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今回はとっときのセリフでキメちゃうからねーっ

 犬にたとえるのは犬に失礼なおっさんのてんまつです。


 おじさんとおっちゃん、そしておっさんとおやじ。

 私達にとってこの似て非なるもの、ふたつのカテゴリーの間に横たわる溝の深さたるや、世界最深のマリアナ海溝すら越えるのだ。そのおっさんの方がウチらに声をかけて来たのである。

 さてその真意は如何に。

 おっさんは何を考えているのか。

 これまでいろいろあったけど、これからはおじさんと仲良くしようねー。単にそういう事なのか(あー気色悪)。

 それとも。

 ふっふっふっ、まんまと罠に掛かってくれたなメスガキ共、ゼウス様ァ、やはりこいつらの本音はこうでしたぞ、粛清しませう、ご褒美ちやうだい。

 やっぱこっちの方があいつらしいなー。

 どっちにせよ、これを機として、私達はルビコン川を渡る決心を固めたのであった。


 その日。私達三人娘は予定通り上司アガメムノンの部屋に呼び出され、午後の仕事の指示を受けた。都内某所を襲撃し、標的の××を抹殺せよ。それは室内監視カメラ及び盗聴器向けの双方馴れ合いの演技であった。某所も標的も初めから存在しない。

 私達は了解し、上司の部屋を後にした。三人共無言のまま廊下を歩く。さすがに緊張の色は隠せない。いよいよ始まるのだ。いったんそれぞれの個室に戻り、最後の準備を済ませ、私達は地下駐車場に降りる。

 ここでいつもならケイロンのおじさんか、ダイダロスのおっちゃんが運転するワゴン車に乗るところだけど、この日私達を待っていたのは、アガメムノン運転のベンツであった。アガメムノンは私達に言った。

 「乗りたまえ。駐車場から道路までの監視カメラは、予定通りの『不具合』が発生している」

 私達はベンツの後部座席に乗り込んだ。さすがにいつものワゴン車とは、乗り心地というものがまるっきり違う。ベンツは駐車場を出、都内某所に向かって走り始めた。

 「良く呼びかけに応じてくれたね」

 振り向かないまま、アガメムノンは言った。

 「あのー、ひとつ大変失礼な事をうかがいますけど」

 と、私が言った。

 「これが罠でないという保証ですが」

 と、美貴。

 「何かありますか」

 と、由美。

 「君達がそんな風に疑うのも無理はない。ならば私が、これまであの、ゼウスなどと称して威張り散らしていたあの男の下で、如何に忍耐に忍耐を重ねて来たかを、詳細に語って進ぜよう」

 「えーと、それはとりあえず置いといて」

 「何か最近、あったんでしょうか、その」 

 「決定的な事が」

 「あったなどというものではない!」

 アガメムノンは両手をハンドルに叩きつけ、喚いた。白いものの目立つ髪が怒りで逆立っている。どーでもいいけど事故だけは起こさないでよね。

 「例の富士の裾野の作戦について、君達と打ち合わせた翌日の事だ。私はあいつと話していた。あいつはいつものように私を見下し、小馬鹿にし、懸命に()を抑え、下手に出ている私に向かって、ついに言ったのだ、『君はバカかね』と! いい大人に面と向かって言う言葉かね、これが! どうしてこれが許せる、許せんだろう、そうは思わんかね、君達ーッ!!」

 ウチらは顔を見合せ、「ハァーッ」と溜息をついたのだった。どうやら罠の線はこれで消えたみたい。演技でこれをやってるんだとしたら大したもんだけど、そんな器用な人物じゃないし。

