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第六話

   ☆1☆


 美しい朝日が古ぼけた隊舎に差し込む爽やかな朝、ドンヨリとした表情でトンボちゃんが隊舎を出てきた。

「あ、コロナちゃん。おふぁよう、ございまふです~、ふあ~あ~」

 あたしはトンボちゃんの普段以上に爆発している寝癖を見ながら、

「おはよ、トンボちゃん。どうしたの? 何か眠そうだね? 髪も寝癖で大爆発状態だよ」

「寝たのが三十分前だからです~」

「それじゃ三十分しか寝てないのっ! 寝不足になるよ、トンボちゃん! いったい夜中に何やってたの?」

 トンボちゃんがブイサインをして、 

「航空雑誌、三ヶ月ぶん、三冊まとめて、一晩かけて読み明かしたです~、大変だったです~。でも、大丈夫です~。心はウキウキなのです~」

 あたしは心配しながら、兵舎のブリーフィング・ルームに向かって歩き出す。

「って、本当に大丈夫なの? このあと、すぐ訓練なのに」

 トンボちゃんが、あたしの横に並んで歩き、ニパアと笑い、

「大丈夫です~」

 と、のたまう。

 そこへ、ナデシコちゃんが割り込んで来て、

「本日の訓練は相当、厳しい訓練になると思いますわ。たるんでいると、酷い目にあうと思いますわ」

「わっ! ナデシコちゃん! 音も気配も無しにいきなり出てきたからビックリしたよ!」

 まるで忍者だよ!

 ナデシコちゃんが、

「今日の訓練は一味違うと思いますから、心配して忠告したのですわ」

 トンボちゃんがフラフラしながら、

「トンボは本当に大丈夫です~、心はウキウキなのです~」

「とか言いながら、すっごいへフラフラしているよ、トンボちゃん。なかば眠ってるよね、本当に大丈夫なのかな~?」

 そこへネコちゃんがダッシュで走って来て、

「みんな! 何チンタラ歩いてるの! 今日もボクのスーパー・フライトを見せてあげるよ! 期待しててね☆、ウフフ」

「って、ネコちゃん。現れたと思ったら、ダッシュで兵舎に行っちゃったよ。ギリギリまで隊舎で寝てたのに、元気だね」

 走り去るネコちゃんを見送っていると、トンボちゃんが、

「あれ? あれは何です~? 海に、何か浮いてるです~」

 あたしも海をながめ、

「本当だ。何か浮いてるよ、いったい何だろうね?」

 ナデシコちゃんが、

「射撃訓練用のバルーンですわ。今日の訓練で使う予定なんじゃないでしょうか」

 あたしは疑問を口にする。

「バルーンなんか浮かべて、何をする気なんだろうね?」

 トンボちゃんがムフンとか鼻息荒く、

「トンボがついていれば、何の問題も無いです~。まかせてくださいです~、気分はエース・パイロットです~」

 あたしはジト目でトンボちゃんを見やり、

「不安だよ。トンボちゃんの、その何の根拠も無い、不思議な自信が、とっても不安だよ!」


   ☆2☆


 ブリーフィング・ルームに入ると赤月風華が、

「遅いっ! 遅い遅い遅いっ! ネコはとっくにブリーフィング・ルームに来ているぞ! モタモタしないで席につけ!」

 あたしはトンボちゃんにつぶやいた。

「何か、赤月隊長、いつも以上に荒れてるね」

「きっと寝不足です~」

「寝不足のトンボちゃんのセリフじゃないね!」

 赤月風華がブリーフィングを始める。

「オッホン! では、これより、本日の訓練について説明する。今日はズバリ! 対地訓練だ! ブリーフィング・ルームへ来る途中、海に浮かんでいるバルーンを各自、見たと思うが」

