プロローグ中編
2話目になります
心霊スポットを探検してなにがやりたいのか。仮に幽霊や怪奇に遭遇したとして、そこからなにがやりたいのか。如月蓮魅も藍間夕彦も、そんなことは考えもしない。
「幽霊かもしれないモノを探してる気がするのが楽しいのよォ~!!!!!!!!」
「ねー」
そもそも、昨日の山を目指しているものの真っ直ぐに進んでいるのかわからない。これは学校や公園でいつもやってきた悪戯の延長だ。ただ楽しそうだから行きたい。漫画や映画みたいな超常現象を体験してしまったからには食いつかずにいられない。夜に味わった非日常に浸りたいがために、どこでも良いから山を登るつもりなのだ。
藍間に至っては、如月が語った長い影を見てもいないのに揚々と付いてきていた。
そうこうしているうちに日没なろうかという頃になり、二人は麓まで着いていた。そして、そのあたりから拾った枝を振りつつ、鼻歌交じりに山頂を目指すのだった。なお、如月が見た長い影は中腹から立ち上っていたので中腹を目指すべきなのだが、別に幽霊探しがしたいのではなく、楽しいお出掛けがしたいので山頂を目指すのだ。
「わぁー。すっかり枯れ木でいっぱいね」
「如月ちゃん、枯れ木じゃなくって落葉樹っていうんだよ」
「そうなの?まぁ、どっちでも良いわ」
山道へ入ると、一歩ごとに葉がカサカサと音を立て、伸びた草木に時折擦られる。もとより整備が行き届いていない上それなりに傾斜があるせいで、体力が有り余ったわんぱく者たちも段々と疲れを見せた。ここが冬でも降雪量が少ない地域で幸いだ。
しばらくして黙って登るのにも飽きた藍間は、如月に例の長い影について聞いた。
「そういえばさ、如月ちゃんが見た長い影ってなんなんだろうね?」
「なにって、そりゃ幽霊よ」
「幽霊・・・というか、お化けにも色々あるじゃん。それこそ死んだ人間の魂だとか、そうじゃなきゃ動物や自然が力を得たんだとか。なんにしろ、遠くから如月ちゃんに襲い掛かることができるなんて、結構強そうじゃん」
「そうね。正体なんて私にもわかんないけど、もし会えたら仕返ししてやるわよ!」
「ハハハ。仕返しかー」
如月の意気込みに生返事を答えながら、藍間は長い影の正体を考察してみていた。藍間は普段からオカルトに目が無く、幽霊や妖怪の伝承には学校で一番の物知りだ。この手の超常現象には目が無く、自分も体験してみたいなどと思ってたほどである。
「まぁ、如月ちゃんのは聞く限りじゃ金縛りに近いね。ヨーロッパじゃ悪魔の仕業、アメリカじゃ宇宙人の仕業と考えられてるんだ」
「宇宙人ぅ~?アメリカってそういう趣味なんだ」
「科学や医学での金縛りは睡眠麻痺といって、まぁ病気とされてるね」
「長い影が見えたり、『おいでおいで』と聞こえたり、これも金縛りなの?」
「金縛りが睡眠麻痺ならあり得るよ。そもそも睡眠麻痺は特殊な悪夢のことだから、普通の夢みたいに映像や音を伴うのは不思議じゃないね」
「えぇー、全部夢だったの?・・・なんか、ガッカリして帰りたくなってきちゃった」
「でも、窓辺で目覚めたことだけは説明がつかないんだよねー。金縛りや悪夢なら、布団で目覚めてるはずだよ」
「うーん。でも、もうどうでも・・・」
――と、その時。如月の視界の端でなにかが動いた。咄嗟に目で追うと、そこでは草がしきりに揺れていた。さらに、草の間から決して植物ではない黒い物が見えた。
「藍間くん、そこでなにか動いたよ!」
「うん、見えたよ。たぶん猫じゃないかな?」
如月も藍間も慌てて揺れる草に駆け寄った。二人からすれば肝試しの盛り上がりが萎みかけていたところに、謎の乱入者が現れたのだ。その姿を一目見ようと必死だ。二人が声を荒げつつ草をメチャメチャに搔きわけると、それは勢いよく飛び出した。
それは体長が脛の高さほどの黒い毛むくじゃらの生き物。関節が異様に短いのか、あるいは無いのか、手足も耳も首も見当たらない。顔にあたると思われる位置には、ガラス玉に似たハシバミ色の目が二つ並んでいた。猫とも兎ともつなかい哺乳類から突起を取り払い毛を伸ばしたような、さながらブラシのボールと言うべき姿だった。
名前もわからない生き物を前にした二人は、目を剥いて茫然とするしかなかった。生き物の出方を伺ってみると、視線を仕切りに泳がせたのちに二人へと向き直った。それが心なしか姿勢を正した素振りに似ており、かえって異様さを際立たせていた。そして、生き物はあるかもわからない口からゆっくりと鳴き声を上げてみせたのだ。
「えっと、チ、チュ~・・・」
「知らない生き物が鼠のフリしてるゥゥゥゥー!!!!!!!!」
「幽霊より不気味ぃ!?」
二人が叫ぶと同時に、生き物は木々の向こうへ地を滑るように逃げたかと思えば、時に根や岩があれば高々と跳び越えていき、二人をみるみるに引き離してしまった。
「待て待て待てぇー!」
「捕まえろぉー!」
「チュウウウウー!?」
それでも如月も藍間も生き物を辛うじて見失うことなく追っていく。慣れない山で走り続けて息も絶え絶えだが、二人は今が心底面白くて仕方ないとばかりの表情だ。
