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第十二話

   ☆1☆


「何? 午前中を休みにして欲しい? しかも十日間も? 理由を説明してもらおうか、理由を。話によっては、特別休暇を与えんこともない」 

 訓練後、赤月風華の隊舎で、あたしは休暇の直談判に来た。

「それが、軍属遺族会孤児院の子供たちの数名が新型変異ウィルスにかかってしまって、一番年上の茜ちゃんだけじゃ手が足りないんです。なので、茜ちゃんが学校に行っている午前中の間だけでも、子供たちの看病をしてあげようと思うんです」

「医者に任せたほうが良くないか?」

「それが、孤児院は借金こそ無いものの、物凄い貧乏なんです。とても病院に支払うお金はありません」

「ならナデシコのメイドに頼んで」

「ナデシコちゃんに、そこまで迷惑は掛けられません。それに、もし、そんな事になったら、孤児院は遊園地になっちゃいます」

「それもそうだな。確かに、ナデシコなら、それもあり得る。仕方がない。コロナ、お前の特別休暇を認めてやろう」

 やった!

 あたしは心の中でガッツポーズを取ったよ。

 あたしが礼を言って部屋を出ようとすると、赤月風華の声が背中にかかる、

「ところでコロナ、これは機体整備長、つまり、通称、おやっさんから聞いた話なんだが、奇妙な事に、霧絵影次もおやっさんに、孤児院の子供が感冒にかかったから、十日ほど、午前中だけ休ませてくれと、言ってきたそうだが、これは偶然の一致か?」 

 あたしは振り返って、さも驚いたように、

「ぐ、偶然に決まってるじゃないですか~。やだな~。何を疑ってるんですか?」

 赤月風華がギロリとにらみ、

「コロナ、言っておくがな」

 言葉をあえて切って、

「私は婚前交渉は許さんからな、どうしても、と言うなら、結納を済ませたあとにしろよ」

 あたしはズッコケ、

「どうして、そうなるんですかっ!? あたしと影次くんは、そんな関係じゃありませんっ!!」

 赤月風華が意外そうに、

「そうか、ならいいが。くれぐれも間違いを起こすんじゃないぞ。神風特攻少女隊の評判にかかわるからな」

「大丈夫です! そんなふしだらな事は、絶対にありませんから、安心してください! あと、休暇の件、ありがとうございます!」

 あたしは、そう言って隊舎を出る。

 まったくもうっ!


