エントリーポット
寮の後端に、巨大な鉄の扉を持つ建物が静かに佇んでいる。それはエントリーポットと呼ばれる特別な場所。普段は人々の目から隠れた静寂の中にあるが、ミッションの時にはその扉が特定の者たちのために開かれる。
校舎の石畳を踏みながら、ヒトミとアイリスは心の中の興奮を抑えきれずにささやき合っていた。
アイリスは目を細めながらヒトミの方を向いて、微笑みを浮かべて言った。「実戦デビュー、おめでとうヒトミ。君と私、一緒のミッションなんて、予想もしてなかったよ」
ヒトミは嬉しさを隠しきれない表情で返答した。「ありがとう、アイリス。私も驚きの連続だよ。でも、3人でのミッションは珍しいよね?いったい、どんな大役なんだろう?」
アイリスは考え込むように指をあごに当てながら、思案の表情を見せた。「ふむ、3人も必要なミッション…パイプラインの修理や水源調査じゃないよね。もしかして、鬼に関するものかな?」
ヒトミは急に身を乗り出し、「鬼関連?」と、興奮混じりの疑問を口にした。
「実は、鬼の生態についてもっと深く調査するんじゃないかな。確かではないけれど…」アイリスは腕に目を落とし、深く息を吸い込んだ。「この傷も、あの鬼たちによるものだから。確かに危険は伴うよ」
ヒトミは長らく鬼との直接の接触を求めていたが、アイリスの刻まれた傷を目の当たりにすると、夢見ていたイメージとは違う現実の重さを感じた。私が持っている鬼のイメージは、ただの幻想に過ぎないのだろうか? そう疑問を抱きながら、彼女たちは歩き続け、ついにエントリーポットの扉の前に立った。
シスターの瞳が微細なスキャナーにキャッチされると、エントリーポットの重々しいドアが静かに開いた。
その扉の先に広がる空間は壮麗で、白く煌々と照らされた天井が非常に高く、どこまでも伸びているかのようだった。空間の中央には大規模なホログラフィックディスプレイが浮かんでおり、それには先端技術の情報や装備品の在庫状況が次々と映し出されていた。
周囲の壁一面には、未来を感じさせる最先端の武器や装備品がきちんと並べられていた。それぞれのアイテムの下部には、微細なホログラフィックパネルが輝いており、装備の特徴やハンドリング方法が流れていた。
「あらまぁ、今日は3人も可愛いテスターちゃんがいるのね。わたくし感激ですわ」
どこからともなく一人の女性が姿を現し、ヒトミたちに声をかけた。190cmを軽く超える巨体で、黒いバンダナでまとめられたオレンジ色の髪はアフロ状に広がっていた。胸元のIDには「ナディア・カイゼン 対鬼兵器開発本部 マネージャー」との文字が。ナディアは話し続けた。
「あなたはこの前採寸したばかりなので、問題はないわね」とアイリスのことを指をさし説明をした後、今度はヒトミとミランダのほうを見て続ける。
「あなたたち2人は初めてちゃんだから、さっさと採寸しちゃいましょ」というなり、驚異的な速さでヒトミとミランダを剥ぎ、彼女たちの体のあらゆる部位を計測していく。計測が終わると、後方にあったデバイスの前に2つのスーツが出現し、ナディアはそのデバイスを操作する。モニターに「Flash」というボタンが現れ、それを押すと直後に「installing…」と変わり、しばらくすると「Success」とのメッセージが表示された。
「バッチグー。このスーツは特別製で、体型情報をインプットすると、着衣後体型と関節域に合わせた自動調整が行われる仕組みになっているざんす」
とナディアから説明があり、ヒトミとミランダはスーツを手渡された。
ヒトミたちは、手渡されたスーツを着用すると、説明の通りきつくもなくゆるくもないぴったしとした着心地に自動で収縮した。
「このスーツには様々な機能が搭載されているざんす。腕のダイヤルを回すと各機能が発動するようになっているから、状況に応じて使い分けるように。本来であればもう少しデータが欲しいところなので、日常的にスーツを使ってくれるテスターちゃんがいると大変うれしいざんすが、」
ナディアがスーツに対してのこだわりを説明しようとした時、シスターが間に入る。
「ナディア、説明ありがとう。至急ミッションに行く必要があるので、出発の準備をする」
ナディアは少し不貞腐れながら「はいはい、ソフィー。わかったざんすよ」と言うと、もう一度デバイスの別のボタンを押すと、施設の真ん中に、人型の3つのハンガースタンドが床から飛び出てきた。それぞれには各種のサブマシンガンやライフルが収められた戦術的なベストや、強力なマシンガン、そして顔を覆い隠す漆黒のフルフェイスマスクがディスプレイされていた。
