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第十一話

   ☆1☆


 約束は約束なので、影次くんのキス権は、あたしがゲットした。

 でも、場所は自由だから、やっぱり、手の甲かな?

 影次くんが観念したように、

「仕方ない。キスするか」

 と、ボソっと、気のなさそうに言う。

「いや~! 茜は認めないわ! や~め~て~!」

 影次くんが、

 ビシッ!

 と、茜ちゃんを指差し、

「そもそも、茜が言い出しっぺ、だ・ろ・う・がっ!」

 言い含めるように言うと茜ちゃんが、

「だってだってだって~。こんな事になるなんて、思わなかったんだもん」

 涙声だった。

「自業自得だな」

「あうっ!」

 影次くんの、この一声で茜ちゃんがガックリとうなだれる。

 観念したみたいだよ。

 影次くんが、あたしを振り向き、

「よしっ、それじゃ、サクッと終わらせるぞ」

 桃ちゃん、緑ちゃん、葵ちゃん。

 三人の羨望の眼差しを受けながら、影次くんが片膝をつき、あたしの左手を取る。

 サラサラした長い黒髪。

 少し陽に焼けた肌。

 少年らしい、すんなりとした手足。

 澄んだ黒い瞳が、あたしの手を見つめ、ちょっとためらいながら、真っ赤になっているのを見ると、なんだか、あたしまでドキドキしてきちゃったよ! て、手だから! そ、そんなに、気にすることも、

 ペタッ、

 ツルツルした冷たい肌触りの、

 あれ?

 これって?

 影次くんが、あたしの左手から離れる。

「よしっ! あとは、普通にトランプしような! もう、キスとか、なしだからな!」

 こう言いながら、あたしが袖に隠していたはずのカードを、みんなにバレないように、こっそり返してきた。

 影次くんがボソっと、

「あいこだからな」

「そ、そういうことね。それじゃ、そういうことで、あはは~」 

 あたしは乾いた笑いをする。

 影次くんはあたしのイカサマに気づいていた。

 それで、自分もイカサマを使った。

 そのイカサマとは、さっきのキス。

 角度的には分からないけど、実は唇じゃなくって、ホッペタを押しつけただけなのよね。

 あたしもビックリだよ。

 その後は、みんなと楽しく、普通に遊んだよ☆

「あっ! もう、こんな時間だ! 早く帰らないと、基地の門限に遅れちゃうよ!」

 桃ちゃんが、あたしの腕をつかんで、 

「桃はコロナさんと、もっともっと遊びたいです!」

 緑ちゃんが、

「コロナさんが迷惑するからダメに決まってるじゃん」

 葵ちゃんが、

「緑ちゃんの言う通りですよ~、桃ちゃん、手を離しましょうね~」

 茜ちゃんが、

「そうそう、さっさと帰ってもらいなさい」

 影次くんが、

「そうだ、俺も基地に戻らないと、おやっさんに叱られる」

 茜ちゃんが、

「影次は、もう少~し、ゆっくりしていって、いいんじゃない!」

 言葉尻の最後は命令口調だった。

 その勢いに気圧されて、

「ま、まあ、そうだな。もうちょっと、ゆっくりするか。ところでコロナ。お前、次の休みの日に、また、ここに遊びに来ないか?」

 桃ちゃんが瞳をキラキラと輝かせながら、あたしを見つめ、

「え~と、どうしようかな? 休みの日は、掃除、洗濯、買い物で、結構、忙しくって。だけど、うんって言わないと、帰してもらえないような気がするね」

 影次くんが、

「おあいこだもんな!」

 あたしはギョッとなる。

「こんなタイミングで! もう!」

 意味がわからず、みんなキョトンとしている。

「あはは、分かったよ。また、遊びに来るよ、桃ちゃん」

 影次くんを睨み付けながら、

「そ・れ・に、影次くんも! おあいこだからね!」

 ニヤリと笑う影次くん。

 茜ちゃんが目を釣り上げながら、

「おあいこって、どういうことよ!」

「いや、お互いに基地の門限が厳しくって大変だなあって、ことだよ」

 影次くんがサラッと言いわけする。

 茜ちゃんがジト目で、

「本当でしょうね!」

「だましても意味ないだろ」

 穴の開くほど影次くんを凝視したあと、

「まあ、いいわ! また、休みの日に会いましょう、コ・ロ・ナさん!」

「あはは」 

 あたしは乾いた笑いを残して基地に帰って行った。


   ☆2☆


 白銀基地に戻ってからわかったことだけど、影次くんは別に影が薄いってことはなかった。

 ただ単にパイロットと整備班は、すれ違いが多いということ。

 注意して見ていると、結構、簡単に見つかるもんだよ。

 ほら、今もおやっさんと、他の仲間、数人と連れだって、格納庫に入っていった。

 一番若いから目につくし、パッと見ただけで、すぐ影次くんだって、わかるようになったよ。

 休み時間になると、いつも図書室に行くのわかった。

 どんな本を読んでるのかな?

