メドゥサ由美の日常──バッコスの信女
時系列的には続きになりますが、語り手が主人公佳代から由美に代わった番外篇です。
ギリシア悲劇からの引用は、ちくま文庫版「エウリピデス」「アイスキュロス」によりました。
カーテンの隙間から射し込む朝陽と小鳥の声で、私は目覚めた。
予備の布団をつなぎ合わせ、川の字になって寝る時は、なぜか私はいつも真ん中。
右は佳代、左は美貴、それから私の名は由美。
私はあくびをしながら半身を起こし、右の佳代の寝顔を見る。とても可愛い。この子は私達三人娘のリーダー格だ。あどけないその寝顔だけを見た者の誰が、鉄火場で血だるまになって暴れ狂う、あの阿修羅の如き美少女アサシン「バッコスの信女」──略称B・Bの姿を想像する事ができようか。
ちなみに私達はこの子の事をびーびーとかおちゃめなびーびー略しておちゃびーとか佳代っちとか、その場の雰囲気やら気分やらでてきとーに呼び分けている。
左に眠る細面の美少女が美貴。あと数年の成長を待てば、本当に眠れる絶世の美女だ。この繊細優美な美少女が、今懐ろに抱きしめているのは何と実物の拳銃。しかもごつくてでかくて不恰好(これを当人の前で口にするのは自殺行為なのだ)なモーゼル軍用自動拳銃。それに頬ずりなどしつつ「むにゃむにゃ私のモーちゃん」などと寝言を言っている。人の部屋に泊まる時は遠慮して欲しいものだけど、言ったってどうせ無駄だからあきらめている。クマかなんかのぬいぐるみなら可愛いのに。
美貴のコードネームは「カサンドラ」。私達は普通かっちんと呼んでいる。愛称はおしゃべりかっちんなのだが、これについての説明は今はよそう。
ついでに言うけど私のコードネームは「メドゥサ」だ。でも髪の毛は蛇ではないし、下半身が蛇体という訳でもない。私に睨まれるとなぜか相手は約十秒間、身体が硬直して動けなくなってしまう。つまり一時的に石化するのだ。これを「メドゥサのまなざし」と人は呼ぶ。もうひとつついでに言うと、私はナイフ使いなのだ。
三人の中で私が一番小さく、見た目子供っぽい。よく小学生に間違えられる。自然この二人にとっては妹分で、私も別に不満は無い。美貴はおしゃべりかっちんだが、私はだんまりめっちん。めっちと呼ばれる事もある。二人がくちゃべり合っている時、私は大体黙ってる。
もちろん口が利けない訳ではない。ただ、あんまし積極的に話そうという気持ちが起きないだけなのだ。昔から。おかげでしばしば誤解される。嫌な事を言われたり、されたりもする。この間もそうだった。会社のロビーで、自称ナイフ使いの男に散々からまれ、ナイフゲームやってみろ、できなきゃ組織のナイフ使い名人はこの俺様だ、何とか言ってみろ、××か×××かてめェ、なんてやられた。
私は「まなざし」を使ってそいつを固め、佳代と美貴がそいつを左右から押さえ、私は自分の左手をその左手に重ねた上で、お望み通りにナイフゲームと言うよりミシン縫いを、たっぷり一分三十秒、やってあげた。自称名人は気絶した。
つまんない話。けれどこういう事で友情は再確認できる。私の為に怒ってくれた佳代と美貴には感謝している、本当に。
でもそろそろ起きなきゃ駄目だ。私は二人を揺さぶり起こした。二人はぶーぶー言いながら起き上がった。今日は午後から仕事があるのだ。
私達の仕事。それをひとことで言い表わすのは難しい。いや簡単なのかもしれないけれど、そうなると私達はただの犯罪者に過ぎなくなる。
私達の所属する組織の名は「スパルタ・クリーニングサービス」。表向きは清掃会社。そしてこの汚れた世界の浄化こそが我々の仕事だと、経営責任者「ゼウス」はよく訓示で口にする。だがそれを本気で聞く者はまずいない。
そういう仕事ももちろんある。私達メイド・アサシン三人娘には主にそうした仕事か振り向けられる。なるだけ(心理的に)抵抗の無い相手をぶつけたいのだろう。「汚れた世界の浄化」なる建前の為に。
だがその陰であくまで営利目的の暗い仕事を、私達の同僚が請け負っているのは判り切った事だった。
それに私達の仕事だって別に楽という訳ではないのである。むしろ逆。相手の数だって多い。今日のも多分そう。
さて私達の朝の日常光景に戻るとしよう。
洗顔の間も佳代と美貴はくちゃべり続け、私は黙々と布団を片付ける。ここは私の部屋だが「お客様」優先だ。ちなみにこの「くちゃべる」という表現だけど、東北地方の方言らしいのだが、この二人のしゃべり合う場面には、何だかこれが一番ふさわしい気がする。こんな具合。
「かっちんちょっとトイレ長いよー」
「うっさいなー、自分の部屋でしてきたらいーじゃん」
「何言ってんのよめんどくさいよ」
「よけーな事言われるとますます長びいちゃうよォ」
「あーもう鍵開けて中入れて。手伝ったげるから」
「よけーな事すんじゃねーよ、殺すぞてめェ」
