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現実逃避

空間の果てが見えない、微かな灯りもない室内で、少女は瞼を重たく閉じ、胸騒ぎのする夢の中へと沈んでいった。

彼女の心の中には、どこか遠くの、不安を抱えた夢の風景が浮かび上がっていた。


真っ暗闇。何も見えない空間で、彼女の耳元には男の低い声が響く。


「遂にNo1を手に入れた。Histalter(ヒスタルター)遺伝子の抑制ができれば、我々にも....ができる」


すると今度は感慨深そうな女性の声が聞こえてくる。「それが私たちの長年の夢、悲願ね」


男は少し驚いたようにつぶやく。「君は、いつの間にここに.... そうだ。私たちの夢が現実に触れる瞬間が、今すぐそこまで来ている」


研究室の静寂が突如、ドアがゆっくり開かれる音で打ち破られた。続いて、男の声が冷ややかで揶揄混じりに響いた。「ヒヒヒ、お二人とも。こんな場所での密会は風味がいいでしょうが、研究チームのリーダーを置いて、大事なサンプルに近づくのは、ちょっと無礼じゃないですか?」


男はその冷ややかな声の主に向かって声をかける。「被験体が到着したのはほんの5分前だというのに。リー、お前の情報への執着は恐ろしいよ」


リーと呼ばれたその男は得意げに答える。「ヒヒヒ、そうなのです。私は抜け目がないのです。私は結果を最優先する、この世界で最も執念深い科学者なのだから」


リーの声が高鳴りながら響き渡った。「ああ、これは驚くほど美しいものだ。是非ぐちゃぐちゃにして、DNAの奥深くまで、最後の一塩基まで見てみたいものだ」


反対側からはもう一人の、落ち着き払った女性の声が応じた。「あまりにも残酷すぎる考えには、私が許可を出すことはできませんよ」


リーは短い笑いをこぼす。「おっと、シスター様のご意見ももちろん大切に考えます。ただ、私が研究チームのトップであること、お忘れではないでしょうね。この被験体の管理については、実はあなたの権限の範疇を越えているはずですよ」


女性は一瞬の沈黙を保った後、男の声が響く。


「この被験者は私たちの計画にとって欠かせない。あまり無茶はするな」


リーは答える「了解いたしました、所長。ただ、目的を達成するために必要不可欠な行動は取らざるを得ないかもしれません。その際の判断は許されますか?」


所長は短く息を吸ってから言った。「その"必要"というものの基準を忘れるな。さて、次の会議が控えている。私は退場する」

「所長の申しつけは必ず守るのよ。」

女性の言葉を最後に、ドアが閉まる音がする。


「ふん、彼らがこの大義を掴めないとは、何とも情けないことだ」


リーと名乗る男が、隠れた皮肉を込めて語りかけてくる。

「それにしても、彼らの仕事ぶりは悪くない、あなたもそう思うだろう? こんなに魅力的な成果を、私の元へと届けてくれるとは」


突如、男の低く、不気味な笑い声が響き渡り、その音を境に、夢の世界は一瞬で終息した。


目を開けると、広がる白い天井。その平坦さを突き破るように、ひとつの顔が鮮明に浮かび上がる。


その瞳は深く、鋭く輝いている。金色の髪がまばゆく光り輝く中、美しい少女、ミランダがそこにいた。


「ようやく目を覚ましたのね」

彼女の言葉はやさしく、しかし確かな存在感を持った声でヒトミに届いた。


ミランダの瞳に触れた瞬間、ヒトミの心は避けたかった現実へと引き戻された。彼女の胸が、不安と期待のせいでざわざわと騒いだ。


「アイリスは…彼女はどこに?」ヒトミの声は震えていた。


ミランダは一瞬、悲しみを隠すように目を伏せたが、直ぐにヒトミに向き直り、ゆっくりと首を振った。「彼女はもう…ここにはいない」


ヒトミの心は深い悲しみで溢れ、その痛みに飲まれそうになった。現実と夢の境界が曖昧になり、彼女はこの瞬間をただの悪夢として追い払いたかった。もし、目を閉じれば、次に目覚めるときはアイリスの温かな声が聞こえるだろう、そう願いたかった。その信念がなければ、彼女の心は狂ってしまいそうだった。


アイリス、ヒトミの唯一無二の親友が、恐ろしい鬼の手によって命を奪われた。だが、ヒトミの胸の奥では、彼女自身がアイリスを死に追いやったかのような罪悪感に苛まれていた。


ヒトミは両耳を塞ぎ、叫び声を上げ始めた。まるで外界からの情報や刺激から逃れ、自分だけの世界に閉じこもるかのように、彼女は孤独のヴェールを身にまとおうとした。


ミランダの声が優しく、しかし必死にヒトミを落ち着かせようと響いてきた。だが、ヒトミはその音色を耳に入れることができず、過酷な現実から目を逸らすように暴れ出した。


彼女の動きは猛烈で、枕は部屋の隅へ飛び、シーツは引き裂かれ、そして愛のこもったお見舞いの品々が散乱した。その様はあたかも嵐が室内を吹き荒れているかのようだった。


やがてその荒れ狂うエネルギーも尽き、部屋の中心に、息を切らして疲れ果てたヒトミの姿があった。


ミランダも息が荒くなっていた。


「現実から目を逸らしたいなら、それも選択の一つ。だが、心の中に潜むその重たい罪悪感からは永遠に逃れられない。私たちは、その罪を真っ直ぐに見つめ、前に進むしかないのだ。私は、それを選ぶつもりだ」


