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富士の裾野の敵基地に姉御共々殴り込みだァ

 嵐の前の静けさ篇です。


 「『神々の黄昏教を滅ぼす団』と称する謎の団体が、富士の裾野の同教団を襲撃するという情報を得た警視庁は、地元警察と共同でそれを阻止すべく、警官隊を派遣したが、秘密裏に武装していた同教団は襲撃者と激戦を展開。情報不足で軽装備の警官隊は介入を断念せざるを得なかった。

 だが混乱の最中に同教団施設の地下工場にて、武器兵器密造の強制労働をさせられていた、多数の拉致被害者である民間人を発見、彼らを救出・保護する事には成功した。

 謎の襲撃者は戦闘終了後、警官隊と敵対する事無く速やかに撤収、同教団は壊滅した」


 えーこれが作戦成功の暁には(あくまで成功したら、だけどね)メディア向きに発表される予定の、警察の「公式見解」ってやつです。

 ウチら「神々の黄昏教を滅ぼす団」っていう「謎の団体」様なんだってさ(笑)。

 ま、別にいいけど。お上に合わせてあげましょ。

 そういう訳で、作戦決行の前日まで、いろいろ下準備があって、姐御達と詰めの段取りやって、晩御飯食べて、お風呂入って、さて今晩はなぜか美貴かっちんの部屋で寝よって話になったんだけどー、まー御想像はつくかと思いますがー、いわゆる女ヲタの部屋でありましてー。

 汚部屋というのとは違ってて、清潔で、整理も一生懸命やってはいるんだけど、追いつかないというのが現状なの。

 多趣味かっちんが集めたあらゆるジャンルの書籍・映像・音楽ソフト・モデルガン(実物複数)・楽器等々で、文字通り足の踏み場が無い。

 今日びこの種のモノはネット上のデータで充分、場所取られるのは嫌というのが主流であるのは御当人も先刻御承知なんだけど、

 「やっぱリアルな触感と、収集したーっつー充実感が必要じゃないのさっ」

 という訳でこの点極めて前時代的(アナログ)なのである。

 ひとつ付け加えておくけど、ウチらは趣味としての「ゲーム」はほとんどやらない(チェスはやる。やっぱめっちがいっちゃん強い)。訓練過程でトレーニングセンターのバーチャルシステム、そこであらゆるシミュレーションを散々やって来たから。

 野外では姉御に実戦訓練でしごかれ、バーチャルでは殴られたり撃たれたり斬られたりすると、物凄い電気ショックを喰らうというのを、これでもかとばかりにやらされた。

 そしてウチら三人娘はほぼパーフェクトな成績を修めた。この段階で我ら三人娘は既に伝説(レジェンド)となっていたのである。わーっはっはっはっはっはっ。

 だけど訓練過程で落伍した人の中には、未だに電気ショックの後遺症から立ち直れず、瑞谷先生が必死で治療を続けている人が少なくないという事を忘れてはならない。まったく究極のブラック企業である。

 話をハード面に戻すと、ノートパソコンに作曲用キーボードは基本で、壁には薄型液晶モニター、ブルーレイ、ハードディスク、音響機器に、お古のビデオやレーザーディスク(未配信・未DVD化のソフト用なんだってさ)まであって、しかも「LDやVTRの再生は液晶じゃ色調ぐちゃぐちゃ、ブラウン管モニターでなきゃ駄目っ」という訳で、わざわざそれ用の十四インチブラウン管モニター(アキバのリサイクルショップで見つけてかついで来たとか)を液晶の下に置いてる始末。

 押し入れは襖を奥に入れて本箱を並べ、他の壁もみんな本箱と戦車・軍艦・軍用機等のプラモデルぎっちりのガラスケース。窓なんかもちろんありません。

 こんな部屋で私やめっちの部屋みたく、布団つなげて川の字になって寝るなんて不可能なんだけど、私達三人共小柄で細身なもんだから、美貴の使ってる布団ひとつで三人固まっちゃえば何とかなるのよね。例によって真ん中のめっち(そういえば昼間はいつも私が真ん中なのに、どうして寝る時は決まって由美めっちが真ん中なんだろ)を二人で抱き合うみたいな形になるけど、別にいやらしい事は全然無いから御安心を。あれ、がっかりした?

