もー徹底的にぶっ潰しちゃうもんねコン畜生ッ
ドンパチが続きます。
正面玄関自動ドアのガラスはもう粉々、ホテル風の豪華なエントランスホールからロビーは弾痕だらけ、ホール中央にそびえているナルシス・ドイツのシンボルである三ツ首の鷲(かっちん美貴曰く「キ×グギ×ラ」)の像も当然ながら穴だらけ。
そして私達が踏み込みなり、ロビー奥にソファやらテーブルやらを積み重ねた貧弱なバリケードの陰から、コスプレくん達がシュマイザーやらライフルやら拳銃やらを撃って来た。当然予想されていた事であり、私達は床一面のガラス片など意に介さず、一斉伏射でこれに応じる。敵はたちまちバリケードごと粉砕された。私達はガラス片を払いながら立ち上がり(防弾チョッキってありがたいなあ)、ロビー奥のガレージに通じるドアへと向かった。
ドアの左右に分かれ、姐御が頷き、ケイロンが蹴り開ける。途端に薄暗いガレージ内の車の陰からバリバリ撃って来た。手榴弾で沈黙させたいところだが、それはできない。先に触れた通り、ここには地下工場につながる唯一のリフトがあるのだ。車が燃えては大変だ。姐御が舌打ちする。
「ウチらが行きます」
「バックアップ」
「よろしく」
私達は身を屈めてドアをくぐり、ガレージの床に這って、匍匐前進を始める。ケイロンはロビー側からの敵襲に備え、姐御がガレージ内の敵に対して拳銃を使い、陽動的に応戦し、私達は黙々と床を這って敵に肉薄する。
停車中の車はベンツが二台、古風なフォルクスワーゲンのビートルが一台。ビートルの陰に数人が潜み、姐御と撃ち合っている。床を這って近づく私達にはまだ気づいていない。ベンツの下に潜って、敵全員の姿(足)を確認した私達は、一斉射撃で連中の足を薙ぎ払う。悲鳴を上げ、ぶっ倒れる敵にとどめの斉射。悪いけど、これは戦争ごっこじゃないの。
「制圧!」
私は叫び、三人揃ってベンツの下から這い出し、身を起こす。美貴と由美がガレージ奥に走り、警戒しながらシャッターの開閉ボタンを押す。シャッターが巻き上げられ始めた途端、外からガンガン撃ち込んで来たので、姐御も駆けつけ、応戦する。ケイロンはロビー側の敵と戦っている。私は大型リフトの方に走る。
リフトは地下駐車場によくある、上下に扉がスライドするタイプだ。向かって右横に非常口のドアがある。地下のまぬけな見張りが飛び出して行って、開けっ放しになっているのを期待しながら、私はドアノブに手をかけた。ちゃんと施錠されている。ちえっ。自動式ロックじゃなくて、表も裏も鍵を使って開閉するタイプだそうだから、きっと糞真面目なドイツ人幹部だろう。もちろんこんなのに銃弾撃ち込んだら跳ね返ってこちらがお陀仏だ。
リフトのインジケーターはまだBFのままだ。私はガレージに取って返し、倒れているコスプレくん達の中で襟章・肩章が少尉以上の階級を探した。下士官・兵クラスは鍵の所持を許されないと痩松刑事から聞いていたからだ。でもその場に転がっているのはみんな下っ端。しかもどいつもこいつもアキバあたりでごろごろしているような顔の日本人ばかりだ。
一瞬、こいつらにも女房子供はとにかく親兄弟はいるに違いない、バカげたものにはまったあげくこんな死に方してという思いが胸をよぎったが、今は感傷に浸っている場合ではない。
私は腕時計を見た。予定ではあと三分で、リフトは救出チームと拉致被害者の第一陣を上げて来なくてはならない。だが地下の状況は不明だ。さっき姐御が試したが警察無線でも通信不能、私達のインカムなど当然使えない。見張りの残り相手に救出チームが苦戦しているなら、早く救援に行かねばならない。この場合は私と美貴が行く事になっているが、いまリフトに救出チームが拉致被害者達を乗せている最中かもしれないから、これで地下に降りる訳にはいかない。私が迷いながら顔を上げたところに、ケイロンが何かをこちらに投げてよこした。鍵束だ。