 「とうとう言っちゃったんだ、それ」

 「時間の問題だとは思ってたけど」

 「『バカめ』よりはマシ」

 「ななな何だそれはどういう意味だ」

 「いやー判んなくてもいいんですよ」

 「別に恥じゃありませんから」

 「知ってる方が変」

 「それより運転に集中して下さい」

 「お話はちゃんとうかがいますから」

 「事故ったら終わり」

 「・・・・・・」

 車はほどなく、ある高級マンションの地下駐車場に入った。

 「ここが私のセーフハウスだ」

 アガメムノンが得意そうに言う。私達は何気に目配せを交わし、つつき合ってモールス会話をする。

 (いわゆる億ションじゃんここ)

 (いい御身分だこと)

 (このベンツといい誰の稼ぎよ)

 ベンツを降りた私達は、そのままエレベーターホールに向かう。

 「会社のスマホの電源は切って来たかね?」

 アガメムノンは先を歩きながら尋ねる。

 「それはもう」

 「内務班(ケルベロス)に怪しまれませんかね」

 「今回の君達の任務は特別なのだとアルゴスには言っておる。ちなみに私のこれも自前の物だ」

 アガメムノンはゴテゴテと装飾付きのカバーに包まれた、高級スマホを取り出してみせた。うわー、いつぞやのナイフ小僧を思い出す。美貴はかぶりを振り、由美は憮然とそっぽを向く。考える事はやっぱ同じだ。

 私達はエレベーターで九階まで上がり、廊下を歩いて、「911」というルームナンバーのドアの前に立った。わざと選んだ番号だとしたら、かなりの悪趣味だ。

 「ここだ」

 「はあ」

 アガメムノンはもったいぶって三重ロックを解除し、私達を中に引き入れた。照明のスイッチを入れる。天井の豪華なシャンデリアが輝く。その下にテーブルをはさんでソファが向かい合っている。窓のカーテンは全て閉め切られ、他に家具らしい物は見当たらない。ただっ広く、がらんとしている。セーフハウスって、ここで一体何するつもりなんだろ、このおっさん。やはり罠?

 「ま、掛けたまえ」

 アガメムノンは私達をソファに座らせ、向かいの席に腰を下ろした。私達は互いの腰をつつき合う。

 (ちょっとゴワゴワするよこれー)

 (見かけは高級ソファなのに)

 (感じ悪)

 (それよりお茶も出さないつもりなの、このおっさん)

 (まあ出されても飲む気しないけど)

 (何入れられるか判らん)

 「まあメッセージで伝え、車の中でも話した通りなのだ」アガメムノンは私達を見回し、こう言った。「どうかこれまでの事は水に流し、私をそちらの仲間に加えて頂きたい」

 アガメムノンはそこで頭を下げた。

 私達はしばし無言でその頭を見つめた。

 「······おっしゃりたい事は、理解しました」私は言った。「さて、あなたを味方にする事による、私達のメリットは、何でしょう?」

 「え」

 アガメムノンはぎょっとして顔を上げた。

 「何か武器とか、使えます?」

 と、美貴が尋ねる。

 「拳銃なり、ナイフなり」

 と、由美。

 「やっぱし、即戦力になってもらいませんとねぇ」

 と、腕組みして、私。

 おっさんは慌ててこう言った。

 「た、確かに、私には、君達のように、得物を自在に操るみたいなまねは無理だ。だが私には、提供できるものがある」

 「それは?」

 「情報だっ。私は長年に渡りSCSの中枢にいた男だぞ。あの組織のあらゆる事を知り尽くしておるのだ。例えばだ。君達が生まれる前、SCS結成に至るまでの過程において、現在ゼウスを僭称しているあの男が、どれだけ卑劣な手段をもって組織を乗っ取り、私がどれだけ果敢に抵抗したかをだな」

