作戦会議でおじさんたちはウチらにもうメロメロなの
作戦会議篇になります。
「支局長と衛星電話で話しましたの。あ。もう御存じですわね。しっかり盗聴なさってるでしょうから。あれェ。もしかして、できなかったとかァ?」
「······どうでもいいがニケ君。私のデスクから降りてくれんかね」
「あら。私の背中とお尻を間近に見るの、お嫌かしら。さわってみたくありません? この優美な曲線を。もっとも、指の一、二本は代償にして頂きますけど」
「テ、テセウスと、何を話したというのかねっ」
「『こちらの状況は日本同様膠着している。当分大きな動きは無さそうだから、慌てて戻って来る必要は無い。そちらの問題が片付くまで、ひとつ腰を据えてかかりたまえ』あらァ。我らの神の眉間に何やら深い縦皺が。お気に障る事でもありましたかしらん」
「いいいつまでこちらに滞在するつもりかねっ」
「ですから『問題が片付くまで』ですわ」
「それは今度の案件の事なのだな」
「そうかもしれませんし、違うかもしれませんわねェ」
「それは一体どういう意味だ。大体君は何だ。私はこの会社のCEO、最高経営責任者なのだぞ。少しは分というものをわきまえたらどうなんだっ」
「ああ、これは大変失礼しました。清掃会社の田中社長」
「ぐぐぐぐぐーっ」
「ごめんなさい。やっぱりゼウスって呼ばせて頂きますわ。せっかく貴方様からは勝利の女神なんて、分に余る素晴らしいコードネームを頂戴したんですもの。それはキララっちの月の女神もあの三人娘もそうですわ。そのへんのセンスはなかなかのものと、認めてさしあげるのはやぶさかではありませんの。だけどなんか媚びられてるんじゃないかなーとか、やましいところでもあるんじゃないかなーとか、これで懐柔してるつもりかなーとか、ついいろいろ考えちゃうんですけどー」
「きき君はァ」
「それと私達って徳川自衛軍時代の階級は同じの筈じゃあございませんこと。そりゃ所属は別でしたけどー。ゼウス様はどこの所属でしたっけー、うーん、思い出せないなー」
「なな何が言いたいのかね何がっ」
「別に何もー。じゃあ私、これから官民合同作戦会議に出席致しますので、このへんで失礼しますわね。しっかりモニターで御覧になって下さいね、ゼウスさまァ」
「あーあ、神様からかうのって面白いわァ。どーもお待たせしました。ちょっと社長と、いえCEOと、お話ししてたもんですからァ」
一番最後に会議室に入って来たのは、いつものスーツ姿の姐御であった。
直径二メートルちょっとの円卓には姐御を入れて八名が席に着いた。民即ちSCSからは姐御ことニケ五十嵐、背広がちょっと窮屈そうなケイロンのおじさん、そして私達メイド三人娘。
官の方からは警視庁(拉致誘拐事件は主に東京下町で発生した為)から二名、自衛軍から一名。
円卓の中心には教団施設の縮小率百分の一スケールの模型があり、全体百数十メートル四方の敷地を高さ約三メートルの塀が囲み、講堂(体育館)、教団本部、信者居住施設(実質営舎)の三つの主な建物がコの字に並んでいて、さすがはダイダロスのおっちゃんの手によるもの、数枚の航空写真を元にして、急ごしらえの紙製とはいえ、とてもリアルな物を作ってくれ、一目で教団施設の全体像を把握する事ができる。
さて会議は当然挨拶から始まった。私達はもちろんそれぞれのコードネームで名乗った訳である。
「私はニケ」「ケイロンです」「バッコスの信女です」「カサンドラです」「メドゥサです」
「は、はあ、よろしくどうも」
官側のお三方──以後お官トリオと呼びませう。三人共地味な背広姿で、いかにも生真面目かつ実直そうな公僕という感じ。エラソーでムカつくコッパ役人風(そんなのウチのサイテーサイアクでもーたっくさん)なのが来たらどうしようって、夕べも三人で話してたとこだったので、ひとまず安心──は、「アサシン組織の構成員」(内二名は自衛軍OBだけど)にそんな風に名乗られて、どう反応したらいいものか、困惑していた。とりわけウチらメイド三人娘に対しては、途方に暮れてる感じ。無理ないけどね。