「おーやってみろ、てめーなんざ村正でバッサリだ」
「何ぬかす、アタシのモーちゃんで蜂の巣だぞ貴様ッ」
朝っぱらからそれこそ目の覚めるような美少女二人が、こうした殺伐たるやり取りを交わしているのである。まあもちろん二人が本気なら、この部屋はとっくに血まみれの鉄火場だ。二人共ふざけ合うのが好きなだけ。
私達三人は事実上三姉妹として育って来たのだ。物心ついた頃からいつもいっしょで、気がついたらメイド服姿でアサシン稼業などやらされていた。でも三人共異常な程の適性があって、私達はその事自体にあまり葛藤を抱えず、トラウマもほとんど生じていない。
既にその事自体異常であるのは、私達も自覚している。
私達のメンタルケアを担当する精神科医の瑞谷先生は、いつも私達を心配し、自分の事以上にその心を痛めている。だけど組織の中ではっきりそれを口にするのは許されない。危険な行為だ。
洗顔を終えた私達はトレパン姿で食堂に赴く。アサシン組織といっても表向きは清掃会社だから、営業・総務・経理・受付等々、そっち方面の女子社員はいっぱいいる。この辺の光景は普通の会社や女子大の寮と何も変わった所は無い。
ちなみにこの女子寮の名はパルナッソス。隣接する本社ビルはオリンポスと呼ばれる。私達のコードネームを含め、部署名その他はすべてギリシア神話と悲劇の固有名詞から名付けられている。現在のCEOの前任者の趣味だったらしいが、詳細は不明。そのコードネームはクロノス。ゼウスの父の名だ。病死したという以外、私達は何も聞かされていない。
これも不思議な事なのだが、佳代のコードネームのバッコスとは有名な酒神ディオニュソスの別名であり、このコードネームの持ち主が不明なのである。多分、それが私達の名付け親。
とにかく、言われた通りの仕事をしていれば、日々の生活は保証されている。生命の保証? それは私達の所属する国内暗殺部においては実力次第だ。
三人娘でテーブルを囲み、朝食を摂りながら、普通の思春期の女の子が普通に交わす会話を楽しむ(私はほとんど「うん」「そう」としか言わないけど。それと周囲に話題となるような「男の子」は皆無。だけど私達は全然初めから関心無し。思えばこれも異常だ)。
時々普通に高校通ってて普通に青春してる筈の私達が、何でこんな仕事してるんだろと思う事はやっぱりある。
理由ははっきりしてる。一応。
三人共、親の残した莫大な負の遺産、つまり借金に縛られているのだ。
私達は十数年前の同時期、精神病院に入院中の佳代の母親を除いて親を亡くし、孤児となり、その親達が築いた借金の山を、当社CEO自称ゼウスが有り難くもすべて肩替わり、そして私達はその返済の為、身を粉にして働いているという訳だ。
一連のお話の不自然さに対して、私達はまだ行動を起こすつもりは無い。時機を待つのだ。徳川の世は終わりつつある。政変が起こり、少なからず政権と癒着して来たこの組織にも激震が走るだろう。私達が起つのはその時なのだ。
だが今はとにかく、本日午後の仕事に向けて、意識を集中させねばならない。
生き残る為に。
朝食を終えた私達はトレーニングルームへと赴いた。ちょっとした体育館並みの広さがある。様々な種類の健康器具が揃い、お望みの部位の筋肉を好きなだけ鍛え上げる事ができる。
私達は格闘技の為に設けられたスペースに入った。佳代と私で日本刀とナイフの模擬戦を行なう為だ。美貴は地下のシューティングルームに行くのかと思いきや、「審判やりたい」と言う。「昨日モーちゃん射ちまくったもん」
私は自分の手のサイズに合う小振りなダガータイプ(両刃)、佳代はいつも使う脇差ではなく、ためらわず長刀を手にする。いずれも刃を殺してある模擬刀だが、まともに刺さったりしたらお互いただでは済まない。
「めっちん。念の為言っとくけど」美貴は自分の目を指差した。「これ、反則だからね」
「判ってる」
「使ってもいいよー」刀を青眼に構え、佳代が言う。「私には通じないから」
「そ」
「始めッ」
美貴の声と共に佳代こと「バッコスの信女」はいきなり鋭い突きを繰り出す。私は冷静にはねのける。佳代は右、左、上、下、目にも止まらぬ速度で、あらゆる方向から突き、振り下ろし、斬り上げ、薙ぎ払う。私はことごとくはねのけ続ける。激しい金属音と共に、火花が散る。防戦一方。リーチの差は如何ともし難い。だが私は一ミリも退く事なく、相手の隙をうかがう。本来ならここで「メドゥサのまなざし」の出番。でも今それは反則。佳代はああ言ってたけど、私が使う訳ないの、知ってるから。美貴がああ言ったのは、むしろ周りに納得させる為。
といって佳代は己の優位性に傲って大上段に振りかざすなんて愚かな真似は絶対しない。待つだけ無駄。チャンスは自分で作らなくては。