   ☆2☆


 翌朝、緑亀邸に到着したあたしは、桃ちゃんたちと一緒にグライダーでの飛行訓練を始めた。

 影次くんも、ちょっと遅れてやって来た。

 なんか、大きな荷物を抱えていた。

「何? その荷物は?」

 と、あたしが聞くと、

「廃棄予定の古くなったゴーグルやパラシュートを、おやっさんに頼んでもらってきた。こんな物でも、無いよりはマシだろう」

「そうだね。あれば、安心して飛べるよ」

 桃ちゃんたちがパラシュートを着けて影次くんのレクチャーを受ける。

「このヒモを思いっきり引くんだぞ。そうすれば、パラシュートがパッと開くからな」

「わ、分かり、分かりました、です」

 桃ちゃん、ちょっと緊張しているみたい。

 その間にメイドさんがグライダーを用意してくれる。

 まず、あたしが乗り込んだ。そして、

「桃ちゃん、いいよ。乗って、乗って」

「は、はい、です」

 桃ちゃんが乗り込む。

 ハッチを閉めて、メイドさんにゴーサインを出す。

 メイドさんが数人がかりでグライダーを押し出す。

 グライダーは竹林の間に作られた、竹製の滑走路を滑って降りて行く。

 海がグングン迫るなか、時速三百キロを越えた時点でテイクオフ。

 音もなくスー、と飛んでいく。

 プロペラの音がないから凄い静かだ。

 風を切る音しか聞こえない。

 高度千メートル。

 どうやら海風を受けて順調に上昇しているみたい。

 高度二千メートルで水平飛行に移る。

 ここまで飛べば、上空の風を受けて、いつまででも飛んでいられるよ。

 あ、そういえば、桃ちゃん。

「大丈夫? 桃ちゃん」

 桃ちゃんがハッチに顔を寄せて、

「す、凄い凄いです。雲が、雲がまるで綿菓子みたいです」

 大丈夫みたいだ。

「よ~し、旋回するよ~」

 あたしは右ペダルを踏んで、ゆっくりと右ヨー。

 機体が反転すると、ミニチュアのように小さくなった白銀市が見える。

「あれ、あれが白銀市? あんなに、あんなに小さいの?」

「五キロ以上離れているからね」

 桃ちゃんが瞳をキラキラさせながら、

「あんな短い時間で、凄い、凄いです!」

 白銀市に向かって飛んでいると、桃ちゃんが真剣な表情で、

「桃も、桃も、コロナさんみたいな、パイロットになれるでしょうか?」

「桃ちゃんなら、きっとなれるよ。あたしが保証する」

「桃は、絶対、絶対パイロットに、パイロットになってみせます!」


   ☆3☆


 緑亀邸の裏に広がる湖に着水したあと、今度は緑ちゃんを乗せて離陸する。

 上空に到達したあと

、緑ちゃんの様子がおかしい事に気づく。

 さっきから、ずっと下を向いたままだ。

 そういえば、グライダーに乗る前も、妙にソワソワしていた。

「緑ちゃん大丈夫? 気分が悪いなら、いったん戻ろうか?」 

 緑ちゃんが頭をブルブル横に振って、

「み、緑は、だ、大丈夫、だから」

 言いながらも、下を向き続けている。

 あたしはピーンときた。

「もしかして、緑ちゃん、高所恐怖症とかじゃない?」

 緑ちゃんがギクッ、と身体を震わす。 

「やっぱりそうなんだ。だけど、そんなに気にしなくていいよ。とりあえず、ユックリでいいから、空を見てみなよ」

 あたしが、そう言うと緑ちゃんが恐る恐る顔を上げる。

 そして、空を見上げ、

「まぶ、しい」

「高度三千メートル。雲は、はるか下のほうを漂っていて、太陽を遮る物が、ここには何もないから」

「本当だ、雲がずっと、下のほうにある。それに、海がキラキラ光っていて」

「まだ恐い?」

 緑ちゃんが首をブンブン横に振る。

「人間が一番怖がる高さっていうのは、地上から十メートルから十五メートルぐらいなんだって。ここまで高いと、逆に、恐くないんだってさ」

「緑は恐がってる場合じゃないんだ。桃に、桃には、負けたくないから。緑も絶対パイロットになるんだ」

「緑ちゃんも、きっとパイロットになれると思うよ」

「本当!」 

「ただし、着水が出来ればね」

「そうだった。着水する時は、低く飛ばなきゃいけないんだ」

「でも、大丈夫。着陸も着水も、見るのは下のほうじゃなくて、地平線のほうだから」

「そうなの? 高所恐怖症の緑でも、大丈夫かな?」

「大丈夫、大丈夫。慣れれば目をつむっても、着陸出来るようになるよ☆」

「それは、どう考えても無理」

 あたしは緑ちゃんに白い目で見られた。


   ☆4☆


 葵ちゃんをヒザの上に乗せると、ちょっと重かった。