「そ、それでは、私から」
真ん中の歳の頃は三十代半ば、角刈り頭のがっちり体型、見るからに現場叩き上げのおじさんが口を開いた。
「私は警視庁捜査一課の粟田口警部と申します。左におりますのが部下の痩松。彼が教団本部に潜入していた捜査員当人です」
その痩松刑事さんがぺこりと一礼する。名前の通り、げっそりと頬がこけ、目付きが暗く、過酷な潜入捜査の実態があからさまに顔に出てた。年齢は三十前だと思うけど、すっかり老け込んでしまってる。可哀想。でも大丈夫なのかな。救出チームの先導なんて。
私達の心配そうな表情に気づいた粟田口警部が、苦笑して言った。
「あ、こいつその、元々こういう顔でして。確かに潜入先ではいろいろあって、だいぶひどい目にも遭わされましたけど、見かけによらず、タフな奴で。御心配無く」
あらそうだったの。でも痩松さん、少し怨めしそうに上司を見てる。こーんなに可愛い女の子達の前で、自分の顔の事言わないでって、そりゃそうよねぇ。ちょっとパワハラですよ、粟田口警部。
でもこれで少し、空気がほぐれた。
続けて自衛軍の人が自己紹介する。
「徳川陸上自衛軍所属の棒縛少尉と申します。小火器類の管理を主な仕事としております」
黒縁眼鏡を掛けた、見るからに事務系っぽいお兄さん。軍服着て来なかったのは軍の関与を表沙汰にしたくない為だけど、背広の方が似合ってる。狭い会議室内で美女美少女四人に見つめられ、ちょっとどぎまぎしてるみたい。可愛い。
「会議の前に、私からひとこと、申し上げたい」
と、粟田口警部が立ち上がった。
「今回の事案につきましては、特殊な事情が多々重なりまして、独立国家の警察組織の一員としましては、誠に忸怩たる思いがあります。で、ですが、当方としましては、まず第一に、拉致された上、武器の密造を強制されている、被害者の方々の救出を、優先させたいところを、その、あの、じ、上層部としましては、いろいろ、ありまして」
よりによってアサシン組織に協力要請したんだから、そりゃいろいろだよなァ。奥歯に物がはさまったような言い方しかできなくて、警部さんお気の毒。
「と、とにかく、そちらから、その旨を、『要請』して頂きまして、誠にもって、感謝に堪えず──」
「私の方を見ておっしゃってるようですけど、その件について無関心だったウチのアホな上司を怒鳴りつけ、拉致被害者救出第一、ウチらは陽動と、作戦の基本方針を定めたのは、この子達ですよ、警部」
姐御が例によっての身も蓋も無い言い方をしながら、私達三人を右手で示した。
この瞬間、私達をどう見ればいいのかひたすら困惑していた──噂のメイド・アサシン三人娘ってこの子達か、未成年者のしかも女の子にアサシン稼業なんてとんでもない事を、補導・更正ってレベルの話じゃないよなこれ、こんな可愛い子達がどうしてそんな恐ろしいまねを等々、目付きや表情で考えてる事思ってる事は大体判ってしまったけど──お官トリオの私達を見る目ががらりと変わり、何やら女神か天使でも見つめるまなざしになっちゃったのね。ウチらさながら地獄の天使。あはははは。
「そそ、そうだったのですか。ありがとうございますっ」
お官トリオは一斉に私達に頭を下げ(この件は関係無い筈の棒縛少尉は釣られてだけど)、私達は笑いをこらえつつ返礼する。
続いて痩松刑事が立ち上がった。
「先程粟田口警部の方から紹介がありましたが、本官が潜入捜査をしていた痩松です。本官は信者の一員を装い、教団内部におきましては、拉致された人々の監視役を勤めておりました。その、信者の国籍は様々で、教祖──自称四代目アドリブ・ヒッキー総統の側近は、やはり大半がドイツ系でしたが、全体、当然の事ながら、日本人の若者が多く、あの、いわゆる、軍事オタクと言いますか、戦争ごっこの延長で、ハマってしまったという者が、ほとんどでした」
私は右隣のかっちんに無声音でささやいた。
(誰かさんみたい)
(いっしょにすんな!)