 図書室っていうのは老朽化した第十三格納庫のこと。

 物置になっていたんだけど、誰かが本を置くようになって、他の人も本を持ち寄るようになって、いつの間にか図書室って呼ばれるようになった。

 あたしはあんまり利用したことがないけど、今度、行ってみようかな。

 こんな感じで、いつの間にかあたしは影次くんの姿を知らず知らずのうちに追うようになっていた。

 でも、こうして見ていると、つい、あの日の事を思い出しちゃう。

 ヒンヤリとした、影次くんの、柔らかいホッペタの感触、

「コロナッ! 貴様、私の話を聞いているのかっ! さっきから、窓の外ばかりながめて、何をしている!」

「す、すす、スミマセ~ン!」

 赤月風華の叱責に、どもりながら返事をする。

 しまった、ブリーフィング中だった。

 ナデシコちゃんが、

「コロナちゃんは愛しの影次くんの事を考えていたんですよね~」

 ガターン!

 あたしはイスを引っくり返しながら立ち上がる。

「なっ! なな!?」

 ネコちゃんが、

「バレバレだよコロナっち~。だって、ズ~~~~~っと、あいつの事を見てるんだもん」

「ええっ!?」

 トンボちゃんが、

「トンボは全然、気付かなかったです~」

 ホッ。

 と、する間もなく、赤月風華が、

「不純異性交遊は許さん! コロナッ!」

 あたしは、あたふたしながら、

「ふ、不純異性って、そ、そんなことは」

 赤月風華がギラっと瞳を光らせ、

「ブリーフィング中に恋人を見つめているとは、いい度胸だな!」

「こ、恋人じゃ、ち、ちがい」

「言いわけ無用! 恋愛するなら基地の外でやれ! 今がどういう状況か貴様は分かっているのか!」

「あ、はい、スミマセン」

 返す言葉もない。

 赤月風華がナデシコちゃんを鋭く睨むと、

「ところで、ナデシコ、その、影次くん、とやらはいったい、どういう奴だ? 詳しく教えろ」

 ネコちゃんが、

「興味しんしんジャン!」

 トンボちゃんが、

「コイバナの魔力です~」

 赤月風華が青筋を立てながら、

「隊員のメンタル面を把握するのも隊長のツトメだ! それで、どうなんだ? その、影次くんとやらは?」

 ナデシコちゃんが肩をすくめながら、

「本名、霧絵影次ですわ。幼少の頃から軍属遺族会孤児院で暮らしています。現在、十三歳。神風特攻隊に志願したのですが、右目の視力が、ほとんどゼロ。そのため、整備班へと回されました。趣味は読者。よく図書室へ出入りしていますわ。本人は特攻隊入りがあきらめきれず、整備長おやっさんに頼んで、時折、二式水挺で訓練していますわ」

「「「「へ~」」」」

 目が悪いとか、飛行訓練をしているとか、そんなことは全然、知らなかったよ!

 ナデシコちゃんの情報収集は相変わらずズバ抜けてるね。

 ナデシコちゃんが続けて、

「なお、軍属遺族会孤児院とは名ばかりで、支給される補助金はスズメの涙。生活費を支えているのは、孤児院出身のお兄さんや、お姉さんの援助金で、影次くんもお給料の大半を孤児院のために使っているようですわ」

