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タネ

(まぶた)の裏には涙の疲れが残る中、ヒトミは久し振りに安らぎの眠りについた。その深い眠りの中で、彼女は再び不思議な夢の世界へと足を踏み入れた。


夢の中、ヒトミは以前の夢と同じくあの独特な姿の少女として現れた。そして、彼女の目の前には、常に温かな眼差しで微笑む、美しい黒髪の女性が立っていた。女性は、ヒトミに大切なことを伝えようと優しく語りかけていた。


「これは、...という品種の種子よ。通常、接ぎ木をして育てるものだけれど、これは実際の種なの。」

「種?」ヒトミは驚きの眼差しで黒髪の女性を見つめる。

「そう、種よ。これを植えると、春には美しい花が咲くの」

夢の中のヒトミは興奮して小躍りをする。

「わあ、嬉しい!絶対に素敵な花を咲かせてみせるね、ママ!」

ママと呼ばれた女性は微笑んで応える。「そうしてね。マユちゃんがどんな花を咲かせるか、楽しみにしてるわ」


ヒトミの心は、あたたかな幸福感に満たされていた。


突如、ゴーンという鐘の音が響き、その音に導かれるようにヒトミは夢の世界から現実へと引き戻された。


瞼を持ち上げると、ヒトミの両脇でメガナとピクシーが椅子に座ったまま、上半身をベッドに預けて眠っていた。二人はヒトミを守るように、彼女の周りを囲んでいた。


鐘の音はまだ続き、それによってメガナとピクシーも徐々に目を覚ました。しかし、二人ともしばらくは頭がぼんやりとしていた。その後、鐘が1限目の予鈴であることに気づき、二人は慌てて身支度を始めた。


「ヒトミ、また後でお見舞いに来るからね」と、メガナとピクシーは言葉を残し、急いで教室へと向かった。


ヒトミが病室の窓から校庭を眺めると、次々と生徒たちが集まってきた。その中で慌てた様子のメガナとピクシーが最後に駆け込み、アーマストロング先生から何か指導を受けているのが見て取れた。彼女は二人の様子に、悪いことをしてしまった感じが漂う一方、その滑稽さにクスッと微笑んだ。


その後、目線を校庭から離すと、遠くに繭状の形をしたガラスで覆われた巨大な建造物が立っていた。それは植物園で、人類に残されたすべての種が厳重に管理されている場所だ。そして、あの日ヒトミが見た狐の親子がいた場所でもある。


ヒトミは心の奥底から、植物園へ向かわなければという強い衝動を感じた。

彼女は隠していた茶色い粒をベッドの中から探し出し、それをペンダントに元の場所に戻し、蓋をしっかりと閉じた。廊下に誰もいないことを確認しつつ、ペンダントを手に緊握し、病室をそっと後にした。


病衣を身に纏ったまま、裸足で施設の中を速足で進んでいく。何となく、この行動は誰かに目撃されてはならない、という強い感覚がヒトミの心にあった。途中、施設のスタッフと顔を合わせそうになったが、機敏にその視線を避け、目的地へと向かった。


植物園の扉をくぐると、あたかも異なる世界に足を踏み入れたかのような感覚に包まれる。多種多様な生物が織りなす生態系が広がっており、その中心には鳥たちの歌声や、微かな昆虫たちの羽ばたく音が響いていた。確かに、大型の肉食動物はこの場所にはいないものの、草食動物や小さな肉食動物は自由に動き回っていた。


ヒトミの姿に驚いたウサギが、すばやく草の中に隠れた。彼女はその動きに微笑み、「驚かせてしまって、ごめんね。君には何もしないから、安心して出てきて」と優しく呼びかけた。ウサギはゆっくりと草むらから出てきて、ヒトミの足元に寄ってきた。彼女はそのウサギに、自分が探しているものについて質問を投げかけた。「春に咲く花を見つけたいんだけど、どこにあるか知ってる?」ウサギはしばらく動きを止めて考えているように見えたが、その後、植物園の深部に向かって元気よく跳ねていった。