 まあさすがにこの場合、例のかっちんのモーゼルは抱かれずに枕元へと置かれている。

 「枕の下に入れてみたけど、痛くて眠れん」

 そりゃそうだろ。

 「しっかしこの部屋ってさー、今度グラグラって来たら、ウチら間違い無く全員圧死だねー」

 と、私が言うと、

 「あー大丈夫大丈夫。本箱しっかり金具で固定してあっから。中身についてはどうしようもないけど、本箱倒れなきゃ安心安心」

 と、呑気なかっちんは言うのである。

 「当てにできん」

 ぽつりとめっち。 

 そういう訳で決戦の時を明日に控え、何か血の騒ぐもんでも観よっか、いや逆にぐっすり眠れて落ち着けるものの方がよろしい、せっかくこの部屋に泊まるんだからなんかない、んじゃこれ、と、美貴の大好きな例の監督の長く幻の名作と言われて来た(これを作ったおかげで業界から数年─三年から五年と諸事情あってこのへん微妙─干されたといういわく付きの)アニメビデオ「天×のた×ご」というのを、十四インチブラウン管モニターで(ブルーレイはちゃんと持っているのに、公開当初の雰囲気を味わいたいなどとコイツは言うのだ)観始め、その摩訶不思議な超絶難解映像世界にウチら三人布団にくるまって引きずり込まれるうち、また例によって夢も見ずにぐっすり眠ってしまったのだった。

 翌朝。決戦の日。私達は通常より二時間早く、美貴の仕掛けたアラーム「マイスタージンガー前奏曲」(ワーグナー大先生作曲)の豪快な音響によって強制的に目覚めさせられ、例によっての朝のゴタゴタを経て出発と相成った。

 私達は打ち合わせ通り、どっかにハイキングに出かけるような軽装で、荷物は何も持たずに部屋を後にした。えーとその前に。今回「お留守番」になる大小「モーちゃん」に対してかっちん美貴は、まるで飼い猫達にそうするように「ごめんね、モーちゃん」とつぶやきながら、あのゴツいC96とシンプルなHSCを交互に抱きしめ、頬ずりし、銃口にキスまでしているのである。まったくアイツの感情移入は度を越しているのだ。まあ無理矢理持って行こうとするのは断念させたから良しとしよう。

 私達は無人の廊下を歩いて行く。窓の外はまだ薄暗い。ほどなく正面玄関のある小さなロビーに至った。ここはドリンクの自販機と数人が座れるソファが置かれており、そこに腰かけているのがやはり軽装のニケの姐御とケイロンのおじさんだった。

 二人は現れた私達を見て、ニヤッと笑った。

 「時間ぴったりだな」

 と、おじさん。 

 「先輩を待たせるな。五分早く来いッ」

 わざと怒った口調で姐御が言う。

 「おはようございまーす」

 私達はぺこりと頭を下げて先輩方に朝の挨拶をするなり、さっそく責任のなすり合いを始めるのであった。

 「だって姐御。またかっちんのトイレが長くてさァ」

 「自分の朝寝坊棚に上げて何言ってんだ、ぐずりやがってッ」

 「すみません」

 と、例によってめっちが締める。

 二人は苦笑して立ち上がった。

 「じゃあ、行くか」

 「はーい」

 社内で今度の件を知る者は関係者のみに限定され、見送る者は誰もいない。あの親父達が早起きして見送りに出て来るなど、太陽が西から登ってもあり得ない話だ。

 私達が玄関に向かいかけたその時、パタパタとスリッパの足音が聞こえた。見ると、ロビーに駆け込んで来たのはボサボサの寝癖頭、ピンクのパジャマの上に白衣を引っかけた瑞谷先生なのだった。

 「ご、ごめんなさい、こんな格好で。ちょっと、うとうとしちゃったの」

 そう口走る先生の大きな目は充血し、その下にはくっきり隈ができている。私達は愕然とした。何て事。今日死ぬかもしれない私達は例によって夢も見ずに爆睡していたというのに、この人は私達を心配するあまりほとんど一睡もできず、明け方ついうとうとして見送りに出遅れた事を詫びているのだ。戦いの前に涙は禁物。私達が必死に号泣の発作を噛み殺していると、

 「何をやっとるんだお前はッ」

 姐御が声を震わせながら先生の寝癖頭を両手でくしゃくしゃにするのであった。後ろでケイロンのおじさんが溜め息混じりにつぶやいている。

 「いけませんよ、先生······」

 「お前は専門家だろうが。睡眠導入剤が駄目なら酒でも飲んでしっかり寝ろと、あれだけ言ったのに」

 「だってどっちも効かなかったんだもん」

 瑞谷先生は半べそ顔でそう言った。私達は先生に抱き着き、口々に言った。

 「大丈夫だから」

 「心配しないで」

 「必ず帰ります」

 先生は涙をこらえながら私達を一人ずつ抱きしめ、姐御とおじさんに頭を下げた。

 「どうか、よろしくお願いします」

 「おうっ、任せな」

 「今日は仕事休みなさい、先生」

 ロビーで無理に笑みを浮かべ、手を振って見送る瑞谷先生に、私達も笑顔で手を振り返した。

 玄関先にあるのはいつもの社名ロゴ入りワゴン車ではなく、国産の普通自動車、レンタカーだ。作戦成功の暁にはまたこの車に乗って帰って来る筈である。車に乗り込む前、姐御は振り向かず、ぽつりと言った。