 でも、ガマン、ガマン。

 離陸中も上昇中も葵ちゃんは終始無言だった。

 でも、葵ちゃんの視線を追うと、どうやら、あたしの操縦に興味があるようだった。

「葵ちゃんは、なんか操縦のほうに興味があるみたいだね」

「葵は不器用だから~。今からコロナさんの操縦を、よく見ておかないと~、とても覚えられません」

 ニコッと笑う葵ちゃん。

「よしっ、それじゃ、さっそく、訓練しようか?」

「はい、お願いします~」

「まず、計器ね。速度計、高度計、水平計、あと、上の方に付いる、左右に動いている計器が方向計、ゼロから三百六十まであって、

 北はゼロ、

 東は九十、

 南は百八十、

 西は二百七十、

 九十度ごとに東西南北になるんだよ」

 プロペラ機は、

 エンジン出力計、

 スロットル・レバー、

 エアブレーキ・スイッチ、

 ギア・スイッチって、色々あるけど、グライダーには無いから、割愛☆

「じゃあ実際に操縦をするよ。

 操縦悍を手前に引くと上昇。

 逆に、前に倒すと下降。

 次に右ヨー。

 右の足元にあるフットペダルを踏むと、後ろの尾翼が動いて、ゆるやかに右に曲がるよ。

 左ヨーは左のフットペダルね。

 でも、これだけじゃ、左右に曲がるだけでも時間が掛かって大変だから、主翼を使って旋回するよ。で、まずは、右ロール。

 操縦悍を右に倒すと機体は右に傾くよ。

 でも、これじゃグルグル回転するだけで、機体はまっすぐにしか進まないの。だから、旋回する時は上昇の力を利用するんだよ。

 つまり、まず、右ロール、機体を傾けたあと、操縦悍を引いて上昇しようとすると、右に旋回する事が出来るよ。

 左旋回は逆の操作ね。

 これで、基本は終わり。

 難しく考えるより、実際に操作してみたほうが理解出来るんじゃないかな。

 やってみると意外と簡単だから。

 さっそく、上昇からやってみよう」

 葵ちゃんがオタオタしながら、

「ええと、えと、上昇は、操縦悍を」

「そうそう、操縦悍を」

「前に倒す!」

 ガクン!

 いきなり機体が下を向く、

「葵ちゃん、上昇は操縦悍を引くんだよ」

「そ、操縦悍を、ええと」

「手前に」

「右に倒す!」

 海面に突っ込みながらグルグル右ロールするグライダー。

 葵ちゃんは完全にパニックにおちいっている。

 あたしは一端、機体を立て直し、上昇、高度を取る。

 ちょっと焦ったよ。

「な、なかなか、ユニークな操縦だったね、葵ちゃん。こんな意表を突く飛び方は、なかなか出来ないよ」

「ご、ごめんなさい。葵は何をやってもダメなんです。葵は不器用で何の才能もないんです。ごめんなさい」

「誰だって、最初はそうだよ。でも大丈夫。時間さえかければ、誰でも飛べるようになるから。安心していいよ」

「ほ、本当でしょうか?」

「本当、本当。それじゃ、もう一度上昇ね」

「じょ、上昇は操縦悍を」

「そうそう、手前に」

「左に!」

 ポフッ、

 あたしは葵ちゃんの手を包み込み、操縦悍を手前に引く。

 葵ちゃんが感動したように、

「左、じゃなくて、手前に引くんですね! 葵もようやく理解しました~」

 あたしは自分に言い聞かせるように、

「そうだね。ユックリ覚えていこうね」

 たぶん、相当、時間がかかるだろうけど、根気強く教えるしかないよね☆


   ☆5☆


 最後に茜ちゃんだけど……、

「こんな事は言いたくないんだけど、コロナの胸がデカ過ぎて、スッゴい窮屈なんですけど」

「そんなに大っきくないよ! 茜ちゃんこそ、お尻が重いんですけど」

「茜が太っているって言うのっ!?」

「その話はやめようよ。キリがないから。ともかく、早く操縦を覚えて一人立ちするのが先決だと思うよ」

「コロナの割には良いこと言うわね。じゃあ、さっそく教えてちょうだい」

 あたしは意地悪く笑い、

「それじゃ、最初は失速からの回復ね。飛行機っていうのは、無理な機動をしたり、速度が三百キロ以下になると、揚力を失って落下するんだよ」

「えっ! ちょ、ちょっと待ってよ! んな、何でいきなり、そんな落下とか、それじゃまるで、わわわ!」

 有無を言わさす、あたしは急上昇。グライダーは速度を急速に失い、

「え、ウソっ! おっ! 落ちるうううううううううっ!」

「いったん操縦悍もフットペダルも離す。飛行機は前のほうが重いから自然と機首が下を向くわ。今は高度二千メートル。全然、余裕だよ。千メートルでギリギリ、五百メートルを切ったら迷わず脱出すること」