 「でもずーっとその部下に」

 「そ、それは真にやむを得ず、今日(こんにち)あるまでを忍耐していたという事なのだ。さあまず聞いてくれ。その道のりが如何に困難なものであったかという事を」


 ······おっさんの話はたっぷり一時間は続き、由美めっちは例によって目を開けたままぐっすり眠り、美貴かっちんと私びーびーもほとんど半覚半睡状態だった。

 「という訳なのだ」アガメムノンは語り終え、私達を見回した。「どうかね。驚いたかね」

 私達は意識を取り戻した。

 「えーと」

 「何を」

 「ですか」

 「あ」

 アガメムノンは私達の冷ややかな反応に驚いた。

 「なな何なんだそれは。君達人の話を聞いてなかったのかねっ」

 「ちゃんと聞いてましたよー」

 「うとうとしてても」

 「記憶してる」

 「これもウチらの特技のひとつなんだけどね」

 「まーほとんど知ってる話ばっかで」

 「がっかり」

 「何だと」アガメムノンはのけぞった。「そそそれは一体どういう事だッ」

 ウチらはがらりと態度を変えた。

 「大体ねー、あんたねー、自分一人いい子になろうったってさー」

 「そんなに世の中甘くないんだから」

 「バカめ」

 おっさんは酸欠金魚よろしく口をパクパクさせている。

 「そもそもあんた、自分の本名さえ名乗ってないじゃん、まだ」

 「そ。元徳川自衛軍経理部主計少尉」

 「馬崎陣八郎(まざきじんぱちろう)殿」

 「ぐお」馬崎元主計少尉は泡を吹く。「どどどこでそれを。誰から聞いたッ」

 「ま、教えちゃっても、いいかな」

 「もう大丈夫だよね」

 「うん」

 「その前にさー、あんた自分がボス共々、不名誉除隊になったって事も、話してないじゃんか」

 「そーそー、二言目には『自分は反対した』『やめさせようとした』ばっか」

 「嘘つき」

 おっさんが自分に都合のいい話として作り変えた部分を、ウチらの知るところで修正すると、ざっと次のような感じである。

 馬崎元少尉殿の上官の本名は、武田口將暢(むたぐちまさのぶ)元主計大尉殿。つまり現SCSゼウス様。だけど当初のコードネームはディオニュソス、即ちバッコス。私ことびーびーの主神になっちゃうのよきゃーやだーっ。このへんの事情はまた後日。

 彼ら自衛軍経理部の腹黒コンビによる多額の機密費横領事件は、足元が揺らぎつつある徳川政府においても、自衛軍にとっても、絶対表沙汰にしてはならない、大不祥事だった。

 という訳で事の元凶の二人は不名誉除隊、つまりクビ。だけど罷めさせて済む問題じゃない。刑事事件としては揉み消し、臭い物には蓋しても、当然言われる。

 金返せ。

 さあどうする。

 まともに働いて返せる額じゃない。遊興費・借金返済・生活費に使い込んで、残金はほぼゼロだ。

 そこで腹黒コンビが目をつけたのが、SCSの前身、出来立てのほやほや非合法仕事人集団「アルペイオス」だったのだ。

 ちょっと解説。「アルペイオス」というのは現SCSでは「清掃班」つまりウチらの仕事の後始末部隊である事は、既に何度か触れている。

 その意味。かの英雄ヘラクレスがいろいろあって十二の難儀を押しつけられ、そのうちのひとつが、三十年間三千頭の牛を飼いながら、一度も掃除した事が無いという(ぎゃーっ)「アウゲイアスの家畜小屋」の清掃だった。 

 ヘラクレスは肥溜め同然のこの小屋を、アルペイオスという川の流れを逆流させ、その奔流をもってきれいさっぱり掃除してしまった。これが「清掃班」の名前の由来。

 で、現SCS──スパルタ・クリーニング・サービスの前身組織が、この名前だったという話なんだけど。

 その創始者こそが、「クロノス」即ちゼウスの父。元警視庁キャリア・今崎茂三郎警視正。

 「つまり、あんた達が殺した人」

 私がおっさんに指を突きつけ、冷たく言うと、元少尉殿は顔面真っ青、次に真っ赤になって喚き散らした。

 「わわわ私は殺っていない! 私は反対した、やめさせようとした、殺ったのは武田口と、いまケルベロスを構成している奴の手下共、軍警察の外れ者ばかりのゴロツキ達だ、私は潔白だーッ!!」