「ありがとう、案内してくれるんだね」ヒトミはウサギの背中を追いかけて、植物園の中を進んでいった。


ヒトミが不意に背後の気配を感じると、後ろを振り向くとキツネが彼女たちの後ろについてきていた。通常、キツネとウサギは捕食と被食の関係にあるが、この場所の空気はどこか特別で、二匹の関係は普通ではないようだった。ヒトミはそれを感じ取り、少しも恐れることなく進んでいった。ウサギも後ろを振り向き、キツネの存在を確認したが、驚くことなく、前を向いて歩き続けた。


その後、ムササビやアライグマ、モルモット、フェレット、ネズミといった動物たちも次々と彼女たちに加わった。やがて、ルリビタキやシロサギのような鳥たちや、トンボ、スズメバチ、コガネムシなどの昆虫たちも集まってきて、彼女たちの行進に参加した。一行は、植物園の中を壮大な行進として進み続けた。


木々を縫うように歩を進めると、突如として広大な空間が広がっていた。

ウサギが急ピッチで駆け出すのを目にしたヒトミは、他の動物たちとともにウサギの後を追った。広間の中心でウサギは足を止め、ヒトミの方向を向いた後、ゆっくりと右を見た。


その視線の先には、華やかな花々が咲き誇っていた。鮮やかな黄色、淡いピンク、真っ白、情熱的な赤と、さまざまな色と形の花々が一斉に咲いていた。


それぞれの花の側には、土の湿度や気温を示すデジタル表示があった。そして、「チューリップ」、「水仙」、「菜の花」、「ハナミズキ」、「ユキヤナギ」と、花の名前が記載されていた。


花々をじっくりと観察していた時、突然頭上から水滴が落ちてきた。驚いて後ずさったヒトミは、あたり一帯に人工的な雨が降っているのに気づいた。


雨がやんだ後、自動的に土壌の整備が始まった。これは新しく植えられる花たちのためのスペースを作成しているのだろう。


ヒトミは突然、一つのアイディアに導かれた。ペンダントの中からあの黒く神秘的な粒を取り出し、何も植えられていない土の一角、あまり人目につかない場所にそれを植えた。


その時、「誰じゃ?」と声が響いた。

振り向くと、白髪で50を優に超えていそうな女性が立っていた。片手には大きなスコップ、もう一方には全長1mほどの木があった。


ヒトミとその女性との間に緊張感が漂う。ヒトミを囲んでいた動物たちも気配を感じ、みな散り散りになり、木陰に隠れた。


「学生のお前さん、なぜこんなところにおるのじゃ?」

ヒトミは瞬時に考えた。何を言えばいいのか、そしてこの女性は誰なのか。そしてすぐに、植物園の管理人であるグリーンウェイ先生だと結論づけた。この女性がヒトミの愛読書『地下における種の保存』の著者であることに驚きつつ、どのように立ち回り、不必要な疑念を持たれないようにすべきかを考えた。


「先生が品種改良した皮ごと食べられるブドウを、友人がお見舞いに持ってきてくれました。それがとっても美味しかったので、お礼を言いたくてここに来ました」


グリーンウェイ先生はヒトミの目をしっかりと捉える。「そうか。あれは私の誇り高き作品じゃ。味の感想を教えてくれ」


ヒトミは正直に答えた。先生はうなずき、「やはり皮の感触が決め手か。もう少し改良が必要だな。貴重な意見ありがとう」


「感謝するのはこちらです。またの機会にも味見をさせてください。そういえば、先生の著作『地下における種の保存』を読んだのですが、それについて一つ質問してもよろしいでしょうか?」