私は決心し、次の突きを思い切り右にはねのけ、長刀が我が身を襲うまでのわずかな時間を縫って、佳代の懐ろに飛び込み、その喉元へとナイフの切っ先を突きつけた。同時に佳代の長刀は私の右肩ぎりぎりで寸止めされたのだった。
「そこまでッ」
美貴が鋭くそう声をかけた。いつの間にか集まって来て固唾を呑んでいた見物人達が一斉に溜め息をつく中、私達は互いの身体から得物を離し、笑顔を交わす。
「今回も引き分けね」
「次は勝つから」
美貴がやれやれとかぶりを振る。
「あんたらと刃物で戦う奴らは気の毒よねェ」
トレーニングを終え、昼食、休憩を経て、本日午後の仕事の打ち合わせとなる。これが一番気乗りがしない。打ち合わせというより、上役からの一方的な指示、いや命令である。
私達は作業用兼戦闘用コスチューム即ちメイド服に着替えると、隣接する本社オリンポスへと渡り廊下を通って向かった。佳代がつぶやく。
「早くあいつの睾丸潰したい」
「我慢よ、我慢」小声で美貴が応じる。「今やっちゃダメ。それにこんなとこで言わないの」
「うん。ごめん」
私は黙っていた。
そして私達は直属の上司であるコードネーム・アガメムノンの部屋の前に立つ。この名についての説明は省略するが、ろくでもないキャラである事は確かである。
佳代のノックに「入りたまえ」と野太い声が答えた。私達が入室すると、脂ぎって、腹の突き出た、髭面の、ブルーのダブルスーツはやたらに高価な、見るからにガハハ親父の我らが上司が、満面の笑顔で迎えてくれたのだった。
「おおっ、これはこれは、わが社が誇るレジェンド・メイド三人娘ではないか。いやあ今日も実にお美しい、ハッハッハッ」
「お世辞は結構ですので仕事の話を」
真ん中に立つ佳代は無表情にそう言うと、メイド服のスカートの下から右膝を小さく持ち上げてみせた。美貴と私はぷっと吹き出し、アガメムノンは青筋立てて赤面する。
「う、うむ、座りたまえっ」
かつて私達が初仕事に臨もうとする時、CEOゼウスのもとに赴いた際、横に立っていたこのガハハ親父は、それはそれは「余計なひとこと」を口走ったのだ。佳代は無言無表情のままガハハ親父に一撃を喰らわせた、潰さぬ程度に。本来ならば彼女はその場で処分されても不思議ではなかったのに、佳代も私達もまだ生きていて、会社の稼ぎ頭になっているのだから皮肉な話だ。でも私達の親が残した借金の額からすれば、私達はまだ十年程働かなくてはいけないらしい。
私達は応接セットのソファに並んで腰を下ろし、アガメムノンが向かいの席に着く。テーブル上には都内の地図が広げられている。アガメムノンは新宿区の一角を指差し、説明を始めた。
「場所はここ、今は廃校になっている旧区立の高校校舎だ。ここに立て籠もり、夜な夜な出没して付近一帯を荒らし回る『ニュー新宿革命団』と称する愚連隊数十名をまとめて片付けるというのが、今回の君達のお仕事なのだ」
と我らが上司はまるで近所のドブさらいを指示するような気楽な口調でおっしゃるのだ。
「警察は何やってるんですか」
美貴が当たり前の質問を口にする。アガメムノンは腕組みをし、かぶりを振る。
「連中は狂暴なごろつきの集まりで、武装は雑多、金属バットから拳銃、散弾銃と何でもありだ。普通の警官では歯が立たず、リンチにされるのがオチだ。かと言って、武装機動警官隊を動員して武力制圧する事には、警察上層部は消極的だ。昨今の微妙な政治情勢下で、お膝元での派手なドンパチは可能な限り避けたいというのが、お上の本音さ」
「それで私達にお鉢が回って来たという訳ですね」
佳代が言う。
「判りやすいお話ですこと」
美貴が肩をすくめる。
「ほんと」
私がつぶやく。
「依頼主は彼らのゆすりたかりの被害に悩まされ続けた地元商店街組合という事になってあるが、実際は手を焼いた地元警察からの内密の依頼だ」
「愚連隊数十名とおっしゃってましたけど」佳代が上目使いで上司を見る。「正確な人数、判らないんでしょうか」
重要な点である。
「三、四十人ってとこじゃ、ないかな。君達だったら、軽いだろ、ハッハッハッ」
私達は両側から佳代の膝を押えた。震えている。我慢して。
「ええ。ここのところ、私の単独派遣が多かったのですが、本日は久々にトリオの出動を命じて頂き、感謝しておりますわ、アガメムノン」
佳代は満面の笑顔でそう言った。さすがだ。声は澄んでいて、まったく震えてなどいない。だがその圧倒的な皮肉に上司は再び青筋立てて赤面するのであった。
この件で彼がCEOゼウスに叱責されたというのは噂で聞いている。大ボスの前で恥をかかされた怨みから、彼女に単独出動を命じ続けた事で、大事な稼ぎ頭を失ったら大損ではないかとやられたらしい。まあ所詮は経営者の損得勘定に過ぎないが、私達トリオで行動できる点は確かにありがたい。
「こ、今回のドライバー兼バックアップには、ケイロンを指名しておいた。彼なら君達も安心だろう」
