第五話
☆1☆
白銀市の西に位置する、西白銀市。
延々と田園風景の続く、とてものどかな街だ。
あたしはそこで産まれ、そして育った。
大日本帝国がアメリカと戦争を初めても、それは、どこか遠い空の下で行われる、男の子がよくやるような、戦争ごっこの域を出ないモノ、あたしはずっとノホホ~ンと、そう考えていた。
☆2☆
その日、中等学校で、あたしは、ささいな事でミー子ちゃんとケンカした。
ミー子ちゃんが色エンピツが短くなってきたから、あたしの色エンピツを貸してくれ、と言ってきたのだ。
ミー子ちゃんは、あたしのお気に入りの赤色を欲しがった。
あたしは、
「イヤよ、これで我慢してよ」
と、ミー子ちゃんにオレンジの色エンピツを渡した。
だけどミー子ちゃんはムスッとして、
「赤が欲しいの! 少しぐらい、いいじゃないの、コロナちゃんの、ケチンボ!」
あたしはカッとなり、
「赤エンピツはあたしの、お気に入りなんだから、ダメったらダメなのっ!」
と、譲らなかった。二人して、
ぐぬぬぬぬ~と呻き、
「「ふんっ!」」
と、絶交状態に入る。
学校が終わったあとも一緒に帰らず、コソコソと、あたしは一人で帰宅した。
お母さんが何気なく、
「あら、今日はやけに早いのね。どうかしたの? コロナ?」
あたしはムッとしながら、色エンピツをギュッと抱きしめ、
「何でもないよ! 宿題するから、部屋に入らないでよ、お母さん!」
と、言ってフスマを乱暴に閉めた。
けど、宿題なんて、ちっとも手につかないで、悶々としながら、時間だけが、ダラダラと過ぎていった。
気づくと夕飯の時間で、お母さんが、
「コロナ! 夕飯ですよ!」
と、呼んだ。
あたしはノロノロと立ち上がり、夕飯にありついた。
お母さんが、
「学校で何かあったの? お友達とケンカでもしたの?」
「な、何もないよ。心配しないでよ」
「お友達とケンカしたのね。それで、悩んでたのね」
「ケンカなんかしてないもん。大丈夫だってば」
「そう? だってミー子ちゃんに色エンピツを取られたくないって、顔に書いてあるわよ」
「ウソっ! そんなこと書いてないもん。でも、どうしてミー子ちゃんとケンカしたってわかったの?」
「いつもミー子ちゃんと遊んで、遅くなるのに、それがないし、色エンピツを大事に胸に抱えて帰ってきたから、色エンピツをめぐって、ミー子ちゃんと何かあったのかなって、思ったのよ」
「な~んだ。そんな簡単な事だったんだ。ガッカリだよ」
お母さんがマジメな顔で、
「でもケンカは良くないわね。早く仲直りしてきなさい」
「だって」
「そうだ、これを持って行きなさい」
そう言って、お母さんは自分の赤エンピツを差し出す。
「いいわね、ちゃんと仲直りするのよ。そうしないと、きっと、いつか後悔するわよ」
あたしは黙ってうなづいた。
☆3☆
灯火管制のせいで夜の街は暗く、ひっそりとしている。
時折、野良犬の遠吠えが聞こえてくる。
あたしは、赤エンピツを手に、トボトボとミー子ちゃんの家を目指した。
やっとミー子ちゃんの家の近くまで来ると、サイレンの音が、
ウウ~~~。
と、夜の街に響き渡った。
「また、空襲警報か、でも、きっと、また、大したことないよね」
たまに偵察機が飛んで来ては、警報が鳴るけど、この辺りは戦略的に何の価値も無いらしく、いっつも素通りしている。
住民も防空壕に入るわけでもなく、ひっそりとしていた。
ところが、今日はいつもと違っていた。
あたしはジッと、耳を澄ました。
低く唸る、羽音のようなプロペラ音が、遠い東の、暗い海の向こうから聞こえてくる。
しかも、一機や二機じゃない。
もっと、たくさんの、大編隊だった。
その、たくさんの機体が、あたしの遥か上空を埋め尽くし、通り過ぎようとする。
「通り過ぎるのかな?」
と、思ったら、
真っ黒い機体から、小さな、ヒョロ長い爆弾が、いくつも、いくつも投下されてくる。
ヒュル、ヒュル、ルル、
空気を切り裂いて落ちてきたそれが、
ボォオオーンッ!
