5.三日目の出来事
三日目の朝
翌朝、私たちが会議広場に辿り着いた時には、全員が集まっていた。司会者のミスズさんの声が響いた。
M『皆さん、悲しいことに昨晩、また犠牲者が出てしまいました』
はっ、誰だろう?
チイと私は思わずお互いの顔を見合わせた。
M『お亡くなりになった方は、アメンボさんです!
それでは、三日目の昼の会議に入ってください』
最初に口を開いたのは、ボスだった。
B「アメンボさんと、昨晩同居された方はどなたですか?」
G「私です」
B「ほう、グレイさんですか。何か言い訳がありますか?」
G「アメンボさんの死因は、自殺です。彼は狂人でした」
E「さあさあ、あたしと同じ言い訳をしていますね。
皆さーん。私とグレイさんのどっちが人狼にふさわしいか、ゆっくりとお考えくださいね。あはは」
得意げにエリカが声を張りあげた。
F「エリカさんの部屋では、昨晩の死者は出ていませんね」
フォックスが口を挟む。
B「はい、エリカさんと泊まったのは私です。彼女は村人側だと思いますよ」
老人が面倒くさそうに答えた。
F「ほう、何を根拠に?」
B「えっ……、何となくです。すいません、今の発言は撤回します」
ボスはあっさりと主張を否定した。いらぬ火の粉はごめんだ、とでもいいたげな口調であった。
気が付けば、議論の仕切り役は完全にフォックスに制されていた。
F「とりあえず、ここまでの二夜で同居人が亡くなっているのは、エリカさん、ヒミコさん、グレイさんのお三方ですよね?」
I「ヒミコさんと昨晩いっしょに宿泊された方はどなたですか?」
F「私です。特に何もありませんでしたよ」
H「昨日の主張をくり返させていただきますが、エリカさんは狼です!
ご存知のとおり、人狼はゲームをつうじて一回だけパスをすることができます。つまり、同居人を襲わなくて一夜を過ごすことができます。
昨晩のエリカさんは、パスを執行しただけだと思います」
ヒミコが真面目な顔でいい張った。
E「ちょっと待ってよ、ヒミコさん。その疑惑はそっくりそのままあんたにも当てはまるのよ。それに、人狼同士が同居したときには、お互いにパスは消費しないんだから」
F「エリカさんのおっしゃるとおりです。すなわち、二日目の夜があけた時点では、ここにいる全ての人に、依然として人狼の嫌疑が残っています」
I「えっ、おっしゃることがよくわからないんですが?」
F「例えば、アイリスさんは、初日と二日目の夜をどなたといっしょに過ごされましたか?」
I「初日は……、あなたと! 昨日はチイちゃんといっしょでした」
F「そして、二日ともアイリスさんの部屋からは死者が出ていませんね。でも、実はアイリスさんは人狼で、初日の私との宿泊時には、あえて私を見過ごしてパスを消費した。そして、二日目はチイさんと狼同士で同居したとすれば、パスは消費しませんよね。
すなわち、アイリスさん。あなた自身が人狼であるという嫌疑もまだ晴れてはいないのですよ」
I「おっしゃるとおりです。理解しました」
私は納得してひき下がった。
E「アイリスさん……? あんた、初心者だといったけど、もし、今の発言をしながら、本当の正体が狼であったら、あんた、とんだ食わせ物ね! 名女優だわ。あはは」
C「あいちゃんは、本当に初心者だと思いますよ。何となくですけど」
さりげなくチイが私のことをフォローしてくれた。
F「まあ、感情的にならずに冷静に議論いたしましょう。
皆さん。私は人狼ゲームに関してかなりのベテランであると自負しております。このゲームは九人の参加者ではじめられて、村への狩人の到着、すなわちゲームの終了期日は五日目の夕刻後に設定されています。
経験的には、これは人狼側にはやや短くて余裕がない設定といえます。ゲームの終了が翌日の六日目の朝であれば、じっくりと構えていられる人狼側も、五日目の夕刻で終了されてしまうと、かなりあわてて行動を起こさなければ村人の全滅は難しいからです!」
B「ほう、九人で五日目の夕刻にゲーム終了という設定は、人狼側にはやや時間が足りないとね」
F「そのとおりです。ここで、私は宣言します。
皆さん、私は村人側の人間です!
