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蝮の頭を潰すってのはこうやるもんなのさッ

 特別出演でアレが出ます(笑)。


 仕事の仕上げ──即ち第三段階、偽宗教団体「神々の黄昏教」の物理的壊滅である。

 これを如何に行なうかについては作戦会議でも議論になった。まあ投降して来た奴は逮捕して刑務所ぶち込むのが当然基本だけど、相手は何せイカレポンチの武装信者共、容易でない事は目に見えている。いわんや教祖と中核幹部においておや。

 「やっぱ弾薬庫に時限爆弾仕掛けて丸ごと吹っ飛ばすしかないっしょ」

 と、私──あ、前回忙しかったから断り無しで、番外篇以来久々由美めっちに手伝ってもらったけど、今回の「私」はいつも通りびーびー佳代っちなのでよろしくっ──があっけらかんとした口調で言うと、さすがにお(かん)トリオは固まって私を見つめるばかりであった。可愛い顔してなんて事をと、おっしゃりたいのは判りますけど。

 「本部ごと吹っ飛ばすのはいいとして、逃げちゃうかもしれないでしょ」と、美貴が言う。「オリジナルだって散々、逃亡説、流れたんだし。西側が死亡を確認できたの、ソ連崩壊後だったんだから」

 「いやしかし、我々警察としましては、どんな犯罪者でも、やはり逮捕して、裁判を受けさせるというのが」

 粟田口警部が正論を述べると、由美が静かにこう言った。

 「政権獲得前のオリジナルは、ミュンヘン一揆で逮捕されて、獄中で本を書いて、逆に力を着けたわ。同じ事、やらせちゃ、駄目」

 一同を見回し、凄みのある小声で、

 「蝮の頭は確実に潰すの」

 やっぱりめっちんは恐い。会議室内の空気が少し凍った。やがて姐御が苦笑混じりで言った。

 「この子達の言う通りですよ。あなた方がこの件で手を汚す必要はありません。その為に私達が政府から依頼を受けたのですからね」

 「我々は警察ではないし、軍OBではあっても軍人でもない。我々はアサシン組織。そしてこれこそが本業なのです」

 ケイロンのおじさんがニヤッと笑い、議論を締めくくったのだった。


 この段階でこれまで遠巻きにしていた地元警察の包囲網がぐっと縮まり、教団施設周辺はパトカーやら護送車やらが殺到している状態。

 さらにそのバックには「演習中」の自衛軍の兵員輸送用トラックと装甲車が、何気に控えて威圧しているのだ。

 まあ拉致被害者救出まで成功したら、作戦目的はほぼ達成できた訳だし、今やってんのはその後始末ってとこだから、現金なものと言えばそうなんだけどさ。

 粟田口警部指揮する警察チームは地元警察と協同で、投降した教団の信者達を逮捕する作業に移行した。

 施設内はサイレンが沈黙し、ジャミング装置も破壊されたらしく、インカム他の通信はスムーズになった。むしろ施設外の道路や荒れ地に群がるパトカーのサイレンや、上空を旋回する警察や報道のヘリの方がやかましい。 

 講堂と営舎は残骸が炎上中という状態で、もうみんな燃やしてしまえとばかりに、お上からのお達しで、地元消防署ははなから消防車は出していない。通報があってもほっとけってさ。ひっどい話(笑)。

 そんな中、武装解除された信者共──と言うか、もはや正真正銘ただのコスプレ連中が、広場いっぱいに手を頭の上に組み、ひざまずかされている。ごっこではない、本物の戦争の一端に触れて(またはあの時の二丁機関銃を乱射する、姐御の物凄い姿を前にして)、そのあまりの恐ろしさに震え上がり、大勢がべそをかいている。武器弾薬庫の爆破時刻も迫っているので、連中は警官らにより片端から施設外に連れ出され、警察車輌に放り込まれて、連行されて行った。

 もはや廃墟も同然の教団本部に対して、地元警察から借りたメガホンを使い、ほどなく弾薬庫が爆発する旨を、粟田口警部は通告した。

 私達の攻撃の物凄さに、ハッタリと思った奴はいなかったみたい。籠城するつもりだった連中も、たちまちぞろぞろと手を上げて出て来た。ま、これが狙いだった訳で。また図に当たっちゃった。