立て続けに地上で火柱を上げる。
ボォオオーンッ!
瞬く間に街中が火の海と化す。
にわかに、周囲が慌ただしくなる。
大人たちが家から飛び出し、燃えあがる家を何とかしようと、必死に防火用水をかけていた。
あたしはガタガタ震えながら、
「た、大変だよ、ミ、ミー子ちゃん! ミー子ちゃん!」
あたしはミー子ちゃんの家へ駆け出した。
ミー子ちゃんの家は、ゴオゴオ、パチパチ、物凄い炎をあげて燃えていた。
その家の垣根のかたわらに、人の形をした焼け焦げたボロ人形が置いてあった、と、最初にあたしは思った。
人形か、と、でも、暗闇の中にうずくまる、それは人形じゃなかった。
人間だ、ミー子ちゃんだ。
「ミー子ちゃん!」
あたしはミー子ちゃんに走り寄る。
ミー子ちゃんは全身に火傷を負い、小刻みに、ブルブル震えていた。
「待ってて、ミー子ちゃん!」
あたしは空き家に入り、とにかく使えそうな布をかき集めた。
それを包丁で切り裂き、手製の包帯を作る。
さらに毛布を持って、すぐミー子ちゃんのいる所に戻った。
赤黒く焼けただれた身体に包帯を巻く。
全身をグルグル巻きにするころに、あたしは、お母さんの事を思い出した。
「大変だ、お母さんの事を忘れてた! ごめんなさい、ミー子ちゃん。あたし家に帰るよ!」
最後にミー子ちゃんを毛布でくるみ、あたしは家を目指し駆け出した。
☆4☆
あたしの家は完全にペシャンコになっていた。
「お母さ~ん! お母さ~ん!」
あたしが叫び続けると、
「ゴホッ、ゴホッ、コ、ロナ、ゴホッ」
つぶれた窓から、お母さんの声が聞こえる。
「お母さん!」
あたしは、つぶれた窓に飛び付いた。けど、
「ゴホッ、ゴホッ」
あたしは激しくむせた。
窓から真っ黒い煙がわき出してくる。
もの凄い熱だ。
中から、お母さんの声が聞こえる、
「コロ、ナ、逃げなさい! お母さん、は、ゴホッ、ゴホッ! も、もう、た、助からない。あ、あなただけでも、おにげなさい!」
あたしは潰れた窓を押し上げようと力みながら、
「やだっ! お母さん! やだっ! ゴホッ」
あたしは猛烈な煙を浴びて咳き込んだ。
お母さんも激しく咳き込んでいた。
だけど、やがて、その声が止んだ。
少しずつ家が燃えていく。
お母さんも巻き込んで、何もかも焼いていく。
「お母さん! お母さん!」
あたしが火の海に飛び込もうとすると、
「お止めっ! 死ぬ気かい! 早く逃げるんだ!」
親戚の叔母さんだった。
あたしの手を強く引っぱり、燃えている家から引き離す。
あたしは、ぐったりとして、意識を失い、その場に倒れた。
☆5☆
お母さんは焼け死んだ。
ミー子ちゃんは、となり街の、白銀市で息を引き取ったという。
お父さんは戦地で行方不明。
あたしは止まらない涙をぬぐった。
あれから三日。
奇跡的に火災をまぬがれた叔母さんの家で暮らしていた。
なにをするでもなく、ただボンヤリと暮らしていた。
叔母さんは何も言わなかった。
ただでさえ少ない配給から、あたしの食事を分けて枕元に置いてくれた。
ただ食べて、寝る、そんな日が続いたある日、縁側で近所の叔母さんたちが噂話をしているのを、フスマごしに暗い部屋の中で聞くともなく聞いていた。
神風特攻少女隊。
十三才以上の少女を兵隊として募集している。
アメリカの軍艦に体当たりする部隊。
恐ろしや、恐ろしや。
うんぬん。
あたしはムクリと起き上がり、寝間着から制服に着替える。