 あたしは操縦悍を引く。

 グライダーの機首があがり、水平飛行になる。

「操縦悍を引けば簡単に失速から立ち直れるよ☆」

「あ、あんたね~、いきなり、落下とか、何考えてんのよ、ゼハゼハ」

「失速からの回復は重要なテクニックの一つだよ☆」

「だ、だからって突然」

「突然、失速するから慌てないで対応しなきゃだめなんだよ。それじゃ、もう一回」

「ま! また、落ちる~~~~っ!」

 ちょっとスッキリした☆


   ☆6☆


 一週間もすると、みんなメキメキ上達して、もう一人立ちしてもいいんじゃないか、という事になった。

 緑亀邸のメイドさんが作ってくれたパイロット服に身を包んだ桃ちゃんたちは、本当に神風特攻少女隊の予備軍みたい。桃ちゃんと緑ちゃんは、かかとの高~いブーツでフットペダルに足が届くようにした。

 座高の低さをカバーするために、カメのクッションを抱えている。

 メイドさんがカメラを用意し、グライダーをバックに全員で記念撮影をする事にした。

 メイドさんが、

「みなさ~ん。では、撮りますよ~」

 カシャッ、

 あたしは、

「今日からいよいよ、みんな一人立ちだね。それじゃ、最初は桃ちゃんから」

 桃ちゃんがグライダーに向かって歩きながら、

「は、はいです! 桃は、が、ガンバ、ガンバりまっ!」

 ドテッ、

 コケた。

 あたしは桃ちゃんに駆け寄り、

「ヒールが高すぎたかな?」 

「だ、大丈夫、大丈夫です。ちょっと、緊張、緊張しているだけです」

 言いながら桃ちゃんがグライダーに乗り込む、

 メイドさんが滑走路まで押し出す、

 グライダーがスルスルっと坂を降りて行く。

 う~。

 自分の初フライトより緊張するよ~。すると、

 フワリ、

 真っ白いグライダーが、空と海の間に溶け込むように、海風に乗って浮き上がる。

 フワリ、フワリと漂う真っ白いグライダー。

 ちょっと感動した。


   ☆7☆


 次は緑ちゃんが飛んだ。

 離陸は上々。

 だけど、緑ちゃんの場合、着水が問題なんだよね。

 まだちょっと、機体の降下時に緊張するみたい。

 上空を漂っていた緑ちゃんが、グライダーを降下させる。

 だけど数回、上昇に転じる。

 やっぱり怖いのかな?

 三度目に、ついに離水に踏み切る。

 機体を上下左右、かなりユラユラしながら湖に突っ込んで行く。

 見ているこっちがハラハラするよ!

 でも、なんとか着水成功。

 ハッチを開けて緑ちゃんがガッツポーズ。

 物凄いドヤ顔だった。


   ☆8☆


 葵ちゃんは、努力に努力を重ねた結果、そつなく飛んで、そつなく着水した。

 見た目、何の変哲もない飛行だけど、涙が出るほど嬉しかった。

 教官として、苦労して教えた甲斐があったよ。

 出来の悪い子ほど可愛いって、この事なのね。


   ☆9☆


 茜ちゃんの飛行は完璧だった。

 プロペラによる推進力がないから、宙返りとかは出来ないけど、それ以外は正確で、下手するとトンボちゃんより上手いかも。でも、突然、

「失速、失速です!」

 桃ちゃんが声をあげる。

 グライダーは右に傾きながら落下する。

 重心の関係で機首が下を向くと、すかさず上昇。

「ホッ、です」

 桃ちゃんが安堵の吐息をつく。

 どうやら失速からの回復も完璧みたい。

 あたしに対する当てつけかな?


