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第四話

   ☆1☆


「あなたがた程度の貧弱な部隊では、ナデシコお姉さまの、おチカラはお宝の持ち腐れになってよ。素直にハトコ様の所属する情報部に、お引き渡しくださらないかしら? 神風特攻少女隊の皆様がた?」

 九印鳩子ちゃんの第一声は、この言葉だ

った。

 レース満載のフリフリ・エプロンドレス、縦ロールの金髪、パッチリした青い瞳、大理石みたいに白くてスベスベした、ほっぺ、サクランボ色の愛くるしい唇。

 ほんの十歳ぐらいの可愛らしい女の子なのに、とっても大人ぶって、背伸びしているところが、とっても、

「可愛いいいっ! 可愛い、カワイイ! ハトコちゃん、超カワイイねっ! うん! いいよ! ナデシコちゃん持っていっていいよ、コロナお姉さんが許す!」

 ネコちゃんも悪のりして、 

「ネコお姉さんも、ついて行ってあげようか? 一緒に添い寝してあげるよ」

 トンボちゃんが猛然と、

「みんな何言ってるんですか! ハトコちゃんはトンボお姉さんと一緒に零戦に乗りたいに決まってるです~。トンボお姉さんと一緒に急降下爆撃の訓練をするです~」

 こんな感じでワイワイ、キャイキャイ、ブリーフィング・ルームは大騒ぎだった。

 みかねた赤月風華が、

「みんな静まれ。彼女、九印鳩子少佐は、お前たちより階級が遥かに上で、IQ300、五ヵ国語ペラペラの、超天才児なのだ。確かに、見た目は可愛いらしい少女だが、情報部のエースで、だな、まるで、お人形さんみたいに可愛いらしいが、つい頭を撫でてあげたくなる気持ちも、わからなくはないが、各隊員、それぞれ神風特攻少女隊の一員として、しっかり自重すること」

 とかなんとか言いつつ、自分はしっかり、ハトコちゃんの髪をナデナデしていた。

 ハトコちゃんがそれを振り払いながら、

「な、ハトコ様はお子様じゃなくってよ。ナデナデするのはおよしなさい。たとえ神風特攻少女隊の隊長でも許さなくってよ」

 赤月風華が微苦笑しなから、

「や、これはすまなかった、ハトコ少佐。しかし、あまりに見事にロールしているので、つい、操縦悍の感覚でナデナデしてしまった」

 ハトコちゃんがフンガイしながら、

「ハトコ様の頭は操縦悍じゃなくってよ。というか、ナデシコお姉さま。お姉さまのお気持ちはどうなんですか? ハトコ様にだけ、こっそり、お教えください。こんな犬死にするだけの決死部隊、スーサイド・スクワッドなんて、見目麗しいナデシコお姉さまにはちっとも、全然、まったく、さっぱり似合いませんことよ」

 ナデシコちゃんがニッコリと笑みを浮かべ、

「ハトコちゃんのお申し出は、大変ありがたく思いますわ。だけど、情報部への移動はいたしません。わたくしは、最後まで、この神風特攻少女隊に残ります。これが包み隠さず申し上げる、わたくしの本心ですわ、ハトコちゃん」

 ハトコちゃんが目にい涙をいっぱいためて、

「そんな、そんな、そんなに、ナデシコお姉さまは、ハトコ様がお嫌いなのですか?」

 ナデシコちゃんが首を左右に振り、

「ハトコちゃんを嫌うような方は存在しませんわ。わたくしはハトコちゃんを本当の妹のように思っていますから」

 ハトコちゃんが食い下がる。

「それなら、何でハトコ様と来てくださらないのですか? ナデシコお姉さま?」

 ナデシコちゃんが神妙な面持ちで、

「神風特攻少女隊の仲間と、わたくし自身の気持ちが、もっと大切だからです。では、わたくしは訓練がありますから、これで、おいとまします」

 ナデシコちゃんが逃げるように去る。

 風とともにナデシコちゃん、だ。

 赤月風華が、

「今日は月に一度の休みなのに訓練とはな。だが、まあいい。お前たちもナデシコの根性を見習って訓練でもしてこい!」

 ネコちゃんが不満そうにブーたれる、

「ええ~、せっかくの休みなのに、ぼくはヤダよ!」

 トンボちゃんが意気込んで、

「トンボは最初から訓練するつもりです~、休日の朝から呼び出されて、むしろ訓練時間が減ったぐらいです~、プンプンです~、でも、ハトコちゃんは可愛かったから許すです~、ルンルン。コロナちゃんも一緒に訓練するですか~?」