荷物らしい荷物なんて、何もないけど、適当に詰め込んで、そのまま叔母の家を出た。
☆6☆
徴兵検査はあっさりパスした。
後日、叔母の家に入隊の通知が届く手はずになっていた。
すぐに神風特攻少女隊に入れるのかと思うと、そうでもなかった。
基礎訓練と、その後、入隊試験があるそうだ。
あたしは、黙々と訓練に励んだ。
ペーパー試験は簡単にパスした。
そして実機を使った訓練が始まる。
訓練機は、
二式水上戦闘機。
訓練生が次々に乗り込み、訓練を始める。
離水、上昇、下降、右ロール、左ロール、右旋回、左旋回、インメルマル・ターン、スプリット・ターン、宙返り、そして、着水。
基礎訓練を繰り返し、操縦に適した者、数十名が残る。
幸いにも、あたしも何とか、その中に含まれていた。
上官が訓練生、全員を飛行場に集めて、
「これより基礎訓練の終了試験を行う。試験内容は、あの赤い教官機のうしろについて、千メートル以上、離れずに飛ぶこと。以上だ!」
赤く塗装した教官機から、三十代ぐらいの女性パイロットが降りてくる。
「朱雀龍子だ。全員、遅れずについてきな! 遅れた奴は、基礎訓練からやり直しだ! 全員、搭乗!」
訓練生が乗り込み、数十機の機体が次々に飛び立つ。
あたしも空の人となった。
朱雀龍子が、
『左旋回!』
全員、旋回を開始するけど、これが意外と難しい。
つかず、離れず。
スピードを調整しながら飛ぶ。
練習の時に自己流で飛んでいたのとは大きく違う。
すでに二機、軌道を大きく外れて、失格の宣告を朱雀龍子から受けていた。
『失格した者は基地に戻って上官の指示を受けろ』
『りょ、了解、しました』
力なく引き返す僚機。
朱雀龍子が右旋回、上昇、下降、基礎訓練で何度もこなしたはずなのに、ついていけない者が続々と失格宣告され脱落していく。
あたしは歯を食い縛って操縦した。
試験の規定では千メートル以上離れてはいけない、と、なっている。
だけど、実際は五百メートルを維持しないといけない。
それ以上、離れすぎると、左右に切り替えされた時、機体が振り切られて、追い付けなくなる。
かといって、近づきすぎると、減速された時にスピード・オーバーで追い越してしまい、ゲーム・オーバーになる。
だから、五百メートルという微妙な距離を必死に保って飛んだ。
すると、基地から無線が入ってきた。
『全、訓練機に告ぐ。敵、偵察機らしき機体が、一機、そちらへ向かっている。迎撃機を送るが、それまで持ちこたえてくれ』
朱雀龍子が、
『了解した。こちらで対処する。全員、聞いたな。まず、点呼を取る。ここまで残った者は、一人ずつ、名を名乗れ』
すると、この場にそぐわない軽い口調の女の子が、
『はい、はい、は~い、美空トンボです~、トンボながら、良く、くっついて来たな~って、トンボはトンボを誉めてあげたいです~』
次に元気な女の子が、
『諸星寝子! ボクなら、この程度の機動は、あっ! 急に右旋回と見せかけて左旋回、おっとっと、危ない、危ない、ウフフ』
次に妙に、おっとりした女の子が、
『南雲ナデシコと申します。以後、お見知り置きくださいませ』
最後にあたしが、
『ひ、日ノ本、コ、コロ、コロナ、ナ』
朱雀龍子が、
