少女
暗がりの中、わずかに輝くネオンの幻想的な光だけが室内を照らす。その微細な光のもと、少女は静かに瞼を閉じ、不思議な夢の世界へと足を踏み入れた。
夢の舞台では、彼女はまるで異世界の住人のような姿に生まれ変わっていた。夜空に散りばめられた星々を映し出すような漆黒の髪、曇りのない灰色の瞳、そして気高く風に舞う鼻筋は、彼女自身にも未知の運命が待っていることを示唆していた。
その夢の中の彼女は、月明かりに輝く髪を優雅になびかせ、前世の知り合いのような美しい女性のもとへと足を運んだ。その女性もまた、時の深みを知るような灰色の瞳と、時折見せる微笑みに、経験と愛情が宿っているように見えた。
二人は月の下、時代を超えて伝わる神秘的な遊びに夢中になった。夢の時間は現実のものとは異なり、一瞬の喜びが永遠に感じられる不思議なものだった。
しかし、その夢もまた、喜びが最高潮に達する瞬間に、突如として終わりを告げた。
月明かりの輝く夢の舞台で、謎めいた女性は、宇宙の星を詰め込んだかのような煌めく黒い粒を夢の少女に手渡した。少女の瞳は、その奇跡のような粒に釘付けとなりながら、女性が口を開くのを静かに待った。
「ぴぴぴぴぴ…」
不意に、夢の中に響き渡る冷たく機械的な音。まるで時間の砂時計が逆さまにされたかのように、夢の終わりを告げる音が響いた。突如として、少女は夢の世界から引き摺り出される。
目を開けたとたん、白い天井が広がり、夢の中の暖かな感触が遠のいていく。その間際の情景と、目の前の現実との格差に、彼女は心の中で揺れ動いていた。
「また、この場面で終わってしまった…」
朝の日差しと共に帰ってきた現実の中で、彼女は少しの寂しさを覚えた。
ゆっくりと身を起こし、手元の洗面台へと足を運ぶ。鏡に映ったのは、星の粒のように輝く緑の瞳と、肩までの長さで整った黒髪を持つ少女の姿だった。
少女は頭をなでながら、「やっぱり今日も私は私だ」と口にしながら、深い瞳を細め、彼女は自分に対する小さな激励の言葉とともに、静かなため息をついた。
着替えを済ませた後、最後に「カチ」という音とともに頭に2つの円錐形のアクセサリーを取り付け、準備を整えた。
昨晩読み明かしたジョゼフ・グリーンウェイの『地下における種の保存』が無造作にベッドに置かれていた。それを手に取り、部屋のドアを軽く開けると、廊下に飛び出す陽気な足音が聞こえた。瞬時に、小さな影がヒトミの前に現れ、二人はほとんど接触するところだった。
「ふふ、ごめんね、ヒトミ!」と、まるで小さな妖精のような少女、ピクシーが得意気な微笑を浮かべた。
「ピクシー、廊下での駆けっこはだめでしょ?」優雅で落ち着いた声が、廊下の先から響いてきた。立っていたのは、ピクシーとは対照的に、堂々とした風格の少女、メガナだった。
二人は仲良く廊下を進み、ヒトミも彼女たちの後を追い、華やかな大広間へと足を運んだ。広間の真ん中には、光沢のある長いテーブルが並び、ピクシーとメガナはお互いを意識しながらも、それぞれの席に向かった。
ヒトミは馴染みの場所、知的な眼鏡をかけた少女、アイリスの隣へと歩いた。
「おはよう、アイリス。元気?」ヒトミが声をかけると、
「ヒトミ、おはよう。まぁ、悪くないわ。でも、その手は?」アイリスの視線はヒトミの包帯を巻いた手に留まった。
ヒトミは優しく微笑んで「いつものことよ」と答えたが、その微笑みの裏には、ヒトミはまだ知る由のない物語が隠されているように感じられた。
アイリスとの心温まる会話の真っ只中、大広間を柔らかく包む鈴の音が響いた。その音が戸口から広がるにつれ、全ての声は途端に沈黙し、会話も一時の静けさが訪れた。
祭壇の前には、優雅に舞う白いローブを纏ったシスターが立っていた。
「さぁ、皆さん。この朝も『インヴィトロ・ヘブン』の絶え間ない恩恵に感謝しましょう」
「アーメン」
「アーメン」と、一つになった声が響き渡った。その祈りが終わると、各々は朝の食事に手を伸ばした。
アイリスが優雅にサラダを取り分けると、彼女の瞳には申し訳なさが宿っていた。「今日の素対防衛術、ヒトミ。私、参加できないの。メンテナンスに行かなきゃいけないの」
アイリスは、ヒトミの頭にあるのと同じ、頭部にある2つの双星ともいうべき隆起をなでながら説明をする。
ヒトミは彼女の心の揺れを感じ取り、「アイリス、心配しないで。もっと大切なのは、君が元気でいることだよ」と答えた。
その時、施設全体に大きな鐘の音が鳴り響いた。アイリスは食事を急いで終え、「ヒトミ、授業頑張って。そしてミランダとは仲良くね」と、微笑みを残して大広間を出て行った。
ヒトミが彼女を見送った後、ゆっくりと自分の世界へと浸っていった。廊下に並ぶ絵画や壁面に飾られたアートは、彼女の心を時折とらえる。しかし、一つの絵画が特に彼女の注意を引いた。それは、多くの亡者と向き合う英雄の姿を描いたものだった。
教室へ向かう途中の廊下の窓から、繭状の建造物が視界に飛び込んできた。それは周囲とは異質な空間で、明るく、耳を澄ませば、遠くから鳥のさえずりが聞こえてきたようだった。あそこには多種多様な生物の種が保存されていることをヒトミは知っていた。そして、それが人類に残されたわずかな種であることも。
ここが『インヴィトロ・ヘブン』、彼女たちが生まれてからずっと過ごしてきた安息の地である。ここには衛生的なベッドや先進の教育機関といった最良の環境が整っている。しかし、外の世界についての知識や経験は一切与えられていない。彼女たちにとって、この施設は全てを意味し、外の世界はまだ知らぬ領域であった。