終わりの始まり 帝国崩壊
ゼロの猛攻により、帝国は追い詰められて……
「誰じゃ? お主は? まさか今、帝都に混乱をもたらしている侵入者なのかの?」
玉座に座っていたのは髭頭らのおじさんでなく、プラムとよく似た白いドレス姿の少女だった。
ただ、髪は美しい艶のある金髪で、瞳の色も緑と赤のオッドアイとプラムとは似ても似つかぬ個所はあるのだが……
「おい、まさか……お前が帝都を腐らせているのか?」
「? 何をバカなことを言っておるのじゃ。民が暴動を起こして、それを抑えておるだけなのじゃ! すべては大臣の手腕のおかげで、全て丸く収まっていくのじゃ」
不思議そうな顔をした後、そう説明してくれる。
「何を言いているんだ? お前は街を見たのか? 帝都の、この都にもたくさんの貧困者や奴隷を見かけたぞ? 肥えているのは、一部貴族だけだ」
「何じゃと? 大臣に外は危険と言われておるので見てはおらぬが、そのような戯言をペラペラとよく言えたものじゃな! 曲者じゃ! 衛兵、何をしておるか? 下にいた五英もじゃ」
少女は立ち上がり、声を上げ辺りをキョロキョロと見まわす。
「五英は殺した! もう、お前を守るものはいない」
俺はそう告げ、さらに近づく。
「嘘じゃ! 来る出ない、この人殺しの悪魔め」
「嘘じゃない。俺が悪魔なら、君も悪魔だ」
ゼロは優しい声を出し、さらに一歩進む。
「悪魔は貴様じゃ! まさか、あの魔王の生まれ変わりか? なのじゃ」
その言葉に立ち止まり俯いてしまう。
「魔王はもういない……お前達が殺した」
「それは安心なのじゃ! どうして泣いておるのじゃ?」
少女が、不思議そうに聞く。
「好きだったんだ。誰よりも優しく、お前のように善悪の相対性を知らなかった魔王の事が」
会ったばかりの奴にいう事ではないが、言葉があふれだして止まらない。
「優しい? 魔王が好きだったのか?」
「そうだ。この大陸を、人を愛していたあいつのことが……誰よりも優しい、プラムの事が」
「プラムというのじゃな。じゃが、最後に勝ったものが正義とエダムの奴がよく言っておったのじゃ」
さらに近づこうとして、透明な何かに行く手を阻まれる。
「そうか、なら……俺が勝って、正義になってやる!」
拳を振り上げ、透明な何かを叩く。
それは砕け散って、俺の行く手を阻むものが無くなった。
「な、最後の砦がなのじゃ……」
狼狽した声をだし、あたふた動いた後、玉座に倒れるように座り込む。
「善悪を知らぬ無垢な物よ、せめて苦しませぬように生かせてやる」
刀の柄を握り、構える。
手から血が垂れていたが、不思議と痛みを感じない。
「ふん、妾は皇帝ぞ! 最後まで、威厳というものを見せつけてやるのじゃ」
少女は座ったまま背後からナイフを取り出して、俺に向けてきた。
「一の型――」
「はいはい、ご立派ですよ。皇女様」
玉座の後ろの左側から、太った白髪の男が姿を現す。
「だ、大臣。何、のんきに肉なんかを食べておるのじゃ! 曲者じゃぞ」
少女は、のんきに骨付き肉を齧る大臣を睨む。
「新手か……邪魔をするなら斬るぞ」
「怖い、怖いですね~。まあ、ここへ来たのは時間稼ぎのためですが」
「それならすぐにまとめて、屠る」
居合切りの姿勢を取り直す。
「はあ、鬱陶しい。皇女様、私のために頑張って時間を稼いでくださいね」
そう言うと大臣は空いた方の手を懐に入れて、注射器を取り出し、それを少女の首に打つ。
「痛っ。な、何をするのじゃ――」
文句を言おうと声を出すも、そのまま気を失ったかのように玉座から滑り落ちて、地面に倒れてしまう。
「おい、何をしたんだ」
「新薬です。五英を作る時に少しずつ、開発していたんですよ」
五英? まさか魔物の血か……
「その子は、お前が守るべき主ではないのか?」
「もう用済みですし、私が逃げるまでの時間を稼いでもらいます」
ニヤニヤと大臣は笑みを浮かべ、玉座の奥に下がっていく。
「逃がすか! 一の型、雷神一閃――」
俺は渾身の速度で大臣に斬りかかるが、もう少しというところで、体が宙に浮き投げ飛ばされてしまった。
そのまま壁に強打して、地面に倒れこんでしまう。
「な、なんだ?」
顔を上げて、前方に視線を向ける。
大臣の姿はなく、倒れていた少女からどす黒い煙のような靄があがっているのが見えた。
「……」
少女の体が浮き上がり、その靄が羽のような見た目に変わる。
「どうなっているんだ?」
「……」
気を失ったままなのか、少女は声を出さないまま迫ってきた。
「くそ……」
痛む体を起こして、構えようとしたところで黒い触手が伸びてきて、身動きを封じられてしまう。
そのままドアを破壊し、外の空間に出されてしまった。
下から、叫び声や消炎の匂いがとどく。
このままこいつは、俺をどうする気なんだ。