『四機だけだな。いいかよく聞け、すでに敵機は我々の後方、七千メートルぐらいの位置についている。奴の速度からいって恐らく、時代遅れの複葉機、Iー15と見て間違いない。本来なら二式水艇の敵ではないが、我々は訓練中のため非武装だ。その上、未熟なヒヨッ子ばかりと来ている。つまり、まともに戦うことも出来ずに、奴の餌食になるのは目に見えている。恐らく奴は、我々の訓練情報を何らかの方法で入手し、偵察を兼ねて、あわよくば手柄を立ててやろう、というような了見だろう。だが、我々もそう簡単に奴の餌食となるわけにはいかない。そこで、わたしの作戦を伝える。この先を行くと、昔、鉱山だった島がある。今は廃坑だが、ともかく、その廃坑の中に潜り込んで追っ手をまく。訓練以上に厳しい機動となるだろうが、しっかり、わたしについて来いよ、ヒヨッ子ども!』
『『『了解』』』
『りょ了、解』
あたしは一拍遅れて返事をした。
朱雀機は島に向かって降下を始める。
目の覚めるようなマリンブルーの海に浮かぶ、今は使われていない廃坑へと、高度五百メートルほど。
島の東側を、その輪郭に沿って、訓練機が連なって飛ぶ。
海岸線に、今は使われていない風力発電の風車がいくつも、そびえ建っていた。
その横をすり抜け飛んでいくけど、敵機もピッタリあたしたちについて来る。
風車に沿った小高い丘を越えると、広い原っばに、無数の戦闘機の残骸が散乱していた。
朱雀龍子がそれを目にとめ、
『ここは、いわゆる、戦闘機の墓場だ。昔、この島の鉱石をめぐって、激しい戦闘があったんだ。それはともかく、さあ、これからが本番だ! 遅れるなよ!』
『『『了解』』』
あたしは遅れて、
『りょ、了解』
と、つぶやいた。
戦闘機墓場といっても一息つく間もない、絶えず微妙な操作を繰り返し返事どころではなかったのだ。
朱雀機が左の丘を、かけ上がるように上昇し、戦闘機墓場を抜ける。すると、
スパッ!
左斜め上にいたはずの朱雀機が、右斜め下へ突然、急降下。
視界からあっという間に消え去る。
唖然としながら後続があとに続く、大幅にコースを外れたのは、軽い口調の女の子だ。
『うっそ! 消えたです~! ドコドコ? どこに行ったですか~?』
朱雀龍子が、
『十一時の方向、西の海岸線だ』
『あっ! いたいたです~。アブナイアブナイ、今度からは見失わないようにするです~』
どうやら、あたしたちは風車のあった東側から、戦闘機墓場を越えて西側の海岸へ出たようだ。
そのまま、海岸に沿って飛ぶ朱雀機。
うしろを確認すると敵機はちょうど海岸に出たところで、あたしたちを一瞬、見失ったようだけど、しばらくすると、また追いかけてきた。
朱雀龍子が、
『崖に沿って右旋回、また島に入る、岩が多いから気をつけろよ』
と、言うなり、崖に突っ込むように鋭く切り込んでいく。
みんな慌ててついて行く。
が、右旋回しながら即座に上昇。
旋回した直後に、地表から突き出ている岩を回避したのだ。
あたしも激突寸前で急上昇、岩を回避する。
心臓が爆発するんじゃないかってぐらい驚いた。
朱雀機が左の岩山へ上昇して行く。
おっとりした声の女の子が、
『今度は山登りですわね、今回のフライトは、てんこ盛りですわ』
凄い余裕だった。
朱雀龍子が、
『この岩山は狭くて先が見えない。機体を出来るだけ立て、旋回は目視に頼るな! ロールのタイミングは、わたしが指示する、まずは右ロール』
朱雀龍子に言われるまま、機体を右回転させ、垂直に近い状態を保つ、
『右旋回! 続いて、
左ロール、左旋回!
右ロール、右旋回!
