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第三話

   ☆1☆


 7月に入って蒸し暑くなってきたある日、ネコちゃんが、基地の裏手にある、海と入江が見下ろせる崖の上のポニョっとした草むらにたたずんでいた。

 あたしが近寄って行くと、こんなことを聞いてきた。

「ねえコロナっち~、ヤスクニ神社って、基地から見て、どのあたりにあるのかな~?」

 突然の質問に、あたしは面くらいながらも、

「ええっとね、東京の方だから、神風特攻少女隊の基地から見て、たぶん、南南西、灯台の先の方向だと思うよ」

 あたしは入江の先ある灯台を指さす。

「そっか、ありがとね、コロナっち!」

 言い終わるなり、ネコちゃんが灯台のほうを向いて両手を合わせて、目をつぶって黙祷を始める。

 なんだかよくわからないけど、あたしも一緒に目をつぶって、手を合わせて黙祷した。

 すると、ポンポンとネコちゃんに肩を叩かれて、

「コロナっちは別にやらなくっていいんだよ、あくまで、ボクの問題なんだから」

 あたしは目を白黒させ、

「問題って、何かあったの、ネコちゃん?」

 あたしが詰め寄ると、ネコちゃんが肩をすくめて、

「う~ん、どうしよっかな~、まあでも、コロナっちになら、話してもいっかな~!」

 ネコちゃんが空を見上げながら、青空にポッカリと白い雲が浮かんでいた。

「うちは大家族でさ、兄貴が三人いるんだけど、みんな陸軍に入って、インパール作戦に行って、でも、みんな戦死しちゃったんだ」

「えっ! マジ?」

 あたしは突然のネコちゃんの告白に動転した。

「それがひどい死にかたでさ、長男は疫病で作戦につく前に病死、次男は万歳突撃でイギリス軍の集中砲火を受けて戦死、三男はもっとひどいよ、ろくに食料がなくって餓死したんだよ、イギリスのチャーチル首相が、日本兵の窮状を知って、空から飛行機で食糧を落としてくれたんだけど、帝国陸軍の上官は、絶対に敵の食料は食べちゃ駄目だって、兵士たちに命令して、兵士が餓死するまで食べさせなかったんだって、そのくせ、上官たちは、死んだ日本兵士の肉を、サルの肉だって、言ってムシャムシャ食べていたんだって、ひどい話だよね」

 あたしは仰天しながら、

「そんなまさかっ! ありえないよ! そんな話! ていうか、何でネコちゃんが、そんなこと知ってんの? それって、軍のキミツ情報じゃないの?」

 ネコちゃんが、ハアッ、と、ため息を一つつき、

「あたしの下の弟も学徒動員で、このインパール作戦にジュウジしてるんだけど、その弟から届いた手紙に、そう書いてあったんだよね、だから、間違いないんだよ」

 あたしはすかさず反論する。

「そんな事あるはずないよ! だって、兵士の手紙は軍で厳重にケンエツされているはずだもん、グンジキミツにかかわるようなことなら、なおさらだよ! 絶対、そんなキミツ情報は書けないはずだよ!」

 ネコちゃんが、

「手紙には書けないけど、封筒にあぶり出しで書いてあるんだよね」

 あたしは仰天した。

「そんなことしたら軍法会議になっちゃうよ」

 ネコちゃんが口を尖らせる、

「兄貴たちが次々に死んでるんだよ。それなのに、家族がその最後も知らないなんて、そのほうが問題だよ、コロナっちならボクの気持ちがわかってもらえると思ったんだけどな」