アガメムノンは引きつる笑顔でそう言った。
私達はちょっと目を見開き、頷き合う。確かに、あのケイロンなら安心だ。私達の反応に気を良くしたらしいアガメムノンは、ガハハと親父笑いをしながらこう言った。
「今回片付けるのは文字通り社会のクズの集まりだ。君達はまさに正義の味方として行動するのだ。存分に社会正義を体現して来てくれたまえッ」
「ほんっと嫌な奴ッ」目的地に向かうワゴン車の中で、佳代はまだおかんむりだ。「何が正義の味方、社会正義よ。白々しいにも程があるわ!」
ワゴン車の後部座席は多人数が乗れるよう、ベンチ状のが縦に二つ、向かい合う形になっている。その右側に私達は並んで座り、装備の点検に余念が無かった。その作業の最中、佳代は衝動的にそんな言葉を口にした。
「おいおい、あんまり大きな声でそういう事を言うもんじゃないよ」
運転席のケイロンがそう言うと、佳代は顔を赤くして両手で自分の口を塞ぐ。ケイロンは声を立てて笑った。
「心配すんなって。この車に仕掛けられた盗聴器は全部外して壊してごみ袋に入れて、内務班のアルゴスに直接返却してやったよ。『今回は一個増やしてたな』って言ったら、あいつめ、歯ぎしりして悔しがってたぜ」
私達は声を上げて笑いこけた。内務班──ケルベロスは、黄泉の国タルタロスの門番である三つの頭を持つ犬の名だ。当然、私達の見張り役で、誰からも蛇蝎だかつの如く忌み嫌われ、恐れられている存在。そんな彼らに対して一向物怖じせず、平然と対等の立場で物を言えるケイロンは、とても頼れるおじさんだ。
ケイロン。本名は知らない。元徳川自衛軍特殊部隊員という以外、詳しい経歴も不明。細身で引き締まった身体、丸刈りの頭、薄い無精髭。ケンタウロス随一の賢人(半獣だけど)の名を持つこの人は、渋い大人の魅力を全身よりにじませている。
「なあびーびー、俺も突入するよ。君ら三人だけじゃ、いくら何でも多勢に無勢じゃないか。人数もはっきりしねぇんだしさ」
夜の新宿の街を走らせながら、ケイロンはそう言ってくれた。
「大丈夫。おじさんはいつものように、バックアップに徹して下さい」
佳代が明るくそう応じた。
「私達、三重奏なんですよ。急に四重奏になったら、アンサンブル、乱れちゃうし。あ、これ、別におじさんが邪魔って訳じゃ、ないんですよぅ」
と美貴が続ける。
「心配してくれてありがとう」
と私が締める。
ケイロンはやれやれと肩をすくめた。
「ロートルは引っ込んでろってか。判ったよ。いつものように、表で待ってっから、頑張んな」
「はーい」
私達は声を揃えて応じる。まるで遠足に赴く小学生と先生だ。とても血だるまの鉄火場に向かう人間のやり取りとは思えない。
街は次第に人気が無くなり、明かりも乏しいさびれた一角に入った。この向こうの廃校の中に「ニュー新宿革命団」などと称するごろつきの一団が巣を作っているのだ。
昨今の世情の不安定さに付け込んで、「革命資金の調達に御協力を」などとこの近辺の商店や富裕宅に押しかけ、断ると何出せねェとは何事だこの野郎と洗いざらい持って行かれる。抵抗するとほとんどの場合命が無い。警察に通報してもまたあいつらかとばかりにわざとのたのたやって来るから、もう誰も当てにしない。
そういう訳なので、午後七時前後がアジトに「出動前」の団体員が最も集まる時刻という情報に基づき、私達はジャスト七時襲撃を決定した。
「天下の徳川警察も地に堕ちたものねぇ」佳代が溜め息をついた。「ごろつき団体の処分を民間のアサシン会社に依頼するとはね」
「本来なら薩長同盟党の要人暗殺依頼じゃないの」
と美貴が言う。私が「んー」と言いよどんでいると、代わりにケイロンが答えてくれた。
「そっちの仕事は断っているようだな。だから徳川直系の伊賀美装とか甲賀クリーニングが動いているらしい。だけど何しろ相手が悪い。今のところ成功例はゼロ。みんな返り討ち。伊賀も甲賀も今や本当にただの清掃業者さ。あれでは御先祖様に顔向けできまい」
「て事はァ。会社の上の方としては、もう徳川現政権を見放して、次を睨んでるって事ね」
佳代が腕組みしてそう言った。
「あの連中が考えてんのはもっぱら自分達の保身だけよ。ウチら下っ端は使い捨ての道具。それ以上でもそれ以下でもなし」
美貴が小さく両手を広げてかぶりを振る。
「でもそれでは終わらせない」
私がぽつりとそう言うと、佳代と美貴は顔を見合わせ、それから黙って私に手を伸ばした。私達三人はしばらくじっと手を握り合い、見つめ合った。
「──その意気だ。負けんじゃねぇぞ」
ケイロンはそう言うと、車を停めた。
「さて、目的地に御到着だ」
私達はぞろぞろと「スパルタ・クリーニングサービス」のロゴ入りワゴン車より降り立った。