   ☆10☆


 午後は少し雲ってきたけど、時折、陽が差していたよ。

 あたしのグライダーの教官役はようやく終った。

 基地へ帰る途中、影次くんが、

「今日で教官役も終わりだな。短い間だったけど、コロナのおかげで、本当に助かった。なんだかんだで、みんな一人立ち出来たからな。ありがとう、コロナ」

 その言葉を少し寂しく聞きながら、

「そうだよね。明日からは、あたしがいなくても、みんな一人で飛べるからね。みんな、本当に上手くなったもん。トンボちゃんより上手いぐらいだよ。これは、トンボちゃんには内緒ね」

 影次くんがうなずきながら、

「コロナは教え方が上手いからな」

「どうかな? みんな、素質があったんじゃないかな?」

「俺が教えたら、ここまで上手くはならなかったよ。おやっさんに無理に頼み込んで、二式水挺を借りて、お前たちの飛行を見よう見まねで、練習しているけど、なかなか上手くいかない。非正規とはいえ、赤月風華の訓練を直々に受けているお前たちは、やっばり違う」

「赤月隊長の猛特訓の成果があったってことだね」

「そうだな」

 影次くんが真剣なまなざしで、あたしを見つめる。

「コロナ、俺は」

 黒髪が風になびく。

 サラサラと。

「俺はお前に」

 急に光りが射し込んだ。

 雲間から暖かい陽射しがあたしたちに注がれる。

 影次くんが突然、ハッとしたように口をつぐみ、

「いや、何でもない。太陽が、やけにまぶしいな」

「うん。そうだね、まぶしくって、暖かいね」

「お前は、光。俺は、影」

 影次くんが何か、ボソッとつぶやいた。

「え? 何? 影とか、何か、言った?」 

 影次くんが、まぶしそうに、あたしを見つめながら、

「いや、何でもない。それより、 サンテ・グ・ジュペリの星の王子様、明日には読み終わりそうだ。棚に戻しておくから、暇だったら、読んでくれ」

「やっと読み終ったんだ! ずっと待ってたんだよ。ようやく星の王子様が読めるよ~。楽しみ~」

「それと、俺は明日、西白銀市の上空で飛行訓練をしようと思っている。確か、コロナは西白銀市に、実家があったんだよな」

 あたしは首を振り、

「実家は空襲で焼けちゃったんだ。お母さんは、その時、死んだ。今は、叔母さんの家を間借りしているんだ」

 影次くんがビックリしたように、

「すまない、コロナ。気を悪くしないでくれ。知らなかったんだ」

 あたしは平静を装い、

「だ、大丈夫。今は、神風特攻少女隊のみんなと、楽しくやっているから」

 出来るだけギゴチナクならないように微笑んだ。つもり。

「強いんだな、コロナは。俺は、そんなに強くはない」

「だよね~、ポーカーで、ボロ負けだったもんね~」 

「あれはコロナが」

「イカサマは、バレなきゃイカサマじゃないんだよ☆」

 影次くんが肩をすくめた。

 

   ☆11☆


 起床時間は六時なのに、一時間も前に緊急警報で叩き起こされた。

 みんな眠い目をこすりながら、ブリーフィング・ルームへ集まる。

 赤月風華が臨戦体勢で、

「軍の最重要機密情報が霧絵影次らしき人物によって強奪された。影次とその仲間たち。合わせて五名は、さらに展示飛行用の機体、五機を奪って現在逃走中だ。神風特攻少女隊は、ただちにこれを追い、すべて撃墜すること」