 「生きて帰るぞ」

 「はいっ」

 私達は元気良く答えた。


 棒縛少尉が私達にレンタルする自衛軍の武器を、民間のライトバンに乗せて運んで来たのは三日前の事である。

 あの会議室の円卓と床の上にそれら武器弾薬が並べられ、私達は(やっぱ今回も背広姿の)少尉からレクチャーを受ける事となった。

 バーチャルではあらゆる武器兵器の使用法(それと各種車の運転を一通りやった)を学んで来たとはいえ、実物(リアル)のそれはやはり違う。拳銃以外、各々担当の武器は決まっているけど、万一の場合に備えて(考えたくないなー)担当外のモノの扱い方も覚えておかなくてはいけない。

 姐御とケイロンにとっては古巣の得物ばかりだが、久しく手にしていないモノもあり、二人共真剣な表情でチェックしていた。

 まーこういう場合、仮に棒縛少尉殿がコチコチの軍人官僚、つまりウチらが大キライな小役人、コッパ役人風情だったとしたら、マンガやアニメで出て来る七三分け、目無し眼鏡で、こんなセリフを口にするのがパターンだ。

 「壊さないで下さいね。大事に使って下さいね。できれば撃たないで下さいね。おどかすだけにしといて下さいね。ちゃんと返して下さいね。そうでなかったら困るんです。私の立場を考えて下さい。お願いです出世に響くんですぅ」

 なんて事はまったく口にしませんでした(笑)。

 作戦会議でもそうだったけど、この棒縛さんって本当にいい人で(姐御もああいう部署の人間には珍しいって)、しかも記憶力抜群、親切丁寧に教えてくれて、とても私達は助かったのでありました(ウチらが質問しながらじっと見つめると、顔がみるみる赤くなっていくのがとっても可愛い)。

 例によってかっちん美貴の奴が発作を起こしそうになるのを、足を踏んづけたり、お尻をつねったりして、どうにかこうにか抑えつけながらの事だったんだけど。

 ここで各武器のスペックをだらだら並べても退屈なだけだから、一応名称と運用予定者を。

 まず拳銃。スイス・西ドイツ共同開発のシグ・ザウエルP220のライセンス国産品、いわゆる九ミリ拳銃を全員に五丁。これについてはまたアイツが、

 (えー九ミリも悪くないけどできたら新採用のヘッケラー&コック社製SFP9Mがいいのにぎゃっ)

 もー黙ってろっつーに。

 手榴弾。アメリカ軍開発のM26。ハリウッドのアクション映画でおなじみの代物。これを各員三個ずつ。でまたアイツ。

 (ねーねーびーびー、私いつものようにM24型柄付手榴弾ポテトマッシャー持って行きたいんだけどー)

 (駄目。棒縛さんに悪いでしょ)

 小銃。ケイロンのおじさんは自前の愛銃六四式7・62ミリで今回も決まり。そしてウチらにあてがわれるのは小銃にあらず、9ミリ機関拳銃、なのでしたっ。

 原型は有名なイスラエルのウージー・サブマシンガンだけど、前部銃把フォアグリップが付いていて印象はだいぶ違う国産品。全長四十センチ弱、重量約三キロで、小柄な私達にも扱いやすい。でまあアイツはこれには大喜びで、頬ずりどころか舐め回さんばかりにして、

 (見て見てびーびー、この切換金セレクターの表記、ア〈安全〉・タ〈単発セミオート〉・レ〈連射フルオート〉、六四式以来の伝統ここにあり、最新の二〇式でもこれが復活したのがもー嬉しくて。そしてこのゴツゴツとしたガン×ムっぽいデザインがまたたまんなくてさーぐえっ)

 「でもこれ、生産数少なくて、限定配備じゃありません?」

 美貴とは対照的に発射回転速度(フルオートだと二秒弱で二十五発、全弾あっという間に撃っちゃうから、気をつけなくちゃ)など、冷静に質問していた由美が、棒縛少尉に尋ねた。

 「あーそーいえばそうでしたよねー」

 と、美貴が顔を上げて言った。

 「よく上層部がレンタルの許可出しましたね」

 私がそう言うと、棒縛さん、顔をまた赤らめちゃって、

 「いや、それは······あなた方三人の、その、た、体格に、ぴったりのモノといったら、やっぱりこれしか、無いと、お、思いまして、その、上の方とは、だいぶその、か、掛け合いを······」