追いかけっこがどれほど続いたのだろうか、気が付けば木々を抜けて道路に出た。既に二人は疲れ切って足が止まりかけていたが、生き物は依然と身軽に走っていく。やがて道路を越えた先にトンネルが見えるや否や、中へまっしぐらに入っていった。もはや如月も藍間もそれを目で追う他なく、ついに生き物を取り逃がしてしまった。
そのトンネルは最後に人の手がかかったのがいつなのか、汚れ塗れでひびだらけ。あたりに設置されてある電灯は、すっかり日が落ちているのに点灯する気配がない。風が吹こうものなら山の木々が揺れると共に、形容し難い音が壁から反響してきた。
「あ、ここって」
「どうしたの藍間くん?」
藍間はトンネルから振り返り息を飲んでいた。何事かと如月が続けて振り返れば、二人が暮らす住宅街が一望できた。もしやと向き直れば、トンネルの先に暗い中でも山頂がそびえているのがわかった。ここは如月が長い影を見た山の中腹だったのだ。
偶然かもしれないが、二人はこのトンネルこそ長い影の住処に違いないと思った。
「あの猫モドキは、長い影の正体かな?それとも長い影の仲間かな?」
「なんとも言えないね。でも、トンネルの中に行けば全部わかるよ」
「藍間くんが先ね。行って!行って!」
「えー。行っても良いけど、こういうの僕ばっかりやらされるんだよなぁ・・・」
ぼやきながらも藍間はどこか軽やかな調子でトンネルへ入った。後に続いた如月も同じくらい軽やかだ。向かう先の果てしない暗闇も、二人の好奇心を煽るばかりだ。
入ってすぐに感じたのはヘドロの異臭だった。どうやら中で漏水しているようで、耳障りにもチョロチョロと響いてくる。そこに苔や泥が溜まっているらしく、不快な感触が仕切りに足を取る。それらは視界の悪さで際立ち、ライトを持ってこなかったことを心底後悔させられた。藍間は如月に引き返さないかと背中越しに言ってみた。
「ねぇ、やっぱり帰ろうよ」
「いって」
しかし冷淡なくらいの即答を返されてしまった。如月は悪戯においては意固地だと知っている藍間は渋々前に出て、あのヘドロを踏みしめる感触を受け眉をひそめた。
あのブラシのボールのような生き物はこんなところを平気そうに通ったらしいが、「毛むくじゃらの体では、一瞬で汚れまみれてになりそうだ」などと藍間は思った。実際に藍間は靴も靴下もビショビショだ。うっかり転べばこれを全身くらうわけだ。
藍間はふと、これほどヘドロだらけなら生き物の足跡が残っているはずと気づく。しかし、すっかり暗闇に包まれてしまいこのまま目で確認することは不可能だろう。
そもそも、ライト無しにこれ以上進むのは危険だ。先ほどまでは入り口から多少の明かりが差し込んでいたが、奥に進むたびに薄れてきて壁伝いでなければ動けない。藍間は今日のところは諦めて、続きは準備を整えてからにしようかと後ろへ伝えた。
「これ以上は危ないしさ、続きは明日にしようよ」
「いって」
またしても即答で続行を促されてしまった。藍間は言ってもわからないだろうし、そのうちに向こうから帰りたがることを期待してグチャグチャのトンネルを進んだ。
だんだんと藍間の中で苛立ちが募り始める。彼からすればこのわんぱくこそ如月の持ち味であって今更どうこう咎めるつもりは無いが、こればかりは度が過ぎている。
如月が悪戯をする時は、いつだって藍間と二人で仲良く楽しむためのものだった。ところがこのトンネル探検は、明らかに危険を伴う上に藍間ばかりが損をしている。藍間を痛めつけるようでは双方ともに楽しいはずない。どこか如月らしくなかった。
如月らしくないと言えば、さきほどから彼女はやけに静かだ。「暗いわ!」だとか「鼠モドキ出て来い!」だとか、今頃は引っ切り無しに騒ぎ声を上げていただろう。
藍間は気づいてしまった。自分の背後にいる相手の顔をずっと見ていないことを。
「ねぇ、如月ちゃん」
「いって」
「さっきから、どうして顔を合わせてくれないの?」
いつ入れ替わったのか、そこに居たのは如月蓮魅でなければ人間ですらなかった。
まず目についたのはてっぺんのやや縦長に伸びた球体。その中央にペンで何重にも渦を描いたようなデタラメな黒丸が2つ並んでおり、さながら人の顔を想起させる。球体が顔だとすれば、下に伸びる太い紐状の部分は胴だろうか。4本に枝分かれし、うち2本は地に着いており、残りの宙に垂れる2本は先がさらに5本分かれている。実際には全く異なるのだが、その化け物の姿は歪ながらもまるで人間に似て見えた。歩くのもままならない暗黒のトンネルの中でありながら、ハッキリ見えてしまった。
「イってヨぉオおおォオおォおおぉおオオォオォオぉぉぉぉオおおォぉお!!!!」
※1「金縛り」
睡眠状態に、目は覚めてはいるのに身体が自分の意思で動かせなくなる怪奇現象。
身体の硬直の他、浮遊感や耳鳴りなどの幻覚が伴うケースも見受けられるという。
その呼称は、仏教に伝わる不動明王の能力の1つである「金縛法」に由来する。
主に霊障の一種と考えられているが、「エイリアン・アブダクション」といわれる
宇宙人による人攫いでも似た症状が現れるとされ、その原因は様々と考えられる。
実際のところ、生活習慣の乱れにより引き起こされた異常な睡眠が真相とされる。
披露やストレスで身体が休まっていても、脳だけ活動し続けてしまうことがある。
これにより脳が睡眠している事実を認識できず混乱を起こしたのが金縛りである。