 あたしは返事に窮する、

「そ、そりゃ、お兄さんたちが戦死したことは同情するけど、だ、だけど、だからと言って」

 ネコちゃんがあたしをまっすぐ見つめ、

「赤月隊長にボクの事をチクる?」

 あたしは全否定する、

「そ、そんなことしないよっ! でも、ネコちゃん、本当に気をつけないと、大変なことになっちゃうよ」

 ネコちゃんが深くうなずき、

「うん、わかってる。気をつけるよ、でも、コロナっちに話してホントに良かった。一緒にお祈りしてくれたし、少しだけ気持ちが落ち着いたかな。アリガトねコロナっち」

 そこへナデシコちゃんの透き通るようなウィスパーボイスが響く、

「お二人とも、間もなく訓練が始まりますわ、お早くお願いします」

 訓練のことを伝えに来たのだ。

「行こうネコちゃん、遅れたら、また赤月隊長にどやされるよ」

「そうだね!」

 今日も訓練は容赦なく始まる。

 今日の訓練は空中に浮かべたバルーンを、零戦で射撃し撃破する練習だ。

 右へ左へ、あたしは機体を傾けながら次々とバルーンを撃って当てていく。

 だけど、五個中、二個をはずしちゃったよ。

「くう~っ! 二つもはずしちゃうなんてっ! 悔しい~~~っ!」

 あたしは機体を旋回させ、残ったバルーンを狙い撃つ、

 パンッ! パンッ!

 バルーンが破裂する。

「やった!」

 残った二つをキッチリ撃破。

『動く標的にくらべたら全然、楽勝だよね』

 あたしが余裕の無線を飛ばす。

 その矢先にトンボちゃんが全弾はずし、

『ぜぜ、全然、楽じゃないです~、マトが小さいから、結構、難しいです~』

 あたしはトンボちゃんをいさめ、

『確かに、飛行機で飛びながらバルーンを見ると、意外と小さく見えるけど、実際は直径3メートルはあるんだよね、泣き言をいうほど小さくはないよ』

『まったくだよ! こんなの朝飯前だよ!』

 ネコちゃんがかなり無茶な角度とスピードで突っ込みながらも、なんと、驚くことに、

 パパパパ、パンッ! 

 確実にバルーンを潰していく。

『す、すごい』

 あたしはため息をもらす。

 全弾命中、一気に五個のバルーンを撃破した。

 し、信じられないよ! トンボちゃんも感嘆の声をあげる、

『相変わらずネコちゃんの機動は凄いです~、ネコの目機動です~』

『なにそれ?』

 ナデシコちゃんがあきれたように、

『ヘンテコな造語より、ちゃんと狙って撃たないと、訓練が終わりませんよ』

 と、たしなめる。

『シュンです~』

 とかなんとか言ってると赤月風華から突然、無線が入る。

『全員、訓練を中止して基地に帰投せよ。帰投後は、ただちにブリーフィングルームへ集合せよ、繰り返す…』

 あたしたちはあわてて基地に戻り、ブリーフィングルームへ向かう。

 薄暗い廊下を歩きながら、あたしはつぶやく、

「いったい、何があったんだろうね? 何か、新しいミッションなのかな?」

「たぶん、そうだろうね、望むトコだよ! いい加減、訓練には、あっきあきしてたんだ!」

 と、ネコちゃんがいきまく、

「トンボも、どんなミッションなのか心配です~」

 と、トンボちゃんのコメント。

 そして、ブリーフィングが始まる。

 赤月風華が相変わらずしかめっつらで、

「今から四十分ほど前に、関東方面に着陸する予定だった、九十七式艦上爆撃機が、急きょ進路を変更して北上した。その後、この機体は白銀基地へと向かって来ている。時間がないから、はっきり言っておくが、その機体には爆弾が仕掛けられている。発見したのは、同乗している陸軍情報部、九印鳩子少尉、その爆弾はギアに、つまり、機体の車輪に仕掛けられていた。九印少尉の見立てでは、残り十五分ほどで爆発する予定だ。九印少尉も爆弾の解除に尽力したが、いかんともしがたいらしい。我々はこれよりただちに出撃し、五分後に、対象の機体にランデブーする。その後、爆撃機の車輪に取り付けられた爆弾を撃ち落とす。以上だ!」 