 「おーい、少尉にキスしてやれ」

 床の無反動砲をチェックしていた姐御が言った。

 私達は背伸びして、棒縛少尉の両頬に次々と唇を押し当てた。少尉はトマトのように真っ赤になって卒倒寸前の状態です。

 「何だい。俺には一度もしてくれた事が無いのによ」

 おじさんがむくれてる。

 「じゃあ私がしてやるよ」

 「いえっ、光栄ですが、またの機会にっ」

 (どうして断っちゃうの)

 (してもらえばいいのに)

 (照れちゃっておじさん)

 無反動砲。スウェーデン製カール・グスタフM2。これを二門。普通この種の「肩にかつぐ大砲」はみーんな「バズーカ砲」って呼んじゃうみたいだけど、あれはいわば「ロケット・ランチャー」で、自分で火を噴いて飛んでくのを撃ち出す奴。

 これは後方に爆風(バックファイア)を噴き出して、発射時の反動を相殺し、砲弾を前に撃ち出す奴(だけどロケット・ランチャーだって後方にガス噴くし、カール・グスタフの撃つ対戦車榴弾はロケット補助推進式······ああもうややこしいからやめやめっ)。 

 だから狭い室内とか車の中から撃ったりしたらもう大変な訳。つまり後方確認しないで撃つなんてやったら即銃殺という、とっても危ない兵器なの。だけど車輪や三脚付けずに一人でかついで撃てる大砲だから、とっても便利な兵器でもあるの。

 「まあこれも既に旧式の部類に属しておりますが······」

 赤い顔でだらだら流れ続ける汗をハンカチで必死に拭いながら(両頬を拭おうとしないのがまた可愛い)、棒縛少尉が姐御に言っている。

 「なあに。ドイツ兵のコスプレ共を相手にするには、こいつで充分さ」

 姐御は重量十六キロ(砲弾も一発で三キロを越える)の砲を軽々とかつぎ、照準器をのぞきながらそう言った。

 これは姐御が撃つ予定だが、砲弾の装填は由美が担当し、少尉からそのレクチャーを受けている。彼女がその小さな身体で姐御同様、砲を軽々と扱ってみせるのに、少尉は目を丸くしている。普段ナイフ以外の得物を使わないめっちも、やる時はやるのである。

 そしてテーブル上に並んで置かれている、二丁の黒光りする機関銃。ベルギー製5・56ミリ機関銃MINIMI。これの運用は前半が私たちと美貴、後半がニケの姐御である。どういう事かというとまあ後で判ります。

 本体だけで七キロ越えるから、普通は二脚架バイポッドを地面に立てて銃を支え、射手は腹這い(伏射)になって撃つものなんだけど。

 私がフルオート射撃で加熱した銃身を、予備と交換する手順について、少尉からレクチャーを受けている一方、そういう事は既に熟知しているかっちんが、またこれを舐め回さんばかりにしている。もーほっとく。勝手にせい。

 するとケイロンのおじさんが姐御にこう言ったのだ。

 「大尉ならこれ二丁、軽く立ち撃ちしちゃうでしょう」

 姐御は腕組みしておじさんを軽く睨む。

 「何よう。私にハリウッドの筋肉バカのまねをやらせる気?」

 「いやあ、あいつはM60の片手撃ちが売りでしたけど、ガンベルトを左手で、こう、支えながらバリバリ、でしょ。これは二〇〇発入り箱型弾倉コンテナがありますから、その必要がありませんしね」

 「で、でもそれだと、総重量は軽く十キロを越えますよ。それを二丁拳銃みたいになんてとても······」

 棒縛少尉の汗は脂汗になっていた。

 「ふーん。じゃあまあ、乗せられてやっか」

 姐御はそう言いながら、コンテナ付MINIMI機関銃二丁の銃把を握り、軽々と持ち上げ、二丁拳銃みたく、構えてみせた。

 「こんなもんか」

 ケイロンのおじさんはニヤリ笑って右手でグッジョブ、ウチら三人はぼーぜんと見とれ、棒縛少尉に至ってはもはや崇拝の表情で、こうつぶやくばかりであった。

 「······勝利の女神······」


 「しっかしそうしてっとお前達ってホント小中学生にしか見えねェよなァ」助手席から振り向いて姐御が言った。「久し振りに会って、おー大きくなったなァって言おうと思ってたのによォ」