 あたしは肩をすくめ、

「とんだトバッチリだわ、あたしはパス。休みの日は、ウチでゴロゴロするんだもんね~」

 ウチといっても兵舎のベッドでゴロ寝するだけだけどね。

 ションボリしているハトコちゃんに、

「ハトコちゃん、コロナお姉さんと一緒にナデシコちゃんの訓練を見に行こうか?」

 と、あたしは振ってみた。

 すると、

「コロナの案内なんか、なくっても、ハトコ様はお子様じゃないんだから、ちゃんと一人で見に行けてよ。でも、コロナがどうしても、ハトコ様と一緒に行きたい、というのなら、やぶさかじゃなくってよ」

 あたしは吹き出しそうになるのをこらえながら、

「じゃあ一緒にナデシコちゃんの訓練を見に行こうか」

 あたしはハトコちゃんの小さな手をつかんで、引っ張った。

 ハトコちゃんが、

「ハトコ様はお子様じゃなくってよ。一人でも、ちゃんと迷子にならないように、歩けることよ」

 と言って、あたしの手を振り払った。

 スタスタと歩きだし、途中で振り返る、困ったような顔つきで、

「この先はどちらでしたっけ?」

 顔を赤らめ尋ねる。 

 あたしはクスクス笑いながら、ハトコちゃんを案内した。


   ☆2☆


 上空から戦闘機のプロペラ音が二つ聞こえてくる。

 一つはトンボちゃん。

 もう一つは、

「あっ! ナデシコお姉さまですことよ、お姉さま~っ! ハトコ様が見に来ましたよ~っ! ナデシコお姉さま~っ!」

 ハトコちゃんがナデシコ機に大きく手を振る。

「上空千五百メートルぐらいだから、たぶんナデシコちゃんでも、あたしたちに気がつくのは」

 無理、と言おうとしたら、急にナデシコ機があたしたちに向かって旋回したあと、急降下してきた。

 あたしたちの真上を通過したあと、上昇しながらロール(回転)する。

「うっそ、ナデシコちゃん。あたしたちに気がついたみたいだよ。米つぶより、ちっちゃくしか見えないはずなのに」

 ムッふんっ! 

 ハトコちゃんが鼻息荒く、

「ナデシコお姉さまとハトコ様の姉妹愛のなせるワザですことよ! 驚きなさいグミンさんども!」

 あたしはニッコリ笑い、

「ハトコちゃんは何を言っても可愛いね」

 それにしても、ナデシコちゃんは何をしてるんだろう? 

 あたしはナデシコちゃんの機動に釘付けになる。

 ハトコちゃんが、

「おお~っ、ナデシコお姉さまが、どこまでも上昇していきますことよ」

 雲間を抜けナデシコ機が大空に吸い込まれていく。

 上空三千、いや、四千近いかも。

 プロペラ機というのは高度を上げれば上げるほど戦闘で有利になる。

 そして、プロペラ機は上昇しずらく、下降しやすい、っていう特性がある。

 下降時は速度が出やすく、下降中ならグライダーでも時速八百キロはスピードが出る。

 でも、ナデシコちゃんの機動の不思議な所は、上昇しきったあとだった。

 大きな螺旋を描きながら、下降しているんだけど、時折、上昇に転じたり、切りもみ飛行? 

 いや、ちょっと違うような、何だろう? 

 木の葉落とし? 

 みたいな、でも、それとも、やっぱりちょっと違うような気がする。

 対空機銃対策か何かかな? 

 それとも空戦のためなのか? 