 ネコちゃんが不思議そうに、

「なんで機体を捨てて脱出しないのかな?」

 赤月風華がすかさず、

「今は一機も無駄に出来ないからだ」

 ネコちゃんの追求が続く、

「ソモソモ、何で敵は爆弾を仕掛けたのかな? 誰か、偉い人でも、乗っているのかな?」

 ナデシコちゃんがポンと手をたたき、

「そういえば、西から飛行してきたということは、もしかしたら、大陸から搭乗して来た、将校が乗っているのかも知れませんわ、情報部が護衛についていますし、将校が乗っていれば、敵が密かに爆弾を仕掛けていても、おかしくはありませんわね」

 ネコちゃんが少しイラついた様子で、

「その将校って、いったい誰なのさ? 隊長?」

 赤月風華が鋭く言い放つ、

「貴様が知る必要はない!」

 ナデシコちゃんがまたまたポンと手をたたき、

「もしかしたら、牟田口中将かもしれませんわね、でも、おかしいですわね、中将は今、インドで極秘作戦を決行中のはずですが、確か、インパール作戦とかいってましたっけ?」

 赤月風華が怒髪天をつく勢いで、

「ナデシコ! 機密情報をペラペラ、ペラペラしゃべるんじゃないっ! バカっ!」

 ネコちゃんが、

「つまり、インパール作戦に失敗して、あわてて逃げ出したってことだね」

 赤月風華がため息を一つつき、

「その通りだ。だが、機体に爆弾が仕掛けられていることはご存知ない。傷心の将軍をこれ以上わずらわせないためだ。だから、この作戦は極秘裏に行う必要がある。無論、正規軍にも内密で、ということだ。となると、神風特攻少女隊の出番、ということになる」

「でもボクは出撃しないよ」

「はあっ!?」

 珍しく赤月風華が間の抜けた声をあげる、

「諸星っ! 貴様、いったい何を言っている!」

 ネコちゃんがいきり立ち、

「だって、ボクの兄貴は三人も、その無能な将軍のために死んだんだよ、誰がそんな奴のために働いてやるもんか!」

 そう言い残すと窓からサッと逃げ出す、

 バンッ! バンッ!

 赤月風華がピストルを二発連射するが、時すでに遅し、

「あのバカめ、敵前逃亡で射殺するっ!」

 さらに撃とうとするのを、あたし、ナデシコちゃん、トンボちゃんの三人で必死に押し止める、

「やめてください赤月隊長! 今はそれどころじゃないでしょう!」

 そう言うと赤月風華が我に返り、

「はっ! そうだった。くそっ! 諸星のことは一時預かりとする、各員、ただちに出撃!」

「「「了解!」」」

 とは言ったものの、どうなっちゃうのコレ~っ!


   ☆2☆


 結局、あたしたちはネコちゃん抜きの、四機だけで出撃することになった。

 機体は二一型零戦、

『一機足りないだけで、ずいぶん心細くなるんだね』

 あたしの無線に赤月風華が、

『あんな気まぐれネコの力を当てにするな! それでも副隊長か、日ノ本! 諸星など、いてもいなくても一緒だ! そもそも、将軍を無能呼ばわりする兵士など、言語道断! 銃殺ものだ!』

『実際に敵前逃亡でバンバン撃ってましたから説得力ありますわね~』

 と、ナデシコちゃんノンビリ無線を飛ばす、

『でも、ネコちゃんに当たらなくてホッとしたです~』

 とトンボちゃん。

『あっ! 見えてきたっ! 九十七式艦爆だよっ!』

 あたしが声をあげると、向こうでも気がついたの様子で、無線を飛ばしてきた、若い男性の声だ。

『やあ、君たちが噂の、女の子部隊、神風特攻少女隊の面々だね。この前、偵察機を撃墜したって噂で、兵士たちの間で話題のマトになっているよ。さて、時間もないから、さっそく本題に入るけど、お恥ずかしい話だが、いつ付けられたのか? いつの間にか敵に爆弾を仕掛けられていてね、ちゃんとメンテナンスしたつもりなんだが面目ない。ともかく、これから僕は機体をギアダウン(車輪を降ろす)するから、君たちに足(車輪)を撃ち落として欲しいんだ。それと、進路変更した時から、ジワジワと接近してくる所属不明の機体が10機、こちらに向かって来ている、もしも、敵ならば、そちらの迎撃もたのむ、なんとか同時に対処して欲しい、たのんだよ神風特攻少女隊の諸君』