 「おねーちゃんそれ言わないで」

 めっちがぶんむくれてそうつぶやく。

 「いっそリュックと水筒持って来れば良かったね」

 私が居直ってそう言うと、かっちんがまたすぐ悪ノリする。

 「親子五人で富士山にハイキング。でもお母さんちょっと若すぎ」

 「おいおい俺は三人の子持ちかい」運転席のおじさんがそうぼやく。「俺はまだ独身だぜ」

 「んじゃ私は後妻だよ」

 私達はケラケラと笑いこけた。行く手には朝日に輝く霊峰富士がそびえている。荘厳なまでに美しい姿だ。とても本日正午よりあの裾野で大激戦が展開され、自分達がその当事者だとは思えない。 

 私達は本当に五人家族でハイキングという感じで、楽しく談笑しながら富士の裾野へと向かって行った。大丈夫。例によって盗聴器、おじさんが全部見つけて壊して突っ返したから。「暇人共」のひとことを付け加えて(笑)。

 ドライブインで朝食を摂り、正午の攻撃前に摂る簡単な昼食を購入して、私達は再び車に乗り込んだ。姐御のスマホがその時鳴った。二言三言、やりとりして、姐御は言った。

 「ダイダロスのおっちゃんのトラックが、合流予定地点に到着したそうだ。ま、ここまでは順調だな」


 ここ数日ダイダロスのおっちゃんは、教団施設の模型製作を皮切りに、ほとんど徹夜作業が続いている。会社の大型バン一台を、即席装甲車にしてしまおうというのである。

 私達が夜にジャージ姿で行ってみると、おっちゃんと若い助手の人達がガレージで作業に熱中していた。

 「うわ凄い」

 一目見て私達は唸った。

 バンの前も後ろも横も上も鋲留めの装甲板だらけ。助手席の椅子は取り外され、その上の天井はサンルーフじゃなくて、戦車の操縦席のハッチみたいになっている。バンの前部には巨大なスチール製のバンパーが二つ重ねて取り付けられ、正門突破に備えている。

 「まるで大昔の戦艦の衝角(ラム)みたい」

 と、かっちんがまたおたっきーな事をつぶやく。いちいち解説しません。ローマの史劇スペクタクル映画の海戦シーンとだけ言っときます。前後共防弾ガラスに交換は当然、フロントには念の為金網も張ってます。

 「これで動けるの」

 めっちが素朴な疑問を口にする。

 「その為に四駆の馬力のある奴選んだんだよ」

 作業着を油まみれにしながらおっちゃんはサングラスの奥の目を光らせた。

 側面のスライドドアはそういう訳で使えない。窓も無くなってしまっているが、右の中央、左の後方に、縦十センチ、横三十センチの「銃眼」が開けられている。私と美貴がここから機関銃を撃ちまくる訳である。

 おっちゃんは後部ドアを開けて中を見せてくれた。それぞれの銃眼の前には丸い銃座が溶接され、側面や床のそこかしこに弾倉他を入れる収納ボックスと、衝撃に備えてつかまる為の金属製の取っ手が取り付けられている。

 「ニケの姐御はあそこから上半身突き出して、カール・グスタフ撃ちまくるんだね」

 私は座席の無い助手席を指さして言った。

 「私はその後ろで榴弾を装填したグスタフ砲を、おねーちゃんに差し出し、撃ち終えた砲を受け取り、再装填、繰り返し」

 由美がイメージ・トレーニングをしながらそうつぶやく。

 「ニケ様大丈夫かなあ。本部の窓から狙い撃ちされるよ」

 かっちん美貴も心配そうだ。

 「なあに、ナターシャならいつだってどこだって、タマの方が逃げちまうさ」おっちゃんは煙草をくわえてそう言った。「あいつは『勝利の女神』なんだからな」

 「主任(ダイダロス)。ここは禁煙です」

 生真面目そうな助手の人(コードネームは「イカルス」くん。「ダイダロス」の息子の名前なんだけど、本人は縁起でもないと嫌がってる。どーしてなのかも解説しません)がそう言った。

 「知るか。ここは俺の作業場だ」

 おっちゃんは気にせず、煙草を思いきりふかすのであった。いいのかなあ。可燃物いっぱいだよここ。ま、煙草でどうにかなっちゃうのなら、溶接の火花で一発だけどね。

 「タイヤはどうなの」

 と、私が尋ねると、おっちゃんはガレージの一角に山積みにされているゴツいタイヤを指さした。

 「自衛軍供給のコンバットタイヤへの換装はこれからだよ。数発喰らってもびくともしないって話だが、まさか試してみる訳にもいかんしなァ」

 「でも多分、大丈夫だよ」

 「うん、棒縛さんがそう言うんなら」

 「そ」

 「何だい。ずいぶん信用されてんだな、あの眼鏡の少尉殿」  

 「だってさー」

 「ニケ様がねー」

 「キスしてやれって」

 「それでしちゃったもんねー」

 「三人で」

 「順番に」

 「そしたら真っ赤になっちゃってさー」

 「可愛かったー」

 「ほんとー」

 私達がキャッキャッとはしゃいでると、若い助手の皆さんがシーンと静まり返って手を止め、こちらをぼーぜんと見つめているのに気がついた。イカルスくんなんか、泣きそうな顔してんの。