 さっぱりわからない。

「ふああ~~~っあ!」

 ハトコちゃんが大きなあくびをする。

 飽きっぽい子どもには、ずっと空を眺めているのは、辛かったみたい。

「飽きちゃった? ハトコちゃん」

 ハトコちゃんが目を丸くしながら、

「な、そんな事、ちっとも、全然、まったく、さっぱり、ありえなくってよ。ナデシコお姉さまの素晴らしい飛行を見るのは、何時間でも、飽きなくってよ!」

 あたしは話題を転じて、

「ところで、ハトコちゃんは、ナデシコちゃんと、どういう関係があるの? 本当の姉妹じゃないよね」

 ハトコちゃんが伏し目がちに、

「ナデシコお姉さまの、お父上、南雲様とハトコ様のお父様はご親友なんですの。昔、南雲様が、ドイツに戦闘機の視察にいらしった時、ひどい御病気を召されて、お父様がそれを、お治療なさってよ。それ以来、お二人のご交流が始まってよ。あの頃は本当に楽しかったことよ。ナデシコお姉さまは日本舞踏の名手で、それはそれは、息を飲むほど美しい舞いを踊ってらしてよ。あれはまるで天女の舞いでしてよ。夢のような日々でしてよ。でも、夢はいつか醒めてよ。そう、あのニックき、赤月風華があらわれる、その日さえこなければ! でしてよ!」

 あたしは驚いた。

「えっ! 何で、そこで突然、赤月隊長が出てくるの? メチャメチャ気になる気になる~っ! いったい、どういう事よ!」 


   ☆3☆


 ハトコちゃんの昔話が続く。

「当時、ナデシコお姉さまは、南雲様から自家用飛行機を、お誕生日にプレゼントされてよ。そして、毎日、飛行機で飛んでいらしてよ。 広大な南雲邸と、その敷地は、海軍の航空基地と隣接していましてよ。そのため、新米の、未熟な訓練生の乗った訓練機が、時折、敷地の中に迷いこんでは飛んで来てよ。たまたま自家用飛行機に乗っていたナデシコお姉さまは、 それを見とがめられて、訓練機の背後を取っては、威嚇して、追っ払いなさって、お喜びになっていましてよ」

 あたしは度肝を抜かれて仰天した。

「ウッそ! ナデシコちゃんがそんな事をするなんて信じられないよ! それって! 民間機が軍に楯突いたってことじゃない! 大問題だよね、それって!」

 ハトコちゃんがシレっと、

「それはもう大問題になってよ。南雲様は軍でも相当な地位にあるかたなので、事件は揉み消されてよ。でも、当時のナデシコお姉さまは反省するどころか、ご自身こそが正しい、と、かたくなに、ご主張なさってよ」

 あたしは軽いメマイを覚えながら、

「ナデシコちゃんが、そんなにガンコだったなんて、目がテンだよ」

「当時のナデシコお姉さまは飛行機に乗ると多少、人格が変貌してよ。

それに、当時のナデシコお姉さまは、絶世の美少女として社交界に十三才でデビューするやいなや、各界で大評判になって、その勢いはまさしく、飛ぶ鳥を落とす勢いでいらしてよ。天狗になるのもやむなしでしてよ」

 あたしはナデシコちゃんの意外な一面に、

「へ~、あのナデシコちゃんに、そんな過去があったなんてね~。でも、それと赤月隊長と、どういう関係があるのかしらん?」

 ハトコちゃんが不機嫌に、

「そ・れ・を、これからお話ししてよ。いちいち、お話しの腰を折らないでくださるかしら? 日ノ本コロナ。ともかく。そんな、ある日、奴はやって来たのよ! 赤月風華が、零戦で敷地の上空を、我が物顔で悠々と飛んでいらしったのよ!」

「赤月隊長は最初、正規軍のパイロットだったんだよね~」

 あたしは説明した。

 ハトコちゃんが、聞き流し、

「たまたま自家用飛行機で飛んでいらしたナデシコお姉さまは、怒り心頭、すぐに赤月風華に戦いを挑みましてよ。でも、悲しいかな、大日本帝国の最新鋭機、零戦には、かなうスベがなくってよ。ナデシコお姉さまは、散々、バックを取られ、ひどい辱しめを受けてよ」