 すかさず赤月風華が、

『了解した、ただちにギアを撃ち落とす。コロナ、お前がギアを落とせ、ナデシコ、トンボは、私と一緒に近づく敵を確認後、艦爆の護衛だ、全機散開!』

『りょ、了解しましたっ!』

『了解しましたわ』

『了解です~』

 あたしに果たして、ギア、車輪を撃ち落とす事が出来るだろうか? バルーンよりマトが小さいうえに、変なトコに当てちゃいけないし、動く標的だから、たぶん、もっと難しい。迷いながらも、あたしは機体を旋回させ、艦爆の背後をとる、艦爆はすでにギアをおろしている、あたしは徐々に近づくと、トリガーを引く、

「あたれっ!」

 零戦の機関銃が火を吹く、だけど、空気を切り裂くばかりで、射線はギアをそれていった、

「はずした!」

 さらに、スピードを出し過ぎたのせいで、機体が艦爆を追い越してしまった、

「しまった、艦爆を通りすぎちゃったよ、やり直しだっ!」

 何度か仕切り直しをしていたら、

『なにをしているコロナ! 爆発まで、あと三分だぞ! 早く撃ち落とせっ!

 赤月風華の激が飛ぶ、

『わかってます! わかってるけど!』

 艦爆は想像以上に鈍重で、スピードを合わせるのが難しい。

 あたしは機体の速度をいったん300キロ、ギリギリまで落として、それから、出来るだけ慎重に近づいた。

 赤月風華が、

『前回の偵察隊は時代遅れの複葉機、I‐15だったから、どうという事もないが、今回の敵は装甲こそ薄いものの、そこそこ性能のいい、I‐16が相手だ。ナデシコとトンボだけでは荷が重い、私も護衛で手一杯だ! だから、頼んだぞ、コロナ!』

『はっ、はいっ! 全集中しますっ!』

 爆撃機の唸るような爆音が再び近づく、ジリジリと、機体をギアに寄せていって、

「照準ドンピシャ! 今度こそ、当たれえええっっ!」

 ダダダダダダーッ!

 ギア目掛けて、これでもか! というほど銃弾を叩き込む、

 ビシビシビシッ!

「やった! 当たったーっ!」

 バキンッ!

 ギアがもげて海へ落ちていく、

「残りあと一つ!」

 あたしが調子に乗ってさらに撃とうとすると、

『逃げろコロナ! 敵だっ!』

 赤月風華の無線が響いた刹那、

 バリバリバリッ!

「えっ!」

 と言いながら、あたしは反射的にキャノピーを開けて脱出した、次の瞬間、

 ドカンッ!

 二一型零戦のエンジンが火を吹いて大爆発した、

「ご、ごめんなさいっ!」

 あたしはパラシュートを開きながら、誰に言うともなく謝った、でも、そんなことより、あと三十秒ほどでギアに仕掛けられた爆弾が爆発しちゃうよっ! いったいどうしたら!? 

 キラッ、

「えっ!? なに!?」

 遥か上空の雲間から零戦が一機、I‐16に向かって急降下してくる、あたしを撃墜したI‐16が、さらに調子に乗って艦爆を攻撃しようとした瞬間、

 ダダダダダッッッ!

 先ほどの零戦に狙い打ちにされ、あっという間に撃墜された。

 間違いない、ネコちゃんだっ!