 あたしはトンカチで頭を殴られたようなショックを受けた。

「敵は五方向に分散して逃走している。

 まず海に向かって、

 北東に桃色の機体。

 これはトンボ、お前が追え。

 東に緑の機体。

 これはネコ、お前だ。

 南東に青い機体。

 これはナデシコが追え。

 それと、陸地方面。

 残りの二機は、白銀市と、それに西白銀市に逃げた。

 コロナ、お前は白銀市に逃げた赤い機体を頼む。

 私は西白銀市に逃げた黒い機体を追う。

 展示飛行用の機体は、

 零戦二一型だ。だが、同型機でも、下降時の速度アップを利用すれば、追い付けない事はない。

 出来るだけ高く飛んで下降しろ。

 なお、お互いに距離が離れるため、無線は通じない。交戦は各隊員の判断に任せる。以上だ! 神風特攻少女隊、出撃!」

「「「了解!」」」

 みんながブリーフィング・ルームを出ていくなか、あたしは、

「赤月隊長! あたしに西白銀市の、黒い機体を追わせてください! お願いします!」

 影次くんは昨日、西白銀市で飛行訓練をすると言っていた。

 赤月風華が振り返らず、

「わかった。私は白銀市の赤い奴を追う。行くぞ!」

「はいっ!」

 まだ犯人が影次くんと決まったわけじゃない。

 影次くんらしいってだけで、見間違いって可能性もある。

 ともかく、確かめてみなきゃわからない。


   ☆12☆


 零戦二一型で上昇、下降を繰り返し、速度を稼ぐ。

 やがて、黒い展示用の機体が見えてくる。

『もう、追いついたのか、さすがは神風特攻少女隊だ。素早いな』

 無線の声は、その声は、影次くんだった。

『なん、で、なの?』

『俺たちは、アメリカに亡命する事にした。機密情報は、その手土産だ』

『何で! 何でよ! 何で裏切ったの!』

『日本はいずれ負ける。孤児の俺たちは、軍からも国からも見棄てられ、餓死するだけだ。その前に寝返る』

『日本は負けないよ! あたしたちが、きっと、なんとかするから! だから、戻ってきてよ! お願いだから、今なら、まだ間に合うよ!』

『俺は、そうは思わない。緑亀銀蔵の言っていた事は正しい。お前たちが、どんなに頑張っても』

『そんなことない! そんなことない! 絶対、あたしたちが』

『なら、それを証明してみせろ、俺に勝ってな!』

 影次くんが反転、

 ダダダッ!

 と、機銃掃射。

 あたしは必死に逃げた。

 でも、ジリジリと追い詰められ、

 タタタッ!

 ピシッ!

 主翼をやられた。

 カジが少しおかしい。

 あたしはラダーのみで右ヨー。

 さらに上昇。

『俺の死角に逃げる気か、なぜ戦わない? コロナ!』

 影次くんが追い付き、

 タタタ!

 外した。

 右目が悪いせいだ。

 タタタ!

 また外した。

 このまま死角に逃げれば、

『影次くんとは戦えない! あたし、あたし本当は、影次くんのことが、影次くんのことが好きだからっ!』

 影次くんの攻撃が突然やむ。

 ピッタリと、あたしのあとに付きながら、

『コロナ、俺は』

 ガガガガガッ!

 ビシビシビシッ!

 上空から飛来した赤月機が影次くんを撃ち抜いて飛び去る。

『影次くんっ!』 

 あたしは影次くんの機体の横に並ぶ。

 エンジンが被弾して、機首が炎を吹き上げている。

『逃げて! 影次くんっ!』

 コクピットは炎に包まれていた。

 真っ赤に燃える影次くんが、あたしに向かって敬礼し、

 次の瞬間、

 オレンジ色の閃光に包まれる。

 耳をつんざくような轟音。

 大破した破片と黒煙が、空一面に広がる、

「え、影、次く、ん。あ、あ。い、いや、いやあああっ、いやあああああっ! ああああああああああっ!!!」


   ☆13☆


 どこを、どう飛んだかわからない。

 ただ、赤月風華の機体にくっ付いて、泣きながら飛んでいた。

 ブリーフィング・ルームには、すでに全員、集まっていた。

 トンボちゃんが、

「桃色の機体は、フワフワ飛ぶだけで、ろくに回避もしなかったです~。撃墜した瞬間に、無線で影次兄と呼ぶ、女の子の声が聞こえて、それで初めて、女の子が乗っていたって、わかったです~。はじめから知っていれば、トンボは、トンボは撃たなかったです~っ、ううっ!」

 涙ながらに訴えるトンボちゃん。

 ネコちゃんが、

「ボクだってそうだよ! 緑の機体を撃ったあと、桃、桃って、女の子の声が聞こえたんだ! 知ってたらボクは撃たなかった!」

 ナデシコちゃんが、

「おかしいと思ったんです。あの青い機体は。時折、変な飛びかたをして、撃墜したあと、チラッと女の子の顔が見えたんです。そうと知っていれば、撃墜なんて!」

 赤月風華が、

「赤い機体は、それなりに上手かった。基本は完璧で、私相手に執拗に食いさがってきた。バレルロールで背後にまわり、撃墜したが、機体は白銀市に落ちたから、もしかしたら、遺体が回収出来るかもしれない。もし見つかったら、丁重に弔おう」

