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第八話

   ☆1☆


「今回の訓練はトーチカ攻略だ!」

 朝っぱらから、やけに気合いの入った赤月風華のハイトーン・ボイスがブリーフィング・ルームにキンキン響いた。

 赤月風華が続けて、

「訓練は南雲邸のトーチカを仮想敵として行う事にする。当然、ペイント弾を使った模擬戦になる。南雲邸の私設部隊も協力してくれるそうだから、気合いを入れて訓練をするように! 以上っ!」

「「「「了解っ!」」」」

 あたしは、

「えっと、今日は二一型零戦で訓練だよ。南雲邸には離着陸出来る、おっきな滑走路があるから。その飛行場で燃料の補給もするんだよ。それじゃ、みんな出発しよ」

 ネコちゃんが、

「あの要塞だったら、きっと、いい訓練が出来るね。城のあちこちにトーチカと対空機銃と高射砲が、ハリネズミみたいに突き出ていたもんね、ウフフ」

 トンボちゃんが、

「まるで鬼ヶ島です~」

 ナデシコちゃんが、

「言いたい放題ですわね。わたくし、今日は対空機銃を担当して、ビシビシ迎撃しましょうか」

 あたしは、

「ナデシコちゃん! ツノが出てるよ! ツノがっ! みんなも、人の家をネタにてからかっちゃダメだよ! 貧乏人のヒガミになっちゃうよ!」

 ネコちゃんがジト目で、

「なんだかんだで、コロナっちが一番ひどい事を言ってる気がするな~」

 トンボちゃんが、

「その通りです~」

 ナデシコちゃんが、

「今日はコロナちゃんがトーチカ役ですわね。ビシビシ行きますわよ」

「やぶ蛇だーーーっ!」

 あたしは叫んだ。


   ☆2☆


 山奥にあるお屋敷だから、車で行くと時間がかかるけど、零戦だとあっという間に着く。

 赤月風華が無線で、

『一旦、全機着陸して燃料補給と休憩を取る、補給が終わり次第、訓練開始だ』

『『『『了解』』』』

 あたしは着陸体勢に入る。

 飛行場まで二千メートル、天気は良くって、風もない。

 山間部にありがちな、雲や霧もなし。

 絶好の着陸日和だよ!

 あたしは高度を徐々に落として、速度を時速三百キロまで落とす。

 同時にエンジン出力を三割まで落とす。

 機首の鼻づらが滑走路の入口に重なるように合わせて下降し、あ、それと、忘れないように、足、車輪こと、ギアをオンにして足を出す。

 やがて、滑走路がキャノピーの全面パネルいっぱいに広がったところで、機首を少し上げて、鼻づらを地平線に合わせる。

 ここまできたら、あとは停止するだけだよ。

 エンジン出力オフ、エアブレーキ・オン。

 ちなみに、エアブレーキのことをフラップと呼ぶ事もあるよ。

 速度がグングン落ちて、

 キュルルッ!

 小気味良い接地音と共に、ガタゴトと機体が地上を走る。

 この状態だと慣性の法則で走り続けちゃうので、操縦悍をめいっぱい、グッと引く。

 速度があると飛んじゃうけど、この速度なら機首が上がるだけでエアブレーキがわりになるんだよ。

 空母の着艦の場合は、着艦寸前に機首を上げるんだよね。

 これは前にも言ったっけ。

 燃料を補給するために、整備員が集まって来る。

 やけに小柄な人が多い。

 赤月風華が、

「燃料補給がすむまで、南雲邸で休憩だ。ナデシコ、案内を頼む」

 ナデシコちゃんが、

「承りましたわ」

 あたしたちはナデシコちゃんのあとに続いてゾロゾロと歩いた。


   ☆3☆


 迷宮のように入り組んだ廊下を進むと、百畳ほどの広さがある大広間に着いた。

 百人ぐらいのメイドがズラッと並んでいて、一斉に、

『お帰りなさいませ! ナデシコお嬢様!』

 と挨拶する。

 ナデシコちゃんが、

「ただいまですわ。みなさん、お久し振りですわ」

『お久し振りです!』 

 メイド長らしき女の子が、あたしたちをソファに案内し、

「どうぞ、ごゆっくりしてくださいませ。必要な物があれば、何でも、遠慮なく、おっしゃってくださいませ」

 赤月風華が、

「うむ! これは快適だな!」

 言いながらソファにズブズブと沈み込んでいく。

 リラックスしすぎだよ!