 ネコちゃんが意外! といった顔つきで、

「えっ! そんなのあったっけ? ボク、全っ然、気づかなかったな~!」

 赤月風華が、

「ネコ! 貴様の目は……」

 ナデシコちゃんが慌ててなだめる。

「まあ、まあ、赤月隊長、ネコ科特有の集中力、全集中ですわ。全力でブリーフィング・ルームに向かって走って行きましたからね」

 トンボちゃんが不思議そうに、

「ネコ科の集中力って、いったい何です~?」

 ナデシコちゃんが解説する。

「ネコが獲物を捕まえようとする時、それ以外の物が目に入らないことですわ」

「「「へ~~~」」」

 赤月風華が仕切り直し、

「ともかく! 海にバルーンを設置してある。これを、戦車に見立てて対地訓練を行う」

 ネコちゃんが不満そうに、

「でもさあ、バルーンじゃ、全っ然、戦車に見えないよね!」

 赤月風華が嘆息しながら、

「ハリボテの戦車を砂浜に設置する。という案もあったが、私が却下した。なぜなら、対地戦闘は慣れないと、かなり難しい。一度慣れれば、どうという事もないが、トンボ! 聞いているのか! お前が地上に突っ込むのを、せめて海にして、少しでも死亡率を下げてやろう、という情けをかけたというのに! にも関わらず、居眠りするとは、いい度胸だな、トンボ!」

 あたしは慌てて、

「待って下さい赤月隊長! トンボちゃんは昨日から、その、えっと、うんと、な、何でもありません」

 赤月風華が憤って、

「人の話の腰を折るな! バカコロナっ!」

 怒鳴られた。

「す、すみませ~ん。うう、とんだ、とばっちりだよ」

 赤月風華が気持ちを切り換え、

「良しっ! では、これより対地訓練を開始する!」

「「「了解」」」

「りょ、りょうはいれす~」

「だ、大丈夫かな、トンボちゃん。返事が一拍遅れてるよ」


   ☆3☆


 今日は訓練用の二式水上戦闘機ね。

 天気は良好。

 視界も良好。

 大空を五機の機体が優雅に並んで飛んでいるよ☆。

『いいか、対地戦闘のコツは、決して地面に対して平行に飛ばない事だ。平行に飛ぶと、いつの間にか高度が下がって、地面に激突する恐れがある、そのうえ、戦車の機銃のマトになってしまう。だから、戦車に近づいたら、一度高度を取って、三百メートルほど上昇する。戦車の対空砲火が激しい時は、さらに上昇してもいい、とにかく、上昇すること。そして、下降しながら戦車を撃つ。当たろうが当たるまいが再び上昇。下降しながら、また戦車を撃つ。単純だが、これの繰返しだ。慣れてきたら上昇時に左右の旋回を加えてもいい。ひねりが入れば対空機銃のヒット率は下がるからな。いいか! 戦車など戦闘機の前には時代遅れの雑魚同然! 地上を這いまわるアリンコ同様! 必ず、確実に撃破しろよ! いいな!』

『『『『了解』』』』

『あ、トンボちゃんの無線がハモった。二式水上戦闘機に乗った途端に、ちょっと元気になったみたいだね』

『その通りです~。二式水挺に乗ったら、眠気が吹っ飛んだです~。それ~、です~!』

 あたしは焦って、

『あっ、トンボちゃん! そんなに急に突っ込んだら!』

 トンボちゃんが悲鳴をあげ、

『ハワワワッ! です~!』

 ドボーン!