ヒトミは、長年抱き続けていた疑問を直接先生に問いかける決意をした。その質問をするべきだという直感が強く彼女を駆り立てていたのだ。


「うむ。学生よ、勉強熱心であることは良いことじゃ。質問とは何かね?」


ヒトミは言葉を続けた。

「はい、『地下における種の保存』において、人類の介入を必要とする種の保存に関する記述がありました。それには、挿し木や接ぎ木を始めとした人為的な繁殖方法が含まれていたと思います。これらの手法を必要とする種のうち、このインヴィトロ・ヘブンに保存されていないものは、地上で既に絶滅してしまったのでしょうか?」


グリーンウェイ先生はヒトミを深く見つめて答えた。

「うむ、お前さんの考える通り、絶滅しておることじゃろう。鬼たちがわざわざ花に接ぎ木をし、それを繁殖させるとは思えんじゃろう?答えはノー。したがって、人類の介入を必要とされた種は、この100年近くで既に絶滅してしまったことであろう」


ヒトミはグリーンウェイ先生の視線をしっかりと受け止めた。

「ありがとうございます。ここにある種を守り、保存していけるように、私も頑張ります。そろそろ、病室に戻る時間です。ブドウ、とても美味しかったです」と感謝の言葉を述べ、その場を後にした。


植物園の出口に向かう途中、散り散りになった動物のうち、ウサギだけがヒトミを送りに来てくれた。


「ありがとう、君のおかげで真実を確かめる足掛かりになったよ」とヒトミがお礼を言うと、ウサギはヒトミを見つめている。いくばくかの時間見つめあっていると、「安心して。きっと君は真実を突き止められるよ」とウサギの声がした気がした。ヒトミは、ウサギに微笑み別れの挨拶をした。


植物園を出て、病室に戻るヒトミの足取りは軽かった。しかし、病室の静寂には不自然さを感じるものがあった。一人の患者の部屋が空に感じるのは、予想はしていたが、それが自分の部屋だと実感すると、なんとも言えない気持ちになるものだった。


と、その時、後ろの方から低くて確かな声が聞こえてきた。「やっと来たか」


驚いて振り帰ると、そこには少しやつれた様子のミランダが立っていた。


「お前、吹っ切れたようだな」ミランダが冷ややかに微笑む。

ヒトミは淡々と、「ありがとう」と答える。


ミランダは少し眉をひそめて言った。「そのお礼は置いといて、渡すものがあるんだ」

「ペンダントであれば、もう受け取ったわ」とヒトミは即答する。


ミランダの顔には少し驚きの表情が浮かんだ。「ペンダントはお前に戻しただけだ。しかし、これは異なる。アイリスのもの、その場で私が保管していた」彼女は言いながら、黒光りする小さな円錐の物体をヒトミに手渡す。


ヒトミはその物体を手に取りながら、声を震わせて尋ねる。「これは、アイリスのホシ…? なぜ、ミランダが持って…?」彼女の心中には驚きと共に深い悲しみが湧き上がってきた。

「あの後の経緯を話す。私がターゲットを捕獲した直後、第二班が到着した。当初はサイトBでの合流を予定していたが、ミッションの進行を考慮し、計画が変更されたのだ。第二班がターゲットをケースに収める際、お前は『アイリスも連れて行って!』と必死に叫び、身を乱していた。そのため、第二班はお前を落ち着かせるために麻酔銃を使わざるを得なかった。彼らは気絶したお前とターゲットをサイトBへと移動させた。その間に、私はアイリスの場所へと急ぎ、2つのホシを確保してから、そこを後にした」

ミランダの告白に、ヒトミは驚きの表情を浮かべた。


なぜアイリスではなく、ターゲットを回収する必要があったのか?