ヒトミたちがマスクを被ると、視界には「生体認証…クリア」、「DBS接続…完了」、「視覚情報…取得完了」、「ネットワーク接続…8G」と表示された。部屋の明るさが調整され、彼女たちの視界は驚くほど鮮明になった。静かな瞬間が過ぎる中、突如「ミッション・ハイの概要」という文字が視界全体を埋めて映し出された。
「あなた方の目的は明確です。ターゲットを発見したら、腰にぶら下がるその小銃で、迷わず打ち抜いてください。ですが、警戒してください。ターゲットはもちろん、その周りの鬼たちも武装している可能性が高い。命のやり取りとなる場面での失敗は許されません」ヘッドセットの中でヨーゼフの厳格な声が鳴り響く。
ヒトミの胸が締め付けられるような感覚に襲われた。自分の初の実戦が、こんな重大で命がけの任務だとは、夢にも思わなかった。
ヒトミの心が高まる中、ヨーゼフの冷静な説明が続いた。彼女の視界には、潜入する建物の詳細な構造図と、その中を巡る鬼たちの動きが浮かび上がってきた。
「本夜、我々のターゲットは西棟24FのサイトAに現れる予定です。あなた方は、地上44Fより潜入し、上から順にサイトAを目指して下降してください。同時に、第二部隊も動き出し、退路の確保を担当します。ミッションが無事完了した際には、速やかに第二部隊との合流を果たし、22Fの連絡通路を通じて、東棟24FのサイトBへ向かってください」
ヒトミの心には疑問が湧き上がり、抑えきれずに口にした。「この鬼を、なぜ…」
ヨーゼフの声がやさしく、しかし確かにヒトミの言葉を遮った。「お知らせいたしますが、今回のミッションにおけるリーダーはヒトミさんとします。アイリスさんとミランダさんはサポートをお願いします。彼女がターゲットを打ち抜く役目を果たせるよう、二人とも最善の協力を。では、皆さんのご成功を心よりお祈りします」
ヒトミの疑問が尚も心に残る中、ヨーゼフの説明は突如として終わった。シスターの表情からは微かな驚きが読み取れた。しかし、その驚きの原因よりも、現在の状況での一番の問題は、ヒトミ自身のリーダーへの指名だった。
「どうして私がリーダーなの? 実戦経験すらないのに。」ヒトミが疑問をシスターにぶつけると、
「あなたの演習の成績は圧倒的だった。その結果、所長が特別にあなたを推薦されましたのよ。」シスターは冷静な口調で答えたが、その中には僅かな緊張が潜んでいた。
「でも、アイリスの方が実戦での経験が...」
「ヒトミ、これは所長の決断よ。彼の意向を尊重し、リーダーとしての役割を果たしてください」
ヒトミは一瞬の静寂の後、頷いて言った。「わかりました、シスター」
実は、ヒトミの胸中には、初めての実戦、そして未知の地上への興奮が渦巻いていた。だが、戦いの真相を知らされた彼女は、チームを無事に帰すこと、そして自らの生還の大切さを痛感し、その思いを胸に秘めていた。
ヨーゼフの声が、彼女の思考を静かに断ち切った。
「各位、ポットへの搭乗をお願いします」
3人の姿は迅速にポットの中へと消えていった。
ヨーゼフの映像が浮かび上がり、彼は続けて説明を始めた。「このポットは、地下300mの基地から、時速1,169km/hの速度で一気に地上800mまで昇り、目的のビルからの高さ200mの位置で射出します。その後、パラシュートを展開し、目標のビルの屋上から作戦を開始してください。準備はよろしいでしょうか?」
ヒトミは、緊張しながらもしっかりと頷いた。
「分かりました。発射カウントダウンを開始します。9、8、7、6、」
ポットの上部の扉がゆっくりと開き、その先には、闇夜の中で輝く星々が彼女たちを待ち受けていた。
「5、4、3、2、1!発射!」
ポットは爆音を放ちながら、インヴィトロ・ヘブンを貫通するように加速していった。やがてその爆音も遠くなり、超伝導技術の静けさの中、ポットはただ、高々と昇っていくのだった。
「時速500km」とディスプレイに映し出される。
「時速600km」、次いで「時速800km」と、ポットの加速は止まることを知らない。
「時速950km」、さらに「時速1100km」と瞬く間に数字は増えていく。その隣に「4.9G」という表示が光る。振り絞った力で「時速1169km」まで達すると、一旦その速度で平行移動を始めた。
1169kmを超えた途端、速度は安定し、予想していたよりもGが急激に減少していった。そして、突如、胃が空中でフワリと浮かんでいるような感覚に見舞われ、ヒトミたちの乗るポットは、闇夜を背景にして高く高く空へと舞い上がった。