 あたしは、

「飛行場にいた人達って、やけに小柄な人が多かったんですけど、あれって、もしかして、女性のかたですか?」

 メイド長が、

「その通りでございます。この私を含めた全員がメイドであり、同時に、南雲私設軍隊の戦闘員でもあります。元々、みんな戦災孤児で、引き取り手のない女の子たちを、南雲様が引き取ってくださったのです。そして、様々な訓練を終えたあと。全員、優秀な南雲メイド隊の隊員となるのでございます」

 あたしは、

「なんか、みんな頼もしいもんね! あたしも頑張らなきゃ! だよ!」

 すると、空気を読まない気まぐれネコちゃんが、

「ボクはもう疲れたから、訓練なんてやめて、ゆっくり休みたいな~、ウフフ」

「来たばかりで何言ってんの!」

 あたしは突っ込む、すると、

 グ~~~!

 スカピ~~~!

 トンボちゃんが気持ち良さそうに眠っていた。

 あたしは、

「トンボちゃん、熟睡するのハヤっ!」

 赤月風華が、

「眠らせておけ、また、疲れて墜落でもしたら、目も当てられん」

 メイド長が、

「ところで、皆さまがた、これから、お食事になさいますか?」

 ネコちゃんが、

「ボク食べるよっ! ジャンジャン持って来てっ!」

 あたしが、

「朝、基地で食べてきたばっかりだよねっ! まだ一時間も経っていないよ!」 

 ネコちゃんが、

「ボク、育ち盛りだから、たくさん食べなきゃね! ウフフ」

 あたしは、

「ブタになっても知らないよ!」

 ネコちゃんが、

「ぶーーーっ」

 と、ブーたれた。

 メイド長が、

「それでは、お風呂になさいますか?」

 ナデシコちゃんが、

「久しぶりに大浴場のお湯に浸かれそうですわね。では、さっそく」

 あたしは、

「待って、待ってーーーっ! ナデシコちゃん、朝にシャワーを浴びたばかりだよね!」

 ナデシコちゃんが、

「あら、温泉の達人は一日、五回、温泉に入るそうですわよ。それに比べれば、わたくしは、まだまだ及びませんわ」

「及ばなくていいよ! そんな達人にならなくってもいいよっ!」

 あたしは頭が痛くなってきた。

 すると、メイド長が、

「お食事でもなく、お風呂にも入らない。と、なると、ハッ! まさか! 皆さまがたが、ご、ご所望されるのは、も、もしかして!」

 なんか、メイド長の語尾がワナワナ震えて、瞳がウルウル潤んで、なにが恥ずかしいのやら?

 顔がほんのりとサクラ色に染まっていた。

 もう一度、メイド長が決心したように顔をキッと上げると、

「しょ、食事でもなく、お、お風呂でもない、と・す・る・と、つ、次は」

 な、なんだか、あたしまでドキドキしてきちゃったよっ!

 メイド長の薔薇色の唇が開く、

「訓練に戻りますか?」

 ドンガラガッシャーン!

 全員、派手にズッコケた。

 トンボちゃんが目を覚まして、

「みんな、どうしたです~。ふああ、良く寝たです~。さあ、頑張って訓練するです~」

 赤月風華が、

「うむ! 休憩は充分取ったな。全員、行くぞ!」

 赤月風華が少し顔を赤らめながら激を飛ばした。


   ☆4☆


『これよりトーチカ攻略の手本を示す。よく見ておくこと!』 

 赤月風華が無線を飛ばす。

 あたしたちは南雲邸上空二千メートルの高さを、ゆったりと旋回していた。

 トーチカは南雲邸と、その周辺の山に設置されている。

 つまり、南雲邸は周囲の山に囲まれた、いわば天然の要塞だった。

 赤月風華が山あいのトーチカへ向かう、

『トーチカは真上も左右も分厚い壁におおわれている。狙うのは前面の開口部のみ。つまり、敵機銃の正面から突っ込んで行くしかない』

 トーチカから敵の機銃掃射!