 「ちょっと金切り声上げないでくれるー、頭痛いから」

 「そんな反対ばっかしてて、あんたが今の地位にいる訳ないじゃん」

 「見苦しい」

 つまり、都内某署々長を勤めていた今崎警視正は、その任期終了と同時に退職、かねてから構想を練っていた非合法組織、仕事人集団、いわゆる「正義の味方」団体の編成に着手した。

 キャリア警察官僚としての有能さの影で、あまりに純粋な正義感を持ち合わせ、警察組織における犯罪捜査の限界と、数々の矛盾・軋轢に、その内なる正義感を押し殺し続けていた警視正は、ついにぶち切れ、誓ったのだ。

 「今後、社会悪は自分が裁く」

 そう決心を固めた元警視正は、社会の清掃人集団「アルペイオス」を秘密裏に結成したのであった。

 だが、その詳細については次回で語られる事になるけれど、彼の「クロノス」としての仕事は、最初のそれが最後になってしまった。そこに純粋エリートの脇の甘さを見るのは酷かもしれないが、彼は文字通り「軒を貸して母屋を取られる」を演じてしまい、組織共々その命までも奪われたのだ。

 人手不足につけ込まれ、清濁併せ呑むつもりでこの不良軍人共の売り込みにやむなく応じた「クロノス」の、世の悪を清掃するという当初の意志は、彼の生命と共に失われ、正義の味方の仕事人集団として発足した「アルペイオス」は、早々によろずアサシン組織「スパルタ・クリーニング・サービス」として生まれ変わり、大繁盛したのであった。

 で、さっきのおっさんの「誰から聞いた」なんだけど。

 「その今は亡きクロノスこと今崎元警視正、未亡人」

 「壇ノ浦元子──つまり佳代っちのお母さんと、あんた達がウチらに教え込んでた人」

 「本名、今崎素子さん」

 「何だとーッ!?」アガメムノン──馬崎元少尉は仰天した。「あ、あ、あのババァ、いつ正気に戻った! それに、お前達とのやりとりは、全て我々の監視下にッ」

 「あーその『ババァ』のひとこと」

 「完全に終わったよ、あんた」

 「楽に死ねない」

 「何だと。何が終わりだ。何が楽に死ねないだッ」

 馬崎のおっさんは血走った目でウチらを睨みつけ──そしてニヤリと不気味に笑った。

 「ふっ。まあいい。俺だってこういう事態は予想していたさ。お前達がここまで知っていたとは、想定外だったがな。詳しい話は後でじっくりと聞かせてもらおう。今回は武田口、いやゼウスCEOに楯突くのは見送る事として、とりあえず、手土産にッ」

 おっさんは右手の人差し指にはめた指輪(ゴテゴテのを三つも四つもはめてんだ)を親指の腹で押し、同時に左腕で自分の顔をかばった。 

 バシーッという衝撃音と共に青白い閃光が飛び、室内は焦げ臭い白煙に満たされた。おっさんは咳き込みながら、してやったり、と左腕を顔から下ろし、黒焦げのソファの上で白目を剥き、泡を吹いて気絶している、生意気な三人娘の姿を眺めて笑おうとした。

 だがおっさんの目に飛び込んで来たのは、テーブル上で仁王立ちになってるウチらの靴とスカートとエプロンだった。

 ウチらは唖然としているおっさんを冷たく見下ろし、言った。

 「あのさー、ウチらを誰だと思ってるワケ?」

 「座った瞬間に判っちゃったわよ、あーこれ通電性だって」

 「卑怯者」

 「糞ッ」

 おっさんはふところに右手を突っ込んだ。すかさず由美の「メドゥサのまなざし」が光り、おっさんはこちんこちんに硬直する。

 ウチらはテーブルから飛び下りると、とりあえず私がおっさんの左肩、かっちんが右肩の関節を容赦無くごきごきと外し、めっちがおっさんのふところから拳銃とスマホを引き出して、テーブルの上に置いた。

