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藍間夕彦の魔境探検  作者: ロムorz
3/3

プロローグ後編

一先ずはプロローグはこれにて完結になります

次回からはいよいよ本編開始です!

・・・投稿ペースはできるだけ頑張ってみます!

 藍間夕彦はどうしようとも理解できない現実に直面し、後悔先に立たずの慣用句で頭がいっぱいになった。時間を巻き戻す魔法があるなら、是非とも利用したかった。


「いッテ!いって!イッテ!イっテ!」


「うぅわあぁあぁああああー!??!?!!?!!?!?」


 化け物から再び言葉を発せられて、藍間はようやく事態を飲み込んで逃げだした。

 しかし、走れども走れどもトンネルから抜けられない。先にはどこまでも土の壁が続き一向に景色が変わりそうもない。これほどまで長いトンネルは藍間は初めてだ。

 「そもそも、こんなに走りやすいトンネルだったのか」と藍間は不思議に思った。化け物の姿もそうだが、道の遠くまで暗闇に遮られずに見える。明かりもないのに、急に視界が良くなっている。おまけにあれほど足元を取っていたヘドロが無くなり、硬い地面が剥き出しだ。気がつけば、ここはさきほどまでのトンネルではなかった。

 立て続けに襲い掛かってきた異常事態に、藍間の恐怖は過去最悪に高まっていた。化け物に追いつかれたら殺されるに違いない。トンネルに出口は無いかもしれない。そんな絶望的予感が次から次へと頭に浮かんでは彼の恐怖心をますます増長させた。


「チュー!」


「え、お前は」


 突如、藍間に何者かが呼びかけた。「いって」と繰り返してくる化け物ではない。トンネルの遠い向こう側から現れたそれは、あの鼠をふりをした黒い生き物だった。

 生き物は丸い体をしきりに振った。人間ならば後ろへ顎で指す動作に近く見える。「逃げ道はこっちだ。速くおいで」とでも言わんばかりに藍間を導きたいのだろう。

 しかし、藍間からすれば2つの異形に挟まれてしまった状態だ。そうでなくとも、元はと言えばこの鼠モドキをここまで追ってきたためこのような事態を招いたのだ。追う追わないを決めたのは自業自得だが、なんにせよ彼には手放しに信用できない。

 かと言って、こうしている間も化け物との距離が縮まりつつある。幸い、こちらは子供でも走れば引き離せるくらいには足が遅いようだが、それも時間の問題だろう。

 鬼が出るか蛇が出るか、選択を迫られた藍間の額に玉のような汗がドッと流れる。


「いって!いッて!いっテ!いッテ!」


「チュチュチュ!」


「・・・クソッ!騙したら雑巾にしてやる!」


 藍間は悩んだ末に悪態混じりだが、黒い鼠モドキのいる向こう側へと駆け込んだ。

 それを確認するや否や、鼠モドキは入れ違いに化け物へ小さい体で立ち塞がった。人間モドキの化け物の前では、鼠モドキは毛玉のように吹けば飛んでしまいそうだ。両者の圧倒的な体格差を見せつけられた藍間は、堪らず不安の声を投げかけていた。


「お前、戦えるの?」


「チューウ!」


 鼠モドキが大きく鳴き声を上げると、その両目の間からキラリと光が発せられた。いや、実際には2つの目に加えて、一際強い光沢を帯びた第3の目が開かれたのだ。

 矢継ぎ早に鼠モドキは、3つの目を炎のような緋色に染めて化け物を睨みつけた。たちまちに火柱が上がったかと思えば、化け物の異形の五体を飲み込んでしまった。身を焼かれた化け物は叫び散らしながら地に伏した。そう掛からず灰と化すだろう。


「や、やったー!」


「チュチュ~ン!」


「すごいよ、お前!(※1)イロキネシス使えるのかよ!?」


 なんだかんだあったものの、鼠モドキは危機から藍間を見事に守ってみせたのだ。もっとも、この鼠モドキも化け物に違いない。藍間は感謝すれども内心複雑だった。

 それに、この謎のトンネルから脱出しなくてはいけない。鼠モドキが出口へ案内をしてくれると言うなら話は早いが、藍間はまだこいつを手放しに信用できずにいる。明確に命を狙ってくる素振りを見せないが、なんとか自力で脱出を図りたいものだ。そんな胸三寸を藍間は、化け物を包む火炎を眺めながら溜め息交じりに考えていた。