そして、村人側の代表として主張いたします。できるだけ、集団暴力をおこなわないように投票されることを望みます。ご存知のとおり、投票で最多得票を獲得する人物が複数出れば集団暴力は執行されません。そして、少しでも多くの人物をのこすことは、我々村人側を有利に導き、人狼側にプレッシャーをかけることにもなるのです」
フォックスの弁論は筋がとおって明快だった。
E「すごいわ。フォックスさん、あんた集団暴力投票までプレッシャーをかけるなんて。まあ、容疑者最有力候補のあたしにはありがたいお話だけどね。
さてさて、現時点の生きのこりでは、おそらく多数派を占めている村人側の皆さま。只今のフォックスさんの主張をよーく考えてね。票は割ったほうが、村人側に有利に働きますよ」
ボスが、コホンと咳をひとつ入れて、語り出した。
B「フォックスさんの主張は、一見、理路整然としているように思えますが、本当に正しいでしょうか?
村人からしてみると、集団暴力こそが、唯一、人狼に対抗する手段であります。首尾よく、そこで人狼を殺すことができれば、村人側は圧倒的に有利にたちます。しかし、そのチャンスを見送るということがはたしてよいことなのでしょうか?
仮に、この七名の中に人狼がふたりとも生きのこってまぎれこんでいると仮定しましょう。仮定が実現していうる可能性は極めて高いですがね……。
さらに、フォックスさんの主張どおりに本日の夕刻の票が割れたとします。すると、我々は七人で三日目の夜をむかえることになります。そして、それぞれの狼はふたりの村人を殺しますから、残りは五人になります。翌日の四日目の集団暴力投票で、再び票が割れて、集団暴力による犠牲者がたとえ出なくても、その夜に再び人狼がふたりの村人を殺せば、残りは三人です。こうなると、最終日、五日目の夕刻の集団暴力投票で人狼側が二対一で有利になりますから、生きのこった村人側の人物が祈祷師であっても、五日目夕刻の最後の集団暴力投票でその人物を吊るしあげることが可能です。
まだ、人狼側は間にあうんですよ! 村人を全滅させることが」
フォックスがやれやれという表情をみせた。
F「しかし、ボスさんの唱える人狼側の勝利の道は、極めて細いですな。
実際、三日目と四日目の夜に人狼側が順当にふたりずつの犠牲者を出すことはかなり難しいですよ。村人側には特殊能力を持った祈祷師や牧師がまぎれていますからね」
H「いずれにしても、今晩、多数の犠牲者が生まれてしまいますね」
ぽつりと呟いたヒミコの一言に、私はぞっとした。
G「容疑者のひとりである私が口を挟むのも変ですが、私はフォックスさんの意見はすばらしいと思います。
いずれにしても、本日の集団暴力殺人の犠牲者は出さない方が、村人側には大きなアドバンテージになると思いますよ」
とグレイが、あたかも自分の正体が村人であるかのようにいった。
H「皆さん、説得力に乏しいことは重々わかりますが、私は狼ではありません」
E「まだ、あたしの分が悪そうね。前にもいったけど、あたしは牧師です!