 赤月風華が感心したように、

「そうか、なかなか骨のある奴だな。それでコロナ、影次との仲はどこまで進んだんだ? もう、キスぐらいはしたのか?」

「はあああっ!?」

 あたしは全身がカッと熱くなる。

 ナデシコちゃんが、

「さすがに、そういった進展状況は、わたくしでも分かりかねますわ」

 ネコちゃんが、

「いや、コロナっちの様子から察するに、二人はプラトニックだね、ウフフ」

 トンボちゃんが、

「二人は清い関係なのです~」

 赤月風華が、

「そうか、それで、二人はいつ結婚するんだ?」

「はあああっ!? な、何でそうなるんですか!?」

 あたしは素っ頓狂な声をあげる。

 赤月風華がいたって真面目に、

「こんなご時世だからこそ、早く結婚する夫婦がたくさんいるぞ。私が仲人を勤めてやろう。善は急げだ」

 ナデシコちゃんが、

「式場は任せてください。ゴージャスな式場をご用意いたしますわ」

 ネコちゃんが、

「和式と洋式のどっちにしたらいいのかな~? コロナっちは、どっちも似合いそうだよね~、ウフフ」

 トンボちゃんが、

「トンボは」

「もう~っ! みんな、いい加減にしてよ! 影次くんとは、そんなんじゃないんだからねっ!」 

 あたしは必死にそれだけを言った。

 すると、赤月風華が、

「冗談はここまでにして」

「冗談かいっ!」

 赤月風華がニヤリと笑い、

「そう悪くない男みたいだからな。応援するぞ、コロナ」

 ナデシコちゃんが、

「少々、調子に乗りすぎましたが、応援しますわ」

 ノリノリだったよね!

「コロナちゃんには後悔してほしくなかったのですわ」

 ネコちゃんが、

「女は度胸!」

 どうコメントしたらいいのやら?

「ガンバるんだよ、コロナっち! ボクがついてるからね! ウフフ」

 トンボちゃんが、

「せっかく知り合ったんです~。フラれたり、捨てられないように~」

「そもそも、付き合ってないし! フラれたり、捨てられたりしないから!」

 赤月風華が、

「ともかく、恋に生きるのもいいが、自分に与えられた役割はキッチリこなせよ。やる事さえ、ちゃんとやっていれば、誰も文句は言わない」

「は、はい。わかりました。ちょっと、受かれすぎていました。反省します」

「わかればいい。ブリーフィングを再開するぞ」

「「「「はい!」」」」

 出会いは最悪だったけど、影次くんが嫌いってわけじゃない。

 最近は少しだけ、本当に、少~しだけ、気になる存在。

 本当に少しだけだよ。

 でも、今はブリーフィングに集中しなきゃね。

 やることはちゃんとやらなきゃだよ。


   ☆3☆


 影次くんが何を読んでいるのか気になったあたしは、訓練終了後に図書室へ行ってみた。

 第十三格納庫のシャッター、その横についている扉を、

 ギギギ~、

 と、軋み音と共に開け、中に入る。

 以前、一度だけ入ったことがあるけど、相変わらずカビ臭くて、薄暗くって、あんまり気持ちのいい場所じゃない。

 ガラクタの山が所狭しと積み上げられている図書室を見回すと、格納庫の一角に本の山が、うず高く積み上げられている。

 一応、棚もあるけど、ほぼ何も考えずにゴチャゴチャと、盲目滅法に詰め込まれていて、ジャンルも何も関係ないって感じ。

 何がどこにあるのか、さっぱりわからない。

 ていうか、いつからこんなに本が増えたんだろう?

 本や雑誌は配給制だから、本好きの人にとっては、ここは天国かもしれないけど。

 あたしが本の山の前で呆然としていると、扉が開く。

「誰かと思ったら、コロナか。何か探しているのか?」

 影次くんだった。

 小脇に本を抱えている。

「その、つもりだったんだけど」

 あたしはギゴチなく答える。

 影次くんが本の山を見あげ、

「この本の山を見て、途方に暮れていたわけだ。そのうち整理するつもりだったけど、つい、読むほうに夢中になって、なかなか手がつけられなかった」

 ふと、あたしは思いついたことを聞いてみた。

「影次くんは今までに図書室の本を、どれぐらい読んだの?」

「半分ぐらいかな」

「マジ!?」

 影次くんがうなずく。

 そんなに本を読んでいるなんて、全然、知らなかったよ!

「俺のことより、何か読みたい本があるなら、探してやろうか?」

 あたしはドギマギしながら、

「え、いいよ。その、たまには、図書室を覗いてみようかなって、ちょっと思って来てみただけだから」

「そうか」

 あたしは視線を影次くんが抱えている本に移し、

「影次くんは、今は何の本を読んでいるの?」

 と、聞いてみると、

「星の王子さまだ」

 意外な答えが返ってきた。

「童話?」

「そうだ」

「面白いの?」

「面白い」

「どこが面白いの?」

「これを読んでいると、人間がいかにチッポケな存在かがよくわかる」

 童話、だよね?