 すっかり丸焦げになっていたが、勢いは収まらず煙と異臭を伴って広がり始める。ただでさえ密閉されたトンネルの中で、こうも大きく燃えると危ないかもしれない。


「・・・ちょっと待って、まさか」


「チ、チュ~?」


 やつの体は可燃性が高いのか、偶然にも可燃ガスがトンネルに溜まっていたのか、はたまた鼠モドキが加減を間違えてしまったのか。炎は一行に鎮火する様子がない。それどころか音を立て弾け出している。藍間は嫌な予感がして一目散に踵を返した。


「逃げろォーーーー!?!?!?!?!?!?!?!?」


「チュウゥーーーー!?!?!?!?!?!?!?!?」


 火は一瞬にして広がった。一度点いてしまえば、そこにある燃えうる物体を残らず燃やし尽くすまで止まらない。火が火を呼び、いくらでも膨れ上がろうとするのだ。さならが男が乙女を抱きしめるように、どこまでも見境無く光と熱を振り撒くのだ。宙を黒煙で覆い、地を轟かせる様は、「我が業は破壊にこそ在り」と叫ばんばかり。いずれは燃やす物を失い消えてしまうだろう。それこそ、避けられない火の在り方。なればこそ、力を尽くし、あるいは火の在り方を定めた天をも燃やさんと爆発する。定めに従い火が消えようと、後に残る灰だけはその美しい勇姿を語る継ぐのだろう。


「爆発なんて最低だ!バカヤロォォォォーーーー!!!!!!!!」


 かくして、目前が紅蓮に染まろうというところで藍間の意識は途絶えてしまった。

 藍間が気がつくと、そこはトンネルの入り口だった。彼は朝日が差し込む住宅街を一望し、次いで五体満足の自身を確かめ、元の世界へ帰ってきたことを噛み締めた。

 いや、全ては夢だったのかもしれない。なぜなら、藍間の周りにはもう鼠モドキも化け物もいないのだから、トンネルの中で起きた出来事を証明する材料が無かった。こんな山の中でどうして気絶していたのかはわからないが、もうどうでも良かった。藍間はすっかり安心してしまい、ヘトヘトの足取りでゆっくり山を下りたのだった。

 1時間余りかけて家に着いたが、今の藍間にとってはあっという間の帰りだった。

 玄関には大人が大勢集まっていた。それを藍間は茫然と眺めていると、集まりから2人が大慌てで彼の元へ飛び出してきた。言わずもなが、その2人は藍間の両親だ。


「夕彦!!良かったわ、無事だったのね」


「ダメじゃないか夕彦!ずっと心配してたんだぞ!」


「お母さん・・・、お父さん・・・。ゴメンなさい」


 涙ながらに抱きしめてきた両親に、藍間は今にも眠りそうなところなんとか謝る。彼は迷惑をかけたことに胸が張り裂けそうだが、同じくらい疲れに潰れそうなのだ。汗と泥でベトベトな上に、自分でも鼻をつまみたくなるこの体を綺麗にしたかった。そんな有り様でもお構いなしに、いっぱい両親が抱きしめてくれて彼は嬉しかった。


「ねぇ、蓮魅は?」


「・・・・・・え?」


 藍間は冷や水をかけられたようだった。藍間親子に声をかけたのは如月の両親だ。

 藍間は身を守るのに必死で今の今まで忘れてしまっていた。トンネルへ行ったのは自分だけではない。そもそもトンネルは、如月に誘われて行ったのではなかったか。トンネルの入り口を最後に如月の姿を一切見ていないが、彼女はどこへ消えたのか。

