演習
「鬼学」のレクチャーが終了すると、静謐な空気の中、一つのアラートが響き渡った。これから先は、学んだ知識を実戦で試す時間だ。シミュレーション空間で、鬼の生態や行動原理に基づき、実際の戦闘を模倣する。
ヘッドセットの視界に、冷たく光る文字が浮かんだ。「演習モードを開始します。起立してください」
ヒトミが指示に従い立ち上がると、まるで生き物のように椅子は分解し、静かに床下へと沈んでいった。そして、それとほぼ同時に、床からは戦闘装備が出現。ブラックに光るマシンガンや、輝く漆黒のスーツ、そして小銃の美しいステンレスの輝きが彼女の手元へと滑り込んできた。
装備を纏い終えると、ヘッドセットの画面は「In Preparation」という文字からカウントダウンへと切り替わった。
「これは暗殺の舞台。目の前の建物の中で、ターゲットは息を潜めている。影の中を進み、気配を殺しながらターゲットを仕留めてください」
部屋にはターゲットの肖像、建物の複雑な設計図、そしてガードの配置や細部までのセキュリティ情報が浮き上がってくる。
「準備はできていますか?」
彼女は静かに頷き、「問題ないわ」と答える。
「では、演習の幕を開けます」
突如、部屋が変容を遂げ、深い闇と冷気に包まれる。床の仕掛けが動き出し、迷路のような空間を作り出す。
4、3、2、開始
緊張の一瞬、そして彼女は暗黒の中に飛び込んだ。
ヒトミは頭に刻み込まれた複雑な建物のレイアウトとセキュリティ情報を頼りに、陰影を縫うように進む。現実の空間は機械的に、まるで生きているかのように仕切りが動き、部屋の構造を絶えず変えていた。
一心不乱に進むヒトミの目の前に、恐ろしい形相の鬼が立ちはだかる。鬼は突然、指先から白い物体を放出。ヒトミは素早く影に隠れ、閃光手榴弾を高く空中に放つ。周囲が眩しい光で包まれる中、ヒトミの視界は赤外線モードに変わり、鬼の輪郭をはっきりと捉えた。
彼女の銃は確実に鬼の心臓を狙い、一発でその存在を消し去る。瞬時の戦闘が終わると、前方に「Mission Complete」と「3:59」という文字が浮かび上がる。
演習はこれで終了。ヒトミはヘッドギアを取り外し、一切の装備を部屋の中央に備え付けられたハンガーにかけると、元あった床下へと消えていった。ヒトミは、その無機質な空間を静かに後にした。
前回の話では「国語の教科書で記憶に残る作品とは?」というお題を話しました。結論、私は『カレーライス』だけれども、この答えにはばらつきがありそうですね、というものでした。
さて、今回のテーマは「国語の教科書に登場する中で、映像として記憶に残る作品は?」というもの。私の仮説としては、多くの人が特定の作品に共感するのではないかと思っています。
何作か作品を思い出してみてください。私の仮説が正しければ、皆さんが考えた作品が私の頭の中にある作品と同じ、もしくは、これから私が紹介する作品により強い共感を示すことになると思います。
そして、私の答えは…芥川龍之介の『羅生門』です。想像の中に浮かんだ羅生門、あるいは暗がりに転がる死骸。これらの映像は多くの読者の心に強く刻まれているのではないでしょうか?
彼の作品は、文体のリズムや緻密に計算された言葉の選び方で、「絵」としての印象を強く残すものです。私が『インヴィトロ・ヘブン』を執筆する過程で、この「映像が浮かぶ作品」を再考した際、芥川の『羅生門』が頭に浮かんできました。その後、彼の短編を読み返してみると、その深い洞察力や描写の技巧に改めて感嘆しました。
芥川は、まさに文学の巨星ですね。
少しでも芥川に近づけるよう日々精進していきます。
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