(くすっ)
「アドリブ・ヒッキーといえば人種・民族差別の権化でしょう。オリジナルは当時日本と軍事同盟結んでいた都合上、そのへんはてきとーにごまかしてましたけど、信者の人種が様々となると、そこんとこ、どうなんです?」
姐御が尋ね、痩松刑事は顔をしかめて答える。
「そこは新興宗教らしく、ドイツ系以外の信者に対しては、神聖なる教義によって本来劣等種族である諸君の血は準アーリア人種として濾過され昇華されたのだ云々と、私にはまったく理解不能の理屈をですね」
「誰にも判りませんよ、そんな屁理屈」
「判ると思ってんのは馬鹿だけです」
「ただの妄想」
私達は口々にそう言った。アホのぬかす事は今も昔もおんなじだ。
痩松刑事は説明を続けるが、その声は怒りで震え始めた。
「わ、私が許せないと思ったのは、それを真に受けた、主に日本人の信者達の、拉致してきた工員さん達への態度でした。俺達は準アーリア種だ、優れているのだ、エリートなのだ。お前らただの日本人、劣等種族だ、下等な奴隷種めが、汚らわしいと、自分の父親のような年輩の工員さん達を、何かといじめ、こき使い······彼らの迫害ぶりは明らかに、オリジナルのユダヤ人迫害を露骨に模倣し、無闇に根拠の無い優越感に浸ろうとするものでした」
聞いていて吐き気がした。
(おたくの鬱憤晴らしじゃん)
(最低っ)
(ほんと)
「私は彼らと同じ監視役でしたから、基本的には彼らと同様の振る舞いをしなくてはなりませんでした。そ、それでも、彼らの目を盗んで、可能な限り、拉致された人々の、環境改善に努め、また、迫害があまりにひどい場合は、そのへんでやめておかなくては死んでしまう、そしたら責任問題だ、そ、そんな言い方で、どうにかしようと······。ですが、優越意識にのぼせ上がった彼らは、やがて私に疑惑の目を向け始め、こいつはどうして劣等種族に肩入れするのか、怪しい奴だ、裏切り者め、スパイめと、私自身が迫害の対象となり、いよいよ密室裁判で裁かれかけ、私は『遺書』を偽装して、施設より脱出しました。脱走者は連れ戻して地下射撃場で標的とされるのが掟でしたから、当然私も追われましたが、からくも逃げ切り、自衛軍演習場に駆け込んで、九死に一生を得ました」
痩松刑事は棒縛少尉に一礼する。
「本当に、あの時は助かりました」
「いえ、御無事で良かったですよ」
(なるほど)
(雰囲気いい筈だ)
(うん)
「連中は追跡をあきらめ、あいつは青木ヶ原樹海で望み通り野垂れ死んだものと判断したようでした。私は警視庁に戻るなり、拉致された人々の一刻も早い救出を、上司の粟田口警部と共に訴えましたが、上層部のその、こ、腰の重さは・・・・・・」
痩松刑事は絶句し、隣の粟田口警部は憮然とした表情で目を閉じ、腕組みをしている。その顔がすべてだ。
(こちらも上が)
(サイテー)
(サイアク)
「──あの拉致された工員の方々は、自分達が何を作らされ、それが何に使われるのかという事を、良く御存知でした。そこで部品に加工を施し、十発も撃てば弾詰まりを起こしたり、銃身が破裂してしまうような『不良品』を意図的に製造していました。元々オリジナルが骨董品ですから、故障の頻度は一層高まります。当然、それには奴らも気づきます。ところが腕のいい工員さん程そういう事をやるものですから、おいそれと殺す訳にもいかず、奴らは見せしめとして、そうした工員さんを懲罰房にぶち込み、数日間飲まず喰わずにするという罰を与えたのです。私達が脱出した際にまだ死人は出ていませんでしたが、あれでは時間の問題です」
痩松刑事はがくんと椅子に腰を下ろした。
会議室内は静まり返っていた。