 タタタッ!

 赤月機がロールしながら上下左右、自由自在にビュンビュン飛びまわり、射線を紙一重でかわしていく。

 トーチカ直前で、機銃が火を吹く、

 ダダダッ!

 ピシぺシピシ!

 ペイント弾がトーチカ内で弾け飛ぶ。

 トーチカ内があっという間に赤く染まって、

 ポンッ!

 と、白旗があがる。

 降参の合図だよ☆

 赤月風華が、

『こんな具合だ! わかったな!』

 しーーーん。 

 みんな赤月風華の超絶飛行に声を失う。

『分かったのか! と、聞いている!』

『はいっ! 分かりました!』

 とは言ったものの、実際にはトーチカの正面に行くだけで、いっぱいいっぱいだった。

 狙われていると分かっていてトーチカに近づくのは本能的に難しいよ。

 ナデシコちゃんが、

『赤月隊長ほどではございませんが、こういうのは、わたくし得意ですわ』

 ナデシコ機がフワリフワリと射線をかわしながらトーチカ内部にペイント弾を叩き込む。

 ネコちゃんは、

『む~っ! 攻撃は得意だけど、避けるのは苦手だよ!』

 ネコ機がトーチカに突っ込んでは、トーチカの攻撃を避けるため、何度も仕切り直す。

『う…く……くうう~、です~』

 トンボ機はペイント弾で真っ赤に染まっている。

『トンボちゃん、ドンマイ! ペイント弾で良かったね! よ~し、あたしも頑張るぞ!』

 結果は、

 ペシペシペシペシ!

 メッチャ被弾した!

 赤月風華が、

『コロナ! ネコ! トンボ! 貴様らやる気があるのか! トーチカが攻略出来るようになるまで、三人とも飯抜きだ!』

『『『えええーーっ!』』』

 結局、あたしたちは夜遅くまで、ご飯を食べる事も出来ずに、特訓する羽目になった。


   ☆5☆


 ようやくトーチカ攻略が板についてきた翌日、赤月風華から突然、無線が飛んでくる。

『全機、至急、白銀基地へ帰還せよ。基地へ戻ったら、すみやかにブリーフィング・ルームへ集合だ!』

『『『『了解』』』』

 あたしは、

『ずいぶん焦っていたね。何か、悪い事でも起きたのかな?』

 ネコちゃんが、

『昨日の昼飯抜きより悪いって事はないと思うな~』

 トンボちゃんが、

『その代わり、お夕飯は三人前食べてたです~』

 ナデシコちゃんが、

『それはともかく』

 あっさり流した!

『確かに、赤月隊長は焦っている様子でしたわね。とにかく、急ぎましょう』


   ☆6☆


 ブリーフィング・ルームには、むしろ、赤月風華のほうが遅れて入ってきた。

 赤月風華が、いつになく暗い表情で、

「九印鳩子少佐が敵に捕まった。我々、神風特攻少女隊はハトコの救出作戦を行う」

 ガタンッ!