 自分だけ助かったことをだんだんと理解し始めた藍間は、一気に血の気が引いた。

 対して如月の両親は顔を真っ赤にして、激しい剣幕で藍間に怒鳴り散らしてきた。


「どうしてお前だけ帰ってきて、蓮魅は帰ってこないんだ!?」


「アンタが消えれば良かったのよ!!」


「そうだ、お前が消えれば良かったんだ!!蓮魅を返せ!!」


「如月さん落ち着いてください」


「黙っててくれ!まだ蓮魅が帰ってこないんだ!」


「イヤァアアアアー!!蓮魅ィー!!!!」


「蓮魅ィー!!!!」


 暴れる如月家を集まった大人たちはなんとか宥めようとする。藍間は逃げるように家の中へ駆け込んだが、その間も扉の向こうから如月家の悲痛な叫びが耳に入った。

 その後は警察の捜索を進められたものの、如月蓮魅は発見されなかった。やがて、行方不明のまま両親により死亡届が出されることになるのだが、それはまだ先の話。

 藍間が山から帰ってきてしばらくは、藍間家は如月家から執拗に責められ続けた。いたたまれなくなった藍間家は、ほどなくして引っ越しを決断し他県に移っていく。

 その荷造りの最中で、藍間はトンネルで起きたことを思い出していた。あれが夢でないとしたら、如月はまだトンネルの中に取り残されているのか、はたまた自分より先に化け物に捕まって亡き者にされてしまったのか。そんな考えが頭に溢れていた。

 とは言え、トンネルの中はとっくに警察が調査している。しかし、聞いたところによると、現状では如月の行方を示す手がかりに繋がるものは一切見つかっていない。

 藍間は窓から外を眺めた。如月が長い影を見たという山の中腹は、藍間の家からも見える。藍間はあれから毎晩山を観察したものの長い影とやらはまったく現れない。


「チュー」


「・・・お前は!」


 ところが、長い影ではなかったが、あの鼠モドキが窓に突如張り付いてきたのだ。あの山で出会った通り、黒く毛むくじゃらでボールのような姿。一つだけ違うのは、その頭になにかを担いでることだった。ともあれ藍間はあのトンネルが夢でなかったことを確信し喜んだ。それに鼠モドキなら如月を探す力を貸してくれるに違いない。


「なぁ、お前は何者なんだ?あのトンネルは?如月ちゃんが見たという長い影は?」


「チュー」


「『チュー』じゃわかんないよ」


 藍間は慌てて窓を開き、鼠モドキを中へ迎えた。そして鼠モドキは続けさまに頭の荷物を藍間に投げ渡した。咄嗟に受け取るも、その重さに藍間は思わずよろめいた。一瞬レンガと見間違えたが、渡されたのは真っ黒い革で装丁された分厚い本だった。

 藍間は怪訝な顔をしつつも、これ見よがしに栞が挟まったページを開いた。そして「ヒッ」と短く叫びながら、堪らず本を落としてしまった。そこに載っていたのは、あの時に藍間に襲い掛かってきた化け物の挿絵だった。彼が見た通りの人間モドキが精巧に描かれており、あの時の恐怖を鮮明に思い起こさせられ真っ青になっていた。

 しかし、化け物の解説を記してるであろう文章は古い外国語らしく藍間にはまるで読めない。さらにページをめくってみると、様々な化け物の挿絵や奇妙な図形と並び同じ言語の文章がびっしりと記されてある。藍間にはただの1つも文章を読めない。

 なぜこのような本を渡されたのか、最初に出された化け物の挿絵から想像はつく。これは藍間がまくしたててきた疑問に、本を通じて答えようとしたのだ。鼠モドキは藍間が如月を探すために必要な知識を甲斐甲斐しくもこうやって授けてくれたのだ。


「・・・お前の名前は『クロ』で良いか?」


「チュ?」


「僕にはやらなきゃいけないことができた。でも、その為にはお前の力がどうしても必要なんだ。だったら名前がないと不便だろ?」


「チュー」


「気に入った?じゃあ、これからよろしくなクロ」


 しばらくして藍間は引っ越した。あんなことがあって、見送りには誰も来なった。クロはと言えば、隠れるのが得意なようで家族には秘密で連れていくことができた。

 高速道路を渡っていく車内で藍間は本を開く。やはり内容はまるでわからないが、一先ずは訳語辞典を探すべきだろう。親を巻き込めないので、単独でトンネルへ戻る算段もつけなくてはいけない。早くも課題が山積みだが、藍間は決して揺らがない。


「僕はやるぞ。何年かかっても、絶対に如月ちゃんを連れ戻す!」

※1「パイロキネシス」

 火を操る超能力の1つ。着火剤を利用せず、心で念じるままに物体を燃焼できる。

 呼称はギリシャ語の「πυρ(火・稲妻)」「κίνησις(動き)」に由来する。

 実際は、自然発火による火災が多発した現場に偶然同じ人物が居合わせたことが、

 周囲には超能力を振るったように見えただけだと考えられている。この誤解が元で

 半ば強引な決めつけで悪人扱いされ、村八分が行われたケースも確認されている。

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