あたしを集団暴力で殺してしまうと、村人側には災厄がふりかかりますよ。
……なんてね、あはは」
こうして、三日目の会議が終了した。
二日目の夜の犠牲者は以下のひとりである。
アメンボ(同居人はグレイ)
天の神様のお告げが、名もなき村に木霊した。
M『これから、三日目の夕刻の集団暴力投票に移ります』
私は息を呑んだ。フォックスが昼の会議で主張したように、今回は村人側にも人狼側にも重要な意味を持った投票となる。
M『投票する順番を発表します。チイさん、フォックスさん、グレイさん、エリカさん、……』
最初に名前を呼ばれた瞬間、チイがほっと安堵したのが、そばにいる私にも伝わってきた。
私の名前はまだ呼ばれていない。どうか、最後に投票する人物だけにはしないでください、と私は天に祈った。
M『――そして、アイリスさん、ボスさん、ヒミコさんの順番です』
助かった……。
肩の力がどっとぬける。
M『それでは、チイさんから投票される人物の名前をおっしゃってください』
C「はい、エリカさんに投票します」チイがいった。
F「それでは、私はグレイさんに投票します」フォックスが続けて投票した。
G「じゃあ、私はヒミコさんです」若干ふざけ気味に、グレイがいった。
E「ヒミコさん」エリカが答えた。
いよいよ、私の順番だ……。
I「エリカさんに投票します」
M『ここまでの獲得票数は、ヒミコさんとエリカさんが二票ずつ、グレイさんが一票です。では、ボスさん、どうぞ』
B「エリカさんに投票します」ボスはあっさりといった。
一同が騒然とした――。
これでは、票が割れるためには、ヒミコが自分自身に投票するしかない。しかし、ヒミコは一貫してエリカが狼であると主張してきた人物だ。はたして、ヒミコが自分自身に投票するなんてあり得るのだろうか?
H「エリカさんに投票します!」ヒミコは冷たくいい放った。
やがて、ミスズの落ちついた声が聞こえてきた。
M『以上で、投票終了です。最多得票のエリカさんは、残念ながら集団暴力によってお亡くなりになられました』
三日目の夕刻の投票結果は以下のとおりである。
エリカが集団暴力により殺害される。
得票数は、エリカ(四票)、ヒミコ(二票)、グレイ(一票)であった。
M『続けて三日目の夜の部屋割りに入ります。現時点での生存者は、チイさん、フォックスさん、グレイさん、アイリスさん、ボスさん、ヒミコさんの六名です。そして、部屋割りを指名する順番ですが、次のように決まりました。ボスさん、チイさん、ヒミコさんの順番でお願いします』
司会者が代弁する天からのお告げがくだった。
B「では、同居人を指名させていただきますかな。
――フォックスさん、お願いします」
F「わかりました」
C「次は、私の番ですね。じゃあ、えーと……、ヒミコさんでお願いします」
チイはおどおどしながらいった。
H「光栄です」
M『では、のこったグレイさんとアイリスさんが同居です。それでは、皆さん、おやすみなさい』
三日目の夕刻の部屋割り指名をまとめると以下のとおりである。
(春の間)ボスが、フォックスを指名した。
(夏の間)チイが、ヒミコを指名した。
(秋の間)のこったグレイとアイリスが同居する。
狩人が村にやってくるまで、のこりは二日となった……。
三日目の夜
必ず今夜、新たな犠牲者が生まれる! 私は村人だ。今夜、いよいよ私は殺されてしまうのか?
私の同居人のグレイは、昼間とは全く性格が異なり、ふたりきりになるとほとんど何もしゃべってこなかった。私も、口数は少ない方であるが、さすがに痺れを切らして話しかけることにした。
I「あのお、こんばんわ」
G「はっ? ああ、こんばんは。かわいらしいお嬢さん、どうかしましたか?」
I「あのお、グレイさんって人狼さんなんですか?」
G「いきなり、率直な質問ですね。もちろん、お答えできませんが、もし私が狼ならば、今からあなたを殺してしまうかもしれませんよ」
I「わかっています。でも、私も特殊能力を有した村人側の人間であるかもしれませんよ。どうぞ、襲うなら襲ってください」
私はいった。正直、ぎりぎりのかけひきをしている心境であった。
G「素直なお嬢さんですね。ふふふっ……。
断言しますが、私は狼ではありませんよ。したがって、今夜、あなたを襲うことはできません」
I「本当ですか。ああ、よかった。じゃあ、おやすみなさい」
私はベッドに飛び込むと、すっぽりと頭から布団にくるまった。
G「おやすみなさい。よい朝を」
グレイは笑っていた。
その夜は、何事も起こらなかった。少なくとも、私たちの秋の間では……。