皆頭からめらめらと怒りの青白い焔が立ち昇っている。
「ナルシス・ドイツの占領下にあった国々の人々と、同じ事をやっている訳だ」ケイロンのおじさんが重い声でつぶやいた。「レジスタンスを」
「り、陸上自衛軍として、発言させて、頂きますっ」
棒縛少尉が立ち上がった。痩松刑事の話のせいか、頬が紅潮している。
「こ、このたびの事案につきましては、当陸上自衛軍と致しましても、忸怩──いえ、正直申し上げて、はらわたがちぎれんばかりの無念さを、幹部から一兵卒に至るまで、噛みしめているのです。本職もその一人です。あんなふざけた施設を、わ、我々の演習場の目と鼻の先に作って、戦争ごっこでは済まされぬ、言語道断の犯罪行為を······。この三すくみの状況と、お気の毒な拉致被害者の方々さえいないのであれば、今すぐにでも戦車隊で集中砲火を浴びせるか、戦闘爆撃機からのナパームと貫通弾の投下によって、木っ端微塵にしてやりたいというのが、我々の本音なのです。先日書面で提示された協力要請につきましては、可能な限り応じるというのが、基本的な方針です。どうか、我々の無念を晴らして下さい、お願いします!」
棒縛少尉は私達に向かって深々と頭を下げた。
「顔を上げたまえ、少尉」姐御が真剣な表情で頷く。「了解した」
今回の作戦の概要については、姐御とケイロン、それに私達が作成し、メールやファックスによらず、直接書面の形で警視庁と防衛省に届け、検討してもらい、そのいわば擦り合わせとして、この官民合同作戦会議が開かれた訳である。前もっての異議はどちらからも出なかったのだが、細かい点はこれからだ。
「痩松刑事、質問があります」
と、美貴が手を上げた。
「な、何でしょうか」
美貴をまぶしそうに見返しながら痩松刑事が応じる。って太陽じゃないんだから。
「信者に女性はいないのですか」
「おりません」
痩松刑事が、即答し、次の言葉は、うつ向き、ためらいがちに、つぶやいた。
「······その、教祖が、ですね、お、女······いえ、女性、には、戦争など、できない、と······」
私達は無表情に黙り込んだ。
ケイロンのおじさんは肩をすくめた。
急速に凍っていく室内の空気に、お官トリオは身を震わせる。
やがて私達女性四人は、異口同音につぶやくのであった。
「······ふざけやがって······」
目にもの見せてくれるわ。
教団施設の模型に向かい、伸縮自在の指示棒を用いて、姐御は作戦の概要を改めて説明し、各自の役割を確認した。私達は手元の資料を見やりながらメモを取り、疑問点を率直にぶつけ合って、齟齬が生じぬよう可能な限り努めた。
普段寡黙なめっちん由美も積極的に質問・発言してる一方で、旧ドイツ軍の武器兵器や今回自衛軍が私達にレンタルするそれらについて話が及ぶたび、質問ではなく衝動的にウンチクまくし立てようとするかっちん美貴を、その都度私が足を踏んづけ、姐御が睨みつけて、どうにか抑える事に成功していた。
(びーびー、しゃべりたいよー、足痛いよー、ニケ様恐いよー)
かっちんは半べそ顔でそうささやく。
(我慢なさいっ)
この子だって自分の悪い癖は判ってはいるのだ。可哀想だけど、今は会議を正常に進行させる事こそが肝要である。
痩松刑事は講堂で週一回行なわれていた教祖様の大演説会について説明している。
「教祖兼自称四代目アドリブ・ヒッキー総統の演説は当然ドイツ語ですから、私達には各国語に訳された当日の演説内容が書面で渡され、完全に暗記しておくよう命じられました。脱出後調べてみましたら、ヒッキーの著書『我総統』からの引用ばかりで、私が記憶している限りでは、新しい事は何ひとつしゃべってはいませんでした」