「ロビーにぶっ倒れていた将校殿のポケットにあったぞ。急げ!」
「ありがとう!」
後で私が一番にキスしてあげなくちゃ。私はインカムで裏口側の敵と交戦中の美貴を呼んだ。姐御と由美に後を任せ、飛んで来た美貴と非常口ドアの前に立ち、鍵束の鍵を片端から試す。四本目で開いた。隙間を開ける。猛烈な銃声が聞こえて来た。思った通りだ。私は美貴と頷き合い、ドアを開き、中に身を踊らせる。階段を一気に駆け下った。下の出入口にドアは無かった。私達は地下工場に飛び込んで、そこで繰り広げられている光景に言葉を失った。
※
佳代と美貴が非常口ドアから地下工場に駆け降りて行くのを見届けて、私はガレージ出入口の左端で交戦中のおねえちゃんに、インカムでその旨を伝えた。私は右端で応戦中だ。教団本部の裏側は巻き上げ式シャッターの裏門から十メートルくらい離れている。その間の通路は舗装されているけど、両側は庭というより雑木林がそのまま残っている。伐採を面倒臭がったとしか思えない。敵はその木陰に潜んで撃って来る。「脱出チーム」の突入が近い。遊んでいる暇は無い。
私はおねえちゃんを見た。おねえちゃんも頷くと、機関銃をいったん地面に下ろした。私達はM26手榴弾を腰のバッグから取り出すと、ピンを片端から引き抜いて、合計六個すべてを雑木林の敵めがけて投げつけた。左右の雑木林で派手な爆発が次々と起こり、木陰や茂みに隠れていた敵がみんな吹き飛ばされていく。雑木林からの攻撃は沈黙した。
すると今度は裏門の向こうから銃声が聞こえ始めた。同時に大型車輌が地響き立てて後進する音が聞こえ、裏口シャッターがべきばきと押し倒されるのが見えた。
「脱出チーム」即ち「前・装甲車輸送チーム」、ダイダロスのおっちゃんが運転する十六輪大型トラックの御到着である。シャッターを押し倒した際、荷台後方扉の桜吹雪しょった演歌歌手のお姉さんが、まるで単身殴り込みをかけて来た極道の妻に見えた。
裏口詰所にいた警備員スタイルの番兵達が、シュマイザーで必死にトラックのタイヤを撃ってるけど、残念でした、こちらもすべてコンバットタイヤに換装済みです。
助手席のヘルメットと防弾チョッキに身を固めたイカルスくんが、ショットガンで応戦している。トラックはガレージの数メートル手前で停車し、イカルスくんと同じスタイルのおっちゃんが、こちらはかつての偉大なアイドルにならっての愛銃S&W、M29をぶっ放し始めた。やっぱ好きだったんだな、ダー×ィハ×ー。
私達が応援に駆けつけるまでもなく、番兵二人をやっつけてしまったのはさすがだ。おっちゃんとイカルスくんがトラックから飛び降り、後方に走る。おねえちゃんはトラックを守るべく、入れ違いに車の前へと走る。素早く空のコンテナを捨て、三十発入り小銃用弾倉に切り替えて、機関銃を構え直す。おっちゃんが私に尋ねる。
「救出の方はどうなってる?」
「今佳代と美貴が行ってるの!」
二人がトラック荷台の後部扉を開き、スロープを下ろして、拉致被害者達の収容準備を急ぐ一方、私はリフトの方に走る。途中、落ちていた枝の一本を拾って、非常口ドアを開き、扉の下にその枝をストッパー代わりに押し込む。下から激しい銃声が聞こえて来る。ほどなく、サブマシンガンを構えた救出チームのメンバーの一人を先頭に、拉致被害者を背負った隊員達が階段を次々と駆け上がって来た。同時にリフトも上がって来て、下からスライドする扉の隙間から、待ち伏せを警戒して数本の銃身が突き出る。私は叫んだ。
「味方よ!」