 ナデシコちゃんが血相を変えて立ち上がって、今にも飛び出しそうになる。

 けど、

「待てっ! ナデシコ! 話も聞かずにどこへ行く気だっ! 少しは落ち着け!」

 赤月風華が引き留める。

 ナデシコちゃんが、

「す、すみません、赤月隊長。取り乱してしまいました」

 ネコちゃんが、 

「もう! とにかく、詳しく話してよ!」 

 トンボちゃんが、

「そうです~、ハトコちゃんは今はどうなっているんです~?」

 赤月風華が、

「詳しい話は試作戦闘飛行船、豪雷号の中で話す。全員、ついてこい!」

 赤月風華が早足で移動する。

 あたしたちは慌てて、その後ろ姿を追いかけた。


   ☆7☆


 白銀基地の端には四百メートルぐらいの巨大な倉庫がある。

 赤月風華は、その中に入っていった。

 もちろん、こんな所に入るのは、みんな始めてだよ。

 中に入って、またまたビックリ。

 倉庫と同じぐらいの巨大な飛行船が、小山のごとくそびえていたからだ。

 みんな度肝を抜かれ、呆然と飛行船を見つめていた。

 整備員が怒号をあげながら出撃準備を進めている。

 まるで戦場みたいだよ。

 赤月風華が、 

「全員、なにをボケッとしている。早く乗り込め!」

 赤月風華の号令一下、みんな恐る恐る飛行船に乗り込む。

 五分ほど歩くと艦橋に到着する。

 十畳ほどの広さがあった。

 中央に艦長の席。

 前方の窓側にオペレーターが三人座っている。

 艦長らしき人物が立ち上がり、

「豪雷号へようこそ! 神風特攻少女隊のみなさん!」

 まだ若い士官だった。

「自分は空条翼大尉です。豪雷号の艦長をしています。初めまして! あっ! でも、ナデシコちゃんとは、幼馴染みだから、初めましては、おかしいかな?」

 キラッ☆と白い歯が光る。

 ナデシコちゃんが、

「お久しぶりですわね、翼君。お見合いの日、以来ですわね」

「「「えええーーっ!」」」

 空条翼が、

「ふられちゃったけどね、アハハ」

 屈託なく笑いながら、

 キラッ☆と白い歯が光る。

 あたしは、

「な~~~んだ」

 ネコちゃんは、

「そんな事だろうと思ったよ!」

 トンボちゃんが、

「ナデシコちゃんじゃ、どう考えても高嶺の花です~」

「サラっと、ヒドイこと言うな~」

 と、あたし。

 オペレーターが、

「艦長! 発艦準備が整いました!」

 空条翼が、

「よしっ! 豪雷号発進! ハトコちゃんを救出に向かうぞ!」

「「「了解!」」」

 四ヶ所あるアンカーが次々に外れて飛行船に巻き取られて行く。

 軽い揺れがあるものの、電車よりも微細な揺れで、でも、ぐんぐん高度が上がって行く。

 空条翼が、

「この戦闘飛行船は高度二万メートルを、時速三百キロで航行可能だ。対空機銃は八門。搭載可能な戦闘機は五機。さらに、爆撃用の爆弾もたっぷり積んでいる。まさしく、空飛ぶ戦艦だよ。ハトコちゃんのいる収容所だって、空母を乗り継いで遠回りしていたら六時間はかかるところを、豪雷号なら半分の三時間で到達可能だよ!」

 赤月風華が話を引き継ぎ、

「では、これより作戦の詳しい内容を伝える。ハトコは今、マークサン島という、日本人捕虜収容所に収監されている。すでに、島のあちこちに捕虜救出部隊が密かに展開しているが、ここで問題が起きた。収容所は高い壁に囲まれ、有刺鉄線が張り巡らされている。ただの有刺鉄線なら難なく越えられるが、こいつには高圧電流が流れている。そのため、救出部隊は立ち往生している。というわけだ。そこで、神風特攻少女隊の出番となる。この収容所には発電施設が一ヶ所あり、すべての電力をそこで作っている。つまり、発電施設を叩けば、有刺鉄線の高圧電流も流れが止まり、救出部隊が突入出来る、というわけだ。が、たかが収容所とはいえ、トーチカが設置され、防御は固い。戦闘機もそこそこ確認されている。そこで、我々は部隊を二つに分ける。私とコロナ、ネコ、トンボはトーチカを数ヶ所、破壊したあと、迎撃に出てきた敵機を、海へとおびきだす。その間にナデシコは、背後から発電私設に近づき破壊する。ただし、発電私設の警戒は厳重だ。入口の、分厚い鋼鉄のシャッターは、一日一回、午後十一時五十七分から午前零時まで、わずか三分しか開かない。そのチャンスで確実に発電施設を破壊すること。なお、発電施設破壊のために、新兵器、ロケット弾を三発、零戦に装備する。空戦で使えるほど命中率は高くないが、至近距離から真っ直ぐ飛ばすぶんには問題ない。しかも威力がデカイ。当たれば確実に発電施設を落とせる。私からは以上だ!」