(演説もコピーか)
(ろくでなしのコピー)
(馬鹿のコピー)
「ですが、演壇に立った教祖の姿というのが、いやもう記録フィルムに見るアドリブ・ヒッキー総統が、リアルにその場にいるとしか思えないものでして、そのがなり声といい、演説中の熱狂的なポーズといい、瓜二つとはまさにあの事です。役者が演じているようには見えませんでした。私のまわりの連中はそれこそ陶酔し切ってまして、例のローマ式敬礼をやりながら、ハイル・ヒッキーの大合唱。私も必死に合わせておりましたが、もう悪夢もいいところで······」
「うーん。戦後保存されていたヒッキーの蔵書を調査した研究者が、ページの間にはさまっていた奴さんのものらしい髪の毛を見つけてゾーッとしたなんて話、どっかで読んだ記憶がありますけど、もしかして、クローン?」
と、美貴がまたおたっきーな話をする。まあ足は踏まないでおこう。二人の刑事さんは顔を見合わせて困惑している。そりゃ答えようがないでしょう。
「いやー、その可能性は否定できませんが、確かめようがありませんし・・・・・・」
粟田口警部がかぶりを振る。
(あのヒッキーが最後の一匹だとは思えなグハッ)
今度は容赦無く踏んづけてやった。つまんない冗談口走ってんじゃないよッ。
めっちん由美が手を上げた。
「講堂が体育館として信者の訓練に用いられている時の、具体的な内容について教えて下さい」
「身体の基礎的な鍛練も行なっておりましたが、ベニヤ板を組んだ物を並べて市街戦や室内戦の銃撃・格闘訓練などもやってました。この際使用していたのは市販のエアガンでしたけど、傍目にはドイツ兵のコスプレーヤー達がBB弾で戦争ごっこをやってるようにしか見えませんでした」
(びーびー弾)
(だから何よ。まともな質問をしなさい!)
「はいっ」と美貴が手を上げた。「地下の射撃場における訓練の模様はどうでした?」
やれやれ。今度はまともだ。
「えーと······実は、初めのうちはそろって撃たせろ撃たせろ状態だったのですが、先程申し上げたような次第で、銃身破裂等によるケガ人が続出し、私が脱出した頃には幹部に命令されておっかなびっくり、嫌々やらされているという有り様でした」
私達は失笑した。
「そんなんで世界征服めざそーなんてホントいい度胸してますねー」
私が呆れてそう言うと、粟田口警部が真面目な顔で応じる。
「だからこそ、今のうちに潰さなくてはならんのですっ」
「つまり······連中が旧ドイツ軍の武器兵器に執着してる、今がその機会って訳だな」ケイロンがそう言って、天井を見上げる。「だがその妙なこだわりを捨てて、実用的な武器を使用し始めたら、手に負えなくなるかもしれない」
「我々もその点を、危惧しておりまして」
お官トリオは口を揃えてそう言った。
「でも不良品が多いといっても、数だけは作られている訳ですね?」
美貴がそう尋ねると、痩松刑事の顔が苦渋に歪む。
「それはもう······工員さん達を、こき使うだけ、こき使っていましたからね。私は、くどいですが、監視役として、いわばその、片棒を······」
痩松刑事が声を震わせてそう言うと、粟田口警部がぽんぽんとその肩を叩いている。うーん。世の中にはこういう上司もいるのだな。サイテーサイアクのおっさんども、よく見とけ。
「あまり自分責めちゃ駄目ですよ」
美貴がぽつりとそう言うと、痩松刑事は一瞬呆然と彼女を見つめ、それから深く頭を下げた。彼にはこの瞬間の美貴が、後光の差す本物の天使に見えたに違いない。私と由美は微妙に目くばせするのであった。うふふふふ。
「兵隊ごっこレベルの信者共に、不良品だらけの大量の武器······まあ蟻も大群なら象をも噛み殺せる訳だし、油断はできんな」