 あたしはウ~ンと呻いた。

「赤月隊長もエゲツナイことをするね~。きっと、

『貴様がナデシコか! マッタく反省してないそうだな! 私がオシリペンペンするから覚悟しろ!』

 とか言って攻撃したんだろうね」

 ハトコちゃんがコクコクうなずき、

「その通りでしてよ。ナデシコお姉さまの自家用飛行機には二、三ヶ所、弾丸が当たった跡が残っていてよ」

 あたしはマタマタ仰天し、

「マジすか、実弾射撃っすか? よく裁判沙汰にならなかったね」

 ハトコちゃんが肩をすくめ、

「それが、この戦闘は天狗になっているナデシコお姉さまをこらしめるために、南雲様と軍の間で事前に打ち合わがしてあってよ。ともかく、南雲様はこの事件に関しては、口をつぐんで、一言も抗議の声をあげなくってよ。それ以来、ナデシコお姉さまは、しばらく、ふさぎこんでいらっしゃってよ。たけど、大本営の神風特攻少女隊、徴兵す、の報を聞くやいなや、まっさきに入隊なさってよ」

 あたしは疑問を口にした。

「反対する人はいなかったの?」

 ハトコちゃんがシタリ顔で、

「それはもう、親戚一同は言うに及ばず、各界の関係者が一同そろって大反対しましてよ。なかでも、南雲様は親子の縁を切る、とか、それは、もう、大変な怒りようでしてよ」

 あたしはさもありなん、と思いながら、

「だよね~。深層のご令嬢が突然、神風特攻少女隊に入るなんて言ったら、そりゃ、怒るよね~。それでも、ナデシコちゃんは」

 ハトコちゃんが悲しげにうつ向き、

「そうですわ。周囲の反対を押し切って、神風特攻少女隊に入隊してよ」

 あたしは背伸びして、

「そうなんだ。あの、おっとり、天然忍者の過去に、そんな波瀾に満ちた過去があったなんて、知らなかったよ。人生、波乱万丈だね」

 ハトコちゃんが意を決したように、

「でも、ハトコ様は、そんな過去の因縁なんて、どうでもよろしくってよ。ともかく、ナデシコお姉さまが神風特攻少女隊から抜けて、南雲様のお屋敷に戻られれば、それで良くってよ。そのための秘策も、この通り、ご用意しましてよ」

 言いながらハトコちゃんがチケットを数枚、取り出す。

「このチケットは今晩、帝劇で公演される、帝国軍人慰問公演、日本舞踏祭り、のチケットよ。そしてこれは、神風特攻少女隊の方々のチケットよ。五枚ご用意しましたから、はい、これはコロナのぶん」

 あたしは驚いた。

「えっ! いいの? 帝劇のチケットなんて、もらっちゃって?」

 ハトコちゃんが人差し指を突き付け、

「そのかわり、確実にナデシコお姉さまを、お誘いくださいませ。もちろん、ハトコ様もお誘いしますけど、神風特攻少女隊・副隊長のコロナが誘ったほうが、効果があるんじゃなくって」

 あたしはルンルン気分で、

「帝劇の日本舞踊なんて一生に一度、観れるかどうかだよ、ありがとね、ハトコちゃん!」

 ハトコちゃんがプンプンしながら、

「って、わたくしのお話しを聞いていらっしたの?」

 あたしは軽く手を振りながら、

「大丈夫、大丈夫。ちゃんと全員、連れて行くよ。大船に乗ったつもりでいてよ、ハトコちゃん!」


   ☆4☆


 あたしは帝劇前でハトコちゃんに謝った。

「ごめちゃ、ハトコちゃん。全員とはいかなかったよ。赤月隊長は興味ないって、チケットを返されちゃったよ」

 ハトコちゃんが拳を握りしめ、

「ぐぬぬ、グミンには高尚過ぎて、このチケットの貴重さが理解出来なかったようね。でも、そのほうがナデシコお姉さまにとっては良いかも知れなくってよ」

 ナデシコちゃんが心外だと言わんばかりに、

「あら、わたくしはもう赤月隊長を恨んではいませんわ、ハトコちゃん。昔は色々あって、一時期、凄いナーバスになった時期もありましたが、今は、隊長をとっても尊敬していますわ。それに、隊長は隊長。わたくしは、わたくし。わたくしは、わたくしなりに頑張るつもりですわ」