ヒトミは、アイリスの事よりも優先される事案が何か理解できなかった。その疑問がヒトミの心に火を灯すきっかけとなる。


「きっと君は真実を突き止められるよ」とウサギが言っていた言葉が頭に浮かぶ。秘密の種子と「インヴィトロ・ヘブン」の秘密が何か関連があるのではないかと、直感が告げている。


「シスターには、一つだけ持っていき、もう一つはお前の手の中にある。それを知っているのはお前と私だけだ。シスターに全てを預けるか、お前の好きにしろ」ミランダはそう言い残すと、部屋を出ようとする。


「ミランダ!」ヒトミはその場を引き留め、「あなたのおかげで、今の私がいる。感謝しているわ」と、感謝の気持ちを伝える。


ミランダはこちらを見ず、手を軽く上げてその場を去る。


そこに、メガナとピクシーが息を切らして入ってきた。


「素体防衛術の罰則で遅くなってごめん。ミランダ、何か言ってた?」メガナが慌ただしく語る。


「何も心配することないわ。それに、明日の素体防衛術でも何もないと思うわ」ヒトミは優しく、しかし力強く答える。


「明日は授業に戻るのね!よかった!」ピクシーは嬉しそうにヒトミの両手を握る。


ヒトミは笑顔で二人に感謝の意を示し、病室を出て寮に戻ることを決意した。


親友との痛切な別れを経て、ヒトミは日常に戻った。だが、彼女の瞳には、真実を求める熱い意志が宿っている。次章では『種子の謎』、『インヴィトロ・ヘブンの秘密』、そして『鬼の真実』。そして最もヒトミにとって深遠なる謎が、次々と明らかになるのだ。


これまで一週間に一本のペースで書いてきたのですが、少しお休みを取ろうと思います。休みの理由は主に三つあり、一つ目はインヴィトロ・ヘブンの構想をもう少し練りたいということ。二つ目に、この区切りがついたタイミングで、振り返りをすると、やはりもう少し多くの方に読んで欲しいなという思いも出てきました。そこで、私という作家をもう少し知っていただく機会を増やす為に、いくつか短編小説を書いてみようかなと思ったこと。最後に、これは一番影響しているのですが、永斎とは別の人格の方の私が少し勉強で忙しくなってきたので、いったん勉強を片付けて、すっきりした状態で執筆活動に戻りたいという思いです。

というわけで、インヴィトロ・ヘブンは少しの間お休みに入ります。短編小説の公開や、『インヴィトロ・ヘブン』の再開については公式LINEで報告します。是非公式LINEに登録してください。

https://lin.ee/pY4MHWs


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今回の話にはモチーフがありまして、マリー・ホール・エッツ作・絵、まさき るりこ訳の『もりのなか』という絵本です。


だいたい作品作りにおいては、「書くべき話」と「書きたい話」があると思います。

「書くべき話」とは、プロットや脚本上必要になる話ですね。それがないとストーリーが成り立たない絶対に必要な構成要素です。家系ラーメンでいったら、スープ、かえし、麺、チャーシュー、ホウレンソウ、ノリ、ですね。


対して、「書きたい話」というのは、作者が言いたいことや見せた絵を盛り込むといったエゴに近い部分ですね。家系ラーメンでいうところの、味玉、魚粉、赤玉、辛みそ、ニンニク、酢とかのトッピングですね。別になくてもよい部分です。


具体的な説明はあえて避けますが、今回、ヒトミが起こした行動や舞台は「書くべく話」ではあるのですが、その過程は「書きたい話」だったりします。


最初に挙げた『もりのなか』ですが、少年が動物たちを連れて森の中を散歩していく話です。この動物を連れて行進する様子が、絵としてとっても面白いなと思ったのが、この話のきっかけになりました。大人になると森や動物たちと遠ざかっちゃうことが多いかなと思います。特に東京といった都会に住んでいると。


自分が子供だった時に、自然と思い浮かべた映像が流れて、どこかに懐かしさを感じられる。そんな絵を文章で表現したくて、この話を書きました。


この話を聞いて、どこかに懐かしさを感じた人はいいねと感想をください。そうじゃない人は、いいねと感想とブックマークをお願いします。

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