 海に突っ込む。

『ドボ~ンって、いきなり墜落しちゃったよ! た、大変だよ!』

 ナデシコちゃんが冷静に、

『慌てないでください、コロナちゃん。今、トンボちゃんを助けに行きますわ。こんな事もあろうかと、ずっと、トンボちゃんの後ろについていましたわ』

 あたしはナデシコちゃんの機転に、

『ありがとう、ナデシコちゃん! お願いするね! ネコちゃんも、ナデシコちゃんを手伝ってあげて!』

『オッケー! まかせときな!』

『赤月隊長! あたしたちは基地に戻って救急対応をしましょう』

『う………む』

『赤月隊長! 聞いてるんですか!』

『あっ、ああ。スマン。そ、そうしよう』

『大丈夫ですか? 赤月隊長!』

『だ、大丈夫だ。任せておけ、機体の回収だな。よし、まずは着水して』

『違いますよ! 基地に戻って、救急対応の準備ですよ!』

『救急……対応。そ、そうだな、すぐ、戻ろう!』

『本当に大丈夫なのかなあ?』


   ☆4☆


 あたしは基地にトンボちゃん墜落の件を無線で飛ばし、担架を用意してもらった。

 赤月風華と一緒に先に着水してトンボちゃんを待つ。

「来たっ、ナデシコちゃんの二式水挺が、トンボちゃんを運んできた! 赤月隊長、トンボちゃんを桟橋ぞいに担架に乗せますよ」

「う、うむ」

 ナデシコちゃんが二式水挺のコクピットから顔を出し、

「今、トンボちゃんをコクピットから出しますわ。セーノ! ですわ!」

 別の桟橋から駆けつけたネコちゃんが、

「ボクも手伝うよ」

 と言ってトンボちゃんを抱きかかえ、

「ありがとうネコちゃん、リレーしてくれて、さあ、赤月隊長、行きましょう」

「う、うむ」

 衛生班がトンボちゃんを担架に乗せて、

「衛生班です。見たところ大きな外傷は無さそうですね。脈拍も正常。そのまま医務室まで運びます」

「はいっ!」

 赤月風華が一拍遅れて、

「う、うむ」

 と、つぶやいた。何か、さっきから様子が変だよ。


   ☆5☆


 医務室に運ばれたトンボちゃんを、白髪まじりの五十代ぐらいの先生が診る。

 あたしが興奮しながら、

「先生! トンボちゃんはどうなんですか! 治るんですか!」

 先生が優しい声で、

「まあ、そう興奮しなさんな。そんなに心配する必要はあるまいて。恐らく、睡眠不足と疲労が重なったんじゃろな。大きな傷もないし、点滴を打っておけば、じき、回復するじゃろう」

 あたしは安堵し、

「良かったよ~。もう駄目かと思ったよ~!」

 赤月風華が、

「う、うむ」

 ネコちゃんが青ざめながら、

「ボクもほっとしたよ! このまま死んじゃうんじゃないかって、心配してたんだ!」

 赤月風華が、

「う、うむ」

 ナデシコちゃんが、

「トンボちゃんがいなくなったら、神風特攻少女隊も、さぞかし寂しくなったろうと思いますわ。無事で良かったですわ」

 赤月風華が変に唸りながら、

「ううう、み、みんな聞いてくれ! 今回の事故はすべて私の責任だ! よって、私は本日をもって、神風特攻少女隊の隊長を辞任する!」

「「「え~~~っ!」」」

 みんな一斉に叫んだ。

 赤月風華が毅然として、

「かわりにコロナ。お前が今日から隊長をやれ。そして、副隊長はナデシコ、お前にやってもらう。私は今日からヒラの隊員に戻る!」

 あたしは慌てふためきながら、

「な、なな、何を言ってるんですか、赤月隊長! あたしに隊長なんて、務まるわけがないじゃないですか!」

 ナデシコちゃんがおっとりと、

「いえいえ、コロナちゃんほど最適な隊長は、他にいませんと思いますわ。わたくしは大賛成ですわ」

 あたしはジト目でナデシコちゃんを見て、

「あたしに隊長役を押し付ける気、満々だよね、ナデシコちゃん!」

 ネコちゃんが楽しそうに、

「いいじゃん、コロナっち。引き受けなよ。きっと、猛烈に楽しい部隊になると思うな~、ウフフ」

 あたしはネコちゃんをにらみつけて、

「面白がってるだけでしょ、ネコちゃんわ! 見え見えだよっ! もう! 他人事だと思って!」

 赤月風華が土下座して、

「たのむ、コロナっ! この通りだっ!」

 あたしは仰天し、

「土下座とか、いいですから! わかりましたよ! やればいいんでしょ! やれば! やりますよ、神風特攻少女隊の隊長を! そのかわり、どうなっても知りませんからね!」