ミランダが声を震わせながらヒトミに語りかけたが、それはまるで自らの心を励ますかのようだった。

ミランダは言葉を投げかけた後、足早にその場を後にした。しかし、彼女は一瞬、足を止めヒトミの方へと振り返った。「そこにあるリンゴ、私からのお見舞いだ。腐らせるつもりなら、私が持っていく。お前にとって大切なものだと思っていたけれど、要らないのなら仕方ないわね」と、悲しげな声で付け加えると、再び歩き始めた。


ヒトミは声にならない叫びを胸に抱え、言葉にすることができなかった。ミランダは彼女の沈黙を一瞥し、冷たく言った。「まぁそれは、また別の機会に決めるとしよう」


ミランダの言葉は尖っていて、その後の沈黙を尾行するかのごとく部屋を後にした。


ヒトミは自らの感情から逃げるかのように、顔を両手で覆い隠し、この残酷な現実から目を背けるかのようにベッドに倒れ込んだ。


ヒトミの意識の奥に、あの瞬間が浮かび上がってくる。アイリスの温もりある血が腕を伝い、その体温がゆっくりと失われていく感触。最終的な微笑みと共に、アイリスの生命の灯が静かに消えゆく瞬間。その刻々と変化する感触が、五感すべてを通して鮮明に描き出され、心の中で何度も繰り返される。


どれほどの時間が過ぎただろうか。

数分か、それとも何時間か、あるいはそれ以上に長い日々か。

ヒトミの前に配膳されては、そのまま片づけられる食事を横目に、ヒトミは終わりの見えない深淵の苦しみを経験していた。


何度目かの配膳の時に、

「ヒトミ」


その声によって、ヒトミは深い暗闇から現実へと引き戻された。目を開けると、心優しげなシスターの顔が彼女を待っていた。


「任務完了。お疲れ様。確かに目標は達成されたわ。途中で予期しない出来事があったのは事実だけれど、その全てを乗り越え、あなたは目の前の任務を果たしたのよ」


ヒトミはまるで深淵から浮かび上がるように現実へと引き戻された。しかし、シスターの言葉は新たな地獄の扉を開くかのように、彼女の心に響き渡った。


「まだ完全な回復は遠いようね。あなたへのお見舞いがいくつか届いているわ。しっかり食事をとって、深い眠りにつきなさい。ヒトミ、あなたは本当に素晴らしい仕事をしたわ。それでは、インヴィトロ・ヘブンの栄光のために。ご飯、少しでもいいから食べてね」


シスターの声は柔らかく、それでいて力強さを秘めていた。彼女はヒトミの側に優しい微笑みを残し、部屋の扉を静かに閉じた。


ヒトミの意識はシスターの声により現実に引き戻され、前の出来事が夢や妄想ではなく、取り返しのつかない現実であることを痛感させられた。


おそらく、ヒトミの精神が圧倒され、壊れそうな瞬間に無意識の中で生じた自己防衛の手段であったのかもしれない。あるいは、冷酷な現実から逃げるためのささやかな逃避行為だったのかもしれない。どのようなきっかけであれ、ヒトミの視線はやがてシスターが言及していたお見舞いの品へと滑り落ちた。その中でも、特に目を引いたのは、豊かに積み上げられたリンゴでいっぱいのバスケットだった。


「お前にとって大切なもの」とミランダの言葉が耳に響いた。リンゴを特に好んではいないヒトミだが、何かが彼女を引きつけた。バスケットを引き寄せて、一つのリンゴを手に取ってみた。表面を見回しても、ただの普通のリンゴにしか見えなかった。


リンゴの一つ一つを探るうち、山の中央部分から微かな光が射しているのを感じた。ヒトミは息を呑みながら、熱心にリンゴをかき分けていった。


そして、その光源となっていたのは、夢の中で繰り返し現れていたあのペンダントだった。


この話は書きながら作者の私自身も心が押しつぶされそうになりました。ちょっとあまり書きすぎると変なことも言い出しちゃいそうなので、この話についてはこれだけにとどめておきます。


前回、「白銀」の読み方について、ある作品の影響ですとお話したのですが、その作品について今回は結果発表的なものをしていきたいと思います。


その作品は、藤田和日郎先生の『からくりサーカス』です。この作品はリアルタイムでは読んでおらず、全巻セットを兄が買ってきて、中学生か高校生かの時に一気に読んだのですが、めちゃくちゃ衝撃的でした。先生のもう一つの作品である『うしおととら』と甲乙つけがたい、非常に素晴らしい作品だと思います。


私の中で、週間連載の漫画で最も完成されたものは『うしおととら』であるのですが、好きなのは『からくりサーカス』なんですよね。わかりますかね?この感覚。


ストーリーとしての完成さ、伏線の回収、瞬間最大風速などなど漫画を評価する指標をいくつか持ってきて比較したときに、『うしおととら』が劣っている部分はないと思います。でもなんだか好きなのは『からくりサーカス』なんですよね。なんでなんですかね。


あと先生は映画好きなのですが、映画好きはやっぱりSLやりたくなるよね。私もやりたいことにSLは入るので、絶対どこかでやりたいです。


『からくりサーカス』も『うしおととら』も大人買いして一気に読むと、「あー死ぬ前にこの作品に出会えてよかった。」と思える作品なので、まだの人はぜひ読んでみてください。


あと、インヴィトロ・ヘブンも今後も読んでくれると嬉しいです。いいねと感想もよろしくね。

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