 だけど肝心の教祖様と、数人の中核幹部の姿は見当たらない。やっぱりね。

 すると私達の前に連れ出されて来たのは、ドイツ軍ヘルメット(シュタールヘルム)も武装親衛隊少佐の制服もぜんっぜん似合わない、見るからにゴーマンな糞インテリ、ブンカ人って顔をした、日本人のおっさんが約一名。教祖様の通訳やってた元ドイツ語の先生だそうです。何をトチ狂ってこんなものにはまってしまったのやら。

 「で、教祖様・・・・・・総統閣下は、今、どちらに?」

 と、姐御が尋ねる。手を頭の上に組んだおっさんは、私達を見て愕然とし、

 「お、女子供如きがよくもこんなまねをォ」

 と、のたまう。完全に教祖様と物言いがおんなじ。バカバーカ。

 「あのさー。こんだけ数だけはいたのにさー。その女子供にさー」

 「手も足も出なかった、あんた達ってさー」

 「一体何?」

 ウチらは冷たくそう言った。おっさんは無念の歯噛みをすると、唸るようにこう答えた。

 「に、日本人如きに降伏するくらいならば死を選び、初代総統閣下のもとに赴くと、我らが教祖はおっしゃったのだ。残念ですが、私は降伏しますと言ったところ、勝手にしろ、出て行け、これだから黄色い下等な猿はと、閣下は私を、うっうっうーっ」

 悔し泣きを始めたおっさんを警官が引っ張って行き、ウチらは顔を見合わせた。口に出さなくても考えてる事は同じ。

 あーゆー外国かぶれタイプ、とりわけドイツびいきのブンカ人って、何かにつけて日本はドイツと比べて文化的後進国だ、戦争の反省が足りない云々と、説教垂れたがるのばっかだけど、戦前は文化的云々はおんなじで、日本はドイツと比べて消極的だ、バスに乗り遅れるな、なんてさー、散々国民煽ってたんだからねー、戦争に。

 逆にニッポン無敵だ世界一、なんてのも含めて、バカの言う事やる事はベクトルは反対に見えても結局おんなじなのよね。あのおっさんは見事先祖返りしちゃった訳。ま、大体自分だけは違うと思ってんだけど、その自分が黄色い猿呼ばわりされて、やっと相手の正体に気づいたってとこ。でもこれから入るとこは猿のオリじゃなくて、ブタ箱だけどさ(笑)。

 粟田口警部と痩松刑事がウチらに言う。

 「もうほっときましょう。時間もありませんし」

 「わざわざ危険な事をしなくても」

 「地下への出入口は完全に封鎖しましたか?」 

 姐御が尋ねる。

 「リフトも非常口も塞いでいます。誰も中には入れません」

 痩松刑事が答えた。

 「時限爆弾どこに仕掛けたか知ってんの、私だけだもんね」

 と、私。ケイロンが車のキーを粟田口警部に差し出す。

 「装甲車の移動をよろしく。軍からの預かり物が入ってますので」

 「は、はあ、承知しました」

 「これは政府との契約の一環です。蝮の頭を確認し、これを確実に潰すべし。ま、タイムリミットが来たら、さっさと降りて来ますから」

 姐御は心配顔の粟田口警部達にそう言うと、ウチら三人に向き直り、

 「お前らはいいぞ。これは確認作業だ。大人に任せておけ」

 「何をおっしゃる、姐御ったら」

 「地獄の底までお付き合い」

 「おねーちゃんといっしょ」

 姐御はニヤリと笑い、ウチらのヘルメットをコンコンコンと叩いて、機関銃を構え、身を翻す。

 「続けッ!」

 「はいっ!」

 私達五人は本部の階段を駆け上がり始めた。

 

 作戦会議。美貴が痩松刑事に尋ねている。

 「教祖の部屋に入れるのは、中核幹部のみというお話でしたけど、中はどんな具合か、情報はありますか?」

 「教祖の部屋は三階奥にあるのですが、外部からの狙撃を警戒して、窓がひとつも無いそうです」

 相変わらず美貴をまぶしそうに見ながら痩松刑事は答えた。

 「秘密の脱出通路とか、どうでしょう」

 私が尋ねる。

 「聞いてません。多分無いと思います。脱出するとすればまず地下道ですが、教祖はひどく地下を嫌がります。オリジナルがベルリンの地下壕で、ああいう最期を遂げましたからね。地下工場の視察に訪れた事すら、一度も無いようです」

