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打ち上げが終わったらおっさんが近寄って来たのよきゃーっ

 クライマックスのプロローグとなります。


 「何の打ち上げ?」

 ナァちゃんがニコニコ笑いながら尋ねた。まさか本当の事は言えない。バイト先の関連企業のイベントが成功したので云々(ある意味正しいんだけどさ)てな事を言ったら、ナァちゃんはそれ以上詮索せず、いつものように一生懸命働いてくれたのだった。

 かっちんの左頬のバンソウコウについても、ナァちゃんが心配そうな目を向けた途端、

 「これねー、ニキビ潰しちゃったの、気にしないでっ」

 これでOK(ニキビなんかできた事無いなんて自慢してたくせにさー)。

 まあウチらにせよ姐御にせよ、その日打ち上げに集まったおじさんおっちゃん達を見ても、やはりただ者ではない事くらいは誰が見たって明らかだし、ナァちゃんも陳さんも薄々何かあるとは思っていたかもしれないけど、それを口はおろか顔にも出さなかったのはさすがだった。

 今回お官トリオにも一応声はかけたんだけど、やっぱり立場上まずいからという訳で断って来た。痩松さんは来たかったと思うけどなぁ、美貴会いたさに。美貴の方もまんざらじゃないみたいだし、どうなんのかな、あの二人。

 それともう一人。

 「私は直接関係無いから」

 「見送りに来てくれたじゃんか。いーから来いっ」

 半ば強引に姐御が瑞谷先生を引っ張って来た。

 そういう訳で貸し切りの上海亭店内は、ウチら美女美少女五人組とおじさんおっちゃんイカルスくん達により、大いに賑わい盛り上がったのでありました。

 しかし外でのいわゆる「仕事の話」はいくらアルコールが入っても御法度である。とはいえやっぱり現場の話はしたくなるもの、いなかった者は聞きたくなるもの、そこはあくまで主語をぼかしてこんな具合に。