「愚かな、愚かな人間どもめ……」
少女は、先ほどとは違う声を発する。
「何を言っているんだ?」
「ふん、何時、何時。争いを辞めず、殺し合う愚かな者達め。この私が終焉をもたらしてくれる」
俺の言葉に答えず、羽をはばたかせて空に浮かぶ。
新たに触手をはやして、その触手から黒い球体を作り出し、下の兵士達に向かって飛ばした。
「ぎゃぁあああああ」
いっそ、かん高い悲鳴が上がり、球体の当たった場所が地面ごと消失しているのが見える。
「どうなっているんだ?」
ここからではよく見えないが、塗りつぶされたように地面が黒くなっている。
「フハハハハ。人間ども! よく見るがよい! 魔王、ダリューングリ・ブリードモーの復活であるぞ!」
声高らかにそう宣言して、俺を地面に向かって投げ落とす。
あまりの勢いに、意識が飛びそうになる。
「くぅ、三の型、雷神招来。四の型、雷光一閃。」
何とか、地面に向かって技を繰り出す。
衝突を和らげるためだ。
だが、勢いがまだ強い。このままでは確実に死ぬ。
(このまま死ねば、プラムに会えるのか……)
脳裏でふと、そう考えがよぎる。
意識が遠のいていく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「起きぬか! ゼロ」
どこからか、プラムの声が聞こえる。
「ここは、あの世か……」
俺はそう呟いて、目を開けた。
真っ白な不思議な空間だ。
プラムが俺を見下ろしている。
頭の柔らかい感触は、プラムの膝か……
「何を言っておるのじゃ! まあ、そこの近くではあるのじゃが」
「俺も死んだのか?」
「いや、まだ生きておるのじゃ。死なせはせんのじゃ」
「プラム、俺はもういいよ。死なせてくれ」
パチッと、乾いた音が耳に響く。プラムに頬を叩かれた。
「たわけ者! 約束を破るつもりかなのじゃ!」
プラムは顔を赤く、怒った声を出す。
「約束……世界を共に回ることだろ? プラムがいなくては意味がないだろ?」
「違う、違うのじゃ。あの時は言葉を飲み込んだがの、妾はもともと此度の戦で、死ぬ気はしていたのじゃ――」
「何を言っているんだ? 死ぬっていったい」
「じゃからゼロには世界を回って、土産話をたくさん集めてもらいたかったのじゃ。もちろん共に回りたかったがの」
「どうしてそんなことを言うんだよ? 何で死ぬなんて思ってたんだよ? 俺が弱いからか? 頼りないと思っていたのか?」
言葉があふれてくる。
次第に目が潤み、涙があふれだす。
「違う、違うのじゃ。そんなことないのじゃ。ただ、帝国はあまりにも強大で、兵の数の差も凄いのじゃ――じゃから、万が一はお主だけでも生きてほしかったのじゃ」
プラムは唇をかんで目を潤ませ、そう捲し立てる。
「俺に、プラムを置いて逃げろってか? できるわけないだろ?」
「じゃから黙ったのじゃ! まさか、直後に殺されるとは思わんかったがの。なぜ逃げなかったのじゃ? 父まで蘇った今、もうどこにも逃げ場はないじゃろうが……攻めて少しでも遠くに逃げるのじゃ」
「敵を取りたかったんだ……嫌だ、俺はこのままプラムとあの世に行く」
泣きながら、駄々をこねる子供のように、そうプラムに伝える。
「妾の、妾の気も知らぬで、何がともに行くなのじゃ!」
プラムが立ち上がる。
俺は地面に頭をぶつけてしまうが、痛みはない。
プラムは俺に背中を向けて、腕で顔をこすっている。
「気持ちって何だよ?」
体だけ起こして、座ったままそう問いかけた。
「じゃから、好きじゃから、お主には……ゼロには、長く生きてもらいたかったのじゃ!」
後ろを向いたままこぶしを握って、叫ぶように言う。
「プラム……」
予想外の言葉に声が、詰まってしまった。
「もうどこへでも行くのじゃ! お主なんて、妾が好きになったゼロじゃないのじゃ。刀、失格なのじゃ……」
体を震わせながら、プラムはそう続ける。
(そうだよな……弱気になっている場合じゃないよな――俺はまだ生きている。なら、プラムが好きな世界を守り、土産話を沢山作って、それからプラムに会いに行こう)
俺は顔をぬぐって立ち上がり、プラムに背を向けた。
「そうだな、失格だな」
「……」
プラムの気配が近づいてくる。
「俺はまた、お前を惚れさせる。だから、見守っていてくれ……」
そう言って、前に進む。
ポフッと、俺の背中にプラムが倒れこんできて、立ち止まった。
「うむ、もちろんじゃ! 行ってくるのじゃ、ゼロ。妾は、お主の選択を信じるのじゃ」
俺の背中をそう言って、押してくれる。
その声はすごく嬉しそうな声だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おい、ゼロ。大丈夫か」
身体を揺すられて目を覚ます。
(助かったのか?)