 あーそういえば。ウチらの職場って「若い男の子」はほとんどいないけど、おっちゃんの技術部ダイダロスにはその「ほとんど」が集中してるのね。日頃ウチらと接点があるのはおっちゃんだけで、助手さん達とは滅多に顔を合わせる事が無くって、たまに連絡係のイカルスくんと話すくらい。おっちゃんは日頃から「あいつらに手出したらてめーらぶっ殺すぞッ」と助手さん達をおどかしているらしい。でまあそういう訳で、さっきから助手さん達、赤い顔してチラチラこっち見てんのは判ってたんだけどねー、ありゃりゃー、ちょっと無神経だったかなー。

 そんな助手さん達を見回して、おっちゃんが思いっ切りどやしつけた。

 「こらこらーッ、誰が手を止めていいと言ったーッ!」

 そんでもってウチらを真面目ぶって睨みつけ、

 「まったく最近の若いもんはっ」


 あれって古代ギリシアの時代から言われてたお言葉だよねー。

 まあそれはとにかくとして。

 合流予定地点のパーキング・エリアに近づくと、おっちゃんが運転して先行させた十六輪の大型トラックが見えて来た。その巨大なコンテナ状の荷台には、桜吹雪をしょった和服姿の演歌歌手のお姉さんがでっかくプリントされている。「綾錦純子─暁の酔いざまし」とか何とか。やっぱおっちゃんの趣味ってこっちのほうだったんだ。ごめんねおっちゃん。アニソンばっか歌わせちゃって。

 「運転までやんなくたっていいのにさ。しかも行き先は鉄火場だぜ」

 姐御がつぶやく。

 「借り返そうとしてんだよね」

 「借りがあるの、ウチらの方なのに」

 「おっちゃん悪くないのに」

 私達が口々にそうつぶやくと、ケイロンのおじさんが締めた。

 「いいんだよ。これがあの旦那のけじめのつけ方なんだから」

 何の事か判んないでしょうけど今はいいの。

 車はトラックに横付けされ、完全にトラック運転手になり切ってるくわえ煙草のおっちゃんと、その助手のねじり鉢巻イカルスくんが迎えてくれた。

 「おっちゃん似合うぅ」

 「うるせえっ」


 作戦会議で問題になったのは、地下の救出チームと地上の我々陽動チームとの連絡方法だった。

 この種の作戦では別行動の各部隊の完璧な連携が、勝利の必須条件だ。その点の不備が原因で失敗した例は、あのレイテ沖海戦(まあありゃ「成功」したとしても全滅ほぼ間違い無かったけどね)を筆頭として、枚挙にいとまが無い。だけど地上と地下の通信はただでさえ厄介だ。軍・警察の強力な無線機なら、可能は可能かもしれないけれど。

 「現場は大乱戦・大混乱で、ほとんど聞こえないと思います」

 と、私は言った。

 「それに連中はスパイを警戒し、常時妨害電波を出しています」

 痩松刑事がこの種の組織にありがちな(SCS(ウチ)もその典型だけどさ)強迫観念・被害妄想的徹底警戒ぶりについて説明する。一般信者の外部との連絡は全面禁止、携帯は没収、抜き打ちの身体・荷物検査が繰り返され、隠し持っていた者は即刻スパイとして処分される。外部との連絡は厳重な管理下に置かれた固定電話で幹部限定、との事。

 「今どきの若者はスマホ無しじゃ一日だって我慢できないと思いますけどー」

 と、美貴がもっともな疑問を口にする。

 「そのへんはまあ、『総統閣下』の洗脳が、徹底してましたから」苦々しい表情で痩松刑事は答えた。「そういう訳で、私も施設から脱出後、初めて自衛軍演習場より、本庁に連絡する事ができたのです」

 「もう粛清されてしまったのではないかと思っていたところに、こいつが電話を入れて来ましてね。その時の私の気持ちといったら······いえ、それより、連絡の事です。とにかく、個々のインターカムとは別に、警察の強力な無線機を、そちらとの連絡用に準備はするつもりですが······」