 零戦が艦爆を追い越し、機体をロールさせコックピットを海面側に向けた逆さま状態でグンっと上昇、ロールっていうのは機体を右や左に傾けることだよ、ロールを続けると機体はコマのようにクルクル回転するわけね☆、それと、上昇といっても見た目は海に向かって下降しているように見えるよ! 何でそんなヤヤコシイことをするのかというと、飛行機は上昇するのが得意なのよね、だから、上昇する力を利用して、より素早く下降したってわけ☆、これは左右の旋回でも使う、パイロット必須のテクニックだよ☆、それはともかく、ネコちゃんの機体は、そのまま背面上昇飛行を続けて宙返り、艦爆の後方からコバンザメのように、その下にピタリとくっつき、

 ダダダッ! ダダダダーーッッ!!

 一瞬でギアを撃ち落とす。

 その数秒後、

 空をおおいつくす閃光とともに、凄まじい爆発が一面に広がる、あたしが撃ち落としたギアも海面で爆発し、空に届くような水しぶきをあげる。

 本当に、わずか二十秒かそこいらの間一髪、とってもきわどい、アブナイ状況だった。

 将軍の暗殺に失敗したとさとったI‐16がクモの子を散らすように逃げ去っていく、クモですが何か? って感じ。追撃の絶好のチャンスだけど、赤月風華は艦爆の護衛を優先したみたい、全機そろって基地に帰って行く。

 海に着水したあたしは助けが来るまでボーフラみたいにプカプカと浮かんで、助けが来るのを待つしかなかった。


   ☆3☆


 ようやく救助の船に引き上げられ、あたしは基地に戻ることができた。

 だけど、憂鬱なこと、この上ない。だってそうでしょ、艦爆のギアは一輪しか破壊出来なかったううえに、大事な零戦を一機失ったんだから、赤月風華のお小言だけならまだしも、大本営から神風特攻少女隊の解散を言い渡されたらどうしようって、あたしは戦々恐々、ビクビクしながらブリーフィングルームに入った。こそこそ入ると、まっさきにネコちゃんが、

「まちくたびれたよ~、コロナっち~、早く早く、こっちこっち、赤月隊長が言いたいことが山ほどあるみたいだから、それはボクに対しても同じだろうけど、ウフフ」

 あたしがあきれながら、

「ネコちゃん、ずいぶんケロっとしているね、敵前逃亡の件はどうなったの? 大丈夫なの?」

 ナデシコちゃんが、

「これから赤月サイバンカンのハンケツが言い渡されますわ。やっぱり、銃殺刑でしょうか?」

 トンボちゃんが、

「ひどいです~、一度は逃げたけど、最後はネコちゃんの大活躍で、大逆転したんです~、少しは大目に見てほしいです~、それか、せめて、せめて」

「「「せめて?」」」

「せめて、お夕飯を一食抜きぐらいにして、勘弁して欲しいです~っ!」

「子供のしつけかっ!」

 あたしはトンボちゃんの爆発クセっ毛に、

 ビシッ!

 と突っ込んだ。

 赤月風華が、エヘンっ! とセキばらいして、

「諸星ネコっ! 貴様は本来なら敵前逃亡の罪で銃殺の刑なのだが!」

 ネコちゃんが真っ青に青ざめながら、小さな胸を張り、

「フッ、フンッ! 煮るなり、焼きゅなり、す、好きにしにゃよっ! こ、怖くなんかないぞっ!」

 焼きゅ?

 しにゃよ!?