「難しい本なの?」

「難しくない」

「哲学的とか?」

「そうでもない。ネタバレになるが、本の中にあるエピソードの一つに、人が本当に支配している土地は東京ほどの広さも無い。と書いてある」

「まさか! 人間は世界中を支配しているよ!」

「ところが、人間を五十センチメートルごとに、整列して立たせると、本当に東京に収まってしまう。つまり、人間が足を踏みしめて支配している土地は、それしかないってことだ」

 あたしはちょっと感心しながら、

「面白い考えかただね」

「読んでみたくなったか?」

「うん! でも、影次くんが読んでるんでしょ」

「俺が読み終わったら、棚に置いておくから、ヒマな時に読んでくれ」

「わかった。でも、意外だね、影次くんが童話を読むなんて」

「星の王子さまの作者、サンテ・グ・ジュペリは、戦闘機のパイロットなんだよ」

「童話作家じゃないの?」

「もともと軍のパイロットで、第一次世界大戦にも参加していた。軍を除隊したあと、郵便飛行のパイロットになり、その時の経験を元に、夜間飛行という本を書いた。その本が好評で、その後、作家としても活動した」

「へ~、パイロットなのに、作家の先生って、凄いね」

 影次くんがうなずき、

「星の王子さまは、郵便飛行中に、機体故障で砂漠に不時着したサンテ・グ・ジュペリが、救助されるまでの間に考え出した童話だ」

「へ~」

「サンテ・グ・ジュペリは俺の憧れだ。彼のように、パイロットであり、かつ作家になれたら、どんなにいいだろう。と、いつも考える。パイロットのほうはダメだったけどな」

 それって、パイロットは無理だけど、作家にはなりたいって事かしら?

 あたしは言葉に詰まる。

 あたしの沈黙に対して影次くんが、

「コロナ、お前が考えている事はすぐに分かるな。その通り。俺は作家になりたい。と、考えている。なれるか、なれないかは、分からないけど。だけど、生涯をかけて、挑戦してみるつもりだ」

 あたしは影次くんの志しの高さに驚きながら、

「影次くんなら、きっと、なれると思うよ」

 と、深く考えもせずに返事をした。

「気軽に言うなよ」

 あたしはムキになって、

「だって、影次くんは、こんなに本を読んでるじゃない。作家になれないはずがないよ」

 さらに、あたしは意気込んで聞いてみる、

「で、影次くんは、どんな小説を書くの?」 

「まだ、考えているところだ」

「え~、じゃあ、少しだけでいいから、コーソーだけでも教えてよ~」

 仕方ないなって顔つきで、

「そうだな、とりあえず、ファンタジーと言っておく。田舎の兄妹が騎士を目指しているけど、ふとした事から、竜の化身と出会って」

「出会って! それから、それから!」

「すったもんだする。まだ構想中だから、そんなとこだな」

「残念。だけど、気長に待つよ。小説が出来たら読ませてね」

「ええ~~~~~っ」

「いいじゃない、減るもんじゃなし。誰かに読んでもらうために、書くんでしょ」

「それは、そうだが」

「なら、いいじゃない。あたしが、影次くんの最初の読者ね。決まり~っ!」

「仕方ないな。そのかわり、次の休みは孤児院にちゃんと来てくれよな」

「言われなくても、もちろん行くよ。桃ちゃんと約束したんだから」

「それを聞いて安心した。俺はちょっと用があるから、少し遅れるかもしれない。それまで桃の相手を頼む」

「わかった。用事じゃしょうがないよね。先に行って、桃ちゃんと遊んでるわ」

「頼んだ」

 影次くんの謎の用事のせいで、あとあと、とんでもない事になるけど。

 そんな事になるとは露知らず、あたしは次のお休みを能天気に待っていた。


   ☆4☆


 日曜の朝が来た。

 あたしはベッドから飛び出し、素早く私服に着替える。

 食事もそこそこ、軍属遺族会孤児院へと向かう。

 例の怪しげな通りを抜けて孤児院が目前まで近づく。

 だけどそこで、あたしは、孤児院から連れだって歩いてくる、影次くんと茜ちゃんを見つけた。

 思わず、あたしはポストの影に隠れる。

 二人が仲むつまじく街を目指して歩いて行く。

「ど、どういう事なの? 用事っていったい何なの?」

 まったく腑に落ちないし釈然としない。

 あたしはモヤモヤする気持ちを抱えながら二人を尾行する事にした。

 言っておくけど、ストーカーとかじゃ、ないんだからね!