 ハトコちゃんがうなだれ、

「ナデシコお姉さまが頑張る所は、神風特攻少女隊などでは、断じてないと、ハトコ様は確信してよ」

 開演のベルがロビーに響き渡る。

 ネコちゃんが慌てて、

「話しはあとあと、早く行かないと、見れないよ!」

 トンボちゃんも慌ただしく、

「そうです~、見逃したら一生の損です~、早くするです~」

 ナデシコちゃんがハトコちゃんの手を引き、

「行きましょう、ハトコちゃん」

 ハトコちゃんが力なくうなずく。


   ☆5☆


 舞台は素晴らしい、という言葉に尽きた。

 日本舞踊っていうより、天女の舞い、優美さの極致。

 華麗な舞いに、みんなメロメロだった。

 あたしたちは夢見心地で舞台をあとにした。

 ロビーに出ると、ハトコちゃんが開口一番、

「ナデシコお姉さま、今の舞台を見て、お気持ちが変わりましたか? 本来なら、あの舞台こそ、ナデシコお姉さまの立つべき場所として、最も相応しくってよ。早く戻ってくださって。本来いらっしゃる場所へ」

 ナデシコちゃんがハトコちゃんを真っ直ぐ見つめながら、

「ハトコちゃん。わたくしの意志は変わりません。あの頃の夢は、もう終わったんです。わたくしは今、新しい夢を、必死に追っているんです。誰もそれを止める事は出来ませんわ」

 ハトコちゃんが食い下がる、

「納得出来なくてよ! 神風特攻少女隊なんて! 犬死にするだけのスーサイド・スクワッドよ! ハトコ様は絶対認めなくってよ! ナデシコお姉さま、戻って来てください。あの頃みたいに、みんなで一緒に幸せに暮らしましょう、それの、どこがいけなくって? 空を飛ぶのは、自家用飛行機で充分じゃなくって?」

 あたしは急に閃いた。

 ハトコちゃんが本当に言いたい事が何なのか。

 あたしはハトコちゃんに言い聞かせるように、

「神風特攻少女隊は、いつか特攻して、みんな必ず死ぬ。ナデシコちゃんも、いつかは必ず死ぬ。ハトコちゃんは、ナデシコちゃんが死ぬのが、イヤなんだよね」

 ハトコちゃんが涙を浮かべ、噛みつくように、

「そうよ! ナデシコお姉さまが、し、死ぬなんて、そ、そんな事があって、た、たまるもんですか! そ、そんな、こと、そん、な」

 あたしは出来るだけ優しく、

「ハトコちゃん。我慢しなくていいんだよ。ナデシコちゃんに、本音をぶつけなよ。ナデシコちゃんが……生きている、今のうちに、ナデシコちゃんが死んだら、もう、何も言えなくなっちゃうんだよ」 

 ハトコちゃんの顔がグシャグシャに泣き崩れる。

 ナデシコちゃんに抱きつき、駄々っ子のように、泣き叫んだ。

「ナデシコお姉さま!

 死んじゃ嫌です!

 死んじゃ嫌です!

 死んじゃ嫌です!

 ハトコを一人ぼっちにしないでっ! 

 死んじゃ、いや、で」

 それ以上、言葉にならなかった。

 ナデシコちゃんが膝を着く。

 ハトコちゃんの目線で、

「心配しないでください。わたくしも、神風特攻少女隊のみなさんも、絶対に死にません。ごめんなさい。ワガママばかり言って、わたくしの思いを、もっと上手く伝えられたら、いいんでしょうけど、でも、いつかきっと、ハトコちゃんに伝わるよう精進いたします。約束しますわ」

 ハトコちゃんが泣き止み、

「本当に、約束、なすって、くださいな」

 ハトコちゃんが小指を差し出す。

 ナデシコちゃんが指切りげんまんを切って約束した。


   ☆6☆


 翌朝、神風特攻少女隊に対し、赤月風華がブリーフィングを開始する。

「今回は、お姫様のエスコートだ。我々はハワイまで鳩子少佐を運んで降ろし、帰還する。鳩子少佐はそこで情報収集を行う。お姫様を運ぶのはナデシコ、お前が適任だろう。隠密行動も得意だしな。護衛としてコロナをつける。私を含めて、ネコ、トンボの三名は、伏兵として、コロナたちの後方からついて行く。なお、ハワイまで行く途中、民間の船舶に擬装した軽空母で、燃料を補給する。ハワイ到着は深夜になる。神風特攻少女隊、初の夜間戦闘だ。全員、抜かるなよ。以上」