 ろれつがまわらないぐらいネコちゃんが動揺している。

 赤月風華がジト目で、そんなネコちゃんを見つめながら、

「私的には、銃殺したいのはヤマヤマだが、コロナが手こずったギアの破壊。および、将軍からの感謝の意向があり、銃殺刑は遺憾ながら、なしとなった、銃殺刑は」

 やたらと銃殺を強調する赤月風華に少し寒気を覚える。

 でも、ネコちゃんとトンボちゃんが歓声をあげて喜ぶ、

「やった~っ! 本当は怖かったんだ~っ!」

「良かったです~っ!」

 赤月風華がピシャリと、

「ただしっ! ネコっ! 貴様はウサギ飛びで、この基地を一周だっ!」

「うげっ! 一周って!?」

 ナデシコちゃんがサラっと、

「一周、1.192キロですわ」

 たぶん、この罰ゲームを知っていたね、天然忍者は。

 ネコちゃんが悲鳴をあげる、

「一キロ以上も! しかも、ウサギ飛びって! ナニソレ? ひどくない!?」

 赤月風華が間髪入れずに、

「いやなら神風特攻少女隊を今すぐやめろ! 貴様のチカラは借りん!」

 ネコちゃんが渋々と、

「わかったよ! やればいいんでしょ! やれば! へんっ! なんだいそれぐらい! やってやるよ!」

 さあ、いよいよネコちゃん問題が終わって、あとは、あたしの問題だけだ! いったいどんな罰ゲームが待っているんだろう? あたしが生唾を飲み込み、今か今かとハンケツを待ちわびていると、ついに、赤月風華があたしに向かって激しい叱責を、

「日ノ本、今回、お前はよくやってくれた。次回もこの調子でたのむ」

 って、あれ? 叱責が飛んでこないよ?

「えっ! それだけですか!? とんでも罰ゲームとか、ないんですか?」

 赤月風華が呆れ顔で、

「コロナ、お前はそんなに罰ゲームがしたいのか? そんなにやりたいなら、考えないこともないが、どんな特訓がいい?」

 ヤブヘビだったーっ! あたしはすかさず、

「いえっ! 罰ゲームはないにこしたことはありませんっ!」

 ナデシコちゃんがおっとりと、

「コロナちゃんは大事な零戦を撃墜されたのに、何でオトガメなしなのか? 不思議なのよね~」

 トンボちゃんも不思議そうに、

「そういえば、何でです~? トンボも理由を聞きたいです~」

 赤月風華が華奢な腕を組み、カカトをコツコツ踏み鳴らし、

「本来、日ノ本の任務はギアの破壊であり、艦爆、およびコロナ機の護衛は、私とナデシコ、トンボ、三機の役割だ。つまり、罰ゲームをするのは、むしろ、私たち三人のほうだ」

「ええ~っ! です~っ!」

 赤月風華が、ふふん、と鼻を鳴らし、

「当然だろう。私たち三人は、本来なら命がけで艦爆とコロナを守らなければならないのだ。それが護衛任務というものだ。言い返せば、コロナが撃墜されたのは、私たちの責任、ということになる。運よく、コロナが脱出できたから良かったものの、もしも、死んでいたらどうする? 零戦は消耗品だ。壊れても新しく作ればいい、だが、人間は死んだら作り直せない。死んだら永久に元に戻せないのだ。消耗品の戦闘機とは違う。かといって、時代遅れの複葉機、I‐15に遅れを取るようなやつは絶対に許さん。厳罰をもって対処する。今回は将軍の恩赦があったと思え、次回はそうはいかんぞっ! いいな!」

「はっ、はい! です~っ!」

 トンボちゃんが冷や汗をかきながら返事をする。

 ヒヤヒヤものだよ!

 赤月風華のデブリーフィングが続く、

「我々は正規軍に男子が入隊するまでの繋ぎでしかない、兵士がみんな死んだら、アメリカに一矢報いるために、最後に仕方なく使う、婦女子による決死部隊だ。だから、基本的には出来るだけ使わない部隊。上の人間はそう考えているはずだ。これは言ってみれば、我々は全くの戦力外、ということになる」

