4.二日目の出来事
二日目の朝
M『皆さん、昨晩はゆっくりお休みになれたでしょうか?
では、昨日の犠牲者を報告いたします。昨晩、お亡くなりになった方は、冬の間のドロシーさん――、のただひとりです。
それでは、皆さん、会議の討論を開始してください』
と司会者のミスズが宣言した。
しばしの沈黙があったが、やがてアメンボが口を開いた。
A「とにかく、冬の間で生きのこった人に、昨晩の状況を説明してもらいましょう。エリカさん、何か弁明がありますか?」
指名されたエリカは、カジュアルなジャケットの下に薄手の花柄のワンピースを軽く着こなしたお洒落な女性だった。
彼女は顔色を全く変えずに答えた。
E「ドロシーさんは、自殺です」
A「そうですか? では、ヒミコさんは、何かコメントがありますか?」
アメンボは、冬の間の同居人であったヒミコにも問いかけた。
ヒミコはすらりと背が高く、手足の長い、モデルのような美しい女性だった。セクシーに胸元が開いた情熱的な赤いロングドレスを身にまとい、細い首にはコサージュのついたきらきらと輝くネックレスをかけていた。
H「私には、ドロシーさんが自殺であるとは、どうしても納得できません。おそらく、エリカさんにドロシーさんは殺されたのだと思います!」
E「ちょっと、待ってよ。あんた、自分のしゃべっていることがわかっているの?」
エリカがヒミコにつっかかったが、ヒミコは全く無視していた。
B「ヒミコさん、その発言は中々興味深いものですが、なぜにエリカさんがドロシーさんを殺したと推測されたのですか? 根拠をお伺いしたいものですな」
老人キャラのボスがわり込んできた。
H「それは……、私の直感です。でも、間違いありません。ドロシーさんを殺したのはエリカさんです。彼女は人狼なんです!」
E「はっ、お話にならないわ。結局、何も根拠はないってことじゃないの」
エリカが毒づいた。
I「質問なんですけど……。三人部屋で人狼が村人を襲った時に、のこったもうひとりの同居人は、その事実を認識することができますか?」
ふとひらめいた疑問を私が唱えると、
B「多分、それは無理でしょうな。死人が出て、それが誰であるかまでは、同居人でも確認ができますが、その死因の特定まではできません」
と老人はすまし顔で説明した。
A「ひょっとすると、逆にドロシーさんが人狼で、エリカさんは祈祷師である。そして、エリカさんが祈祷師の持つ特殊能力で、襲ってきた人狼のドロシーさんをかえりうち(カウンター)で殺害してしまったという可能性も、依然としてのこりますね」
アメンボも老人に負けじと補足を加えた。
F「他の部屋の報告もお願いします。まずは、春の間の方から、いかがでしょうか?」
フォックスはそう提案して、アメンボに目を向けた。
A「春の間は、僕とボスさんでいっしょに泊まりました。何もありませんでしたよ」
B「そのとおり、平穏な夜でしたね」
G「夏の間ですけど、チイさんと楽しくお話させていただきました」
とグレイがいった。
グレイはミュージシャンのような容姿をした中年男性である。立派な銀色の長髪をなびかせて、黒い革ジャンをたくましい上半身にまとい、右腰に大きな鎖のアクセサリーをつけたデニムのズボンをはいていた。
C「はい、グレイさんのおっしゃるとおりです」
チイが小声で答えた。
F「次は私たちの番ですね。秋の間では私とそちらのアイリスさんが泊まりました。アイリスさん! 私たちも何もなかったですよねえ……」
フォックスの言葉は、何やら押しつけがましいいい方であった。私が相槌に困っていると、
A「アイリスさん、黙っていらっしゃいますが、どうかなさいましたか?」
とアメンボがせっついてきた。
I「あっ、すみません。その……、何もなかったです」
フォックスが狼だと思う、なんて軽率に口にしてみても、この場で利益はなさそうだ。
M『では、議論を進めてください』
司会者がうながした。
A「冬の間で起きた悲劇ですが、ドロシーさんの死因として考えられるのは、ドロシーさんが狂人で自殺をしたか、あるいはドロシーさんが村人であり人狼に殺されたか……、その際にはエリカさんかヒミコさんのどちらかが人狼であることになりますね」