 こうして、ハワイ周辺の民間船舶擬装空母まで飛んで行って、空母に着艦した。

 そこで、あたしとナデシコちゃんが赤月風華に呼び出される。

 場所は格納庫だった。赤月風華が、

「エスコートとはいえ、零戦で、そのまま飛んで行ったのでは、敵戦闘機の袋ダタキにあうだろう。そこで、これを用意した」

 格納庫のエレベーターにライトが当たる。

 このエレベーターて甲板まで機体を上げるんだよね☆、それはともかく、そこにあった機体は!

 赤月風華がエヘンっ、と、咳払いし、

「アメリカ軍、哨戒機、Pー40、ウォーホークだ」

「「ええ~っ!」」

 ナデシコちゃんとハモった。

 あたしは驚きながら、

「何で、こんな所にPー40があるんですか?」

 赤月風華が、

「過去の戦闘で撃墜したPー40の部品を集め、使えそうな部品を繋ぎ合わせて、修復した。さすがにエンジンの修復は不可能だから、零戦で代用した。見かけは Pー40だが、中身は零戦というわけだ。 これなら、ハワイ基地の連中も、そう簡単に神風特攻少女隊とは気ずくまい」

 あたしが、

「た、確かに、ビックリしたよ。アメリカの戦闘機があるんだもん」

 ナデシコちゃんが、

「羊の皮をかぶった狼、ならぬ、零戦、ですわね。ハトコちゃんは、さしずめ、赤ずきん、と、いうわけですね。大胆不敵な作戦で、とても、気に入りましたわ」

 赤月風華が、

「この擬装Pー40で、ただちに出撃! 赤ずきんをハワイまでエスコートしろ!」

「「了解!」」


   ☆7☆


 夜間飛行はかなり暗かった。

 いい天気で、月明かりもあるけど、海がともかく、まっくらで、高低さがさっぱりわからない。

 こんな状況で戦闘なんかしたら、いつのまにか高度が下がって、海にドボン、てな事になりかねないよ。

 赤月風華が無線で、

『海の夜間飛行は見ての通り、上も下も真っ暗で、感覚がつかみずらい上に、昼間のように周囲の風景を頼りに飛ぶ事も出来ない。空間認識能力が著しく低下する。飛行中は常に高度計と水平計を確認しながら、自分の機体の状態を小まめにチェックしろ。知らず知らずのうちに海に落ちた。なんていう、新人にありがちな初歩的なミスをするなよ! 海に落ちた奴は回収せん、自力で日本まで泳いで来い』

 ネコちゃんが、

『ボク泳げないよ~』

 トンボちゃんが

『ネコちゃんの溺死体は見たくないです~』

 赤月風華がおしゃべりを無視して、

『コロナ、ナデシコ、こから先は、お前たち二人が先行して飛べ。ナデシコ、所属とコードは頭に入っているな』

 ナデシコちゃんが、

『バッチリですわ』

 赤月風華が、

『二人とも頼んだぞ』

『『了解』』

 あたしとナデシコちゃんは先行して飛ぶ。

 やがて、ハワイが見えてきた。

 真っ暗い海に浮かぶ光り輝く島。

 あたしは圧倒されながら、

『あれが、ハワイ。すごいね。灯火管制とか、全然、してないんだね』

 ナデシコちゃんが、

『世界一、豊かな国ですから。わたくしたち日本は、とんでもない国を相手に戦っている、という事ですわ』

 ハトコちゃんが、

『色んなトコに潜入して、日本軍が有利になる情報をスッパ抜いて差し上げてよ』

 と、おしゃべりしていると、突然、若い男性が英語で話しかけてくる。

『こちら、アメリカ軍、ハワイ基地、航空管制のジミー中尉だ。そちらは我軍のPー40と報告を受けたが、所属とコードナンバーを確認したい』

 ナデシコちゃんが英語で、

『こちらアメリカ第三艦隊、空母ヨークタウン、第二航空隊、第三小隊ナタリー少尉、コードナンバーは』

 うんぬん。ナデシコちゃんが英語が出来るなんて知らなかったよ!