左ロール、左旋回!』
次々に目の前に迫って来る岩壁を間一髪ですり抜けて行く。
あたしは全身に冷や水をぶっかけられたように汗が吹き出す。
朱雀龍子が、
『全員、良くやった。水平飛行に戻せ、このまま海上まで降下し、小島を抜けて行く』
キラキラと輝く白い砂浜。
天国に一番近い島みたいな小島を、ゆるやかな、S字カーブを描いて飛んで行くと、再び島が見えてくる。
朱雀龍子が、
『これから廃坑内部へ突入する。全員、気合いを入れろ! これが最後の試練だ!』
島の中央に輸送船でも楽に入れそうな大きな穴が開いている。
廃坑の入口だ。
元気な女の子が、
『キターーーッ! エスコン名物、トンネル、
キッターーーッ!』
軽い口調の女の子が、
『エスコンて? 何ですか~?』
と、自然な疑問を口にする。
元気な女の子が、
『エースパイロットのコンバット、略してエスコンだよ! ウフフ』
おっとりした女の子が、
『つまり、最高のパイロットの戦い、という事ですわね』
『その通りだよ! ウフフ』
廃坑がグングン近づいて来る。
速度三百キロメートル、アクセルを三割ほどに落とす。
ほとんど着陸態勢だ。
次々と穴に吸い込まれる僚機。
あたしは穴の左右、天井に目をこらしながら、
『行くぞっ!』
と叫んで飛び込んだ。
坑内に廃船が放置されている。
その横をすり抜け、左右から突き出ている鉄骨を、
『このっ!』
上昇、し下降。
目まぐるしく操縦しながら、鉄骨を次々にかわして行く。
敵機は?
敵機もしつこく追ってくる。
だけど、こっちはトンネル内を飛ぶだけでも、もう、いっぱい、いっぱいだった。
朱雀龍子が、
『右へ曲がる』
と叫ぶ。
見ると坑道が二つに別れている。
全機、右へ突入。
ダダダダダッ!
ついに敵機が撃ってきた。
射程圏内、およそ、千メートル近くまで近づいていた。
敵も操縦で手一杯なのか、完全なメクラ撃ちだ。
あたしは、
『あっ、当たるもんか! いざとなったら』
あたしはブレーキングして体当たりするつもりだった。
朱雀龍子が、
『コロナ、体当たりしようなんて思うなよ。機銃の直撃を食らって、木っ端微塵だ。敵はお前の破片を通り抜けて、今度はナデシコを狙ってくる。今はこらえろ!』
あたしの考えている事を見抜かれてしまった。
まるで、お母さんみたいだ。
朱雀龍子が、
『もうじき段違い平行棒だ。全機に告ぐ! この先に壊れた扉が二枚続いている。一枚目は上が壊れて開いている。逆に、二枚目は下が壊れて開いている。一枚目の扉を乗り越えたら迷わず機首を下げて、床付近を通過しろ! いったん上昇したら天井しか見えない。床付近は視界に入らないから、絶対、目視に頼るな!』
軽い口調の女の子が、
『えええ? でも、どんなタイミングでやれば、いいんですか~?』
元気な女の子が、
『そんなのは勘で飛べばいいんだよ!』
おっとりした女の子が、
『他に方法はありませんわね。朱雀教官を信じましょう』
朱雀龍子が、
『段違い平行棒だ! 行くぞっ!』
朱雀龍子が鮮やかに上昇、下降し、扉をすり抜ける。
後続の三機も、どうにかクリア。
あとは、あたしだけだ。
ビシビシッ!
『被弾した! こ、こんなタイミングで!』
でも、
『このまま飛び込むしかないっ!』
大丈夫、弾はかすっただけ、必ず、みんなみたいに、あ、
『あたしだって、飛んでみせるっ!』
一枚目の扉を上昇してかわし、
『機首を降ろす! え! 機首の動作が鈍い! 上手く下がらない!』
さっきの被弾のせい?
朱雀龍子が叫ぶ、
『ブレーキ、エアブレーキ!』
ブレーキ、と全部を聞くまでもなく、あたしは反射的に全減速。
機体が失速し床に落ち、
バギャッ!
フロートが潰れて機体が傾く。
けど、扉の下を滑って通り抜けた。
二式水艇で良かった。
フロートは壊れたけど、機体の損傷は軽微だ。
エアブレーキ・オフ、アクセル全開。
ガッタガタと、猛烈な振動と悲鳴を上げる機体に向かって、
『二式水艇! 飛んで!』
あたしは操縦悍をゆっくり引く。
フワリ!