アメンボが自論を展開する。
B「あるいは、二人とも人狼である可能性も捨ててはなりませんね」ボスが口を挟んだ。
A「もちろん、それもありますね。そして、もう一つの可能性はドロシーさん自身が人狼であったというものです。そして、エリカさんかヒミコさんのいずれかに、彼女は襲いかかった。しかし、襲った相手がたまたま祈祷師であり、人狼のドロシーさんがかえりうち(カウンター)で逆に殺されてしまったという可能性です」
G「それは、ちょっとおかしくないですか? もし、ドロシーさんが人狼であったとして、カウンターをおこなった祈祷師は、自分は祈祷師であり、昨夜はカウンターで人狼を殺したと正直に名のり出ればいいじゃないですか」
グレイが食ってかかってきた。
A「もちろん、弁明のときには、真実をいった方が得なこともありますが、嘘を語った方がよいときもあります。まだ、初日の夜が終わったばかり……。この時点で、祈祷師の方が(このゲームの参加者は九人ですから、その中に祈祷師は精々ひとりしかいないと思われます)すでにカウンターを使用してしまって特殊能力を失ったという事実を、他人に隠したいと判断されたかもしれませんね」
B「しかし、人狼のふたりはテレパシー(人狼ゲームのルールでは、人狼同士にかぎり、秘密のチャット会話機能を利用して、意思の疎通をはかることが許可されている)をつうじてお互いに交信ができますよね。ならば、仮に冬の間で殺されたのが人狼だとして、もうひとりの人狼には、祈祷師によって仲間が殺されたという情報は筒ぬけになっていますよね」
ボスが疑問を提示すると、
A「そうですね。ただ、今回の冬の間は三人部屋でした。あえて、祈祷師が名のり出ないことで、エリカさんとヒミコさんのどちらが祈祷師だったのかをカムフラージュすることは、村人側にメリットがあるとも思いますが」
とアメンボが返答した。
B「なるほど、そこまで読んでの発言ですか」
ボスの言葉には、若干の皮肉が感じとられた。
A「まあ、祈祷師の可能性はおいといて……。さて、エリカさん。何か弁明はありませんか。このままでは、あなたが人狼であるという疑いを受けたままで、夕方の投票がはじまってしまいますが」
さりげなくアメンボはエリカをうながすと、
E「皆さん、私は牧師です! 私を集団暴力で殺してしまえば、村人側には相当な痛手となりますよ」
興奮気味にエリカは発言した。
B「おやおや、自分が牧師であると告白してしまって……。もし、他に牧師の人がいらしたら、その人にはエリカさんの嘘がばれてしまいますね。参加者が九人のときには、牧師も多くてせいぜいひとりであるのが標準の役割配分ですからな」
いじわるそうにボスがつけ加えれば、
E「はっ、どうぞ、どうぞ。もし、あたしの他に牧師がいたら、今ここで名のり出なさいよ! どう? いないじゃないの」
とエリカは反駁した。
A「エリカさん、どうか冷静になってくださいね。まあ、仮に牧師の方がほかにいらしても、この状況では名のり出ないでしょう。エリカさんの只今の挑発は、牧師を誘導して名のらせようという狙いが含まれているのかもしれませんからね」
I「あの……。このゲームの参加者が九人のときの、標準の役割配分って何のことですか? 私は、はじめてなのでよろしければ説明して欲しいです」
私は我慢できずに発言した。
F「ふふっ、皆さん、アイリスさんは人狼ゲームの初心者だそうですよ」
フォックスが要らぬコメントを口にした。
A「わかりました。人狼ゲームですが、ご承知のとおり村人側と人狼側による生きのこりをかけたチーム戦です。だから、双方に有利にならないように初期の役割配分は決められます。経験的にですが、参加者が九人のときには、人狼が二人、狂人が二人、祈祷師が一人、牧師が一人、村人が三人、というのが標準ですね。ただ、ゲームマスターは今回の役割配分に関しては『人狼がふたりである』としか公表していないので、場合によっては牧師がいなかったり、狂人がひとりだったりということもあり得ます。あくまでも標準に過ぎません。しかし、祈祷師や牧師という存在は村人側にはとても強大な戦力になりますから、参加者が九人なのに、祈祷師と牧師が合わせて三人以上いるというのは、ちょっと考えにくいですね。同じように、人狼側の人間が合わせて五人以上の過半数を役割配分されている可能性も極めて低いと思います」