「立入禁止」の立て看板が錆び付いた校門にくくり付けられているが、その横の通用門は破壊されていて出入りは自由。校門自体も勝手に開け閉めされているらしく、校庭には何台か車が停められている。水道光熱はとっくに止まっている筈だが、校舎のあちこちから明かりが洩れている。自家発電装置を使っているらしい。
さっそく通用門の所にいた「革命団員ごろつき」の一人が、私達を見とがめて言った。
「あ? 何だてめェら」
ケイロンが問答無用とばかりに自動小銃の銃床でその頭をかち割り、沈黙させた。銃剣付六四式小銃、ケイロンおじさんこだわりの銃である。自衛軍が正式採用した国産小銃はこれが初代で、現在はもう三代目になっているけど、この銃は評判が良く、一部の警備隊などで今も現役と聞く。だから美貴のあのモーゼルへの明らかに異常な偏愛ぶりとは少し次元の違う話らしい。それはとにかく。
「さ、行くかい」
ケイロンが言った。佳代と美貴は通用門脇に立つおじさんに、軽口叩きながら入って行く。心配させまいと。
「車壊されないよう、ちゃんと見ててね。帰り歩くの、嫌だから」
「表に湧いて出て来たの、しっかり潰してよ、おじさん」
最後に私がひとこと。
「大丈夫だから」
ケイロンは廃校舎へと向かう私達の背中に声をかけた。
「危ないと思ったら、すぐ呼べよ。無理すんじゃねーぞっ」
「はーいっ」
私達は振り向かず、右手を振って応じた。
ガラスが割れ、ゴミが散乱し、荒廃の色が濃い正面玄関に近づくと、金属バット、鉄パイプ、それに散弾銃を手にした、ごろつきという以外に何とも言えない方々が出迎えて下さった。私達を見るなり、よだれを垂らしながら一人が言った。
「おっ、こりゃいいや。誰かメイドのコスプレ娘の出張サービス、呼んだのかよ?」
「おいしそーじゃねーか」
「今夜はごちそうだぜェ」
三人は「けけけけけ」と声を揃えて笑った。
佳代はにこやかに微笑みながら、ずいっと進み出、こう言った。
「お生憎様。わたくし達、そちらの方面の出張ではございませんの」
「お?」
「じゃ、何だって言うんだい」
佳代は澄んだ声で歌い始めた。ギリシアの悲劇詩人エウリピデス作「バッコスの信女」合唱隊が歌う一節だ。
今こそ正義の剣の顕に下りて
かのエキオンの土性の子
神をなみする非道の者を
咽喉貫きて屠れかし
呆気に取られているごろつき共の最も手近な、鉄パイプを手にしている男の股間に、佳代の右膝の一撃が決まった。睾丸を粉砕された男が苦悶の呻きと共に崩れると、
「何しやがるこのガキャアッ」
と叫びながら一人が散弾銃を構え、もう一人は金属バットを振り上げた。私は左右の袖口に仕込んだメス状の投げナイフを男二人の喉笛に放った。二人は得物を取り落としながら昏倒する。騒ぎを聞きつけて現れた数人を、美貴のモーゼルが片端から撃ち倒す。
「突入」
右に特製拳銃、左に妖刀村正脇差を構えた「バッコスの信女B・B」佳代が命じる。
彼女を先頭にモーゼルを構えた「カサンドラ」美貴と、右に投げナイフ、左にダガータイプを構えた私「メドゥサ」由美が続く。
校内を突き進む私達の眼前に、次々とごろつき共が出現して行く手を阻む。いや阻もうとする。彼らの手にする得物というのはもう本当に雑多のひとことで、前の三人のそれに加え、木刀やら日本刀やら青竜刀やら西洋の剣やら、斧に鉈に鋸に出刃包丁。銃の方もまた雑多、コルトやらトカレフやらベレッタやらワルサーやら銃弾の互換性も何もあったもんじゃない。おまけにろくろく狙いも定めずに暗い所でぶっ放しまくって同士討ちしている有り様だ。
B・B佳代はいつものように冷静沈着、右のライラプスを至近距離から敵の急所へと確実に撃ち込み、左の村正で寸断して行く。
カサンドラ美貴は銃床ショルダーストック継ぎ足しカービン仕立てモーゼルを膝撃ちの形で構え、B・Bと私の背後から正確無比な援護射撃を送ってくれる。
私は投げナイフを前方の敵の喉笛に打ち込み、刃物で迫る相手の脇をすり抜けさまに、その手首の動脈を切って戦闘能力を奪う。立ちはだかろうとする敵には「メドゥサのまなざし」を喰らわせ、身体を硬直させて討ち取るのだ。
前方の廊下は左右に分かれている。両方の角に敵が潜み、待ち構えているのが判る。
「伏せて!」
後方の美貴が叫び、私達はその言葉に従った。私達の頭上を美貴がスカートの中から取り出したドイツ製M二四柄付手榴弾──通称「ジャガイモ潰しポテトマッシャー」がくるくる回転しながら飛んで行く。遅延信管の発火までは五秒。あんまり焦って早く投げると投げ返されてこちらがお陀仏。けどそこは美貴のタイミングである。廊下の左右に分かれているそのど真ん中の空間で、見事にジャガイモ潰しは炸裂し、両角に潜んでいた敵は瞬時にお陀仏と相成った。
表からもケイロンの六四式小銃の銃声、これに応戦するごろつき共の怒号、銃声、格闘の音が聞こえる。結構な人数が外に逃れ出ようとしたようだ。おじさん一人で大丈夫かな。あっちはあっちでこちらを心配してるんだろうけど。