 空条翼にかわった。

 おもむろに胸元から通信文を取り出し、

「この通信文は、ハトコちゃんが収容所の中から、何らかの方法で光を反射させ、モールス信号で送ってきた物だ。君たちに読んで聞かせるかどうか? 自分には判断がつかねる。これは、赤月隊長の判断に委ねる事とする」

 赤月風華が通信文を受け取り、さっと目を通して、

「ナデシコ。お前が読め。この手紙はお前宛ての手紙だ」

「わかりましたわ」

 ナデシコちゃんが手紙を受け取って読み始める。

 九印鳩子より南雲撫子お姉様へ。

 ハトコ様は軍高官の集まるパーティーに紛れ込み、官邸の金庫から機密情報を入手する手はずでしてよ。でも、あと一歩という所で敵に捕まってよ。とてもヒドイ尋問のあと、この収容所に送られましてよ。収容所はとても狭くて、今にも息が詰まりそうでしてよ。それに、なんて粗末でヒドイ食事! ハトコ様は歯が痛くなってしまってよ。ハトコ様が苦しんでいると、奴らはハトコ様の口を無理やり開いて、ガリガリ、ガリガリ、ヒドイ拷問を始めてよ。おかげで翌日は食事をまったく口に出来なくってよ。そんなハトコ様に対して奴らは胸が焼けるほどの真っ赤に焼けた物を押し付けてよ。ハトコ様は喉が詰まりそうになりながらも、必死に耐えてよ。そして、夜になると、ベッドに忍び込んで来た奴が、ハトコ様をもみくちゃにしてよ。目が覚めると、いつの間にか朝になっていて、ハトコ様のハートはボロボロになっててよ。あまりの苦しさに、ナデシコお姉様ゴメンナサイ、ハトコ様は、敵に日本軍の情報を漏らして、この地獄のような拷問から逃れたい、もう楽になりたい、と思った事も、一度や二度ではなくってよ。それでも、そのたびに、ナデシコお姉様のお顔が目の前に浮かんできて、ハトコ様に浮かんだ悪魔のような考えを追い払ってくださってよ。ハトコ様は負けません。この拷問に耐えて見せてよ。でも、明日はいよいよ、この収容所の所長、地獄の使者と噂される、ジーク大尉による、口では言えないような仕打ちが始まってよ。ハトコ様でも耐えられるかどうか、分からなくってよ。どうかナデシコお姉様、ハトコ様をジーク大尉からお救いください、ハトコ様は、ハッ、ジーク大尉が来たようよ。この通信はここで終了してよ。

 ナデシコちゃんの声は、最後は涙声になっていた。

 赤月風華が、

「作戦は今夜、午後十一半より開始する。それまでの三時間。各自、良く身体を休めておくこと。以上だ!」


   ☆8☆


 ひっそりとした、暗い展望デッキにナデシコちゃんがたたずんでいた。

 あたしが声を掛けようとすると、誰にともなくナデシコちゃんが語り始める。

「ハトコちゃんはドイツで研究されていた、優性遺伝子交配計画の被験者でしたの。特殊なカリキュラムによる英才教育を受け、上手くいかない被験者は処分されたそうです。たまたま、処分されそうになったハトコちゃんを、お父様が引き取ったのです。最初はロボットのように、表情も感情も無い、まるでお人形さんみたいな女の子でしたけど、それが、一緒に暮らしていくうちに、少しずつ、少しずつ人間らしくなっていきましたわ。今のハトコちゃんのようになるまで、二年も掛かりました。今では、わたくしはハトコちゃんを本当の妹のように思っていますわ。血は繋がっていないのに、妹なんて言うのは、おかしいでしょうか?」