アメンボが丁寧に説明をしてくれた。
I「ありがとうございます。よくわかりました」
A「ヒミコさんは、なぜエリカさんが人狼であると思われたのですか?」
アメンボの不意をついた問いかけに、均整がとれた美しいプロポーションのヒミコが一歩前に踏み出した。
H「昨晩、私はドロシーさんととても気が合いました。ドロシーさんは何でも率直に語る人で、自分は村人側であると証言されていました。私も、即座に自分が村人側の人間ですと答えました。ただ、エリカさんは自分の役割についてのコメントはしたくないといって黙り込んでしまいました。
私とドロシーさんはほとんどふたりきりのような感じで話をしていましたが、ドロシーさんが私の質問に答えようとした、正にその瞬間に、突然『えっ?』と一言呟かれて、そのまま亡くなってしまったのです! あのタイミングで自殺するなんて、どう考えてもおかしいと思います」
E「そのタイミングで襲う狼も、どうかしてると思うけど」
エリカが強い口調で反論した。
H「人狼は夜の時間内に同居人のひとりを襲わなければ、パスを消費することになります。きっと、のこり時間を気にしたんだと思います」
E「皆さん、たったそれだけの根拠ですよ。あたしにいわせてもらえば、ヒミコさんだって人狼である可能性はぬぐえないわよね」
H「誓ってもいいですが、私は村人側の人間です。決して、狼ではありません」
こうして、二日目の会議が終了した。
初日の夜の犠牲者は以下のひとりである。
ドロシー(同居人は、エリカとヒミコ)
二日目の夕刻
M『昼の会議の時間は終了しました。それでは、これから夕刻の投票に移ります。この投票で最多得票者が決まってしまった時には、その方は村人全体から集団暴力を受けて殺されてしまう手はずになっています。
只今、天からのお告げが下り、投票する順番は、エリカさん、グレイさん、アイリスさん、ヒミコさん、チイさん、フォックスさん、ボスさん、アメンボさんと決定いたしました。
投票時の注意ですが、白票を投じることはできません。必ず、誰かに投票してください。自分自身に投票することもできます。投票する人の名前をはっきりと告げてください。それ以外の発言は一切禁止ですので悪しからず。
なお、もし最多得票者が複数出た場合には、決選投票はおこなわずに、その日の集団暴力殺人を中止するというルールで、このゲームは進行させていただきます。それでは、エリカさんからどうぞ』
ゲームマスターであるミスズの説明が終わった。
投票がはじまった。司会者が指示した順番で、銘々が投票をしていった。
E「ヒミコさん」エリカがいった。
G「エリカさん」グレイがいった。
I「えーっと、エリカさん、でお願いします」私は答えた。
H「もちろん、エリカさん!」ヒミコがいった。
M『ヒミコさん、『もちろん』とかいう発言は控えてください』
すかさず、ミスズが注意をうながした。
C「エリカさんです」チイがいった。
F「ヒミコさん」フォックスがいった。
B「……。申し訳ありません。えっと……、ヒミコさんに投票いたします」ボスはかなり長考してヒミコに投票した。
A「僕も、ヒミコさんに投票します」最後にアメンボがいった。
M『えーっと、エリカさんが四票で、ヒミコさんも四票ですね。最多得票者がお二人なので、本日の集団暴力殺人は執行いたしません』
とミスズが投票の終了宣言をした。
M『続きまして、二日目の夜の部屋割りを決めます。
指名する順番は、天のお告げで次のように決まりました。チイさん、グレイさん、アメンボさん、フォックスさん、ボスさん、エリカさん、の順番でお願いします。
なお、昨晩に同居した人物を指名することはできませんから注意してください。では、チイさんからどうぞ』
チイは不思議の国からとび出してきたかのような、かわいらしい女の子だ。水色のワンピースのエプロンドレスを着て、白のタイツに、黒のまるい革靴をはいていた。しかし、そんな衣装にもかかわらず、眼はきらきらと輝いていて、とても知的な感じがした。