   ☆5☆


 街に入っていくのかと思いきや、途中から二人は山のほうに入って行った。

 だんだんと寂しい通りになっていく。

 ていうか、完全に山道だった。

「こ、こんな寂しい山道に入って、いったい影次くんと茜ちゃんは何をする気なのっ!」

 あたしは怒りにまかせて、それでも小声でささやいた。

 つもりだったけど、

 二人がピタッ!

 と、立ち止まり、周囲をうかがっている。

 まずい!

 バレた!?

 しばらくしてから、また歩き出す二人。

 ホッ。

 どうやら気づいてないみたい。

 あたしは尾行を続行する。

 毒を食らわば皿までよ!

 道はさらに険しくなっていく。

 高い竹林が生い茂っている。

 だけど、どういうわけか、山から海まで、バッサリと竹を切り取って、その斜面に竹で作った滑り台みたいな物が設置してある。

 あたしがそれに見とれていると、影次くんと茜ちゃんたちは、すでに山頂付近まで進んでいた。

 いけない、早く追いかけなきゃ!

 山の頂きまで来ると、大きなお屋敷があって、その門の前で、二人が何か話している。

 よく聞こえないので、ギリギリまで近づくと、

「コロナ! 来てるんだろ! 話があるから、隠れてないで出てこいよ!」

 影次くんが声をかける。

 あちゃ~、バレてたか。と、思いつつ、

「な~んだ、知ってたんなら、隠れなきゃ良かった」

 茜ちゃんが、

「せっかくのデートが台無しよ! どうしてくれるの!」

「いや、デートじゃないし」

 影次くんが突っ込む。

 あたしはホッとしながら、

「何でこんな山奥に来たの?」

 と、聞くと、影次くんが、

「お前が孤児院に来たあと、桃がコロナみたいに自分も空が飛びたいって言いだして聞かないんだよ。緑は桃より先に飛ぶんだ、とか言うし、葵はみんな仲良く飛びましょう、とか言うし、茜は」

「コロナに飛べて茜に飛べないはずがないわよね!」

 茜ちゃんが腕組みしながら力説する。

 影次くんが肩をすくめ、

「とまあ、こういうわけで、ここまで来た」

 あたしは、

「え? 話がつながってなくない? 何でここに来たのかが、さっぱり分からないよ」

 影次くんが、

「ここへ来る途中、竹林を切り開いて、海まで続いていた、竹製の斜面があっただろう」

「うん。あったね」

「あれはグライダーの滑走路だ」

「グライダー!?」

 影次くんがうなずき、 

「白銀市の上空を、時おり、白いグライダーが飛んでいるのを、何度か見かけた事がある。それで調べてみたら、ここの滑走路から飛んでいると分かった。この屋敷の裏は湖になっていて、飛行したあとは湖に着水しているんだ」

「ええと、そうなんだ。戦況が悪化して、にっちもさっちも行かない、このご時世にグライダーなんだ?」

 あたしが疑問を口にすると、

「誰かが、個人的に飛行訓練をしているらしい。だとすると」

「まさか! 桃ちゃんをグライダーに乗せる気じゃないでしょうね! 無茶にもほどがあるよ!」

「コロナ」

 影次くんが真剣な顔つきで、

「赤月風華が、なぜ天才パイロットと呼ばれているのか、お前は分かるか?」

「それと、桃ちゃんと、何か関係があるの?」

「赤月風華が飛行訓練を始めたのは十歳からだ。桃と同い年から始めたんだよ。だから、桃に出来ないはずがない。戦闘機のパイロットは、飛行時間が物を言う。千時間で一人立ち、三千時間でベテラン。飛べば飛ぶほど、ミッションをこなせば、こなすほど、上達する。それはコロナ、お前だって知っているはずだ」

「そ、それはそうだけど、だけど、赤月隊長のお父さんは、有名なパイロットだから」

「コロナ、お前だって神風特攻少女隊の副隊長だろう。お前は赤月風華のオヤジと一緒で、有名なパイロットだぞ」

 あたしはピーンときた。

「まさか! あたしに桃ちゃんの教官をしろって言うんじゃないでしょうね!? 冗談じゃないわよ!」 

 茜ちゃんが、

「いいじゃない、影次。コロナは自信がないみたいだから、影次が教官をしなよ。それで~」

 茜ちゃんがシナを作り、

「茜に手取り足取り、色んなことを~、優し~く、教えてちょうだい」

 ムカッ!