 赤月風華が晴々とした表情で、

「ありがとう、コロナ、隊長。これからは、私はただの一兵卒として、ビシビシ鍛えてくれ、いや、やってください、コロナ隊長!」

「何だか、ヘンテコな事になっちゃったよ!」


   ☆6☆


 翌日のお昼過ぎにトンボちゃんが目覚め、

「ふあ~、よく寝たです~。気分スッキリです~。あれれ、でも、何でトンボは医務室にいるですか~? それに、みんなも、何で集まっているんですか~?」

 と、不思議そうな表情を浮かべる。

 あたしは涙ぐみながら、

「あれから三十六時間もトンボちゃんは寝てたんだよ! みんな心配してたんだからね!」

 ネコちゃんがしたり顔で、

「まあでも、ボクはこうなるんじゃないかな~と、初めから予測していたけどね、ウフフ」

 ナデシコちゃんが優しく、

「でも、しばらくはゆっくり休養してくださいね、トンボちゃん」

 トンボちゃんがホッペタを膨らませ、

「え~、トンボは訓練がしたいです~。気分はエースパイロットで、ウキウキ気分なんです~」

 あたしは、

「そのセリフを聞くと、また不安になるよ、トンボちゃん。また、海にドボンとか、止めてよね」

 トンボちゃんがハッとして、

「そっ! そうです~! トンボは確か、海に浮かんだバルーンを撃とうとして、そのまま、そのまま!」

 赤月風華が静かなトーンで、

「トンボ隊員、その後の経過は、私が詳しく教えて差し上げます。他の皆さんは、どうぞ、訓練に向かって下さい」

 トンボちゃんが不思議そうに、

「赤月隊長、どうしたんですか~? 今日はやけに優しいです~。何かあったんですか~?」

 赤月風華が恐縮し、

「隊長なんて滅相もない! 今の私は、ただの隊員です。隊員同志、気兼ねなく、接してください」

 トンボちゃんが居心地悪そうに、

「トンボはかえって、何だか落ち着かないです~」

 あたしは言い含めるように、

「ともかく、トンボちゃんは、今日はゆっくり休んで、赤月隊長、じゃなくて隊員は、今日はトンボちゃんの面倒を見ていて下さい。お願いします」


   ☆7☆


 午後の訓練は昨日と同じ対地訓練だ。

 あたしは、

『よしっ! 今日は海のバルーンをバンバンやっつけてみせるよ!』

 ネコちゃんが、

『ボクだって負けないもんね~! 昨日は訓練どころじゃなかったから、今日はガンバルぞ!』

 ナデシコちゃんが、

『昨日、赤月隊長、じゃなくて隊員に言われた事を、特に注意しながら訓練しましょう』

 ネコちゃんが、

『そんなの気にしないもんね、ボクは我流で行くんだよ!』

 あたしは焦った。

『わっ、ネコちゃん。低く飛びすぎだよ!』

 ネコちゃんが余裕といった調子で、

『大丈夫、大丈夫。おっと! 危ない、危ない、危うく海に突っ込んじゃうトコだったよ! ウフフ』

 言った矢先に、昨日のトンボちゃんみたいにドボンしそうになった。

 あたしはネコちゃんに、

『ナデシコちゃんを見なよ、基本通りにフワフワ、フワフワ、ちょっとフワフワしすぎじゃないかな! ナデシコちゃん!』

 ナデシコちゃんがおっとりと、

『つい、蝶々婦人の気分で、フワフワと舞い上がってしまいましたわ。赤月隊長、じゃなくて隊員がいないと、つい、軽い気持ちで飛んでしまいますわね』

 しょうがないなあ。

『まったく、あたしだけでも基本に忠実に飛ばなきゃ、まず、上昇して、下降しながら、撃つべし、撃つべし、撃つべし! って、なかなか、当たらないよ! さらに撃つべし! って、まずい! 深追いしすぎた!』

 あたしの機体が海面スレスレを上昇する。

 ちょっとコスったかも。

 ネコちゃんが、 

『あぶなかったね~、コロナっち~。赤月隊長、じゃなくて隊員が見てたら、きっと、大目玉だよ、ウフフ』

 あたしは頭をかき、

『はう、面目ない。でも、大丈夫! 今日からは、やっぱり、みんなでノビノビ飛ぼうか!』


   ☆8☆


 訓練を終えて隊舎に戻ったあたしはビックリしながら、

「どうしたの、これ? トンボちゃんのスペースだけ、何でこんなに凄い模様替えをしているの!?」

 ナデシコちゃんも驚きを隠さず、

「まるで高級マンションか、一流ホテルですわね。誰が模様替えしたんですか? トンボちゃん」

「前から隊舎のトンボ・スペースが地味過ぎて、殺風景だな~と、気になってたんです~。って、赤月隊長、じゃなくて隊員に言ったら、一日がかりで模様替えをしてくれたんです~、とっても感謝です~。赤月隊長、じゃなくて隊員はとっても、いい人です~」