余計な事だがこうして鉄火場で働いている間中、私の頭の隅の方では妙に冷静な思考がほとんど休む間も無く回転していて、それも現時点の状況とはぜんっぜん無関係な事を考え続けているのだ。私は現在某ネット上に大河恋愛ラノベの投稿を続けており、事実上の連載小説となっている。ずいぶん多くの人に読んでもらって、感想を寄せてくれるのは、ほとんど私達と同年輩の中高生だ。私達三人は一応小学生時代を普通の公立校で送ったが、「中学校」は三人きりの特別な施設だった。だから「学園生活」というのはほとんど資料を元にした、私の空想の産物に過ぎないのだが、なぜか多くの中高生達の強い共感を誘っているらしい。それで登場人物の中に女の子が二人いて、最初は佳世と美樹という名前で出そうと思ったのだけど、あんまり露骨過ぎるので順子と紀子に変えた。だけど容姿の描写や台詞回しはほとんどモデルそのものだから、いつも読んでるあの二人からは、あの子あれからどーなんのよぅ、ねぇ教えなさいよぅ、などとしつこく訊かれてる。実は今度、いよいよ順子が紀子にコクる場面にしようと思っているのだけど、その場所が問題なのだ。放課後の教室とか屋上とか体育館裏とかどこも陳腐に思えてならない。ここは暗喩メタファーを込めて女子トイレというのはどうかと思ったのだが、何やらこれが一番陳腐のような。どうしようかなー、困っちゃったなー、やっぱ更衣室か、それとも保健室か、なんて考えていたら、いつの間にやらその陳腐のひとつ、夜の学校の屋上に、私達は立っていたのだった。
向こう側には「ニュー新宿革命団」の団長と称する大男が仁王立ちになっている。大男と言うよりほとんど巨人。満月をバックに吠え立てておられる。
「オラオラこのメスガキ共、まだこの団長様が残ってるぜェ、俺を倒さなきゃ『ニュー新宿革命団』は打倒されたって事にはならねーんだぜェ、オラオラ悔しかったらかかって来なァ!」
「なにが三、四十人ってとこよ、もっといたじゃん。あの野郎、今度こそタマ潰してやるッ」
佳代が怒る。
「この辺のごろつき、みんな集まってたのと違う」
美貴がぼやく。
「そうみたい」
私がつぶやく。
「美貴、残弾は?」
佳代が尋ねる。美貴は愛銃モーゼルM1896を既にスカートの中に収納し、予備の小型拳銃モーゼルHSCを手にしている。
「二発ね」
美貴は肩をすくめる。
「こっちは三発。由美、投げナイフは?」
「無い」私はかぶりを振り、両手のナイフをかざす。「折りたたみ式フォールディングとダガーが一本ずつ」
「どうしようかなー、おじさんに来てもらう?」
だが校庭ではそのおじさんがごろつき共十数名と死闘を展開している最中だった。
「あっちはあっちで忙しそう」
「一人で大変」
「つー訳で、アレ、ウチらで何とかするしかないね。それにしてもでかいよなー、あいつ」
「ほら何てったっけ、あんな感じの化け物でさ、であいつ、右目にアイパッチ」
「キュクロプス」
「そーそー、一つ目の巨人。しかも禿頭」
「月明かりに良く光る禿頭だね、しかし」
「あれ、鉢金」
「あ、ほんとだ。古風な日本製ヘルメット」
「それとさ、左胸が膨らんでんの、あれスチールか何か仕込んだプロテクターと違う」
「防弾チョッキの代わり」
「そーだよ。サイズ合うの無いもんだから、急所だけカバーしてんだよ」
「ますますやりにくいなー。どうしよう」
「うーん(絶対に屋上だけはやめておこう)」
私達が困っていると、そのキュクロプスの方がじれて来た。
「オラオラ来いっつーてんだろがこのメスガキ共が、来ねェんならこっちから行くぞオラアッ」
と、キュクロプスが両腕を大きく振りかざして私達に見せつけたその得物というのが、右はかの有名なコルトパイソン、左はスレッジハンマーなる恐ろしさ。そして我が友ふたりはここぞとばかりに掛け合い漫才を始めるのであった。
「メスガキメスガキって失礼な奴だけどさー、あれぶっ放して振り回してこっち来るって、どうする?」
「カンベンして欲しいなー、ジャガイモ潰し、残しとけば良かったよーっ」
「今度束にして持って来なよ」
「馬鹿言え、そんなんどーやってスカートん中吊るすんだ」
「そりゃまあ、丈夫な貞操帯付けて、股間にぶら下げて」
「お前後で殺す」
「ちょっとやめてよぅ」
たまりかねて私がそう口をはさんだ途端、ズドーンという轟音と共にコルトパイソンが火を噴き、私達の背後の屋上出入口横の壁に大穴を開けた。狙いはてきとー。銃口の向きさえ読めば私達なら容易によけられる。
佳代は一転真剣な表情で、私達に相手の狙うべき箇所を目線と指の動きで素早く指示した。私達は無言で頷く。佳代は一歩前に出ると、両手の得物を挑発的に振ってみせて、こう叫んだ。