おどおどしながら、チイが小声で発言した。
C「はい、では……、アイリスさん。いっしょにお泊りしてください」
I「はい、よろしくお願いします」
私がそう答えると、チイは嬉しそうに微笑んだ。
G「私はアメンボさんを指名します」
A「どうぞ、よろしく」
M『次は……、フォックスさんですね。指名をお願いします』
F「それでは、ヒミコさん、お願いします」
フォックスが声をかけると、ヒミコがうなずいた。
M『ということは、残りはエリカさんとボスさんですね。では皆さん、各部屋に移動をはじめてください』
二日目の夕刻の部屋割りをまとめると、以下のとおりである。
(春の間)チイが、アイリスを指名した。
(夏の間)グレイが、アメンボを指名した。
(秋の間)フォックスが、ヒミコを指名した。
(冬の間)のこったエリカとボスが同居する。
狩人の到着まで、のこされた時間は後三日だ……。
二日目の夜
ゲームのはじめから、私は何となくチイのことが気になっていた。
C「あのお、あいちゃんってお呼びしてもいいですか?」
チイから声をかけてきた。
I「はい、よろしくお願いします。チイちゃんって呼んでいいですか」
と私もきき返すと、
C「もちろん、光栄です」
チイはにっこりと微笑んだ。
I「チイちゃんは、このゲームは慣れているの?」
C「三回目です。あいちゃんとおんなじでほとんど初心者ですよ」
I「わあ、よかった。私、心細くて……。
はっ、チイちゃんって、村人側なの?」
またもや、調子に乗って失言を繰り返してしまったのか。
C「私は祈祷師です。だから、今回のゲームはちょっとだけ、落ち着いています。だって、狼さんに襲われても、とりあえず死なずにいられますからね」
I「へー、チイちゃんは祈祷師なの。いいわね、ビクビクしなくてもいいから」
C「あいちゃんは、牧師ですか?」
I「ううん、私はただの村人です。人狼ゲームははじめてなのに、本当についてないですね。だから、夜がこわくてこわくて」
C「そうですよねえ。村人になっちゃうと、いつもドキドキですよね」
すかさず、チイが同意した。
C「ところで、あいちゃんは誰が狼だと思います?」
I「そうねえ、やっぱり、エリカさんが今のところ一番狼っぽいですね」
C「そうですね。私もエリカさんは怪しいと思います」
I「でも……」
C「でも?」チイが覗きこんできた。
I「昨日、同居したフォックスさんは、多分狼だと思う!」
C「えっ、そうなの?」
I「昨晩、襲われそうになったときに、私は狂人です、ってはったりをかけたら、今晩は見のがしてあげましょう、なんていわれたのよ」
C「それは、向こうもあいちゃんのことを狂人だと思ったから、あえて狼のふりをしただけかもしれませんね」
I「ちがう、ちがう。初心者をいたぶるあの異常で卑劣な性格――。あいつは絶対に悪いやつに決まってるんだから」
C「そうなんですか。でも、よかったですね。とにもかくにも、食べられることはなかったんだから」
とチイはまるで自分が命拾いできたかのように喜んでいる。
C「ところで、あいちゃんは狂人ではないですよね?」
I「このゲームではじめてついた嘘です!」
C「あはは。あいちゃんの嘘、第一号ですね」
チイと私はお互いにくすくすと笑い合った。
I「ねえ、チイちゃんが昨晩いっしょに泊まった人って誰だっけ?」
C「グレイさんのこと?」
I「どんな人だったの?」
C「そうですねえ。村人側であるとはいっていましたね。でも、本当なのかどうかはわかりません」
I「チイちゃんは、グレイさんにも自分の正体が祈祷師だって教えちゃったの?」
C「いいえ。そんな大事なことは、むやみやたらにはしゃべりませんよ」
チイはあわてて否定した。
I「でも、チイちゃん、さっき私には自らの正体をばらしちゃったんだけど」
C「あっ、そうですね。つい、うっかりと……。
だって、あいちゃんは味方のような気がしたから」
チイは顔を赤らめながら弁解をした。
I「じゃあ、寝よっか? そろそろ、夜も更けてきたし」
C「ですね。おやすみなさい」
その夜、私たちは心地よい眠りに落ちた。翌朝は雲ひとつない晴天だった。