「あたしのせいだ! 全部あたしの! あたしが教えたから! そのせいで、桃ちゃんも、緑ちゃんも、葵ちゃんも、茜ちゃんも、影次くんも! みんな死んだ! 全部あたしのせいだっ! ああああああああああ!」

「コロナ、少し休め。いや、気のすむまで休んでいい。トンボ、ネコ、ナデシコ、コロナを頼む。私は白銀市に落ちた機体を回収しに行く」


   ☆14☆


 あれからどれぐらい経ったのだろう。

 三日にも、三週間にも感じられる。

 あたしはずっと隊舎のベッドで過ごしていた。

「コロナ、入るぞ」

 朱雀龍子だった。

 あたしが起き上がろうとすると、

「寝たままでいい。話は聞いた。影次のこと、残念だった。今、お前に何を言っても無駄なのはわかっている。だから、適当に聞き流せ」

 朱雀龍子が一息吐き。

「私は空襲で五人の子供を失った。特攻隊に志願し、腕が認められ、その後、教官に収まった。そこで知ったのは、教え子はみんな、自分の子供も同然。という事だ。私は自分の子供が死んで出来なかった事、亡くなった教え子がやりたくて出来なかった事を、せめて、死んだあとでもいいから、なんとか叶えたいと思っている。影次は何か、やりたいと言っていた事はないか? 思いつく事があれば、教えて欲しい」