 ネコちゃんの瞳がネコのように/☆キラーンと光り、

「あっ、ボクもボクも、前からボクのスペースってさ、殺風景だと思ってたんだよね。だからさ、ボクのスペースも模様替えしてくれないかな~」

 赤月風華が、

「はいっ、それで、寝子隊員の模様替えのプラン。ご要望などは、いかがな物でしょうか?」

 ネコちゃんがニンマリ笑い、

「ボクはね~、畳じきの純和風な感じがいいな~。屏風で仕切れるような奴にしてね」

 すかさずナデシコちゃんが、

「わたくしは英国風のモダンな部屋にして欲しいですわ。わたくし、モガ、ですから。モガというのは、モダン・ガールの略ですわ」

 あたしは、

「ナデシコちゃんまで、もうっ! みんな調子に乗りすぎだよ! 第一、そんなお金は、神風特攻少女隊にはないよ! 予算は限られてるんだよ! 政府が人気取りのために、莫大なバラマキをしても、国債で借金しまくっても、あとで増税して回収出来るのとは、わけが違うんだからね! 貧乏小隊には、そんなお金なんかないんだからね!」

 ナデシコちゃんがシレっと、

「あら、お金の心配はございませんわ。わたくしのポケットマネーで全部まかないますわよ」

 ネコちゃんが万歳して、

「お嬢様のお金持ちっぷり、キターっ! ウフフ!」

「あうう、もう絶句するしかないよ!」


   ☆9☆


 翌朝、目が覚めると、あたしは名状しがたい異様な気配と、戦慄を覚え、あたりを見回した。

 すると!

「何コレーーーっ! もはや隊舎じゃないよ! 珍百景すぎるよっ! トンボちゃん! 何なのそれは!?」

 トンボちゃんが、

「トンボは赤月隊長、じゃなくて隊員に、零戦のプロペラを壁に取り付けてもらったです~。これで、いつでもフライト気分です~。ルンルン♪」

 あたしはネコちゃんを向き、

「ネコちゃんも、いったい、何を並べてるのっ!?」

 ネコちゃんがニコニコしながら、

「ボクは赤月隊長、じゃなくて隊員に、色々な刀を取り寄せてもらったんだ~。今、流行ってるんだよね~。剣刀乱舞、ウフフ」

 あたしは愕然として、

「剣刀乱舞って! それに、それにナデシコちゃんまで、何なのそれーーーっ!?」

 ナデシコちゃんがおっとりと、

「一言でいえば、ズバリ、大砲ですわ。いずれ終わる大艦巨砲時代の終焉に、じっくりと、そのノスタルジーに浸っているんですわ」

 あたしは呆れ返りながら、

「まるで博物館か遊園地だよ! まさか、ここまで、みんながダラけるとは思わなかったよ!」

 ネコちゃんが開き直り、

「コロナっちも隊長なんだから、もっと豪華にデコればいいのに」

 あたしは猛反発、

「これ以上デコったら遊園地になっちゃうよ!」

 トンボちゃんが心ここにあらず、といった風情で急に、

「あっ! そうだ! トンボはクッキーが食べたくなったです~」

 赤月風華が、

「はいっ、クッキーでございますね」

 クッキーを持ってきた。

 ネコちゃんがダルそうに、

「ボク、肩が凝っちゃったよ~」

 赤月風華がすかさず、

「ははっ、ただいまおもみ致します」

 ネコちゃんが気持ち良さそうに、

「どうせだから全身マッサージがいいな~、ウフフ」

 赤月風華が、

「はいはいっ、モミモミ、モミモミっと」

 全身マッサージをする。

 エステサロンか?