 それから私は用意の手錠と紐をポケットから取り出す。おっさんの両手に掛けた手錠の鎖に紐を結んだ。それからよいしょっと力を合わせて、まだ固まってるおっさんをテーブルに乗せ、紐をシャンデリアに投げ掛け、引っ張り、その端をおっさんのベルトの後ろ側にくくりつけた。

 おっさんは関節を外された両腕をシャンデリアから吊るされ、テーブル上にふらふら立ちの格好になった。共同作業を終えたウチらは、腕組みをしてこれを見上げる。

 「まーテーブル蹴飛ばしてぶら下がったら、シャンデリアが落っこちて外れるかもしれんけど」

 「両腕ひきちぎれるか、頭の鉢が割れるか、どっちかだと思うから」

 「やめといた方がいい」

 「うぐぐぐぐーっ」ようやく口が動くようになったおっさんが、唸り声を上げた。「ひひひはまら、ほんなほとをひて、ははてふむと、ほもっへひるのは」

 「こんな事をして、ただで済むと思っているのか、でOK?」

 「そりゃあ、あんたの事でもあるね」

 「そ」

 「で、さっきのあんたの質問だけどさ。『お母さん』今崎素子さん、もうずいぶん前から正気に戻っててね。私達が今の仕事に着く頃から、これね」私は両手の指を動かしてみせた。「私やこの子らと抱き合ったり、手を握るたびに、モールスで通信して来てね」

 「それと耳元でささやくのよ、断片的な言葉をね。私達はあんたらの監視を警戒して、夜、部屋で川の字になって寝て、掛け布団の下で互いの手をつついて、情報の統合化と共有を繰り返し、何があったのかを知ったって訳。監視カメラで何見てたの」

 「たわけ者」

 「彼女の旦那さんを殺し、組織を乗っ取り、薬で廃人同様にして、私の、いえ私達の『お母さん』を演じさせて、事実上の人質にするなんてねぇ」

 「よくそこまで卑劣な手段、思いついたものよねぇ。だけど残念。最後に勝利するのは、忍耐強いハムレットなのよ」

 「猿もどき」

 「その一方でさー、アサシン稼業ってあんたらの狙い通り、いい稼ぎだからねー。落ち目とはいえ、まあそれゆえだけど、政府機関の汚れ仕事、請け負っちゃうくらいだもんね、この間みたいにさー」

 「で、自分達の横領分の返済も罰金分の利子付けて終えちゃって、それでもまだ稼ぎ足りないとばかりにさー、弱味を握った有能な人材に汚れ仕事を強制して、暗殺班(エリス)はますます充実と。ウチら三人娘はいわばその純粋培養版ってな訳だ」