 あたしは、

「そんな事ないよ。ハトコちゃんは、ナデシコちゃんの、本当の妹だよ!」

 ネコちゃんが、

「ボクたちの妹ちゃんを、必ず助けに行くぞ! でなきゃ、ボクは自分が許せないな!」

 トンボちゃんが、

「収容所に囚われたシンデレラを、助けに行くです~~~っ!」

 ナデシコちゃんが、

「その通りですわね。十二時の鐘が鳴る前に、ハトコちゃんを、きっと救出してみせますわ」


   ☆9☆


『神風特攻少女隊、全機出撃!』

 赤月風華が無線を飛ばし、豪雷号、下部の発着場から零戦二一型が滑り降りて行く。

 あたし、ネコちゃん、トンボちゃん、ナデシコちゃんも次々に降下。

 月が蒼白く夜空を照らすなか舞いおりて行く。

 高度八千メートル以下で、エンジンの回転数を上げる。

 プロペラ機の限界高度は八千メートルだからだよ☆

 赤月風華が、

『ナデシコ! 敵のレーダーに引っ掛からないよう、常に高度三百メートルを維持して、マークサン島の背後から接近、零時三分前に発電施設を破壊しろ!』

 ナデシコちゃんが、 

『了解しましたわ』

 ナデシコ機は隠密仕様で真っ黒に塗られていた。

 あたしたちと別れると、すぐ闇に溶けて見えなくなる。

 赤月風華が、

『残りは島のトーチカを破壊! 迎撃機が上がってきたら、海へ誘い出せ! 我々は陽動作戦だ! 派手に戦えよ!』

『『『了解!』』』

 眼下にマークサン島が見えてくる。

 サーチライトがあたしたちを照らし、

 ドーン!

 ドドーン!

 高射砲が火を吹く。

 あたしは爆発しては黒煙をあげる高射砲を避けつつ、急降下。

 無駄に多いトーチカ目掛けて突っ込んで行く。

 トーチカの反撃、

 タタタタタッ!

 あたしは射線をかわしつつ、

「当たれっ!」

 ダダッ!

 ダダダッ!

 ドッカアアアン!

 火薬? 

 でもあったのかな?  

 トーチカが大爆発。

『ナイスキルッ!』

 トンボちゃんの無線が飛ぶ。

 トンボちゃん自身は、トーチカの攻撃を避けるだけで、せいいっぱいみたい。

 ネコちゃんはトーチカを二つ。

 赤月風華は、なんと三つも破壊した。

 同じ人間とは思えないよ!

 赤月風華が、

『迎撃部隊があがって来るぞ。

 Iー16だ! が、まともに戦うなよ! 全部、海へおびきだす! ナデシコの奇襲が最優先事項だ!』

『『『了解!』』』

 あたしたちは敵機を引き付けながら、海へ、海へと後退していく。

 敵が無線に割り込み、

『神風特攻少女隊の諸君。お初にお目にかかる。我輩はマークサン島の最高権力者、日本軍捕虜収容所、所長の、ジーク大尉だ。諸君らにも、我輩の収容所の素晴らしさを、ぜひ味わってもらうとしよう』

 異様な機体が猛スピードで飛んできて上昇する。

 赤月風華が、

『Pー38、ライトニングだ! 双胴の悪魔と恐れられている機体だ! 双発エンジンはスピード、馬力ともに強力だ! が、小回りは効かない。敵のヒット・アンド・アウェイに注意しろ!』

『『『了解!』』』

 月を背後に、上空からPー38がトンボちゃんを狙ってくる。

 トンボちゃんがフラフラしながら回避。

 Pー38が反転するタイミングを狙って、あたしは仕掛ける。

『旋回中はスキだらけだよ!』

 ダダダッ!

 あたしの機銃が火を吹く、だけど、Pー38はロールしながら右へ左へと機体をかわして行く。

『嘘でしょ! 意外と素早いよ!』

 赤月風華とネコちゃんが挟み撃ちにしようと突進するけど、Pー38は物凄い馬力で二機をグングン引き離す。

 悔しいけど全然、追いつけない。

 だけど、これで、充分、敵を海におびき出したよ!   

 時間は、十二時一分前。

 間もなく十二時の鐘が鳴る。

 あたしがマークサン島へ視線を転じると、発電施設付近に三本の光の矢が走り、

 チカチカッ!

 と付近が光ったかと思うと、

 島の光が一斉に消滅した!