「はふ~、極楽じゃ~」

「ネコちゃん、オッサンくさいよ!」

 あたしは突っ込んだ。

 今度はナデシコちゃんが、

「わたくし紅茶を」

「はいっ、いますぐ煎れてきます!」

 みなまで言わせず、赤月風華が紅茶を用意する。

 あたしはさすがに、

「もう、みんな! いい加減にしなよ! 赤月隊長、じゃなくて隊員はメイドさんじゃないんだよ!」

 トンボちゃんの瞳が/☆キラーンと光り、

「あっ! メイドさん! それはいいアイデアです~。赤月隊長、じゃなくて隊員、メイドさんのコスプレをして欲しいです~」

 赤月風華もさすがに驚き、

「なっ!」

 あたしがすかさず、

「やらなくていいですよ、赤月隊長、じゃなくて隊員。完全に部隊の規範を逸脱しています!」

 でも、赤月風華は決然と、

「いっ、いやっ、今は、私はただの隊員。みんなの和を乱すわけにはいかない!」

 ナデシコちゃんが洋服ダンスをゴソゴソと漁り、

「ちょうど良かったですわ。こちらにメイド服がございますわ」

 あたしは目まいを覚えながら、

「え~~~っ! 何でそんな私物があるの!?」

 ナデシコちゃんがシレっと、

「備えあれば憂い無しですわ」

「そんな備えはいらないよ、もうっ、みんな訓練を始めるよ! 全員ブリーフィング・ルームに集合だよ!」


   ☆10☆


 ブリーフィング・ルームに集まった神風特攻少女隊のみんなに向かって、あたしは重大発表をする。

「みんな集まったね。今日も対地訓練のつもりだったけど、それどころじゃなくなったよ。新しい指令が届いたのよ。だから、みんなよく聞いてね。えっと、次の任務はね、まず、正規軍の作戦ね、そっちは九九式艦上爆撃機を使って、敵の大型空母を爆撃することになったの」

 ネコちゃんが口を挟む。

「ボクらはその護衛ってこと?」

 あたしは首を横に振って否定。

「違うよ。艦爆の護衛は正規軍がやるって、それじゃ、あたしたち神風特攻少女隊への任務を言うね。艦爆が最短距離で空母に向かうと、その途中でチヤダン諸島の上空を飛ぶことになるんだけど」

 ナデシコちゃんがポンっと両手を合わせ、

「最近、チヤダン諸島にアメリカ軍の高射砲が設置された。と、噂で聞いた事がありますわ」

 あたしはナデシコちゃんの情報通っぷりに舌を巻きながら、

「その通りなのよね。かといって、艦爆に迂回して攻撃する余裕はないらしいの。そこで」

 トンボちゃんがノリノリで、

「神風特攻少女隊の出番です~!」

「そうなの。艦爆に先がけて出撃して、艦爆がチヤダン諸島を通過する前に、高射砲をやっつけること。それが、今回の作戦だよ」

 ナデシコちゃんが、

「艦爆の露払い、というわけですわね」

 あたしはうなずいて、

「そゆこと。ところで、さ。さっきから気になってたんだけど、何で、赤月隊長、じゃなくて隊員は、メイド服を着てるのかな!? もう出撃なんだよ!」

 ネコちゃんがニヤニヤしながら、

「可愛いからボクはいいと思うな~。ウフフ」

 確かに似合ってるけどさ、でも、

「メイド服は最強です~!」

 トンボちゃんが力説する。

 ナデシコちゃんが、

「もう、時間がありませんわ。このまま出撃するしかありませんわ」

 う、確かに時間はない。

「し、仕方がないよ。苦渋の決断って奴だよ。全員出撃するよ!」


   ☆11☆


 飛行場で零戦二一型に乗り込もうとすると、

「ちょっと、見てみろよ、おい、あれあれ」

「なっ! 何で、メイドさんが零戦に乗ろうとしてるんだ~っ?」

「知るかっ! だけど、あの、神々しいまでの可愛らしさ」

「う、うむ!」

「「「萌え~~~っ!」」」

 とか言って、

 教官、整備兵、上官までが集まって、鼻の下を伸ばしている。

 確かに赤月風華のメイド姿は常識を遥かに上回るポテンシャルを持っている。

 サラサラと流れる長い黒髪。

 大きな、やや、切れ長のつぶらな瞳。

 雪のように白い肌。

 羞恥をはらんだ桜色にそまるほほ。

 深紅の唇。

 小さくほっそりした華奢な肢体。

 素材の良さに加えて可憐なメイド服姿による上昇補正が加わって、女の子のあたしでも何か、高揚しちゃう魅力を備えていた。

「くっ! なぜ私がこんな目に、うぐぐ」

 赤月風華本人は、まったく気に入ってない様子だけど。

 誰が見ても超絶美少女だった。

「赤月隊長、じゃなくて隊員、上着だけでも着て行きますか?」

 赤月風華が、

「いえっ! コロナ隊長のご配慮、大変感謝します。が、時間がありません、私はこのまま出撃します!」

「そう、それじゃ、ガンバって行こうね!」

「了解!」


   ☆12☆


 軽空母から出撃すると、群青色の海の彼方に、楕円状に広がる島々が視界に入る。

『見えてきた! チヤダン諸島だ!』

 ドオオーン!

 ドドーーン!