その姿を見守るのは、まるで静寂の証人である月だけ。この地上5,000mの高度での壮大な旅路を、知る者はヒトミたち以外にはいなかった。
高度が急速に低下し始めると、数秒の間に目標地点の直上に到達。ポットの外殻はほぐれ、さらには溶け始める仕組みとなっていた。
ヒトミの視界が開けたのは、彼女が初めて見る地上の景色だった。眩しいほどに輝く高層ビル群、地下の世界には存在しない角ばった4輪車が何台も連なり、長蛇の列を成して進行している。そして、夜の闇に照らされながらも、騒がしく動き続ける鬼の群れたち。
「ここには、確かに、何か壮大なものが息づいている」ヒトミの心の中で、知らない言葉「文明」というものに近い感覚が芽生えた。彼女にはまだ「文明」という言葉の意味は分からなかったが、その言葉が示すようなものを、彼女なりに感じ取っていた。過去の人類が「文明」という概念を初めて捉えた瞬間のように、ヒトミの中でも物事の見方や理解が劇的に変化し始めていた。彼女の認識の中で、新たな視点が芽生え、世界のイメージが飛躍的に進化していくのだった。
一時の浮遊感が彼女の心を満たしていたが、ヨーゼフの通信音とともに、ヒトミは現実へと引き戻された。
「パラシュートを開け!」という指示に従い、彼女は急いでパラシュートを開く。微風がそれを捉え、ゆっくりとビルの屋上へと誘導してくれる。着地後、速やかにパラシュートのハーネスを外し、屋上に隣接する扉に足早に向かった。
しばらくして、ミランダとアイリスも次々と屋上に降り立ち、扉の前で合流。アイリスが慎重にドアノブを回し、静かに中を窺いながら、ミランダは確実に銃を構え、待機していた。
ミランダの安全を示すサインの後、3人は注意深く、しかし速やかにビルの内部へと姿を消した。『ミッション・コクーン』の序章が、今、幕を開けたのだ。
前回、なぜSFが低迷しているのかを考えたのですが、その際、感動とは何かと考えたので、それをシェアしていきます。
というのも、前回の話の趣旨をまとめると、いい作品はジャンルによらないよ、ということです。つまり、感動する作品は、ジャンルとは関係ないということです。
でもここである疑問が出てきます、じゃあなんで異世界転生は人気なのか?感動するジャンルじゃないのに、なぜ人気なのか?
これを考えると異世界転生がジャンルとして優れいている点と、それと全く関係ないことで感動が何かを発見することになりました。
つまり、どういうことか?
異世界転生は、ジャンルとして非常に刺激的であるということであると同時に、刺激的であることと感動的なものは全くの別物ということがよく分かったのです。
対比する概念がわかると、理解進む典型ですね。国民国家が生まれたことで、人類の帝国の理解が進んだみたいなことです。
めっちゃ簡単に説明します。
「刺激」とは「羨望」です。
異世界に転生し、無双する主人公、つまり食欲、性欲、金銭欲、承認欲求、支配欲を満たしている主人公を見て、追体験することで、脳内麻薬がドバドバ出るのです。つまり、欲を満たしている主人公みたいになりてぇという欲望が湧き出ている状態です。これは、非常に動物的な脳への報酬からなってます。具体的には、人類が比較的序盤に発達させた中脳からドーパミンが分泌されるということです。
では、感動とはどういうものなのか?
「感動」とは、「憧れ」であるのです。
苦難に陥った主人公が、社会的関係性の中で、それを乗り越える、この社会的関係性への「憧れ」こそが、感動に他なりません。脳の話をすると、ホモサピエンスが最後に発達させた、ホモサピエンスたる所以である、前頭葉の共感系が活性化することにあります。これを活性化させる為には、単純に欲求を満たすことではなく、相手の感情に深い共感を示す必要があります。となると、仲間や家族、恋人や友人との関係からしか、我々は感動しないということになります。今まで、感動した作品の描写を踏まえると、それで説明がつく気がしませんか?うしおととらのラスト、ガッシュの最後の戦い、ワンピースのアラバスタ編の別れのシーン、いずれもこれらの条件に当てはまっています。結局我々は他者との関係性の中でしか、感動はできないということです。
なので、感動は異世界転生でも、SFでも、ジャンル関係なく、「人間とは何か?」という問いに真摯に向き合えば、自ずと生まれてくるものなのかもしれません。
皆さんを感動させられるような作品を作りたいものです。
あと、感想やいいね、拡散してくれたらわたくし感動しますので、よろしくお願いいたします。