何もすんなよ?」
「……は?」
「や、もうじき俺は死ぬんだけどな?お前、俺の事を長く生かそうとかすんなよって。病気とか事故とかじゃあないからな、お前さんにとばっちりが行くぞ」
飄々とした様子で言うオッサンは、もうじき死ぬなんて思えない。
「今日はエイプリルフールじゃないぞ」
「んな事ァ知ってら。一応な、死に際ってのは分かんだよ。なんたって俺は戦えるヒーラーとして戦場に居たんだ、人の生き死にだって沢山見てっからな」
「何で長生きさせちゃいけないんだよ」
「んあ?ンなもん、お前さんの人生のが大切だからだよ」
俺はオッサンの言葉の意味が分からなかった。
けれど、もっと理解しようとすれば良かった。
「死ぬなよ、オッサン…!」
オッサンの家で、眠るように、だんだん呼吸が弱くなっていくオッサンを見ていられなくて。
「なぁオッサン!!」
オッサンから教えてもらった魔法を応用して。
「オッサンのおかげで今俺はおふくろと生きてんだ!死ぬなよ!!」
だんだんと、俺の意識は遠くなっていった。
「なぁ坊主」
目を覚ました時に聞こえたのは、オッサンの口調なのにオッサンの声では無い声で。
「俺ァやめろっつったよな?」
目の前には、見慣れた顔があった。
「自業自得だ、精々お前さんに神の加護があらん事を」
俺の顔。
普段とは違う視界で見る俺の顔。
「オッサン…」
俺の姿をしたオッサンは、オッサンの家から出て行った。
そしてオッサンの姿をした俺は、だんだんとまた意識が遠くなる。
眠りに落ちるように、深く。深く。
「師匠!!なァ師匠死なないでくれよ!」
俺ァ叫んでいた。
そして、尊敬する師匠から教わった魔法を使って。
意識を失って。
「馬鹿だな、クソ弟子。まんまと俺に騙されて愚かだなぁ」
目の前には、俺の姿をした別人。
クソ弟子って事は師匠だと思うが、何故…?
「あの女神な、若い男が良いって言うんだ。お前みたいな若い男なら考えるってな!けど、俺はしつこいから別世界に送るってよ!この世界じゃもう殆ど残ってない寿命も別世界なら多少延びるっていうお慈悲付きだとよ!良かったなぁクソ弟子、別世界で頑張って生きろよ?」
偉大な師匠だと思っていた。
まさか、こんなクソ野郎だとは思ってもみなかった。
覚えてろよ、クソ野郎。
ぜってぇ別世界って所から、テメーの事呪ってやっからな!
深く深く沈んでいく際に見たのは、きっとオッサンの記憶で。
本当のオッサンは、もしかしたら俺より少し歳上くらいだったのかもしれない。
騙されて、異世界に飛ばされて、それでも自分なりの生きる道を見付けて。
いいよ、オッサン。
俺の体で生きてくれ。
オッサンのおかげでおふくろの笑顔、見れたしな。
ありがとな、オッサン。
「あんた、頭でもぶつけたのか別人みたいね」
坊主のおふくろさんにそう言われて、俺は苦笑した。
長生きなんてする予定も無かったし、坊主ならあの時に俺がクソ師匠に使った魔法に辿り着いちまいそうだったから釘を刺したっつーのに。
頼むから、俺を恨んでいてくれ。全部俺が悪いんだから。
魔法が使えそうな人間に出会って、昔を思い出した俺が悪いんだ。
「もし別人だったとしても、おふくろの事守ってやるからそばに居させてくれよ」
それが俺に唯一出来る贖罪だ。
どうか、あの坊主がどこかで女神以外に魂拾われててくれ。
んでもって。
いつか、また俺と一緒に酒でも飲んでくれよ、坊主。