 その場の全員がうつ向く、所詮、戦争で女が活躍するなんて、どだい無理な話なのだ。

「だからといって、私は現状に甘んじる気はサラサラ無い。考えてもみろ、正規軍には無い強みが我々にはある」

 赤月風華が隊員を見回す、

「それは何だと思う?」

 ネコちゃんがイの一番に、

「機動力っ! これっきゃないっしょ! だって、いっつも訓練、訓練で、ヒマをもてあましてるもんね!」

 赤月風華が呆れ顔で、

「諸星、貴様は今まで以上に厳しい訓練が必要なようだな」

「ええ~っ! 何それ?」

 ナデシコちゃんが桜色の唇に人差し指を当てながら思案げに、

「戦果、をあげる事でしょうか? 戦果をあげれば、上層部にも認められると思いますわ」

 赤月風華が、

「戦果をあげるだけでは不十分だな」

 ナデシコちゃんが続けて、

「で、では、軍部が驚くような、大戦果をあげればよろしいかと思いますわ」

 赤月風華が首を振り、

「うちのような小隊で、そんな大戦果をあげる事は、物理上、無理だな」

 ナデシコちゃんがシュンと肩を落とす、

「おっしゃる通りですわ、浅はかでした」

 赤月風華がトンボちゃんをスルーし、あたしに何か言おうとすると、トンボちゃんが俄然、意気込んで、

「はいっ! はいはいっ! は~~~いっ! トンボをスルーしないでくださいです~っ! トンボは最高の答えを用意してます~っ! おそらく、この方法以外に現状を打破する方法はないです~っ! そっ! れっ! はっ!」

 トンボちゃんより先に赤月風華が口を開く、

「零戦を愛する気持ち。だろう、うむ、問題外だな、その気持ちは分からなくもないが、空回りするにもほどがあるっ!」

「あうっ! 隊長、何で分かったです~っ! エスパー赤月隊長です~、トンボはスーパーガッカリです~っ!」

 赤月風華があたしを振り返る。あたしは奥歯を噛み締めた。

 機動力でもない。

 戦果でもない。

 他には何がある? 何が? 何が!? あたしは突然、閃いた。

 つまり、今日みたいな作戦のことじゃないかしら?

「ミ、ミッション・イン・ポッシブル?」

 赤月風華がクワッと瞳を開く、やばい、怒られるっ!

「不可能作戦! それをどうする?」 

 あたしは恐る恐る、

「せ、成功させる」

 赤月風華が大音声で、

「その通り! さすが、私が副隊長と見込んだだけのことはあるな、コロナ!」

 赤月風華が続けて、

「我々の強みは、軍が公表出来ないような、内密に片付けたい仕事をこなすこと、正規軍の手に負えないような難しい作戦を成功させること。そんな任務だ。そして、それらは恐らく、途方もなく不可能に近い作戦、ミッション・イン・ポッシブルになるだろう。だが、我々はそれを成功させる。不可能を可能とする。それが神風特攻少女隊だ! それ以外に我々が認められる方法はない! 今日の作戦など序の口に過ぎない。時には命を落としかねない、危険な任務もある。それでも」

 赤月風華がヤメるなら今のうちだぞ、と、言わんばかりに、長い間を取り、各隊員の顔をながめる、

「それでも、私について来てくれるか?」

 ネコちゃんが、

「あったり前じゃん、今さら何を言ってんのかな~」

 ナデシコちゃんが、

「その通りですわ、死ぬ覚悟は、いつでも出来ておりますわ」

 トンボちゃんが、

「トンボはフーカ隊長と絶対に生き残ってみせます~」

 あたしは、

「あははっ、あたしが言いたい事は、みんな言われちゃったよ、みんなズルいな~」

 赤月風華が話をまとめる、

「お前たちの命は、今日から私が預かる、生まれた日も、場所も、全然違うが、死ぬときは、全員一緒だっ!」

「「「「はいっ!」」」」

「以上、解散っ!」


   ☆4☆


 その夜遅くまで、ネコちゃんが基地の周囲をウサギ飛びしていた。

「もう無理、これ以上、ウサギ飛びしたら、ボク死んじゃうよ~」

 バタリ!