気を失っていたようだ。
「アクトか……すまない。勝手な行動をした」
俺は立ち上がり、頭を下げる。
「うん? いや、構わないぞ。それより、戦況が芳しくない」
気にした様子もなく、辺りを見ながら警戒をしていた。
「どうしたんだ? あれ、剣が抜けてる」
胸にさした短剣が、何処にも見当たらない。
(落ちた時に、抜けたのか?)
「剣? 刀なら持っているだろう?」
不思議そうに聞かれる。
アクトの言う通り、刀は握ったままだった。
「嫌、すまない。忘れてくれ。それでどうしたんだ?」
「魔王が復活して、暴れている。まさか、皇女に化けていようとは……」
アクトが空を見て、体を震わせる。
「すべての元凶、魔王を早く討つんだ。皆のも――」
士気を上げようとした帝国兵が、魔王の一撃で姿を消す。
その様子に残っていた兵士達が、逃げまどっている。
「アクト、本当の敵は大臣だ」
「どういうことだ?」
俺は自分が見たことをアクトに伝えた。
「ってな感じなんだ」
「よくそれで助かったな」
感心しているようなでも、どこか呆れた声でそう言われる。
「プラムのおかげだろうな」
「そう言えば、どこにおられるんだ?」
「殺された……五英に」
「な、何だと! いや、すまない。それで作戦が早まったのか……」
アクトは驚いた後、どこか納得がいったという様子だ。
「本当にすまなかった」
「いや、構わないと言っただろ。それより、今をどうするかだ」
「それなら、作戦というか頼みがある」
「何だ?」
「大臣は、地下から海に出るつもりだと思う。それをアクトに止めてもらいたい」
「ゼロはどうするんだ?」
「俺は魔王を斬る。大臣の首を持って終戦を宣言し、この大陸を治めてくれ」
俺は魔王の動きを見ながら、そう伝える。
「魔王を、斬るか……その後、ゼロはどうするんだ?」
「俺は旅に出る。プラムとの約束があるんだ」
「フハハハハ。この状況で未来を見ているとは、頼もし限りだ。ああ、大臣は任せてくれ」
拳をぶつけあって、俺達は分かれた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おい、魔王。俺が相手だ」
魔王の前に回り、そう宣言してから構える。
「ふん、愚かな人間め殺してやる」
少女の姿の魔王は、黒い球を俺に飛ばしてきた。
「二の型、雷神雷光」
不思議と体が軽い、これならフル速度で動けそうだ。
「く、ちょこまかと動きおって」
背後から斬りかかり、触手を一本斬り落とす。
「ふん、貴様は今日ここで死ぬんだ」
居合切りの構えを取る。
「いい気になるなよ人間……ファァァァァァァァァ」
あまりにうるさい雄たけびに、耳を塞いでしまう。
黒い靄が少女を包み、球体となって飛んでいく。
「逃がすか――」
俺はそれを追いかけて、塔を上る。
城の前の広場に出て、辺りを見回す。
「どうなっているんだ?」
城の前で動かなくなっている球体に、警戒しながら近づいて行く。
間合いに入ったところで、球体にひびが入る。
中から、顔のない黒い人型が出てきた。
「ヴォォォ!」
雄たけびを上げて、俺に手をかざすし黒い指が槍のように迫ってくる。
「ふん! どこから声を出しているんだ……」
刀でいなしながら、疑問が口から漏れ出た。
「あ、あ、るるる」
知性のかけらもない、滅茶苦茶な攻撃だ。
叩くように幾重もの指を伸ばしたり、刺そうと追いかけてきたりと単純な動きが目立つ。
「どうした? 魔王、知性を失ったか?」
大臣が打った薬品が未完成だったのか、もはや魔王らしさもなくただの暴力の塊と化していた。
「ヴォォォー」
「それは不味そうだな……」
球体をいくつも発生させる。
後ろに飛び退く。
その一つが城にあたり、城の上半分が消失する
「二の型、雷神雷光」
攻撃をかわしつつ、一定の距離を保つ。
地面に球体が当たり、広場が崩れ始める。
「ヴ? ウゴォォォ」
突如崩れた始めた足場に、驚いているようだ。
広場が崩れ、城が崩壊していく。その衝撃で、塔が崩れていく。
当然俺も、宙に投げ出された。
「勝機! 神速一閃」
逆さまに落ちていく魔王に向かって、崩れ落ちる石を足場に斬りかかる。
「お願いじゃ、妾を殺して、終わらせてほしいのじゃ……」
刀が当たる寸前、そう声が聞こえた気がした。
「いや、お前は生きることで償うんだ」
俺は魔王の首をはねて、落ちていく。
下を見ると幸いにも海が見えた。
(プラムのおかげか?)
「四の型、雷光一閃」
そんな事を考え笑みを漏らして、衝撃を和らげるために技を発動させる。