 「じゃ、屋上から?」

 と、由美。

 「ヘリコプターか、アドバルーンの縄梯子だな。さらば諸君、てな具合に」

 「おじさん古いーっ」

 ウチらはケイロンに声を揃えて言った。

 「ああ、確か、高い所も駄目だそうです。南米から日本に来た時も、変装して飛行機で、という幹部の意見を退けて、わざわざ船を使ったくらいで」

 痩松刑事が苦笑して言った。

 「何とも臆病な教祖様ねー。蝮っつーより、トカゲみたい」

 呆れた口調で美貴が言う。

 「馬鹿にしちゃ駄目よ。トカゲはしっぽが生えて来るし、蝮は頭だけになっても生きてるっていうしさ」

 私が真面目くさってそう言うと、由美がまた真面目な顔して言うのである。

 「じゃあ万が一逃がしちゃったら、蝮の首からトカゲのしっぽみたく、ずるずる胴体が生えて来て」

 みんなうわーっと顔をしかめる。これじゃ怪談大会だ。

 (アドリブ・ヒッキーのしっぽよな)

 (またそれか)

 (思い出したっ。大昔のク×ージー・キャ×ツの映画でさ、逃げたアイツが南海の孤島に秘密基地こしらえて、そこで贋札作りやってんの。最後は全世界に向けて核ミサイルぶっ放すんだけど、植×等の活躍で全部反転、自爆しちゃうっていう、もうハチャメチャもいいとこなのが痛い痛いっ)

 

 ホールで待ち伏せされてはかなわないので、エレベーターは初めから使わない。私達は一気に三階廊下前の小スペースまで駆け上がった。先頭の姐御が壁際に立って背後の私達を制した。左に曲がり、突き当たりが教祖様のお部屋の筈だ。

 姐御はヘルメットを脱ぐと、インカムを外し、機関銃の銃身を立てて上にかぶせ、そっと壁際から押し出した。途端に猛烈なシュマイザーとライフルと拳銃の銃撃音と共に、無数の弾丸が雨あられと言うか、もうほとんど対空砲火の弾幕というくらいのそれが飛んで来て、姐御のヘルメットは一瞬のうちにはね飛ばされ、廊下の向こうに消えて行った。

 銃声の物凄さでお互いの声も聞こえないくらいで、私達は互いの顔を見ながらインカムで話すしかなかった。

 「やれやれ、これじゃのぞく事すらできないぞ」

 「バリケード築いて、ありったけ撃って来てますな」

 「これってオリジナルで、保存状態いいの、使ってますねー」

 「さすがは中核幹部」

 「ぜいたく」

 「教祖様脱出の、時間稼ぎかな」

 「いやあ、上空は警察のヘリ、地上は警官だらけ、地下はこれから大爆発、逃げられっこありませんよ」

 「んじゃ自殺の」

 「御立派」

 「ほんと」

 「んー、(らち)が明かん。時間も無いし。誰か手榴弾、持ってないか」

 「あ、はい」

 「私らまだ使って──」

 私と美貴がそう答え、腰のバッグに手をかけた時、一瞬、銃声がやんだ。

 ハッと見ると、一個のポテトマッシャーが放物線を描いて、私達が潜んでいる小スペース前の廊下の床へと、落下しつつあるところであった。

 それから起きた一連の出来事は、時間にすればほんの数秒の事ではあったが、私達にとっては数時間にも引き伸ばされたような感覚の中で記憶されている。

 姐御の髪が一瞬乱れ、こちらを向いていた顔が、前に向き直ろうとした。

 反射的に飛び出そうとした私を押しのけるようにして、美貴が飛んだ。

 扱い馴れたポテトマッシャーの柄を、床に激突する寸前でつかみ、それをバリケードの側に投げ返した。

 死なばもろとものつもりで、強力な手榴弾を至近距離の私達に投げつけた教団幹部達だったが、さすがに爆風の直撃は、本能的に避けようと、いったん発砲を中止し、バリケードの陰に身を隠したのだった。