 粟田口警部が難しい表情でそう言うと、

 「電波妨害ジャミングが常態化している以上、ダメもとですな。ここは初めからあきらめて、タイミングを合わせていくしかないかもしれませんね」

 ケイロンがそう言うと、姐御は苦笑し、

 「ジャングルのゲリラ戦は、いつもそれだよ。ミャンマーの民主化勢力も少数民族組織も、カツカツだからね」


 大型トラックのコンテナ状の荷台の中は、天井に照明がついていて明るい。ここにあの即席装甲車が鎮座している。これで公道走る訳にはいかないもんね。

 荷台の前の方には毛布や担架、医療器具類がベルトで固定されている。隅には簡易トイレがあって、これもがっちりと固定。

 例の警察用無線機トランシーバーは救出チームリーダーの粟田口警部と姐御が持ってるんだけど、おじさんが言ってた通り、あくまでダメもと。

 そのケイロンおじさんは外で、私達四人は装甲車の中で、用意されていた戦闘服に着替えようとしていた。助手席からまず姐御が入って中の照明のスイッチを入れた。続いて入ろうとしたかっちん美貴が、車の側面に描かれた「シンボルマーク」を撫でて、ニタッと笑い、

 「ウケるっ」

 と、つぶやく。

 私はめっちとささやき合う。

 「ちょっと釘刺しとこか」

 「いいよ、ほっとこ」

 

 あの夜、タイヤの換装作業を見届けた私達は、そろそろ部屋に戻って寝よかという時になって、かっちんがいきなり言い出したのだ。

 「ねーねー、シンボルマーク、欲しいと思わない?」

 「って私達は『謎の団体様』なんだから」

 「そんなの付けちゃまずい」

 「だから偽装、偽装なのよっ」

 まあそういう事なら、という訳で、やっぱ私が描かされるの? やれやれ。おっちゃんからペンキと筆を借りたのはいいけれど、

 「えーっ、アレ描くのアレをーッ!?」

 と、あんまり気乗りがしないまま、かっちんがうるさいので言われるままに描いちゃいましたよ、タラコくちびるに点目でピンクのおさかなの図を。頭にちょうちん付いてんの。

 「何だこりゃ」

 おっちゃんが呆れて尋ねる。

 「あんこうっ」

 かっちんが答える。

 例のアニメのファンらしいイカルスくん達は、みんなニヤニヤしている。中には笑いを必死でこらえるあまり、うずくまってケイレンしてんのもいる。描いた私はめっちと顔を見合わせ、トホホな表情。若い奴のノリにゃついていけねえやとおっちゃんはかぶりを振ってそれ以上何も言わず(後でこれを見た姐御とおじさんも同様の反応)、かっちんは満足そうに「シンボルマーク」を眺めてこう言った。

 「これで私が『あんこうチーム、パンツァー・フォーッ』で作戦開始、決まりだねっ」

 「それだけは絶対ダメッ!!」

 私と由美は同時に叫んだ。作戦をしょっぱなで脱力させてどうするのだっ。


 車内には二門の無反動砲、二丁のMINIMI機関銃、そして三丁の9ミリ機関拳銃と四丁の9ミリ拳銃、四人分のヘルメットと戦闘服、装備品の数々が私達を待っていた。

 姐御が身にまとうのは現にミャンマーのジャングルで使っているのと同じ物で、ベトナム戦争の頃のアメリカ軍のそれと良く似ている。おじさんのもそれと合わせていた。

 私達のは数年前、野外で姐御にしごかれていた時に着てた、どっちかというと作業着風の地味な物。ヘルメット(インカム付)、防弾チョッキ、ブーツと、色は全部ダークグレー。迷彩無し。つまり陸上自衛軍の現在のそれとは全然似ていない。使う武器はごまかしようが無いけどね。

 ちなみに私達は育ち盛り(しかもあれだけ喰ってんのに)なのにもかかわらず、数年前に着ていた戦闘服が今もぴったりなのである。見た目ほとんど戦争ごっこやってる小中学生。つまり私達はここ数年間外見上ぜんっぜん成長してないって事。これが何を意味するのかについても今はまだいいや。とにかく任務に集中だ。

 私達は黙々と着替え、装備品を身に付け、ヘルメットをかぶり(ショートの由美はとにかく、私と美貴は一苦労。姐御は馴れた手つきでスルスルやってるけど、ミャンマーのジャングルじゃあれはきついなー蒸れて)、武器兵器の最終点検を行なった。