銃身はすぐに引っ込められ、扉は開いた。その中の光景、階段からも現れた拉致被害者達の姿を前に、私は思わず、怒りの叫び声を上げていた。
※
パイプ類剥き出しの低い天井のもと、薄暗い地下工場に轟き渡る猛烈な銃声。粟田口警部達が開かれたリフトを背に必死の防戦を行なっていた。
地下工場全体は上のガレージのざっと三倍くらいの大きさで、旋盤やプレス機等金属加工の作業台がぎっしり並んだ武器密造区画と、連中のコスプレ用軍帽軍服軍靴等を作っている服飾区画に分かれている。リフト近くにあるのは服飾区画で、十数台のミシンが並び、今そこに武器密造区画から飛んで来る銃弾が火花を散らしているところであった。
そして開かれたリフトに救出チームによって運び込まれつつある拉致被害者達は、記録フィルムや写真で見た通りの、強制収容所におけるユダヤ人の姿そのものだった。縞模様の薄汚れた囚人服を着せられ、やつれ果てた彼らの足には、すべて足枷がはめられていた。
何という事だ。ここの連中は自らの妄想、たわけた狂信から、オリジナルの犯罪行為をそのまま模倣する事で、本来ありもしない優越性を誇示し、それにひたすら酔っていたのだ。救出チームのメンバーの目は皆怒りで真っ赤になっている。私達は痩松刑事が如何に辛い思いでここにいたのかを実感した。全身わなわな震わせながら私達はつぶやいていた。
「皆殺しだ」
「ぶっ殺すッ」
私達は粟田口警部にサインを送り、身を屈め、敵の見張りの兵らが銃撃を続けている方向に、作業台の合間を縫うようにして進んで行った。救出チームの援護射撃が頭上を飛び越えて行く。ここでは手榴弾は使えない。天井が低すぎ、こっちも爆風を喰らってしまう。私達はほどなく、敵の側面への回り込みに成功した。
リフトの方に気を取られていた五人の敵は、横から突如出現した私達にびっくり仰天、慌ててこちらに銃口を向けかけたが、
「遅いッ」
私達は容赦無く、9ミリ機関拳銃のフルオート射撃を見舞う。全員蜂の巣になって倒れるのを確認し、今度は美貴が、
「制圧!」
と、リフトに向かって叫んだ。私達は頷き合い、美貴は救出チームの手伝いに駆け戻り、私は自分の仕事に取りかかった。機関拳銃の最後の弾倉を交換し、負い紐で右脇に下げ、地下工場奥の武器弾薬庫に向かう。
ドイツ語表記のその扉はすぐに見つかった。武器の運び出しに焦って開けっ放しになっているかと思いきや、ここもしっかり閉ざされている。いやはや律儀なもんだと思いながら、鍵束の五本目でヒットし、私は中に入ってドア横の照明スイッチを入れる。
銃器類を並べていたとおぼしき棚はやっぱりほとんど空だ。ありったけ持って行ってどれもこれも使えない、焦って交換を繰り返すうちに銃身破裂、あるいはウチらのタマを喰らっておしまいだ。悪いけど同情しないよ。さっきのあの光景を見てしまってはなおの事だ。自業自得。
棚に残っているのはあのパンツァー・ファウストの本体が大半だ。事もあろうに総統閣下の銅像ぶっ飛ばしちゃったもんだから、一発で懲りたらしい。奥に積み重ねられている木箱の中身はその弾頭だ。私はポケットからダイダロスのおっちゃん特製の小型時限爆弾を取り出す。爆発力は小さいが、起爆用だからこれで充分。腕時計で時間を確認の上、三十分後にセットして、木箱の隙間に押し込む。さて戻ろうと思った次の瞬間。私は背後に気配を感じ、ホルスターから9ミリ拳銃を抜いて振り向いた。場所が場所だから、機関拳銃の連射は危ない。
棚か木箱か、どこの陰に隠れていたのやら、見るからにアキバ顔のコスプレくんが、真っ青になって両手を上げている。武装親衛隊の制服がこれくらい似合わないのも珍しい。美貴なら怒り狂って即射殺してるところだ。
「う、撃たないでくれーッ! 本気じゃなかったんです。冗談だったんです。誘われただけなんです、助けて下さーい!」