 「守銭奴」

 「ま、ウチら元々、戸籍の無い存在で、何をどうでっち上げようが、勝手次第だった訳だけどさ。初めからいない親と、ありもしない借金捏造してさ」

 「こんなに可憐な乙女達を使役し、搾取するなんて、少しは良心、痛まなかったの?」

 「鬼畜」

 「さて、何か言いたい事があるなら、うかがいましょうか、馬崎くん。まだ自分は反対したとでも?」

 「むしろ上官焚きつけてたの、あんたの方みたいじゃないのさ。そのうちあのおやじ、威張り散らし始めて、面白くなかったんでしょ、あんた」

 「阿呆」

 「うぐぐぐぐっ。み、瑞谷、あの女も、知っておるのかっ」

 「当ったり前じゃん。例のカラオケボックス、あそこで情報交換してたんだから」

 「何だとーッ、ダイダロスの報告ではそんな事は全然」

 「あーそれねー。おっちゃんの若年性パーキンソン病の娘さん、人質にして、ウチらスパイしろって、命じただろ。お前これだけで、耳鼻削いでもいいな」

 「やろうか」

 「まあ待て待てめっち。気持ちは判るが話はまだ終わってない。でさ、おっちゃん嘘つけないもんだからさ、もうバレバレで。しまいにスマンってウチらに土下座してさ」

 「詫びるのウチらの方だったよ。おっちゃんに頼んで、ウチらなーんにも知らずに、アニソン歌ってまーす、そういう報告上げてもらってたんだから」

 「豚未満」

 「あーそれとぉ。ウチら休日に街まで出かける時、替え玉とすり替わってたの、気づいてた?」

 おっさんはシャンデリアをガシャンガシャンと鳴らしてのけぞった。ほらほら両腕が肩から抜けるか、重たいのが頭の上に落ちちゃうぞ。

 「何だとーッ!? ケルベロスの報告ではそんな事はひとこともッ」

 「えーホントに気づいてなかったんだ」

 「嘘みたい」

 「信じらんない」

 私達は声を揃えた。 

 「無能っ」

 「あ、そーだ。あれ、お返ししとこうよ」

 「そだね」

 「返そ」

 ウチらは電源オフの各々の「社員用スマホ」を取り出し、テーブル上に置いた。その時、さっきおっさんから取り上げた、古風で優美なデザインの拳銃が、何であるかに気づいたかっちんは、金切り声を上げたのだった。

 「ベレッタM1934!」

 私達はまた声を揃えた。

 「生意気ーッ!」

 かっちんがそのイタリアの名銃を取り上げ、わなわな震える手でおっさんに銃口を向けた。

 「こここんな名銃をよくもよくもあああんたみたいなおたんちんが許せない許せない許せないーッ」

 「落ち着けかっちん」

 「我慢我慢」

 ウチらは左右から怒りにわななくかっちんを抑えた。おっさんは真っ青になり、全身ガタガタ震わせている。ちょっと洩らさないでよね。あ、何か言うぞ、おっさんが。

 「ききき君達、待て、は、話せば判る、たた確かに、借金をでっち上げて、働かせたのは悪かった、その他いろいろ含めて、あ、謝る、きき給料が安いと言うんであれば、今後は二割増し、もちろん『借金』の棒引きは無しだ、先日の大作戦については、お、遅ればせながら、ボーナスを」

 ウチらは呆れて顔を見合わせた。

 「なーにを今さらァ。それにお金ならあるからいーですよぅ。ウチらが『趣味』で使ってた、自前のパソコンやスマホだけどさ」

 「びーびーはイラスト、私は楽曲、めっちはラノベ、あ、ライトノベルって、知ってる、おっさん? みんなネットでいい値で売れてんだ。その稼ぎでいろいろと、準備してたのよね、ウチら」

 「なな何だとォ、副業は社則で禁じておる筈だッ。そ、それにお前達の口座には、そんな入金記録など」

 「あのさー、会社が管理してる口座にさー、禁じられてる副業の収入なんか、入金させる筈無いじゃん」

 「ネットバンクって知らないの?」

 「無知」

 「それにね、ウチらの自前のパソコンやスマホ、ウチらの留守中にチェックしてたみたいだけど、別に怪しいとこ、無かったでしょ」

 「あんたらのチェックなんてザルよザル。所詮はふたつアナなのよね、あんたらの頭の中ってさ」

 「そそそれはどういう意味だッ」

 「アナログにアナクロ」

 「結局世代が違うって事。それと一応教えとくけどさー、ニケの姐御、ケイロンのおじさん、ダイダロスのおっちゃんと奥さんと娘さん、それに瑞谷先生、今崎素子さん」

 「こちらの『GO』のメールと同時に行動開始で、全員行方不明の筈だから、捜しても無駄だよ。まあ、あんたはもう、関係無いけどね」

 「何だとーッ!」

 「何だと何だと。さっきからそればっか」

 「馬鹿の一つ覚えもいいとこだね」

 「ぼけ」

 「てな訳で、どれどれ」

 私はおっさんのゴテゴテカバー付き自前スマホを取り上げ、電源を入れた。 

 「ふーん。やっぱ顔認証だ。ほれおっさん。こっち向け」

 私がスマホを差し向けると、おっさんは必死に顔をそむけるが、由美めっちがフォールディング・ナイフの刃を起こして、おっさんの足首のあたりをつんつんすると、しぶしぶ顔をスマホに向けた。