 朱雀龍子がしばらく待つ。

「何も無いなら、それでいい。じゃあな、コロナ。また来る」

 朱雀龍子が部屋を出て行く。

 影次くんが、やりたかったこと。

 パイロット。

 作家。

 サンテ・グ・ジュペリのように、

 あたしは急に思い出す。

「星の、王子、様」


「 サンテ・グ・ジュペリの星の王子様、明日には読み終わりそうだ。棚に戻しておくから、暇だったら、読んでみてくれ」


 影次くんは、そう言っていた。

 あたしはノロノロと立ち上がり、フラフラと図書室に向かう。


   ☆15☆


 図書室は相変わらずカビ臭かった。

 目当ての星の王子様はすぐ見つかった。

 棚から取り出そうとすると、

 ドサドサッ、

 手紙が落ちた。

 本の間にはさんであった。

 全部で五通ある。

 宛名は日ノ本コロナ。

 差出人は、桃ちゃん、緑ちゃん、葵ちゃん、茜ちゃん。それに、影次くん。

 あたしは震える指先で封を破り、手紙を読み始めた。


   ☆16☆


 桃はコロナさんをうらぎってしまいました。

 コロナさんにいっしょうけんめい、そうじゅうをおそわったのに、ごめんなさい。

 えいじにいはにほんはまけて、桃たちこじはがしするといっていました。

 せいふがまもるのは、しみんじゃなくって、こっかだといっていました。

 とっこうしたらしぬとも、いってました。

 でも、アメリカにボーメーすれば、たかいきょういくと、たべものがおなかいっぱいたべられるといいました。

 桃はくいしんぼうだから、ボーメーすることにしました。

 桃はちいさくて、なにもできないのに、たべてばかりで、みんなにめいわくをかけているから、すこしでもちからになりたい。

 だいすきなえいじにいのために、おとりやくをひきうけました。

 にげきれば、アメリカがかいしゅうするてはずになっているとえいじにいはいっていました。

 桃はおなじしぬなら、だいすきなえいじにいのためにしにたいとおもいました。

 うんがよければ、アメリカにいけるかもしれないし。

 コロナさんうらぎってごめんなさい。

 でも、桃のことをきらいにならないでください。

 桃はコロナさんがだいすきだから、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、


   ☆17☆


 緑は本当は桃が大好き。

 いつも桃と争っているけど、本当は桃にそんけいされたいから。

 桃より強くなって、桃を守りたいから。

 桃がおとり役をするって言ったとき緑はびっくりした。

 だって、もしかしたら死んじゃうかもしれないんだもん。

 でも、桃がやるなら緑もやるって決めた。

 桃を守りたいから。

 でも、おとり役はみんなバラバラに逃げなきゃだめなんだって、桃と一緒なら桃を守れるのに。

 桃が死んだらどうしよう、緑はきっとたえられないと思う。

 桃が死ぬなら、緑も一緒に死にたい。

 きっと天国で桃に会えるよ。

 天国では桃に強がって見せる必要はないのかな。


   ☆18☆


 葵は、本当はアメリカに亡命したくありません。

 学校の先生も憲兵さんも、アメリカ人は鬼畜だって、みんな、ずっとそう言っていたから。

 でも、影次兄は、いずれ日本はアメリカに負けるから大変な事になる、と言っています。

 鬼畜が押し寄せてきたら、きっと、葵は手込めにされて、殺されると思います。

 その前に、寝返って亡命したほうがいいのかもしれません。

 コロナさん、臆病な葵を許してください。

 コロナさんの恩を忘れて逃げる事を許してください。

 もし、生きて亡命出来たら、一生かけてでもコロナさんに恩返ししたいと思います。

 もし、死んでしまったら、その時は、本当にごめんなさいです。


   ☆19☆


 悔しいけど、茜はコロナに勝てないって、最初からわかってた。

 だって、影次はいつもいつも、コロナばっかり見てたんだもん。

 だけど、影次はコロナには渡さないよ。

 だって、茜たちはアメリカに亡命するんだから、影次とコロナがくっつく事は、絶対に無いのよ。

 残念だったわね。

 それと、影次は隠しているけど、茜は知っているのよ。

 この亡命は必ず失敗するって。

 逃げきれるわけがないもん。

 影次は亡命出来るって、言ってるけど、あれは嘘ね。

 でも、いいの。

 茜は影次にどこまでも付いて行くわ。

 たとえ地獄だろうとね。

 茜は、命がけで恋をするのよ。

 この命は影次にささげるわ。

 話が長くなったわね、

 コロナとはケンカばっかりしてたけど、もしも、こんな時代じゃなかったら、いいライバルに、ううん、いい友達になれたかも知れないわね。

 もしかしたら、だけど。


   ☆20☆


 コロナに初めて会った時、普通だって言ったけど、あれは嘘だ。

 ずっと前から、俺はコロナのことを見ていた。

 訓練生として神風特攻少女隊に入隊したころの、しょんぼりとしたコロナ。

 神風特攻少女隊の副隊長になって、晴れやかな笑顔を浮かべるコロナ。

 仲間と一緒に次々とミッションを達成して、誇らしげなコロナ。

 桃たちに優しく操縦を教えるコロナ。

 いつだって、お前はキラキラ輝いていた。

 暗い機体整備倉庫の中で、毎日毎日、整備用オイルにまみれている俺とは、天地の差だ。

 だけど、それでもいいと、俺は思っていた。

 お前は光で、俺は影。

 そう思っていた。

 だけど、戦局が悪化してきて、軍属遺族会孤児院の補助金もカットされ始めた。

 戦争に負ければ、俺たち孤児は、軍にも国にも見捨てられて餓死するだろう。

 その前に手を打つしかなかった。

 本当は俺一人が亡命して、戦後に桃たちを呼び寄せるつもりだった。

 それが、茜にバレて、桃も手伝うとか言い出し、緑までやると言い出した。

 葵は最後まで乗り気じゃなかったみたいだが、結局、最後までついてきてくれた。

 お前がこの手紙を読んでいるころには、俺はアメリカにいるか、最悪、撃墜されているだろう。

 もしも、撃墜されるのなら、コロナ、お前の手で撃墜してほしい。

 今さらだが、俺はコロナのことが好きだった。

 コロナに撃墜されるなら、俺は本望だ。

 もしも、来世があるのなら、また来世で会おう、コロナ。


   ☆完☆



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