 小さな黒い雲のように、高射砲の弾幕が張られる。

 ネコちゃんが、ちょっぴり怯みながら、

『わっ! 高射砲が撃ってきたじゃん!』

 トンボちゃんははしゃぎながら、

『凄いです~っ! お祭りの花火みたいです~』

 ナデシコちゃんは冷静に、

『これは、避けがいがありそうですわね』

 赤月風華は事務的に、

『高射砲は、爆発を目安に避けて飛べば、そう簡単には当たりません。それと、十二時の方向をご覧下さい。敵護衛部隊、Pー40ウォーホークが十三機、接近中です。距離は五千メートルほど。恐らく、この先の爆撃対象である大型空母から出撃した部隊と思われます』

 あたしは困った。 

『ど、どうしよう! 高射砲だけでも大変なのに、護衛部隊まで相手にしなきゃならないなんて!』

 ネコちゃんが勢いよく、

『全部やっつければいいんだよ! 攻撃こそ最大の攻撃なり!』

 トンボちゃんは弱腰で、

『そんなの無茶です~っ! トンボは対地攻撃だけで、イッパイ、イッパイです~』

 ナデシコちゃんが質問してくる、

『高射砲狙いにしますか? それとも、護衛部隊を先に片付けますか? それとも、部隊を二手に分けますか?』

 あたしは混乱した。

『ど、どうしよう~』

 すると突然、無線機がザーザー、ノイズを出して、 

『あんたたちがカミカゼ・ガールね! わたしはナタリー少尉よ。ハワイでは随分な恥をかかせてくれたわね! あんたたちのせいで、わたしは、

『ヘイ、ナタリー。何で入浴中にハワイに行ったんだい? ハッハー!』

 とか、

『ナタリー少尉がマッパで戦う姿が見たかったぜ、チェキラー!』

 とか、散々! からかわれたんだからね! 絶対、許さないわよ! わたしの名を騙った事を、死ぬまで後悔させてやるわ!』

 あたしは決断した。

『なんか、色々とこじらせてる人が出てきたよ! 仕方ないから、護衛部隊を先にやっつけよう、Pー40ならどってことないよっ!』

『『『『了解!』』』』

 空戦の火蓋が切って落とされた。

 でも、今日のPー40は妙に逃げ腰だった。

 まるで、撃ってくれ、といわんばかりに。

 ネコちゃんがイライラしながら、

『あれ、なんか、ちょこまかと、やたらと逃げまわるな、こいつら。わっ! うしろから撃ってきた! い、いつの間に!』

 赤月風華が、

『零戦対策に非力なPー40が編み出したチームプレイ、サッチ・ウィーブ戦法です』

 トンボちゃんが高射砲に狙い撃ちされ、

『高射砲を避けるのが忙しくて、トンボはもう、空戦どころじゃないです~』

 赤月風華が的確にアドバイスする。

『高射砲は接近して、懐に入ってしまえば、恐るるに足りません』

 ナデシコちゃんはナタリー小尉と壮絶な一騎打ちの最中だった。

 非力なPー40で、よく零戦と立ち回る事が出来るね!

 ナデシコちゃんが感心したように、

『ナタリー少尉もナカナカの腕前ですわ。わたくし万事休すですわ☆』

 って、どう考えても余裕しゃくしゃくだよ。

 ナタリー小尉が、

『ジミー中尉から、あんたがわたしに化けたって聞いたのよ、ナデシコ! あんたは絶対、逃がさないわよ!』

 つまり執念で、これだけの機動を可能にしてたんだ。

 英語で言えば、

 ガッツだね!

 それにしても、とんだ乱戦になっちゃったよ。

『みんな、てんでバラバラに動いて、連携が全然、取れてないよ! もうじき艦爆が来るのに、いったい、どうしたらいいの!』

 赤月風華が、

『コロナ隊長に提案があります。一時的に指揮権を私に譲ってください。きっと、この事態を納めて見せます』

 あたしは即答した。

『譲るっ! 譲るよっ! 赤月隊長、じゃなくて隊員! とにかく、何とかして!』

 赤月風華の口調がガラリと変わり、

『良しっ! では、これよりコロナ隊長に変わり、私が指揮するぞ。まず、ネコ! 降下して高射砲の攻撃だ! トンボはネコの援護をしろ! なお、ネコが高射砲を撃ちもらしたら、トンボ! お前がフォローするんだぞ! 敵がチームプレイで来るなら、こちらも同じ戦法で行く。同じく、ナデシコ副隊長は高射砲を狙い、コロナ隊長はその援護をお願いする! 私は敵護衛部隊を引き付けるオトリとなる! 以上!』

『『『『了解!』』』』

 赤月風華が敵のかなめ、ナタリー小尉に肉薄する。

『なっ、何っ! わたしの復讐を邪魔するな! メイド・ガール! これ以上は、たとえメイドでも許さんぞ!』

 赤月風華の怒りが頂点に達し、

『わ・た・し・は、メイドではないっっっ!』

 ダダダダダダダァアアアアーーーッ!