 「アレは凄かったよなやっぱしアレは」

 「えー見たかったスよォアレ」

 「アレはさすがにアレだったよなァ」

 「そーそーアレはアレなもんだからアレはアレで」

 これで話は一応通じていたのだから大したものである。後でナァちゃんと陳さんはこんな会話を交わしていた事だろう。

 「日本の人ってアレはアレはでみんな話通じちゃうもんなんですね」

 「うーん。私もこの国長いけど、まだ良く判らない事多いよ」

 それでまあ、前からちょっと不安定さが目立って来て心配だった瑞谷先生なんだけど、チューハイ三杯でもうべろんべろん。

 「アンタ達無事で良かった無事で良かったぁーっ」

 隣の姐御に抱きついてそればっかつぶやいて。姐御がよしよしってなだめてて。心配したナァちゃんがお冷やを持って来ると、

 「あーっなっちーっ。この子の国今大変なんだから。アンタ何とかしてやってよーっ」

 と号泣しちゃって。姐御がナァちゃんに、

 「あーごめんね。コイツ昔から泣き上戸って、つまり、酔っぱらうとこうなっちうんだ。気にしないで」

 ナァちゃんは涙ぐんで、

 「いい方ですね」

 で、ナァちゃんがカウンターに戻ってから、私は美貴に尋ねたのだ。

 「そういや痩松さんには電話したの?」

 「向こうからは?」

 と、由美までが畳み掛ける。美貴は真っ赤になった。

 「ないない、してない、あっちからもないっ!」

 瑞谷先生がガバッと顔を上げた。担当医師モードに入っている。酔っぱらってだけど。

 「何何美貴が男の人に関心持ったの。ほんとなの。いつどこで誰と。教えなさい。早く先生に教えなさい!」

 「ちち違う違うんです違いますーッ!」

 これは脈がある。私と由美は目配せを交わし、ほくそ笑んだのだった。

 で、ケイロンのおじさんはダイダロスのおっちゃんやイカルスくん達にいじられてんの。

 「よーよーおめーあの子らにキスされたんだってなー」

 「えーKさん(イカルスくん達はおじさんをこう呼んでる)いいっスねェー、俺達にもお裾分けして欲しいっスねェーッ」

 「ナターシャにもされたんだってなーこのヤローッ」

 「えーマジッスかひどいっスよォ」

 「憧れてたのにー」

 「お姉さまーっ」

 「何だいうるさいね小僧共ッ」

 ケイロンのおじさんは困り果てた様子でウチらを見て、

 「おいおい何とか言ってくれよー」

 「だってねー」

 「ほんとだもんねー」

 「うん」

 あれから警察車輌でレンタカーを停めてあった駐車場まで送ってもらい、トランクに入れてあった着替えを車内で身に着けて(おじさんは車の陰で)、さて何気に帰ろうかとなった時、私達は予定の行動に移った。私・美貴・由美の順で、おじさんに抱き着いて頬に次々とキスをした。面喰らうおじさんに姐御がずかずか迫り、

 「どけどけ小娘共ーッ」

 と、ウチらを押し退け、おじさんを抱きしめ、濃厚なのをぶちゅーっ。いやーさすがは姐御だ。とてもあの真似はできない。所詮ウチらはまだまだ小娘だ。でも誰が話洩らしたんだろ。

 そういう訳で打ち上げはとても楽しく、無事終了したのでありました。 


 「用足し」の休日、私達は次のように行動する。

 私達は普段着で出かける(メイド服はあくまで仕事着、喫茶店や上海亭で着ている時は「休憩時間」なのっ)。当然、ケルベロスの尾行が付く。ほとんどルーテンワーク化してて、バレバレ、てきとーだ。だがこちらは絶対油断しない。

 私達は複数の替え玉娘とバイトの契約を結んでいる。それぞれに容姿・背格好の似た子がいる。同じ子は続けて使わない。彼女達は事情を知らず、私達が何者かも知らない。バイト代の中には質問無し・口止め料も入っているのだ。

 私達はデパートや駅のトイレで個別に落ち合い、衣服を交換し、すり替わって行く。替え玉トリオが完成すると、私達は個別に動き、各々の「用足し」を短時間で完了し、また替え玉と落ち合い、すり替わって行くのだ。

 外出時は携帯義務の会社のスマホ(当然GPSで監視中。機内モードか電源オフにしたいけど、さすがに怪しまれるからマナーモード)は替え玉に預け、着替えの際に返してもらう。この時バイト代も手渡しされる。お互い終始無言。

 万一、替え玉の手にある時に緊急呼び出しなんかで鳴っても出ないよう指示してある。後で「何で出られなかったか」の弁解をしなくてはいけないが、理由は何とでもつけられるし、今のところそういう事は起きていない。替え玉の子を危険な目に遇わせる訳にはいかないけど、その為の高額バイトだ。彼女達もそのつもりで真剣にやってくれてる。「私達」になり切って、街をぶらつき、ショッピングをしたり、買い喰いをしたり、普通の女の子の休日を演じている。

 ケルベロスの尾行は近くには来ない。すり替わりの途中、何気に逆観察すると、電柱の陰などから、ちらちらこっちを見、時おり暇そーにあくびなんかしてる。あれで気づかれていないつもりかしらん。まあ確かに退屈だろうなぁ。同情するぞキミ達。ボスがボスなら下っ端も下っ端だ。

 こいつらを直にまとめているのが、今日も監視室のモニター前でふんぞり返っている筈のアルゴス(「百眼巨人」なんだってさー)な訳だけど、尾行の常連はポリキュスとかテュポンとかテルシテスとか、しょーもない小物ばっか。もう少し警戒しろよと言いたくなる。

 だけどこれってさー、ロリコンでも何でもないただのおっさんにとっては、ウチらみたいな女の子って、アイドルユニットの子達がよく言われているように「みんなおんなじに見える」つまりどいつもこいつもいわゆる「ションベン臭い小娘」(あームカつく)に見えてるって事でさ。もしかしてあの連中、ウチら三人の見分けもついてないんじゃないかとすら思えてくる。

