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WonderLand.  作者: 創音
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第5話 夏ノ瀬。

 ――夏は嫌いだ。

 責め立てる蝉の声、目が眩む夕立、咽返る熱帯夜。


 ……そしてそんな夏の日に、兄さんは、この世界から……消えてしまったから。


 +++


歩耶(あゆか)?」


 前を歩いていた幼なじみの少女・梨子(リコ)が、くるりと振り向いて首を傾げた。

 ゆらゆらと揺らめく炎天下に、彼女は暑さなど気にしていないようだ。


「……なんでもない」


 歩き出した世界は、ぐるりと歪みはじめていた。


 +++


 冷房が効きすぎた電車の中。

 オレと紅い髪の猫の二人きり、貸切状態。

 どこへ向かうのか、どこから乗ったのか。

 それすら思い出せないけれど、もう二度と降りられないことだけはぼんやりと理解した。


「そうだね、キミが失くしたモノを取り戻すまでは」


 包帯を巻いた猫が笑う。

 失くしたモノ。オレが追い求めるモノ。

 ……ずっと昔、この夏の日に消えた、兄。


「……それだけじゃないよ、アユカ」


 猫の声に被さるように、踏切の警報音がけたたましく鳴り響いていた。


 +++


「消えた兄を探したいのなら、異形と戦いなさい」


 ある日告げられたのは、非日常への入口だった。

 それをオレに伝えたのは、真っ白な髪の女王。オレが戦うのは、真っ黒なウサギ型の影。

 そして、戦い続けたその先にいたのは。


「よくここまで辿り着いたね、アユカ」


 嗤う嗤う嗤う、蒼い髪の【眠り鼠】――




「マユカは別の世界にいるよ。

 ほらご覧、楽しそうに笑っているよ。きみの苦労もなにも知らずに!」


 【眠り鼠】に見せられたのは、水面に映る兄の姿。

 こちらのことなど忘れてしまったかのように笑うその人に、オレは声を張り上げた。


「っ違う!! こんなの……こんなの、デタラメだ!!」


「そうかな?」


 ニタニタと嗤う【眠り鼠】に、真っ青な顔をした猫が首を振る。


「もうやめよう、もうやめようよ、こんなの誰も望んでないよ」


「オレが望んだんだよ、チェシャ猫。

 オレが望んだんだ、アユカを殺せば……この世界は崩壊する」


「……どういう、ことだ?」


 嘲笑う【眠り鼠】に尋ねると、鼠はさらに意味のわからない言葉を発した。


「アユカは【世界樹(ユグドラシル)】。この世界の要。

 そうしてアユカを殺すのが、オレの目的」


「……ユグドラシル? オレを殺す……って、なんでだよ!!」


 叫ぶオレに鼠はその青い瞳を細める。そこに宿る殺意に、思わず後退ってしまった。


「知らなくていいことだよ、アユカ。だって……」


「っアユカ!!」


 言葉を切った鼠、悲鳴のようにオレの名を呼ぶ猫。

 背後から、剣を象った無数の影が、オレと猫を狙っていて……――



「さよなら、アユカ」



 【眠り鼠】の声と海の波音が、世界に残響した。


 +++


 ――夏は嫌いだ。

 責め立てる蝉の声、目が眩む夕立、茹だる夕焼け、咽返る熱帯夜。


 ……そしてそんな夏の日に、オレは、この世界から……消されてしまうのか……?



「歩耶」



「……り……こ……?」


 気がつけばオレは、砂浜に倒れていた。夕焼けの赤が目に染みる。

 体の半分が海に浸かっているが、動くことも億劫だった。

 右隣には、チェシャ猫が意識を失って倒れている。

 そして反対側にいたのは……幼なじみの梨子だった。


「残念だったね。ずいぶん惜しいところまで行ったんだけど……失敗だったね」


「……な、に……?」


「でも大丈夫。そんなときのための、『わたし』だから」


 オレの問いかけには答えずに、梨子は真っ直ぐに夕日を眺めている。


「……【眠り鼠】はね、この世界に拒絶されたの。異端な能力を持っていたから。

 だから、世界への復讐のためにアユカを殺して……この世界を滅ぼそうとした」


 この“非日常”を知らないはずの梨子から出てくる単語に、オレの心は不安に揺れる。

 ……彼女は、『誰』だ……?


「でも、【眠り鼠】は知らなかった。

 アユカが……【世界樹】が殺されないための保険がある、ということを」


「保険……って……」


 そこで初めて、梨子はオレと視線を合わせた。

 彼女の茶色の瞳は、夕焼けを映して紅く染まっている。


「私だよ、歩耶。私の存在が、歩耶の保険。

 君が命を落としても……私の存在が、君を助ける」


 オレを助けたら今までの『梨子』は消える。

 しかし、また同じ容姿同じ名前の『梨子』が生まれて、オレの『保険』としてオレの前に現れる。

 最初からそこにいたかのように。オレの『幼なじみ』として。



 ……まるで、夏の陽炎のように。



 そう言って梨子は、心底嬉しそうに笑った。

 オレのために命を投げ出せるのが、嬉しいのだと、笑った。


 梨子のからだが薄く消えていく。夏の夕闇に、溶けていく。

 どうして。


「り、こ……!!」


 どうして、こうなってしまったんだろう。

 いつまで続くのだろう。

 どうすれば……彼女を、救えるのだろう……?


『さよなら、歩耶。次の『私』に、よろしくね』


「っ梨子……ッ!! 梨子ッ!! 梨子ぉぉぉぉッ!!」



 +++



「……起きたのね、歩耶」



 空調の効いた自室で目を覚ませば、傍にはベッドの縁に腰かける梨子がいた。


「……梨子……? あれは……ゆ、め?」


「何寝ぼけてるの。……まあ、目が覚めたならいいわ。

 わたし、帰るわね」


 立ち上がり背を向けた彼女は、梨子だけれど……しかし、違う存在に見えて。


「……っ梨子……!!」


 伸ばした手は、厚い扉に阻まれてしまった。



 +++



 ――夏は嫌いだ。

 責め立てる蝉の声、目が眩む夕立、茹だる夕焼け、咽返る熱帯夜。


 ……そしてそんな夏の日に、オレの幼なじみは……この世界から、消えてしまった。

 オレの命と、引き換えに。


 それはきっと……紛れもなく、現実なのだろう。



 ああ――



「……夏なんか、無くなればいいのに」



 呟いたのは、誰かのこころ。

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