 このあとも英語が出てくるけど、全部、ナデシコちゃんが翻訳してくれたよ☆。

 ジミー中尉が、

『確認した。なぜ、このあたりまで、飛んで来たのかな?』

 ナデシコちゃんが、

『民間船舶に擬装した日本空母の探索をしていましたが、いつの間にか本体とはぐれてしまい、燃料も残り少ないので、一番近いハワイ基地を目指しました』

 ジミー中尉が、

『了解した。基地の滑走路は目と鼻の先だ。貴官の離陸を許可する。ハワイ基地へようこそ』

 ナデシコちゃんが、

『離陸許可が出ましたわ』

 あたしは喜び、

『やった! それじゃ、基地はスルーして、近くの山にハトコちゃんをおろせば、ミッション・クリアだね!』

 ナデシコちゃんが、

『ええ、どうやら、上手くいきそうですわ』

 あたしが、

『それじゃあ、基地のすぐ横にそびえてる、あの山に行こうよ』

『了解ですわ』



   ☆8☆


 山の上空でナデシコ機のキャノピーが開く。

 ハトコちゃんが親指を立てて軽く振ると、そのまま真っ暗な地表に向かって飛び降りる。

 地表付近でパラシュートが開き、山の中に消えていった。

『ミッション・コンプリート!』 

 あたしが叫ぶと、ナデシコちゃんが、

『まだですわ。後ろを見て下さい、十七時の方向ですわ』

 あたしがそっちを向くと、

『ギョギョギョーっ!』

 なんと、十機近い Pー40が追っかけてくる。

 Pー40から無線が入る。

『やあ、ナタリー少尉、また会ったね。僕はパイロットでね。たまたま、管制の女の子を口説いていたら、君の無線が聞こえてきたんで、管制に無断で、お相手したのさ。あの後、空母ヨークタウンに確認したら、ナタリー少尉は入浴中だと返事があったよ。となると、君たちはいったい何物なのかな?』

 ナデシコちゃんが、

『だいたい予想はついているのでしょう。ジミー中尉』

 ジミー中尉が、

『カミカゼ・ガールズ。違うかな? ナタリー少尉』

 ナデシコちゃんが覚悟を決める。

『隠しだてをしても仕方ありませんわね。その通りですわ、ジミー中尉、わたくしたちは、神風特攻少女隊。わたくしはナデシコと申します』

 ジミー中尉が、

『偵察機の連中が、日本の航空部隊に女の子だけの部隊がいた。と、噂には聞いていたが、まさかパール・ハーバーまで来るとは思いもしなかったよ。まったく、恐れ入るね、君たちは、まるでニンジャだね。だが、カミカゼ・ガールズたち。この俺は、前回の偵察機や、時代遅れのIー16のように、簡単には倒せないぞ。婦女子を傷つけるのは、騎士道に反するが、カミカゼ・ガールズが相手とあらば、不足なし。いざ、尋常に勝負!』

 ナデシコちゃんが、

『望むところですわ! コロナちゃん、敵が来ます! お気をつけあそばせ!』

 あたしは、

『了解! 乱戦になるから二手に分かれよう』

『了解ですわ!』

 あたしは地上を目指し、ナデシコちゃんは上昇する。

 敵機も五機づつ二手に別れて、あたしたちを追ってくる。

 タタタ!

 敵が撃ってきた。

 弾丸はあたしを大きくそれ、大きなネオンサインを貫く。

 ネオンが火花を上げて盛大に燃え上がる。

 外した隊員が、

『ガッデム!』

 と叫ぶ。ジミー中尉が、

『街を撃たないよう気をつけろ! カミカゼ・ガールズだけを、よく狙うんだ!』

『ラ、ラジャッ!』

 あたしは煌々たる照明で、光あふれる街中に、猛スピードで突っ込む。

 建ち並ぶビルのすき間をすり抜け、T字路の突き当たり手前で、急ブレーキ、エアブレーキ・オン、操縦悍を左に倒し、左足のラダーペダルを踏んずけ、左ヨー。

 この操作で、超・左急旋回! 