姐御はそうつぶやきながら立ち上がり、模型の教団施設を指示棒でつつきながら、痩松刑事に尋ねた。
「まともに建てられているのはこの三階建ての教団本部だけで、講堂はプレハブ、信者の居住施設は文字通りの営舎。そういう事ですね?」
「その通りです。我々の寝泊まりする場所は、拉致被害者の方々よりは、いくらかましという程度の環境でした」
痩松刑事はかぶりを振りつつそう答えた。
「本部の建物だけがまともであとはいい加減というのが、実にこの教団の本質を物語ってますよねー」
美貴が眉をひそめてそう言った。
「拉致された工員さん達は、地下から全然出してもらえないんですか? 日光浴とか、運動とか」
由美が尋ねる。
「私が知る限り、一度もありませんでした。提言はしました。その反応については、······先程申し上げた通りです。地下工場に隣接する居住施設の環境も劣悪、完全に強制収容所です。上の本部じゃ幹部連中が、連日贅沢三昧に呑み喰いしていたのにっ」
痩松刑事の声が再び怒りに震える。
「まあまあ。お怒りはごもっともですけど、そのおかげで私達は上で思いっ切り暴れる事ができるんですから。不幸中の幸いと思いましょうよ」
姐御はそう言って、痩松刑事をなだめた。そして模型の正門を指示棒で示す。
「ところでこの正門ですけど、写真で見ると材質は木製、高さは塀と同じく約三メートル。開閉は人力?」
「そうです。私も手伝わされましたが、最低三人は必要です。高さがあるので、かなりの重さです」
「ふーん。チーク材でも使ってんのかな。無反動砲の一発で吹っ飛ぶか、ちょっと微妙ね。まさか実験する訳にもいかないけど」
「まあ大穴は開くでしょうがね」
ケイロンが応じる。
「突入には自衛軍の装甲車があれば、パーフェクトですけどねー」
と私が言うと姐御が続けて、
「そーそー少尉、お願いできるかしら?」
「え。た、大尉殿、そ、それはちょっと」
慌てる棒縛少尉に姐御は笑いかけ、
「冗談冗談。大丈夫だって。ウチの腕利きの工匠に、手持ちの車を改装させてるとこさ。心配無いよ」
自衛軍OBの姐御は後輩に優しいのだ。
「で、本部裏のガレージから約十メートルの通用門は巻き上げ式のシャッターなんだね?」
ケイロンが痩松刑事に尋ねる。
「そうです。それと正門、通用門の外側には衛兵詰所が設けられ、通常二人が二十四時間警備してます。さすがに外から見える場所に、ドイツ兵の格好をした者を立たせる訳にはいきませんから、民間の警備会社の制服らしき服装をした者がおります。武装は拳銃ですが、詰所にはシュマイザーが装備されてます」
痩松刑事は立ち上がり、模型の通用門を指差した。
「あの、突入はこちらからの方が安全ですよ。正門の頑丈さに比べたら、裏はぺらぺらのシャッターですし。表に出るには、本部と講堂をつなげる渡り廊下を突破しますが、ここはブリキの屋根に鉄パイプの柱が数本という、ごく安上がりの作りですから······」
「私達を心配して言って下さってるんでしょうけど、私達の作戦の第一目的は、あなた方救出チームの突入をカモフラージュする為の陽動なんですから、正門からの派手な突入は不可欠なんですよ」
私は笑ってそう言った。美貴と由美が続ける。
「うんと暴れちゃいますから」
「期待してて下さいね」
「は、はあ」
どう答えたらいいか判らない様子で、顔を赤らめながら痩松刑事は着席した。うーん、ますますいい人だ。気に入っちゃった。
「教団施設の周辺の森に警察の救出チームが待機、その指揮は?」
「自分が執ります」
姐御の質問に粟田口警部が答える。
「その数は?」
