3.初日の出来事
初日の夕刻
天からのお告げがきこえた。
M『皆さん、私はミスズと申します。このゲームの司会進行を務めさせていただきます。どうぞ、よろしく。それでは、まずゲームの設定から説明いたしましょう』
ミスズと名のるアバターは、美しい碧い眼をした若い女性であった。彼女は今回のゲームでは、司会者とゲームマスターを兼任している。
ゲームマスターは、ゲームの参加者ではない。ゲームを進行する上で、部屋割り指名の順番や投票の順番を決める必要が出てくる。ゲームマスターはそれらの順番を、乱数表などを用いて無作為に決めるという任務を受けもつ。また、参加者の役割配分は、ゲームマスターによって決められて、秘密の会話モードで個々に通達される。ミスズの発言は、ゲーム参加者の私たちにとっては、いわゆる天の神様からのありがたいお告げという設定である。
本編では、ゲームマスターであるミスズの発言には二重括弧を用いて、さらに彼女の発言の前にはイニシャルのMを書き添えることにする。
M『ここは名も無き平和な村……。ここに見える総勢九人の皆さんは、この村の住民です。ところが、皆さんの中には、人の姿をしたおそろしい狼がまぎれこんでいます。そして、まぎれこんだ人狼の数はふたり、であることが判明しています。皆さんを救ってくれる狩人の到着、すなわちゲームの終了時刻は、五日目の夕刻過ぎといたします。それまで、あらゆる知恵をふり絞って、生きのびてくださいね』
パソコンの画面を見ながら、私は大急ぎでゲームの参加者の名前を手持ちノートに書きこんでいた。人狼ゲームでは、参加者たちの言動の掌握が勝敗に直結するともきいている。如何にメモをまとめるかが問われるというわけだ。
そのとき、私は信じられない偶然を発見した。今回のゲーム参加者九名の名前を書き出したところ、九人のイニシャルの頭文字が、なんとアルファベット順にAからIまできれいに並んでしまったのだ! もっとも、私の名前の『アイリス』は、ローマ字だとイニシャルはAであるが、英語で表せば『IRIS』となるから、イニシャルはIを割りあてている。まあ、『私』という意味でIと認識していただいても、もちろんかまわないが……。
そこで私はノートに、アルファベット順で参加者の名前をまとめることにした。
アメンボ (A)
ボス (B)
チイ (C)
ドロシー (D)
エリカ (E)
フォックス(F)
グレイ (G)
ヒミコ (H)
アイリス (I)
名前のメモをとり終わると、私はクスリと含み笑いをした。
いよいよ、ゲームが開始される。虚実が交叉するかけひきの中で、生きのこりをかけた戦いがはじまる……。
M『これから、今宵のお相手を指名していただきます。指名する順番は、アメンボさん、グレイさん、チイさん、フォックスさん、エリカさんでお願いいたします。指名された方に拒否権はありません。それでは、アメンボさんから、どなたかをご指名ください』
ミスズがアメンボに声をかけた。
長身のアメンボは、Tシャツにジーンズ姿のスマートな青年である。少し首を傾げながら、彼は発言した。
A「じゃあ、ボスさんを指名します」
B「よろしくお願いします」
杖をにぎった和服姿の紳士が返事をした。ボスと名のっているその男性は、長くて白い鬚をたなびかした優しそうなおじいさんである。
本編では、非常に多くの会話文が錯綜するので、会話文の前に発言者のイニシャルを添えて表示することを、ここにお断りさせていただく。
M『次は、グレイさんです。同居人を指名してください』
ミスズは、今度はグレイという名の男に声をかけた。
G「はい、それなら、チイさん。お願いします」
グレイが選んだ人物は、小柄でかわいらしい女の子だった。
C「えっ、はい。よろしくです」
呼ばれた少女は、眼をまるくしたままお辞儀をした。
M『チイさんが指名されてしまいましたから、次の指名権を有された方はフォックスさんになります。フォックスさん。今夜のお相手にどなたを選ばれますか?』
ミスズが声をかけた相手は、黒装束のマントに身をつつんだ眼光の鋭い人物だった。
なぜだか理由はわからないが、私にはこのフォックスという人物が、参加者の中でもっとも危険そうなにおいがした。フォックスは村人たちを一回り見まわしてから、静かに口を開いた。