 まあいいや。「敵」がもしもそんだけ油断してんのなら好都合。こちらは「そう思わせてこちらを油断させようとしている」という前提に則って、徹底的に警戒し、慎重に事を進めて行くだけだ。今に見てろよおっさん共。

 ともあれそんな具合で、私達は水面下で事を進め、「準備」を整えつつあったのだ。姐御・ケイロン・ダイダロス・瑞谷先生共々。

 そして機会をうかがっていた時、それは向こうから転がり込んで来たのである。まさに棚からボタモチ。求めよ、されば与えられん。これが罠なら、喜んで噛んでやる。ただし、仕掛けた方も、ただでは済むまい。ふっふっふっ。

 

 その日。私は本部(オリュンポス)の廊下を一人で歩いていた。反対側からサイテー上司アガメムノンが歩いて来る。

 こういう場合、姐御なら完全に無視するか、鼻で嗤うか、足払いまで掛けかねないけど、私はもう少し謙虚に振る舞う事にしている。タマ蹴りしたり、怒鳴りつけたりと、散々な目に遇わせている相手だが(そのお返しもたっぷりしてくれたけど)、だからこそ、これまでの事は反省してまーすという、言うまでもなくぜんっぜん心にも無いけど、ポーズだけはしておいた方がよろしい、という判断によるものだ。もちろん、瑞谷先生のアドバイスだけど。

 私はすっと壁際に身を引いて両手を前に組み、一礼する。サイテー上司は会釈する事も無く、そっぽ向いたまま私の前を横切って行く。こんな奴に頭なんか下げるんじゃなかったと一瞬後悔したが、してしまったものは仕方が無い。

 その時、サイテー上司の右手がかすかに動き、私に向かって親指で何かを弾き飛ばすのが見えた。それ(・・)は狙い(たが)わず私のエプロンのポケットに飛び込んだ。

 アガメムノンは何事も無かったかの如く歩み去る。鼻クソでも飛ばしてったんじゃなかろうか。だがここでポケットの中をまさぐる程私もアホではない。この廊下にも随所に監視カメラが仕掛けられており、今の私達の「すれ違い」もしっかり記録されている筈である。しかし監視する側のおっさんの今の行動は?

 私もまた何事も無かったかの如くその場を歩み去り、所用を済ませてから、トイレに入った。

 ドアの所で清掃班(アルベイオス)所属の人とすれ違った。無表情な、かなり年輩の女性である。そういえば私達の仕事の後始末をいつも完璧にやってのけるあの人達とは、これまで一度も口を利いた事が無い。あの班の人達は男女を問わず皆年輩者で無口、今の人同様に無表情。黙々と後始末をし、黙々と去る。かなり恐い。それはとにかく。

 女子トイレは無人だ。私は個室に入り、今度も監視(と言うより盗撮)カメラが無いのを確認した上で、エプロンのポケットに手を入れた。どーかあのおやじの鼻クソじゃありませんよーにと祈りながら。

 私の指先に摘ままれた物は、カプセルだった。水溶性。私は素早く中身を取り出す。メモ。細かな字がぎっしり。紙もまた水溶性。私は数秒で書かれている事を全て暗記し、念の為メモをびりびりに引き裂いて、カプセル共々トイレに流した。

 その後は控え室に入ってロッカーのノートパソコンを取り出し、ロビーに行ってかっちん・めっちといっしょに先日の富士の裾野の大乱戦についての報告書をまとめる仕事に精を出し、トレーニングルームに入って汗を流して食事してお風呂に入って、さて今夜は私の部屋でまた川の字になって寝ようという事になり、いつものようにかっちん・めっち・私と並んで、つないだ布団の上に横たわった。掛け布団の下で、私は由美の手の甲にモールス送信を開始する。由美はそれをそのまま美貴の手に伝える。アガメムノンのメッセージの内容はほどなく全て二人に伝わり、彼女達からは「了解」の信号が返って来た。

 ついに行動開始の時が来た。

 私達は明日に、そしてそれからの日々に備え、その晩もまた夢も見ずに、ぐっすりと眠りに着いたのだった。



 で、しっぽを振ってきたおっさんがどうなったかというお話になります。

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