『やった! 飛んだよ!』
その数秒後、あたしの後方で、
ガッシャ!
ガラガラッ!
ドカンッ!
敵機が床を転がり、大爆発。
廃坑内に轟音が鳴り響く。
段違い平行棒に引っ掛かったのだ。
朱雀龍子の声が聞こえなかったら、あたしも、ああなっていたかもしれない。
軽い口調の女の子が、
『ナイスキルっ! です~』
元気な女の子が、
『いやいや、殺してないでしょ、あれは、どう見ても自爆だよ』
おっとりした女の子が、
『兎も角、最後までシンガリを務めていただいて感謝ですわ』
朱雀龍子が、
『まだ気を抜くのは早いぞ、この洞窟を抜けるまでは、我慢しろ。もう、ひと踏ん張りだ』
『『『『了解!』』』』
四人の声が初めてそろった。
この洞窟は自然に出来た洞窟で、たまたま坑道と繋がったようだ。
あたしたちは洞窟内をずっと上昇して飛ぶ。
時折、突き出ている岩があるけど、段違い平行棒と比べれば、全然楽勝だ。
洞窟の先に光りが見える。
そして、あたしは光りに包まれる。
長い長いトンネルを抜けると、そこは紺碧の光りを放つ大海原と、青い空と、輝く太陽と、黒い、シルエット?
タタタ、
ダダダダッ!
太陽を背にした敵機が機銃掃射、空気を切り裂く射線があたしに迫り、
ドカッ!
あたしの機体は弾き飛ばされた。
弾いたのは、朱雀機だった。
敵機にいち早く気づき、反転、あたしの横っ腹からフロート目掛けて、ぶつかってきた。
あたしは制御を失い、回転しながら、それでも、朱雀機が、
バリバリバリッ!
と、凄い音をあげて被弾するのを、目の当たりにした。
コックピット内に飛び散った血飛沫がはっきり目に焼き付く。
『朱雀教官!』
『だっ、大丈夫、だっ! 狼狽えるな! 全員、逃げろ! こいつは、わたしが何とかする! 幸い、見た目ほど、機体、は、損傷してない!』
『で、でも』
『早く逃げろ! 右から来る!』
その瞬間、軽い口調の女の子が、ロールしながら敵機に突っ込む、
『こ、ここまで来て、やらせわせぬ! やらせわせぬ、です~っ!』
敵機が慌てて避ける。
さらに元気な女の子が、
『お~に~さん、こ~ち~ら。こっちこっち~! ウフフ』
敵機の前を右に左にフラフラと飛ぶ。
さらに、おっとりした女の子が、
『はい、背後を取りましたわ。お前はすでに死んでいる! ですわ』
敵機が挑発に乗って、あたしと朱雀機から離れて行く。
朱雀龍子が、
『命令違反は軍法会議ものだが、気に入ったよヒヨっ子ども。
こんな時に言うのも何だが、お前たちは訓練生は全員、みんなそろって、サムライだ。
性別は関係ない。
理由も問わない。
この国のために刀を取ってくれた。
その時点で、お前たちは、立派なサムライなんだ。
大空を自由に飛び交い、無敵の零戦で天駆ける、大空のサムライだ。
そして、わたしは、親、鳥』
朱雀機が突然、反転、敵機に凄い勢いで飛んで行く。
軽い口調の女の子が、
『朱雀教官! 何するです~!』
と叫び、元気な女の子が金切り声で、
『特攻する気だ!』
おっとりした女の子が無言で朱雀機の道を開ける、朱雀機が敵機の、胴体に突っ込み、
『親鳥は、ヒナを、守るものだっ!』
バキンッ!