 「よし入った。電話帳電話帳──ゼ・ウ・スっと。あったあった」

 「ま、待て、何をする、やめろーッ!」

 おっさんがじたばたするのを、美貴かっちんがベレッタの銃口でそのデバラをつんつんして大人しくさせた。

 私はCEO直通のナンバーをタップした。腕を伸ばし、来るぞ来るぞーっと思いつつ、呼び出し音を聞く。ほどなく、サイアク社長の罵声が聞こえた。

 『何の用だ!』

 思った通りの反応だ。私はスマホを耳に当て、気楽な調子でしゃべり始めた。

 「あ、もしもし、ゼウスぅ? ア・タ・シ、おちゃびー。今ねー、キミの側近の、あ、元、かなァ、馬崎陣八郎サンの、セーフハウスの億ションでね、ウチら三人、そのステキなカレといっしょなのー。それでさー、なかなか面白い話、聞かせてもらってねー、こんな感じ」

 私はペンシル型のレコーダーを取り出して、再生スイッチを押した。

 『情報だッ······今ゼウスを僭称しているあの男が······』

 おっさんのさっきの声が流れ始めた。テーブル上のおっさんの顔色はもはや紙のように真っ白だ。スマホからはCEOの怒りの歯ぎしりが聞こえて来る。

 「という訳でー、ウチら三人、本日付で退職しまーす。今までどーも、お世話になりましたー」

 「お世話になりましたー」

 美貴と由美も声を揃える。

 「ま、このセーフハウスの位置もこれですぐ特定されて、ケルベロスのこわーいおっさん達が駆けつけて来るでしょうから、ウチらその前にトンズラするのでよろしく。あ、トンズラってもう死語? 古いよねー、おっさんとおやじに合わせてあげよーと思ってさー、アハハハハッ。では後日、三人娘、改めて御挨拶にうかがいますので。姐御とおじさんもいっしょにね。それじゃ、武田口將暢(むたぐちまさのぶ)元主計大尉殿、またねー、バイバーイ」

 私は壁際にスマホとレコーダーを重ねて置いた。おっさんのレコーダーの録音の声と、向こうでおやじが怒り狂って何やら喚き散らしているのを聞き流しながら、私は美貴と由美に言った。 

 「さーて。今回一度だけ、私がかっちんのお株を奪わせてもらうもんね。張り切っちゃうよ」

 「えー。あんたまさか」

 「マジやる気」

 「あー見たくないならいーよ。そこで二人で顔覆ってなさいな」

 二人が言われるままに「あーっ」と顔を手で覆うのを視界の隅に留めながら、私は足をさっと開き、両手の人差し指・親指・小指を立て、両腕を胸の前でクロスさせ、あの「決めポーズ」をばっちりキメ、あの「決めゼリフ」を叫びつつ、テーブル上のおっさんの股間めがけて、思いっ切り跳躍したのでありました。

 「月に代わってお仕置きよーッ!!」

 「ぎゃああああああああああっ」


            ※


 深夜の東京湾。一隻の中型クルーズ船の甲板より、錆び付いたドラム缶が真っ黒な海面めがけて投げ込まれた。中にセメントでもぎっしり詰められていたものか、ドラム缶はほとんどあぶくも立てずに波間に消え、そのまま海底のヘドロの中に沈み込み、二度と陽の目を見る事は無かった。

 次回、慌てふためくおやじどものお笑いの一席です。

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