「私と痩松を入れて二十名。拉致被害者の方々の健康状態が懸念されますので、警察病院の医療従事者──訓練を受けてますので、大丈夫です──が三名、その中におります」
「武装は?」
「全員拳銃を携帯、三名がサブマシンガンを──」
「どーして三名なんですか!?」美貴が血相を変え立ち上がって叫ぶ。「全員は無理でもせめて半分むぐむぐーっ」
私と由美が美貴を押さえ込み、目を丸くしている二人に、腕組みした姐御が尋ねる。
「ねぇ。それが警察上層部の、方針って訳?」
「初めは拳銃のみ、しかも極力、発砲を控えよと」粟田口警部が唸るように答える。「上との激論の末、マシンガン三丁が、ぎりぎりのところでして······」
美貴が冷静さを取り戻したようなので、私達は手を離した。彼女はぺこりと二人に向かって頭を下げた。
「······ごめんなさい。つい、大きな声を出してしまって······」
警察の二人は狼狽する。
「い、いえ、とんでもないっ」
「我々を心配して頂き、ありがとうございますっ」
痩松刑事の目は潤んですらいた。完全にかっちん美貴にベタ惚れしている。まー無理ないわなうん。
「では地下工場の監視役を、全員地上に引きずり出さずには、いられなくなるくらい、暴れる必要がありますね、大尉」
ケイロンがニヤリと笑ってそう言うと、姐御が頷く。
「それと森の中で待機する、もうひとつの······」姐御は棒縛少尉の方を見、「という訳で、よろしく頼む、少尉」
「お任せ下さい、大尉殿」
「ま、最後に確認までなんだけど、教団施設は地元警察が遠巻きに非常線を張って包囲、陸上自衛軍はたまたま演習中、道路に兵員輸送トラック停めてまーす、という感じで、何気にこれをバックアップ、逃げて来た信者を確保、そうよね?」
お官トリオはただ「は」と頷く。
「なんか池田屋騒動の時の会津藩みたいだな」
と、ケイロンが苦笑する。
「ウチら新撰組かァ」
姐御も笑って言う。
新撰組。あゝ。あの時の近藤もどきさん。あれはいくら何でもやり過ぎだったなァ。睾丸潰して両手斬り飛ばして、とどめに唐竹割りだもん。今さら遅いけど、ごめんね、近藤さん。虎撤大事にしてるから、成仏して。
「あのー、逃げて来た武装信者が抵抗した場合はどうするか、聞いてますか?」
由美がそう尋ねると、お官トリオは顔を見合わせ、異口同音にこう答えた。
「極力交戦を控え、威嚇により武装解除、やむなき場合のみ、発砲を許可す──です」
「ま、そんなところだろうな」
ケイロンが肩をすくめてそう言った。
「じゃあ、官民の擦り合わせは、このへんで、大丈夫かな」
姐御が立ち上がって一同を見回し、そう言うと、全員が頷いた。
「よし。我々の第二目的は、陽動ついでにこのふざけた教団を、物理的にこうする事だ」
姐御はそう言いながら、指示棒でバシバシ施設の模型を鞭打ち、いやひっぱたき、たちまちぺっしゃんこにしてしまった。あーあ、ごめんねおっちゃん、せっかく作ったのに。
お官トリオは息を呑んでいる。
粟田口警部が口を開く。
「あなた方の『実力と実績』は、我々もある程度、承知しております。しかし何分にも多勢に無勢、決して無理をしないで頂きたい。もしその、ま、万が一の事でもあれば······」
彼はちらりと私達を見やる。こちらは完全に心配するお父さんのまなざし。私達はニコニコしてみせる。
「大丈夫。心配は御無用ですよ。この子達も伊達に修羅場鉄火場くぐって来た訳じゃあない。それに第一──」
姐御は胸を張り、言い放った。
「私はミャンマー帰りだぞ」
次回いよいよ実戦──じゃなくて、その準備段階篇です。
映画「戦争の犬たち」あたりが元になっておりますので(笑)。