「さっさとこっちに来なさいよぅ、私達で遊んであげっから、図体ばっかでっかくて、まぬけでうすのろな一つ目小僧!」
「うがーッ!!」
キュクロプスはいとも簡単に挑発に乗り、右のパイソンをぶっ放し、左のハンマーを振り回し、私達めがけて突進を始めた。パイソンのマグナム弾が私達の周囲に次々と着弾するが、ただの乱射であり、よけるまでもない。私達は各々の得物を手に身構えた。キュクロプスの巨体が眼前に迫る。ぎりぎりまで引きつける。
その時、私はふいに、私達にアサシン技術のすべてを叩き込んだ女性の事を思い出した。コードネームはニケ。勝利の女神。まさに女傑。曾祖父に白系ロシア人を持つという、その大柄で強靭な肉体、精神力、そして技術。だがその表情はいつも悲しげだった。
(こんな事をお前達に教えたくはない)厳しい訓練の最中に彼女はそうつぶやいたのだ。(だがお前達は生き延びなければならない)
そのニケは今海外傭兵部で支局長テセウスの片腕として、文字通りの「勝利の女神」の威名を各地の戦場で轟かせていると聞く。最後に会ったのは三年も前か。ああ。ニケねーちゃんに会いたいよ。ちなみに佳代は彼女を「姐御」、美貴は「ニケ様」と呼ぶ。一番子供っぽいのはやっぱり私。
「今よ」
冷静にニケが、いや佳代が指示した。
美貴のモーゼルHSCが連射され、キュクロプスの両膝を正確に撃ち抜く。だがキュクロプスは崩れない。私の左のフォールディングがキュクロプスの右手首に、右のダガーが左手首に突き刺さる。だがキュクロプスは両手の得物を離さない。勢いこそ衰えたがなお動物的に吠え猛りつつ私達に迫る。
そして佳代のライラプスが火を噴いた。
キュクロプスの残る右目、喉笛、そして例によって睾丸に、残弾三発が撃ち込まれる。キュクロプスの咆哮が唸り声に変わり、その動きが大きく鈍った次の瞬間、佳代は跳んだ。
その左手の村正が右から左へと鮮やかに薙ぎ払われ、キュクロプスの頭部は血しぶきと共に満月に向かって舞い上がったのだった。
私達が正面玄関から出て来ると、校庭は一面ごろつきの屍でいっぱい、銃剣付小銃共々血だるまのケイロンのおじさん(私達も同じようなものだけど)が、さすがに肩で息をしながら迎えてくれた。
「おお、無事だったか。三人共、ケガは無いか?」
「おじさんこそォ」
「御安心あれ。例によってみんな返り血」
「一人で大変だったね」
「なーに、お前さん達には及ばねえよ。じゃ、長居は無用だ。後は清掃部に任せて、さっさと引き上げようぜ。お互い、ひどい姿だしな」
「ほんとだ」
「帰ろ帰ろ」
「お風呂入りたい」
スペインのトマト祭りの参加者のような姿のおじさんと私達三人娘は、ぞろぞろとワゴン車に乗り込み、鉄火場を後にしたのだった。
女子寮パルナッソスの大浴場に私達は三人きりで入っていた。さすがに大仕事を終えた者達にはその辺の配慮はされ(当然鉄火場とは縁が無い一般女子社員への配慮でもある)、血染めのメイド服は脱衣場から内部のクリーニング施設に回されて、私達が風呂場から出た時には、清潔な下着とパジャマが待っているのだ。まあ各個室のバスルームには湯船は無いけどシャワーはあるので、他の皆さんはそちらを御利用願いますという事。
私達がいかにタフでもさすがに今日の仕事はきつかった。あの大人数に加えてあんな化け物相手にしたんだもの。私達はしばし無言で湯につかり、ひたすら疲れを癒そうとしていたのだ。
ところがここで我らがエキセントリック美貴がまた、突然カッと目を見開くなり、何やら訳の判らぬ事を大声で叫び始めたのであった。
「おととととい、ぽぽい、だあ。おお、アポロン、おお、アポロン。え、え、ぱぱい、ぱぱい」
佳代と私はついに美貴が発狂したと思い、湯船の中で抱き合って震え上がった。すると美貴がきょとんとした表情で、青ざめている私達に向かってこう尋ねた。
「ん。どしたの二人共。真っ青じゃん」
「どどどしたのってあんたこそどうしたのよ! 今何を口走ってたの何を!?」
「あ、今の、これはね、実はね」
と、現在ハマっているものについてしゃべり出すと止まらない、おしゃべりかっちんの暴走がまた始まったのだった。
こういう場合私はいつも目を開けたまま眠る事にしているが、湯船の中でそれをやるとさすがに危ない。良くてのぼせ、悪くて溺れる。だから聞かざるを得なかったのだけど、えーつまり、ギリシアの悲劇詩人アイスキュロスが書いた劇「アガメムノン」(即ち私達にとってのサイテー上司のオリジナル)において、トロイア戦争の終結後、ギリシア軍の総大将アガメムノンが、滅亡したトロイア王国の王女カサンドラ(つまり美貴)を故国ミュケナイに捕虜として連行・帰国の際、予言者でもあるカサンドラは神がかりの状態となって、これから起きる惨劇についての予言を語る時、この意味不明の言葉を口走るのであって──
「もーいーから静かにしろーッ!!」