 9ミリ機関拳銃は運転席後ろに固定された収納ボックスの中にあり、外に飛び出す際に各々取り出す手筈になっている。

 私は左中央、美貴は右後方の銃座に着き、機関銃を備え付ける。正門突入時には衝撃に備え、全長一メートル程の機関銃を両膝にはさんで抱え込み、銃眼下左右の取っ手をつかんで、我が身と機関銃を守らなくてはいけない。前の方では姐御と由美が無反動砲相手に同じ事をやらなくちゃいけないから大変だ。どうか姐御の一発で正門が吹っ飛んでくれますように。

 打ち合わせと(無反動砲以外の)試し撃ちは入念にやったけど、まあ救出チームとの連絡については前に触れた通りだし、ほとんどぶっつけ本番、厄介な作戦だ。でもやらなくちゃ。今現在、教団施設地下で理不尽な苦しみを味あわされている、気の毒なおじさんおばさん達の為にも。明日どうなるか判らないこの国で、とにかく毎日一生懸命「薄い氷の上を歩いている」(どーせ誰かの受け売りだろうけど、あのおっさんにしては気のきいた表現だ)人達の為にも。その中には日本で真面目に働いている陳さんやナァちゃんみたいな人達も含まれているんだ。

 「お前達。ちょっと早いけど腹ごしらえしとけよ。トイレとお祈りも今のうち済ましとけ」

 「姐御ォ。ウチら三人揃って無神論者なんですけどー」

 「うん」

 「そ」

 「実は私もだ」

 外で備え付けのインターフォンを使って、運転席のおっちゃんと話していたケイロンのおじさんが、装甲車(美貴一人が勝手に「あんこう号」と呼んでる)の運転席に乗り込んで来て言った。

 「大尉。待機地点に移動します」

 「ん」

 トラックが動き出した。いよいよ作戦開始だ。

 十数分間のゆっくりした走行の後、トラックは停車した。ケイロンが降りて、装甲車を固定していた車止めを外した。荷台の後部扉が開かれ、おっちゃんとイカルスくんがスチール製のスロープを下ろした。ケイロンが再び乗り込んで、装甲車のエンジンをかけ、車を慎重に後進させて、路上に下ろしていく。姐御が車内の照明を消した。

 おっちゃん達がスロープを荷台に戻し、後部扉(ここにも演歌歌手のお姉さんの顔があった)を閉め、こちらに手を振ってからトラックに乗り込み、走り去った。 

 私は銃眼から外をのぞいた。ここから教団施設は見えない。周囲は荒れ地に森というより雑木林がそこかしこに点在している、荒涼たる風景だ。人家も見えない。だがそんな殺伐とした眺めの背後に、富士山が堂々とそびえている。

 神はまずおるまい。だがこの山はすべてを見ている。私はそう思い、気を引き締めた。

 教団施設は手前の雑木林の向こうにある。地図上では今私達が待機している公道からT字状の脇道に入って、五十メートル程先に位置する。

 姐御が警察用無線機トランシーバーで話している。救出チーム、そしてもうひとつ。私達はインカムのテストをする。ジャミングの影響はこのへんまで来てて、ノイズがかなり。四六時中妨害電波を出し続けって、てめーらがデンパそのものじゃんか。少なくともインカムでは施設突入後は車内通話が精一杯で、地下の救出チームとは姐御の無線機頼りだが、ダメっぽい。

 腕時計を見た。正午まで残り数分。無線機を切り、姐御が言った。

 「歌え、バッコスの信女」

 「はいっ」

 私は歌った。

 

  願わくは主よ 

  黄金の杖をふるいて

  オリュンポスより天下り

  血に飢えし者の

  非道をこらしめたまえよ


 そしてカサンドラ美貴が続けたのだ。例のアレではなく、英語で叫んだ。

 「Cry “Havoc!” and Let slip The Dogs of War!!

(〝鏖殺(みなごろし)〟の雄叫(おたけび)をあげ 戦いの犬を切って放とう!)」

 「『ジュリアス・シーザー』シェイクスピア」

 メドゥサ由美がつぶやく。

 それと同時に雑木林の中から、ポン、シュルシュルという、花火の打ち上げに似た音が複数聞こえた。陸上自衛軍迫撃砲小隊が、教団施設主要三棟を目標として(事前のドローンによる慎重な観測の上で)、限定各三発ずつ迫撃砲弾を撃ち込み、ただちに撤収──これが現在自衛軍のぎりぎり可能な「実戦協力」であった。

 「GO!」

 姐御が叫び、ケイロンがアクセルを踏み込んで、装甲車は疾走を開始した。雑木林の向こうに、まるで荒れ地の中の刑務所の如き教団施設が出現し、塀の向こうの建物の屋根に、迫撃砲弾が次々と命中、轟音と共に爆炎が噴き上がる。

 火ぶたは切って落とされた。







 お待たせしました。

 次回よりようやく大活劇と相成ります。

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