またこれか。いい加減にしろ。お前は冗談であんな虐待をやってたってぬかすのか。ふざけんなっての。衝動的にタマを潰し、蜂の巣にしてやりたいのをぐっとこらえ、私はあえて別の話をした。
「あんたさー、仲間が戦っている間、ここに隠れて、終わるの待ってたって訳? 銃殺もんじゃん、それだけで」
何だ、中から閉めてたのこいつだったんだ。ここの鍵は自動ロックで、閉めれば掛かる。鍵も持たずに閉じこもって、どうするつもりだったんだろ。あ。何やらぺらぺらしゃべり始めたぞ。
「ぼ、僕は平和主義者なんです。戦争なんか嫌いなんです。戦争反対。平和が一番。それに捕虜虐待なんかしてません。それどころかできるだけあの人達をかばってあげて」
もう口を利くのも嫌になり、私はドアの方に顎をしゃくった。
「さっさと行きな。ちゃんと手を上げて、降参ですって言うんだよ。しばらく臭い飯喰って、反省すんだね」
「ありがとうございます!」
アキバくんはバタバタと出て行った。やれやれと思いながら私は続いて表に出る。そのまますっとドアの陰に銃口を向ける。さっきのアキバくんが案の定、隠し持っていたルガーを構え、油断して前を行く私の背中に、鉛弾のプレゼントをお見舞いしようとしていた。生憎現れたのは私の背中ではなく、無表情な私の顔と銃口だったので、そのドヤ顔は凍りついた。
そいつに引金を引く間など与えず、一発撃ち込み、振り向きもせずにその場を立ち去る。まったく末端に至るまで腐り切った組織だ。
※
拉致されていた工員さんの証言によると、被害者の数は全員で五十四名。リフトで彼らは二回に分けて地上に上げられ、非常階段からも隊員達が背負って運んだ。おねえちゃんとおじさんが裏と表で、救出を阻止しようとしつこく襲って来る敵を撃退し続ける中、私達は担架を使い、必死で被害者の人達をトラックの荷台に運んだ。みんな栄養失調と運動不足、過酷な労働環境と虐待によりやつれ果て、作業は難航した。足枷を外してあげたいが、それは後の事だ。
疲れ切った様子のおばさんを荷台に上げ、彼女が私の手を取って涙を流すのをなだめ、救出チームの中の医療従事者(三人共女性)に託して、私はスロープを駆け降りた。作業の指揮を執っている粟田口警部に尋ねる。
「まだ誰か残ってますか?」
「懲罰房に閉じ込められている三人を、痩松達が救出に行っています。それで最後です」
「了解」
飛んで行って手伝いたいが、今の私の持ち場はここだ。私は収容作業を続行した。ほどなく、懲罰房の被害者達を背負った痩松刑事達と、それを押し上げるようにして非常階段を登って来た佳代と美貴が現れ、私は心底ほっとした。飛びつくようにして運ぶのを手伝う。痩松刑事が背負っていた眼鏡のおじいさんが、か細い声でこう言っているのが聞こえて来た。
「やっぱり、あんたが来てくれたか。みんな待っていたんだよ」
彼らを荷台に運び終えた痩松刑事が、粟田口警部に敬礼し、報告する。
「全員救出完了!」
「了解!」
荷台に被害者全員を収容し、医療従事者三名が同伴する。おっちゃんとイカルスくんがスロープを収納して、トラックの後部扉を閉めようとした。
中の拉致被害者の方々で起き上がれる人達が、皆こちらに向かって涙を流しながら手を合わせ、頭を下げているのが見えた。見送る私達は声を上げて泣き、号泣する痩松刑事を美貴が抱きしめていた。
おっちゃんとイカルスくんが運転席に乗り込み、道路に待機していたパトカーの先導で、予定の病院に向かって走り去った。
機関銃を構えたおねえちゃんが、私達に向かって叫んだ。
「全員涙を拭け、仕事を仕上げるぞ!」
「はいっ!!」
私達は一斉にそう答えた。
次回でとどめとなります。