と、なおもしゃべり続けようとするカサンドラ美貴の頭を、佳代は押さえ込んで湯の中に沈めてしまった。
一度水中ストップウオッチを手にして計ってみたのだが、私達は三人共水中では三分くらいは平気でいられた(これも異常)。だけどこれはしゃべっている最中だったので、佳代は三十秒くらいで勘弁してあげた。
ぶはーッと鯨の潮吹きみたく口と鼻からお湯を吹き出しながら、顔を上げた美少女美貴は、しばらくぜいぜいと息をしてから佳代に言った。
「あんたアタシを殺す気かーッ!」
「ほんとにその気ならあんたとっくに浮いてるよ」
「うん」
それから私達は何事も無かったかの如く、赤青黄の三色パジャマを着て、遅い夕食を摂り、今夜は佳代の部屋で寝ようという事になって、そこに入った。
布団をつなぎ合わせ、寝床を作ったところで、青パジャマのカサンドラ美貴が、パチンと左の手のひらに右の拳を打ち込んで、佳代に言った。
「さーて。さっきのリベンジといこうかねェ」
「何よ。やる気?」
赤パジャマのB・B佳代が受ける気満々で応じる。
「あったり前じゃん。危うくドザエモンにされるところだったんだから」
「ふっ。改めて布団のマットに沈めてやるわよ」
「覚悟!」
「来いッ!」
私はいつものように布団の隅に正座してレフリー役を務める。数時間前の鉄火場の光景からすれば、布団の上のパジャマ・レスリングなど、ほとんど猫のじゃれ合いだ。上に下に髪振り乱して取っ組み合う二人を眺めながら、あれ程きつい仕事をこなして疲労困憊していた筈なのに、風呂に入ってたちまち回復、元気一杯レスリングとは、一体私達って何者なんだろうと思えてならない。サイボーグかアンドロイドじゃないかしらん。自分では人間だと思ってるだけで。でも異常な能力スキル以外の点は私達完全に普通の女の子だもんなぁ。アレだってあるしアレもアレも。
ちなみにここは一階で、壁は完全防音だから、いくら騒いでも苦情が来る心配はまず無い。
もうひとつ。内務班による盗聴・隠しカメラの監視が気になるけど、これまでのところ、少なくとも私達の部屋からは見つかった事は無い。油断せず、何度も調べているけれど。
さすがに冷酷非情なあの連中でも、私達のプライバシーには配慮してくれた、のではなく、年頃の女の子の部屋をのぞくというサイテー行為で、凄腕アサシンでもある私達の怨みを買うのは得策ではないという、ごく平凡な「合理的判断」によるものだろう。そこまで馬鹿ではないという事だ。
そうこうしているうちに、髪もパジャマもメチャクチャに乱した佳代と美貴が、これも乱れた布団の上で、ぐったりと折り重なり、ひーひーぜーぜー息をしていた。私が宣言する。
「はい、引き分け」
「・・・・・・さすがに疲れたぁ・・・・・・」
「・・・・・・もう寝ようよ・・・・・・」
「そだね。もう寝よう」
私は立って、二人を抱え起こし、乱れた髪とパジャマを直す手伝いをして、布団も直し、床に着いた。例によって右が佳代、左が美貴、真ん中に私。また例によって美貴はモーゼルを抱いている。佳代が見とがめる。
「ちょっとあんた。それ実弾タマ抜いた? 安全装置は?」
「大丈夫。万が一の時は自分の顎ぶち抜くだけの事だから」
「ちょっとやめてよ。冗談じゃないわよ!」
「もーケンカやめてっ」
私が言うと、二人はシュンとなった。
「・・・・・・そだね。ごめん」
「うん。ごめん」
美貴は「モーちゃん」の安全を再確認する。
「じゃ、消して」
と、私が言う。
「うん」
佳代がリモコンで天井灯を消した。
闇の中で、佳代がぽつりと言った。
「今日私達、何人殺したかなぁ」
「判んないよー」
「数えてない」
「ごろつきったって、あの人達にも親兄弟、いるよね」
「うん」
「いる」
「私達、地獄に堕ちるかな」
「そもそもあんの、地獄なんて」
「下界、黄泉よみの国、タルタロス」私はつぶやく。「ここがそう」
二人はしばらく黙り込む。
やがて口々にこう言った。
「由美が言うと何か重いねー」
「ほんとだね」
「そかな」
「うん」
「ほんとだよ」
「そかなぁ」
「じゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」
私達は目を閉じた。ほどなくして、二人の寝息が聞こえて来た。これまたいつものように私が一番寝つきが遅い。美貴の「むにゃむにゃ私のモーちゃん」という寝言もいつものように聞こえる。
明日の朝、私達は今朝と同じように、カーテンの隙間から射し込む朝陽と小鳥の声で目覚めるのだろう、多分。
いつまでこの非日常的な日常が繰り返され、私達はいつまでこうして川の字になって寝られるのだろうか。私はそんな思いに沈みながら、ゆっくりと眠りに落ちて行くのであった。
キャラと設定固めがまだ続きますが、土台がしっかりしないと建物は崩れますので御容赦下さい。