 前言撤回!

「やっぱり、あたしが教官をやるわ! まかせてちょうだい!」

 茜ちゃんが怒り心頭って顔つきで、

「なに言ってんの! たった今、やらないって言ったじゃない!」

「気が変わったの! あたしのほうが、影次くんより経験豊富だし、適任だと思うわ」

 茜ちゃんがムキになって、

「あたしは影次に教わりたいのよっ!」

「二人乗ったら、重すぎて、グライダーなんて飛ばないよ!」

「茜がデブだって言うの!?」

「影次くんが重いの! 男の子なんだから!」

 影次くんが見るに見かねて、

「二人とも、不毛な争いはよせよ。そもそも、グライダーを借りるのが先なんじゃないか?」 

 と言うのを聞いて、あたしはパッと閃いた。

「そうだ! わざわざグライダーを借りなくてもナデシコちゃんに頼めば自家飛行機が借りれるんじゃないかな!」

 影次くんが、

「いや、神風特攻少女隊の隊員には、迷惑をかけたくない」

「全然、迷惑じゃないよ! 理由を話せば、きっと大丈夫!」

「南雲邸は歩いていける場所じゃない。それに、どうせ桃たちの事だから、二、三日、長くても一週間も飛べば、すぐに飽きるだろう。グライダーで充分だ」

「そ、そうかな?」 

「そうだ。それじゃ、グライダーを借りに行くとしよう」

 あたしは釈然としない気持ちのまま二人について行った。


   ☆6☆


 緑亀銀蔵。

 表札にはそう書かれていた。

 影次くんが門を叩くと、

 タタタタ、

 誰かが小走りに駆けてくる。

 ギギギ~、

 と、門を開ける。

「どなたでございましょうか?」

 メイド姿の少女だった。

 影次くんが、

「白銀基地で整備をしている、霧絵影次といいます。緑亀邸にある白いグライダーをお借りしたくて、訪ねてきました」

「お約束ですか?」

「いえ、約束は取っていません」

「緑亀銀蔵様はお約束の無いかたには、お会いする事は出来ません。お約束をお取りになってから、またいらしてください」

 取り付くシマもない。

 あたしは、

「まってください! ほんの、ちょっとでいいんです。話を聞いてもらえないでしょう!」

「あなたは、どなた? あっ!? も、もしかして、あなた様は、神風特攻少女隊の」

「はい。コロナといいます。神風特攻少女隊、副隊長、日ノ本コロナです。身分証はここに」

 あたしが軍の身分証明書を見せると、

「ほ、本物、ですね! お待ちください! 銀蔵様にお伝えしますから! 少々、お待ちください!」

 しばらく待つと、メイドさんが戻って来て、

「どうぞ、お通りください。銀蔵様がお会いなさるそうです。ささ、どうぞ、どうぞ」

 さっきとは、まるで打って変わったような愛想のいい態度だった。

 長い廊下を進んで、だだっ広い広間に案内される。

 緑亀銀蔵は豪奢な装飾品に囲まれながら、ソファにゆったりと腰掛けていた。

 白髪をオールバックになでつけた、五十歳前後のロマンスグレーのおじ様だ。

 たぶん、実際の年齢より若く見えるんじゃないかな。

 手にした帝都新聞の写真と、あたしを見比べながら、

「確かに、間違いないようだな。君が日ノ本コロナくんか。神風特攻少女隊の活躍は聞いているよ。白銀市民で、知らぬ者はない有名人だ。さあ、立ち話もなんだ、遠慮せずに掛けたまえ」

 あたしたちがソファに腰掛けると、 

「メイドから聞いた話では、君らはグライダーを借りたい、との事だが、コロナ副隊長みずから、という話なら、拒否するわけにもいくまい。よろしい、喜んでお貸ししよう。ただし、条件があるが、いいかね?」