 ネコちゃんが歩道の横に生えている青々とした芝生の上に手足を大の字に広げて寝っ転がる。

 あたしもネコちゃんのとなりにブッ倒れた。

 ネコちゃんが呆れながら、

「コロナっちも物好きだね~、わざわざボクに付き合って、一緒にウサギ飛びをするなんてさ、ウフフ」

 あたしは息を切らしながら、

「で、でも、ネコちゃんがいなかったら、あたし1人じゃ、たぶん、爆撃機のギアを全部落とせなかったもん」

 ネコちゃんがプッと含み笑いしながら、

「あれぐらい、どって事ないよ~、初歩の初歩じゃん」

 サラっと言われた。

 あたしは茫然自失のていで、

「そ、そう?」

「そうだよ、それにしても、赤月隊長って変わってるよね~、軍国主義の軍人って、それっぽく振る舞ってはいるけど、なんか、ムッチャ無理してる感じ。確かに、パイロットの腕はピカ一だけどさ、そう思わない? コロナっちは」

 あたしは赤月風華を思い浮かべる、

「なんか、おっかない軍人って印象かな」

「そうかな~? 強がってるだけだよ。本当はナデシコと同じ令嬢属性だと思うな『ですわ~』とか言いそう」

「ヒドイですわ、ネコちゃん、ハフハフ、ネコちゃんに付き合って、ウサギ飛びでここまで来たというのに」

 ナデシコちゃんがあえぎあえぎ言う。

「いや、だから、ついて来なくていいって、言ったじゃん」

 ナデシコちゃんが、おっきな胸を上下させながら、

「そうはいきませんわ、護衛に失敗して、コロナちゃんを危険な目にあわせたうえ、大事な機体を一機失ったんですから、わたくしだけおとがめ無しとはまいりません。能力不足を解消するためにも、わたくしもウサギ飛をいたしますわ」

「そ、そうです~。ト、トンボも、うさ、うささ、と、とと、びひを」

 最後にやっと追い付いたトンボちゃんに対してネコちゃんが、

「ウザイな~、もう~」

「ヒドっ! ヒドイです~、ネコちゃん」

 ネコちゃんが立ち上がり、

「もう疲れも取れたし、そろそろ行こうか、コロナっち」

 トンボちゃんが肩で息を切らせながら、

「え、うっ、やっと、追いついたばかりです~、全然、疲れは取れてないです~」

 ネコちゃんがジロッとトンボちゃんをにらみ、

「だから、ついて来なくって、いいって言ってんのに」

 さっさとウサギ飛びをしようとするネコちゃんを止めるため、あたしはさっきの話を蒸し返す、

「あのさ、さ、さっきの話なんだけど、赤月隊長が変わってるって話、確かに変なトコもあるけど、戦争で変になってるヒトは、他にもたくさんいると思うの。彼女はまだマシなほうじゃないかな、それに」

 ネコちゃんが、あたしの時間かせぎに気づいたらしく、芝生にあぐらをかきなおし、ニコニコしながら、

「それに、なに? コロナっち」

 あたしは少しためらったのち、

「それに、えっと、そうそう、さっきのデブリーフィングで、みんなに言いたい事を先に全部、言われたって、あの場では言ったけど、よく考えたら、あたしにも言いたい事が一つあったんだ」

 ネコちゃんが耳を澄まし、

「それって何? なになに? 何が、言ってやりたかったのさ?」

 ナデシコちゃんが、

「わたくしにも興味ありますわ。コロナちゃんの意気込み、是非、お聞かせください」

 トンボちゃんが瞳を輝かせて、

「トンボも知りたいです~。早く、早く教えてくださいです~」

 あたしは夜空を見上げ、満天の星に祈るように言う。

「たとえそこが、どんなにヒドイ戦場でも、あたしは、最後まで隊長について行くわ。地獄の底までね」


   ☆つづく☆



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