F「では、アイリスさん。今晩、ごいっしょにお願いします」
私の背筋が凍りついた。
I「はい、よろしくお願いします」
愛想を浮かべて返事したものの、内心は穏やかではない。
M『九人中、六人の部屋割りが決まりました。のこったエリカさん、ヒミコさん、ドロシーさんの三人は、同じ部屋にまとまって泊まってもらいます。それでは、皆さん、それぞれのお部屋に移動してください』
結局、初日の夜の部屋割りは次のようになった。
(春の間)アメンボが、ボスを指名した。
(夏の間)グレイが、チイを指名した。
(秋の間)フォックスが、アイリスを指名した。
(冬の間)のこった三名のエリカ、ヒミコ、ドロシーが同居する。
春の間、夏の間、秋の間、冬の間とは、広場から少し離れた場所に建てられた四箇所の閉ざされた空間である。それぞれの部屋に一旦入場してしまえば、室内の会話を外部の人が盗み聞きすることはできない構造になっている。どの部屋にどの組が泊まるのかは、部屋割り指名で同じ部屋に泊まる組が確定した順番で、春、夏、秋、冬の間へとふり分けられる。
賢明な読者には、釈迦に説法だとは思うが、指名した順番や人物の名前は、後の推理において重要な手がかりとなるので、メモをのこされることを強くお勧めする。
狩人の到着までは、のこりまる四日である……。
初日の夜
あんなにまぶしかった太陽はいつしか沈んでしまい、気が付けば村は漆黒の闇と静寂につつまれていた。そして、いよいよ夜がはじまる。本性を露わにした人狼たちが襲いかかってくる恐怖の夜が……。
私がフォックスと泊まることになった秋の間は、実に簡素なつくりの建造物であった。頭の中では、不安が渦まいていた。フォックスは人狼なのだろうか? 心臓がバクバクと音を立てている。
ここで読者には正直に告白しておこう。
今回のゲームでの私の正体は『村人』である!
つまり、チーム戦としては村人側に私は属する。味方は、村人、祈祷師、牧師の役割の人たちであり、敵の人狼側には、人狼と狂人という役割が存在する。村人は何の特殊能力も持たないため、人狼に攻撃されれば、一溜まりもなく殺されるしかないという、とてもか弱い存在なのだ。もしも、村人の私が無事に生きのこれるとすれば、夜間に人狼と同じ部屋に泊まらないか、人狼を欺いて襲いかかられないように上手にふるまうしかない。しかし、そんなことがはたして可能なのだろうか?
部屋に入ってからも、しばらくは、私たちは無言で過ごしていた。やがてフォックスが静かに口を開いた。
F「アイリスさん。あなたは人狼ゲームの常連さんですかね?」
I「いいえ、今回がはじめてです」
私は事実を素直に答えた。
F「ほう、はじめてねえ……。ところで、アイリスさんは、村人側ですか?」
いきなり、単刀直入の質問だ。
I「はい、私は村人側の人間です。もし、あなたが人狼だったら、どうか襲わないでください」
F「私が人狼ですって? 襲われて困るということは、あなたの正体が村人であるということになりますね」
フォックスはさり気なくきり返してきた。
I「えっ! そんなつもりでいったのでは……」
とっさとはいえ、なんて愚かな発言をしたのだろう。みすみす自らの正体を暴露してしまったのだ。私はすっかり冷静さを失っていた。
F「そうですか、ふふふっ」
不気味な笑みを浮かべて、フォックスが徐々に距離を狭めてきた。
まずい。この人は、今、私を襲うつもりだ。
I「待ってください。実は……、私は狂人なんです!
あなたのお手伝いをいたしますから、この場で私を襲うのは、どうか見逃してやってください」
とっさに私は嘘を答えていた。フォックスが驚いて、たち止まった。
F「あなた、さっきは自分が村人側だとおっしゃったばかりじゃないですか?」
I「ごめんなさい。てっきり、私は……、あなたが村人側の人物だと思っていたから」
もう、何から何までもが、口からの出まかせだ。
F「別に、私は自分が狼であるとは一言も主張していませんがねえ。よろしい、今晩はあなたを見逃してあげましょう」
不気味な言葉をのこして、フォックスはあっさりとひき下がった。
やがて、夜があけた。どうやら、無事に二日目の朝を私はむかえることができたようだ。