朱雀機の翼が一枚もぎ取れる。
敵機も半壊し、二機が、もつれ合うように、海へ落ちていく。
やがて、海面に叩きつけられた機体が、木っ端微塵に砕け散る。
あたしは叫んだ。
『朱雀教官っ!』
軽い口調の女の子が、
『うわああああああんっ!』
と、泣き出し、元気な女の子が、
『バカっ! 教官のバカバカッ!』
涙声で怒る。
おっとりした女の子が、
『皆さん。あれを見てくださいな』
元気な女の子が、
『えっ! まさかっ!』
おっとりした女の子が、
『そのまさか、ですわ。皆さんは、落下する機体に目を奪われていたから気づかなかったでしょうけど』
あたしは叫んだ、
『パ、バラシュート!』
軽い口調の女の子が、
『本当です~! ここからじゃ、親指ほどの大きさにしか見えないです~』
元気な女の子が、
『心配させるなっての! まったく!』
おっとりした女の子が、
『さあ、早く助けに行きましょう』
あたしは、
『ゴメン、あたしの機体は、もう』
おっとりした女の子が、
『そうでしたわぬ。たしか、フロートが損傷していましたわよね。では、わたくしたちが、朱雀教官の救助に参ります』
あたしは、
『あた、し。何も出来なくて、みんなに助けられて、ばかりいて、ゴ、ゴメンなさい!』
おっとりした女の子が、
『コロナちゃんはガンバリましたわ。シンガリを最後まで務めたのですから』
元気な女の子が、
『ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワンだよ!』
軽い口調の女の子が、
『何ですかそれ~?』
おっとりした女の子が、
『アレクサンドル・デュマ、三銃士の有名なセリフですわ。意味は、一人はみんなのために、みんなは一人のために、ですわ』
あたしは、
『で、でも! あたし、みんなの顔も! 名前も知らない! ずっと、アメリカをやっつける事、飛行機を早く操縦出来るようになる事、それしか、頭になかった! みんなの事を考える余裕なんて、全、然、なかった』
おっとりした女の子が、
『これから、長いお付き合いになると思いますわ。少しずつ、知り合っていけば、いいと思いますわ。わたくしの事は、ナデシコとお呼びください』
軽い口調の女の子が、
『はいは~い! トンボです~。これからもヨロシクです~。コロナちゃん』
元気な女の子が、
『あ~! もう! みんなに先を越されちゃったよ! まあ、いっか! ボクはネコ! 楽しくやろうね、コロナっち!』
ナデシコちゃんが、
『いい加減、朱雀教官を助けに行かないと、教官が危ないですわ』
ネコちゃんが、
『いっけね! 忘れてた!』
トンボちゃんが、
『とにかく早く行くです~!』
あたしをのぞく三機が着水して、朱雀龍子を救出した。
ネコちゃんは一番、小柄だったので、ネコちゃんの機体に朱雀龍子は相乗りした。
その後、全機、無事に帰還した。
訓練生も全員無事だった。
残念な事に、朱雀龍子は傷の経過を見るため、本人は問題ない、と言っていたけど、大事を取って、輸送部隊へ転属となった。
☆7☆
「お母さん。ずっと、お墓参りに来れなくて、ゴメンね。今日は隊長の許可を取って、来たんだ」
あたしは、実家の焼け跡の片隅に作られた、石を積んだだけの、小さな、お母さんのお墓参りに来ていた。
「あれから、色々あったけど、あたしは元気にやっているよ。最初は、あたしは、ね。神風特攻少女隊を、あたしの死に場所にするつもりだったんだ。お母さんもいない。ミー子ちゃんもいない。あたしもいなくなればいいって、あの時は本気で思っていたんだよ。うふふ、バカみたいでしょ、あたしってバカだから仕方ないけどさ、だけど、だけどね、こんなバカなあたしを、命懸けで守ってくれる人たちがいたんだよ。仲間がいたんだよ。だから、だからね、あたしはバカな真似は、もうしないよ。みんなと一緒に、最後の最後まで、あがいてみせる。今日はね、それを、お母さんに伝えたかったの」
あたしは立ち上がった。
空を見上げる。
どこまでも澄みきった、目に染みるようなスカイブルー。
右手を透かして太陽を見る。
あたしの名前はコロナ。
あの太陽から取った名前だ。
「きっと、守ってみせるよ。
あの大空を。だって、
あたしは大空のサムライだもん。
そして、勝ってみせるよ。
この誰の物でもない空のために」
☆つづく☆