 怒りの機銃掃射!

 さしものナタリー小尉も、

『くっ、これまでか! メイドどのくせに、なかなかヤルなっ! でも、次はこうはいかないわよっ!』

 致命傷ではないものの、黒煙を機体から吹き上げながら、ナタリー機が撤退する。

『良しっ! 残るは雑魚のみっ! 今までのウップンを晴らさせてもらうぞっ!』

 アメリカ兵が悲鳴をあげる。

『オー、ノー! デビル・メイド!』

『デビル・メイド! ガッデム!』

『マイガッ! デビル・メイド!』

 当分、メイドがトラウマになりそうな悲鳴をあげるアメリカ兵。

 しばらくは、メイド喫茶に行けそうもないね。

 あたしは、

『何か、まるでメイド祭りをやってるみたいだよ!』

 ナデシコちゃんが、

『今のうちに、赤月隊長、じゃなくて隊員が、敵機を引き付けている間に、高射砲を片付けてしまいましょう』

 あたしは首肯し、

『そうだね、そうしよう! 行くよ、ナデシコちゃん!』

 ナデシコちゃんがおっとりと、

『はいですわ! 不肖、ナデシコ。ともに参りますわ!』

 トンボちゃんが、

『トンボもバッチリです~。対地マスタートンボです~』

 ネコちゃんのフォローで、高射砲をいくつか破壊したみたい。

 ネコちゃんが負けずに、

『ボクだって負けてないもんね!』

 あたしも残っている最後の高射砲をやっつける。

『これで、最後だよっ!』


   ☆13☆


 基地に戻ったあたしは開口一番、

「お願いします! 赤月隊長、じゃなくて隊員。また、隊長に戻ってください! やっぱり、あたしじゃ、隊長は荷が重すぎます! 赤月隊長、じゃなくて隊員、じゃなきゃ、今日の作戦だって、成功出来たかどうかわかりませんっ!」

 赤月風華が、

「どうしても、私が隊長じゃなきゃ駄目ですか? コロナ隊長?」

 あたしは一歩も譲らなかった。

「どうしても駄目です! 隊長に戻ってください!」

 赤月風華が/☆キラーンと瞳を光らせ、

「コロナ隊長がそこまで言うなら仕方がない。良しっ! 今からまた、この私が隊長だっ!」

「「「えええ~~~っ!」」」

 ナデシコちゃん、ネコちゃん、トンボちゃん、の三人が同時に悲鳴を上げる。

 赤月風華が三人に対して鋭く言い放つ、

「ネコ! トンボ! ナデシコ! 貴様ら三人は浜辺の灯台まで五往復のランニングだっ! 私が隊長に返り咲いたからには、容赦なく、ビシビシ鍛えてやるからなっ!」

 ネコちゃんが冷や汗をかきながら、

「ごっ! 五往復って! いったい、何キロあんのっ!」

 ナデシコちゃんも、いつになく声を震わせ、

「五十キロですわ。フルマラソン以上ですわね」

 ネコちゃんが叫ぶ、

「ひどい! 倍返しだよ!」

 トンボちゃんが音をあげ、

「そんなに走ったらトンボ死んじゃいます~! ひど過ぎます~! それに、何でコロナちゃんは、走らなくていいんですか~?」

 あたしは自分の胸にしっかりと手を当てて、

「みんな! よく思い出してよ! 自分たちの超・黒歴史を! ともかく、反省しなきゃ、駄目なんだよ! 全部、みんなのためなんだよ! あたしは、全っ然、悪くないし、黒歴史も持ってないよ! 真っ白だよ!」

 ネコちゃんが恨めしそうに、

「コロナっちの裏切り者~」

 ナデシコちゃんが、いつものおっとりとした口調に戻り、

「まあ、仕方ありませんわね。少し調子に乗りすぎましたわ。覚悟を決めて、走るといたしましょう」


   ☆つづく☆



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