 だが美貴が飛び出してポテトマッシャーをキャッチ、こちらに投げ返すのに気づいた一人が、咄嗟にライフルの引金を引いたのだった。 

 鋭い銃声と共に銃弾は美貴の顔面を貫いたかに見え、血の糸を引きながら彼女の身体は空中でのけぞり、そのまま棒のように床に倒れようとした。

 「美貴ーッ!!」

 私達は絶叫した。

 ケイロンが飛び出し、投げ返したポテトマッシャーの援護射撃をするかのように、数メートル先のロッカーやテーブルを重ねた敵のバリケードに向けて、フルオートで発砲した。

 私と由美は両腕を思い切り伸ばして飛び、床に叩きつけられる間際の美貴の身体を間一髪で抱き止めた。

 姐御が私達の腰のベルトを鷲づかみにして、物凄い勢いで引っ張った。

 ケイロンが小スペースに身体を戻した。

 バリケードの向こうの教団幹部達が、迫り来る空中のポテトマッシャーを前にして、絶叫しているのが聞こえて来た。

 「畜生(フェアダムト)!」

 ポテトマッシャーはバリケードの数センチ手前で炸裂し、物凄い大音響と共に狭い廊下を爆風と爆炎が吹き抜けた。

 私達は小スペース上で折り重なり、歯を喰いしばってこれに耐えた。

 あたり一面粉塵と硝煙の臭いに満ち、私達は激しく咳き込みながら、のろのろと身を起こした。

 美貴は床の上にうつ伏せになって横たわり、ぴくりとも動かない。

 姐御とケイロンはこれを見つめたまま凍りつき、由美はしゃくり上げている。

 私は全身のわななきを必死で抑え、涙がぼろぼろ頬を伝うのを覚えながら、美貴の細い華奢な身体を抱き起こした。

 その美しい顔の無惨な有り様を覚悟して、ゆっくりと仰向けに──

 ······ライフル弾が耳をかすめ、白目を剥いてるかっちんは、左頬より若干の出血。息してる。

 私達は安堵を通り越した巨大な脱力感から、思わず、

 「あ━━━━っ」

 と、何やらがっかりしたような声を一斉に上げたのだった。

 それで意識を取り戻されたとおぼしきかっちん姫の白目に黒目が戻り、反射的に御自身の左頬へと手をやるや、手袋に付着したほんのわずかな血液に、すっかり逆上の御様子で、こう叫ばれたのでありました。

 「よくも私の御尊顔をーッ!」

 「判った判った」

 「ツバつけりゃ治る」

 「何やってんだ、さっさと行くぞ!」

 名状し難い怒りに襲われたかの如く、姐御がそう怒鳴って立ち上がり、ケイロンがニヤッと笑い、美貴のヘルメットをコンと叩いてその後に続き、私はポケットから取り出したバンソウコウを、ペタンと美貴の左頬に貼り付けた。

 「痛ッ。命の恩人に向かって何て乱暴なッ」

 「ウチらも助けた」

 「貸し借り無し」

 「ほらほらさっさと立つ」

 「シャキッとしろシャキッと」

 べそを思い切りかいてしまった反動で、ウチらは必要以上に冷たい。

 「優しさの無い職場だわ」

 「まだ言うか」

 「女ヲタ」

 真っ黒焦げのロッカーやテーブルのバリケードを乗り越えて、私達は進んだ。自分達のポテトマッシャーでやられた教団中核幹部達が、無念そうな顔をして転がっている。それはそうだろ。まあ如何に歪んで狂った信条だったとはいえ、こいつらもそれに殉じて逝った訳である。同情はしないけど、死ねば仏。私達は死体を踏んづけないよう注意しながら前進した。

 そして私達の眼前に教祖様のお部屋の古風で巨大な扉が立ちはだかった。普通のドアにしとけばいいものを、わざわざ天井と廊下の縦横幅いっぱいの観音開き、チーク製、そしてナルシス・ドイツのシンボルマークである、全体無数の刺々が生えた逆さ卍が、一面でっかく描かれている。ああ気色悪い。

 私達は左右に分かれ、ケイロンが油断無く蹴り開ける。扉は案外呆気なく開いた。私達は身を屈め、中に飛び込む。撃って来る気配は無い。中はがらんとしている。無意味にただっ広い。この既視感は。

 「何だ。ウチのバカの部屋そっくりじゃんか」

 それそれ。SCSゼウスの部屋。我らの神も姐御にかかっちゃウチのバカ呼ばわりだ。

 ケイロンが念の為、残党の襲撃に備えて扉の所に残る。私達は銃を構え、じりじりと部屋の奥に進んだ。一見無人。教祖様の姿は見えない。

 左右の壁際には何やら石像がずらりと並び、レッドカーペットが敷かれた床に応接セットは無く、天井からは派手派手なシャンデリア、奥には馬鹿でかい大理石製書き物机って、ほんとアホの考える事はおんなじなのよね。

 だけどその無駄に豪華なお部屋の壁や天井は、上は迫撃砲、横は無反動砲、機関銃の攻撃によるダメージで、あちこちヒビだらけの無惨な有り様。窓が無いから直撃こそ免れているけど、もうぼろぼろ。左右の石像も多くがぶっ倒れ、首や腕がもげている。シャンデリアは明滅してて、何か今にも落っこちそう。私達はその真下を避けた。石像群をしげしげと眺めて、美貴がまたおたっきーにしゃべり出す。