『やった! ナデシコちゃんが発電施設を破壊したよ!』 

 ジーク大尉が、

『まさかっ! 海へ海へと、収容所から離れるように敵が戦っていたのは、この目的のためか! グヌヌ、ぬかったは!』

 捕虜救出部隊から無線が入る、

『これより捕虜を救出する! 全軍、突入!』

 雪崩を打ったように救出部隊が壁の有刺鉄線を乗り越えていく。

 ジーク大尉が、

『ヌウウ! 我輩の可愛い捕虜に、手出しはさせぬ!』

 赤月風華が、

『そうはいかない! 作戦の邪魔はさせん!』

 島に向かって反転中のPー38に赤月機が機銃を叩き込む。

 ビシビシ!

 ビシッ!

『くっ! エンジンを一つやられたか! 仕方がない、全軍、南方の軽空母まで撤退する!』

 ジーク大尉の命令で、

 Iー16も一緒に逃げ出す。

 ネコちゃんが、

『逃がさないぞ!』

 赤月風華が、

『ネコ! 逃げる敵を追うな! 収容所の捕虜救出作戦の援護をする!』

『『了解!』』

 あたしとトンボちゃんに一拍遅れ、ネコちゃんが、

『りょ~かいっ!』

 あたしたちは脱出しようとする捕虜を攻撃してくるトーチカを次々に叩き潰していった。

 やがて、捕虜救出部隊から、

『捕虜の救出をすべて終了した。彼らの回収を頼む』

 空条翼が、

『了解! だけど、その前に、収容所の後始末をしたい、神風特攻少女隊の諸君! すぐに収容所から離れたまえ!』 

 えっ!

 と思いながら、収容所から急いで離脱すると、

 ヒュル、ルルルッ!

 ドドドオオオオンンンッ!

 収容所に無数の爆撃が降り注ぐ。

 凄まじい閃光と爆音。

 いたる所で火柱があがり、攻撃施設は一瞬にして無力化された。


   ☆10☆


「お姉様! ナデシコお姉様!」

 ハトコちゃんがナデシコちゃんに抱き付く。

 捕虜と救出部隊を豪雷号に全員乗せて出発したあと、あたしたちは豪雷号に帰還して、展望デッキに集まった。

 その一角で、ナデシコちゃんとハトコちゃんが、ようやく再会を果たしたんだよ。

 ナデシコちゃんが、

「大丈夫ですかハトコちゃん? ケガとか無いですか? ひどいめに合わなかった?」

 ハトコちゃんがナデシコちゃんから離れると、数枚の写真を見せる。

「この写真を見てくだすったら、奴らの非道な行いの一部始終が明らかになってよ。奴らはハトコ様の苦しむ姿を、写真に撮って喜んでましてよ。ハトコ様は証拠写真として、収容所を脱出する前に奪ってよ」

 あたしはその写真を見て目が点になる。

「ずいぶん、広~い、部屋なんだね。フカフカの絨毯に豪華な家具、ベットもまるで、ダブルベットみたいに大きいし」

 ハトコちゃんが薄い胸を張って、

「冗談じゃなくってよ! 南雲邸のハトコ様の部屋は、優にこの三倍はあってよ!」

 ネコちゃんが、

「この写真だと、なんかレストランの食事みたいに豪華なんだけど」

 ハトコちゃんが、

「南雲邸の食事は五つ星でしてよ! しかも、胸焼けするほど、マークサン島の特産品、紅いもの焼き芋を食べてよ! いくら美味しくても、食べ過ぎで喉が詰まりそうになってよ!」

 トンボちゃんが、

「歯をガリガリして」

 ハトコちゃんが、

「虫歯を勝手に治してよ!」

 あたしは、

「夜中にいやらしい事を」

 ハトコちゃんが、

「頼みもしないのにアンマとか、女マッサージが勝手にいらしってよ!」

 あたしは最後に、

「ジ、ジーク大尉」

 ハトコちゃんが、

「ハトコ様のコスプレ写真を撮りまくって喜ぶ、変態ロリコン野郎でしてよ!」

 あたしは写真を確認して、

「本当だっ! フリフリのロリータ・ファッション写真集だよっ!」 

 ナデシコちゃんが、

「ともかく、何事も無く、ハトコちゃんが無事で、良かったですわ」

 他の捕虜も、そんなにひどい扱いは受けてなかったみたい。

 あたしたちの救出作戦って、いったい何だったんだろう?


   ☆つづく☆



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