 あたしはツバを飲み込む。

「条件って、何でしょうか?」

 緑亀銀蔵が微笑を浮かべ、

「なに、いたって簡単な事だ。君たちには、午前中だけ、グライダーを使用してもらいたい。ただ、それだけの事なんだ」

「な~んだ。それなら、お安いご用です。でも、何で午後はダメなんですか?」

 影次くんが、

「失礼だろ、コロナ。せっかく貸してくれるって言うのに」

 緑亀銀蔵が、

「まあまあ、そう固くならなくていいさ。実は、あのグライダーは、ある少年のために作った物でね。彼は学校が終ったあと、訓練をするから、その妨げにならない必要がある」

「へ~、このご時世に、個人で飛行訓練をするなんて、ずいぶん奇特な人もいるんですね」

「なかなか見所のある少年でね。そのうち、何かやってくれるんじゃないかと、期待しているんだ」

「もしかしたら、その人、神風特攻隊に入ったりして」

「おいおい、それは勘弁願いたいな。せっかくの投資が無駄になる」

「えっ!? お国の為に働くのが、何で無駄になるんです?」

「神風特攻少女隊は、非正規軍だから、のほほ~ん、としていられるが、戦争の最前線はそんな、生優しいもんじゃないんだよ、お嬢ちゃん。命と金をドブに捨てるようなものだ」

「夕顔新聞や、読捨新聞では、毎日、戦勝報告をしているじゃないですか!」 

「君はあの記事を読んで、不審に思わないのかね? 全部、信じているとしたら、とんだお子様だな」

「なっ!?」

「あんな記事は軍のプロパガンダに過ぎんよ。つまり、宣伝工作だ。マスコミは、しょせん軍の犬でしかないからな」

「で、でも、帝都新聞は」

「あの新聞は比較的、正確に戦況を伝えている。骨のある新聞社だな。君たち非正規軍の記事まで取り上げているぐらいだから」

「あたしたちは勝ち続けています。きっと、いつか戦況だって良くなるはずです」

「局地戦でいくら勝利しても、大局をくつがえす事は出来ない。お嬢ちゃんが考えているほど戦争は甘くないんだよ。もっとも、お嬢ちゃんの考えというよりは、新聞やラジオに洗脳された結果なんだろうがね」

 あたしは開いた口がふさがらなかった。

「戦争は物量が物をいうんだよ、お嬢ちゃん。日本のような資源も人口も少ない国は、逆立ちしたってアメリカには勝てない。叩き潰されるだけだ。それは、百年後も変わらない」

 あたしは緑亀銀蔵をジト目でにらみ、

「特高警察に聞かれたら、速攻で逮捕される発言ですね」

「私を告発するかね、日ノ本コロナくん?」

「いいえ、でも、グライダーをお貸ししてくださる約束だけは守ってください。それだけです」

「いいだろう。君たちの、神風特攻少女隊の予備軍とでもやらに、期待するとしよう」


   ☆7☆


「まったく、生きた心地がしなかったぜ。ヒヤヒヤもんだよ。緑亀銀蔵相手に、あんな口の聞き方をする奴は、あとにも先にも、お前だけだ、コロナ」

 帰り道、影次くんがぼやく。

 茜ちゃんが、

「白銀市の産業のほとんどは、緑亀銀蔵の息がかかっているのよ、恐いもの知らずにも、ほどがあるわ。あきれて物が言えないわよ」

 あたしは、

「あたしたちが命がけで戦っているのに、のほほ~んとしてるとか、日本が負けるとか、アメリカには百年勝てないとか、腹が立ってしょうがないんだもん!」

 影次くんが、

「その通りだから、しょうがないな」

「影次くんまで、そんな事言うのっ!? 信じらんないっ!」

 影次くんが、

「神風特攻少女隊が、のほほ~ん、としているのは、言い過ぎだよな」

 あたしは、

「でしょ、でしょ。あたしたちは、地獄の特訓と、ギリギリの死線を、何度も乗り越えてきたのよ。それをあんな風に言うなんて、ひどいにもほどがあるわっ!」

 茜ちゃんが、

「お国のために志願したんだから、苦しいのは、しょうがないでしょ」

「そりゃ、そうだけど、でも、物は言いようで、もう少し、ソフトな言いかただってあるでしょ」

 影次くんが、

「とにかく、明日から頼むぜコロナ、俺もおやっさんに頼んで、午前中だけ基地の整備を休んで、桃と緑ぐらいは教えるつもりだから。葵からは体重オーバーだで無理だけどな」

 茜ちゃんが、

「失礼ね! 茜が太っているって言うの!?」

「いや、だから、その話は、コロナと散々しただろう」

 とかなんとか、また不毛な話をしながら帰った。


   ☆つづく☆

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