 「これ、北欧神話の神々の像よ。て言うか、ワーグナーがバイロイトで『ニーベルングの指環』を初上演した時の各キャラのデザインをまんま石像にしてんだわ。何てレトロ。でも今見るとかえって新鮮。あの机の後ろでまだ頑張ってそびえているのが主神ヴォータン、さすがだわ。その正妻のフリッカ、火を司るローゲ、フロー、ドンナー、それであれが英雄ジークフリート、そしてその妻ブリュンヒルデ」

 「美貴黙れ」

 「はい」

 私が蹴飛ばす前に姐御が黙らせた。私達は慎重に書き物机へと近づいた。姐御が背伸びして机の後ろをのぞこうとする。

 「あの陰に倒れてるのかな」

 「見事御最期、かしら」

 「オリジナル同様、青酸カプセルかじって、口から頭撃ち抜いて」

 「一応、確認だけはしとかないと」

 由美がそうつぶやいた途端、いきなり御本人がぬうっと机の陰から立ち上がり、こちらを睨みつけたものだから、さすがの私達も驚いた。

 「何よ。おどかさないでちょうだいッ」

 「あーびっくりしたぁ」

 「ちょっとちょっと。あんたまだ死んでなかったの。部下犬死にじゃんか。可哀想に」

 「馬鹿」

 どーせこいつにとっては下等な猿の言葉だから、私達は言いたい放題だ。意味が判っても同じ事だけどさ。

 「にしても良く似てるわあ」

 「ほんとそっくり」

 「マジ、オリジナルの隠し子の末裔?」

 「クローン?」

 血走った目でこちらを睨みつけていた、自称アドリブ・ヒッキー四代目総統閣下は、突然オリジナルそのものの狂乱的演説を始めた。その猛烈なポーズ、そのがなり立てるダミ声、その熱狂的表情、痩松刑事が言ってた通り、すべてが生き写し。私達は呆れてこれを眺めやるばかりであった。

 「ねー姐御。私のドイツ語ってまだグンターモーゲンレベルなんだけど、このおっさん何喚いてんの?」

 「あー大した事は言ってないよ。文化的創造者はアーリア人種だけで、日本人なんてのはせいぜいその支持者で、影響が無くなりゃたちまち枯れちまうとか何とか、みんなオリジナルの受け売りっつーか、本に書いてんのまんまだよ」

 「コピーの分際で生意気ーっ」

 「阿呆」

 「って姐御こいつどうします」

 「そーねぇ、もう時間も無いし」

 「持って帰って、ウチの病院でつつくってのは」

 「駄目」

 「キララっちに余計な仕事増やすんじゃないよ。お前達も判ってるだろうけど、あいつそろそろ限界だぞ」

 「うん知ってる」 

 「そだね」

 「ほんと」

 「それにこんなのお持ち帰りにしたら、院長(プルトン)喜ばしちまうだろ」

 「あー」

 「それ」

 「最悪」

 「んじゃまあ、このままほっといて、帰ろっか」

 「はーい」

 私達はそれまでおっさんに突きつけていた銃口を、一斉に天井へと向けた。

 すると総統閣下の口元にしてやったりの笑いが浮かび、電光石火の速さで(と御本人は思ってるらしい)背中に右腕を回し、腰のベルトに差していたワルサーP38を引き抜くと、生意気な日本人女四人を血祭りに上げ、最後に一花咲かせようとしたのであった。だけど残念。おっさんのそんな動きなど、ウチらにとってはスローモーションと言うより、静止画像に等しいのだ。

 「それ」

 姐御がつぶやくと同時に、私達は各々最後の弾倉をフルオートで空にした。合計約百発の5・56ミリと9ミリの弾丸を、至近距離から数秒で全身シャワーの総統閣下の肉体は、蜂の巣と言うより小間切れ、無数の肉片骨片と化して、書き物机の後ろの床の上に散らばった。その背後にどうにか立っていた主神ヴォータンの像も巻き添え喰って穴だらけとなり、そこにズズーンと鈍い地響きが起こって、像はヒッキーのミンチの上にどうとばかりに倒れ、砕け散った。私は腕時計を見た。やば。時間だ。