 さらに、機種を上に向けて、ブレーキング。

 翼に空気抵抗が働くからブレーキがわりになるんだよ☆。

 空母に着艦する時の必須テクニックだよ☆。

 それはともかく、

 赤月風華みたいに、完全に機体を垂直にして、空中停止するのは無理でも、あたしだって、これぐらいなら出来るよ!

 敵機も急旋回して追って来る。

 けど、目の前にあたしの機体が飛び込んできて、

『マイガッ!』

 と、口々に叫びながら、あたしの機体を避けて行く。

 もし、撃ってきたり、体当たりしてきたら、ロールで避けるつもりだったけど、その必要は無かったみたい☆。

 ところがジミーの機動は、

『なめるな!』

 と叫び、

 あたしと同じように翼をブレーキにして、あたしの後ろにピッタリとくっついて来た。

『凄い! しぶとい!』

 恐ろしい反射神経だよ! 

 機体が落ち始める前にエアブレーキ・オフ、エンジン始動。

 あたしは急上昇する。

 上空をフラフラ飛んでいる敵機を次々に撃墜。

 ジミーもあたしを追おうと必死だけど、モタモタして追いつけない。

 あたしの Pー40は、中身が零戦なのよね。

 だから、本物の Pー40とは、馬力が全然違うんだ。

 さらに上を見上げると、高度五千メートルから、ナデシコちゃんが、大きな円を描きながら、フワリ、フワリ、と浮いたり沈んだり、時折、クルクルとロールをしながら、ゆったりと下降して来る。

 遅れてやって来る敵機がナデシコちゃん目掛けて必死に撃ちまくるけど、かすりもしない。

 逆にナデシコちゃんは、

 ダダッ!

 ビシビシッ!

 フワリ、

 ダダダッ!

 ビシビシビシッ!

 フワリ、

 と同じように、さらに二機撃破、合計四機を瞬く間に撃墜する。

 赤月風華の無駄もスキもない、マシーンのような機動とも、ネコちゃんの猪突猛進とも違う。

 青白く冴え光る月と、満天に煌めく無数の星々を背景に、軽やかに、踊るように、天女が舞い降りるようにビシビシ狙撃していく。

 その機動は言うなれば、

 蝶のように舞い、

 蜂のように刺す、

 名ずけて!


 アリの舞い!

 

 だよ! 

 きっと地上にいるハトコちゃんもナデシコちゃんの、


 アリの舞い、


 を見て、

『ナデシコちゃん! ナデシコちゃんの心意気は、この、


 アリの舞い、


 で、きっと、ハトコちゃんのハートに伝わったと思うよ!』

 あたしの無線を聞いていたナデシコちゃんが、訝しげに、

『はあ……アリ……ですか?』

 と、ちょっと不満そうに無線を返した。

 その時、ハワイ基地の管制から、ジミー中尉に無線が入る。

『ジミー中尉、敵の増援部隊が間もなく到着します。一時撤退してください。司令官から、味方と合流して、体制を立て直せとの指示です』

 ジミー中尉が

『くそっ! 仕方ない。撤退するぞ! 全機、引け!』

 ジミーが残った機体とともに一目散に逃げ出す。

 その前に、

『カミカゼ・ガールズ! 実力で勝ったと思うなよ! その機体の、ゼロ・ファイターの、性能のおかげだ! 忘れるなよ!』

 と吠える。

『負け犬の遠吠えだね』

 と、あたしはコメントする。

 赤月風華が合流し、

『ちょっと遅れたが、片ずいているようだな。敵が味方と合流して、またやって来る前に、全機撤退する!』

 ネコちゃんが、

『今回、ぼくの見せ場が全然なかったよ~』

 とボヤく。

 トンボちゃんが、

『でも全員無事で良かったです~。早く基地に帰りましょう』

 ナデシコちゃんが不思議そうに、

『でも、なぜ、わたくしの機動は、


 アリの舞い、


 なのでしょうか?』

 あたしが、

『えっと、蝶、蜂、ときて、同じ虫を連想したから、きっとアリになったんだよ! たぶん! だから、


 アリの舞い!』

『アリ……の……舞い』

 ナデシコちゃんは何故か納得できない口調だった。

 なぜ?


 アリの舞い!


 いいネーミングだと思うんだけどな~っ!


   ☆つづく☆






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