 「姐御ォ」

 「あー、のんびりし過ぎたね。逃げなきゃ」

 「落ち着いてる場合ですか!」

 「急がないと」

 「非常階段はこっちです。早く!」 

 ケイロンが叫んでる。私達はバタバタと総統閣下兼教祖様のお部屋を後にした。

 教祖の部屋の前は両側共中核幹部達の居室であり、まあ中でせいぜい贅沢な生活楽しんでいた事は想像するに難くない。その左側の部屋と部屋の間の狭い通路の突き当たり、そこが表の広場に出る非常階段のドアであった。

 こういう場合の順番も既に決めてある。先導がケイロン、次が私、美貴、由美、殿(しんがり)が姐御。ドアに行き着き、この期に及んでもちゃんと施錠してあるのに半ば呆れつつ、私はあの鍵束をケイロンに渡した。二番目で開いた。万が一の待ち伏せ、鉢合わせを警戒しながら、鉄製の非常階段を駆け降り始める。連続する爆発で建物はきしみ、揺らいだ。足を取られそうになりながら、私達は駆け降り続けた。

 既に広場には人影は無く、即席装甲車も移動した後だ。塀の向こうには警察車輌がひしめき、ずっと後方には自衛軍のトラックが見える。そして正門の所で粟田口・痩松さんら警察チームの皆さんが、早く早くと叫びながら手招きし、腕を振り回している。

 私達が地上に降り立った瞬間、正面玄関より大音響と共に真っ赤な爆炎が噴き出した。建物全体がみるみるうちに松明の如く燃え上がった。爆発が続き、地面は地震のように揺れ、私達は背後に迫る焔から逃れようと、正門めがけて必死に走った。

 どうにか正門前までたどり着き、私達は爆発炎上する教団本部を振り仰いだ。

 霊峰富士が静かに見守る中、悪魔の牙城は今まさに焔の中で終焉の時を迎えようとしていた。

 「み、皆さん御無事で何よりですッ」

 粟田口警部が声を震わせながらそう言った。 

 「あー、心配かけてごめんなさいね。総統閣下が演説始めちゃってさー、つい勢いに呑まれて聞いちゃったのよねー、ヨタ話を」姐御が苦笑しながら答えた。「でもまあ、しっかり、潰しといたからね」

 「いやーあれは、潰すと言いますかー」

 「何と言うかー」

 「えーとつまりー」

 「そのー」

 「あ。もういいです。聞きませんから」

 大体察しがついたらしい粟田口警部が、少し青ざめてそう言った。そして痩松刑事が気づいてしまったのだった。

 「かっ、カサンドラさん、お顔にケガをーッ!」

 「あ、これ? 大丈夫大丈夫。かすり傷。平気平気」

 私と由美は両側から肘でつんつんする。

 「なーによぅ。さっきは逆上しちゃってさー」

 「『よくも私の御面相をーっ』」

 「御尊顔だよッ!」

 その時、教団本部の地下以外の階に残っていた弾薬に火が回ったらしく、激しい爆発が連続して発生し、建物は紅蓮の巨大な火柱の中で、ガラガラと轟音と共に崩壊していったのだった。

 美貴はしばし無言でこれを見つめる。その美しい顔に恍惚とした表情が浮かび始めた。やばい。始まったぞ病気が。

 今コイツの頭の中ではワーグナー大先生の楽劇「ニーベルングの指環─神々の黄昏」のクライマックスの壮大荘厳な音楽がガンガン鳴り響き、自身はそのヒロイン・ブリュンヒルデとなり切っているに違いなかった。炎上崩壊する教団本部は焔に呑まれ滅び去る天上のヴァルハラ城そのものに見えているのだ。ってコイツベルリオーズ狂い(ベルリオージァン)だった筈なのに、いつからワーグナー狂い(ワグネリアン)に鞍替えしたんだ。

 痩松刑事がそんな美貴の変化に困惑し、私達に尋ねた。

 「ど、どうしたんですか、カサンドラさん?」

 「あー、あの子はですねー、アレでして。アレというのは、ねえめっち」

 「えーと。その。アレはアレで。そうなんです。うん」

 ネットラノベの文豪でぃおね先生も言葉が見当たらないのであった。美貴が焔の教団本部に向かって一歩進み出、両腕を大きく広げて息を吸い込む。あ。始まるぞ。約二十分に渡って歌われる「神々の黄昏・終曲─ブリュンヒルデの自己犠牲」が。

 と、そこに姐御が進み出て、美貴のヘルメットをコンと叩き、

 「歌うなよ」

 「──はい」


 「アリアドネ作戦(ミッション)完遂(コンプリート)

 次回より「内なる敵」との戦いが始まります。

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