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WonderLand.  作者: 創音
2/6

第2話 雨ト夢。

「おはよう、歩耶(アユカ)


 幼なじみの梨子(リコ)が、ピンクの傘を差しながら笑った。


「今日から梅雨入りだってね」


 隣を歩きながら、梨子は取り留めのない話を続ける。

 雨。

 しとしとと降り続くそれを、オレは見上げる。


(……兄さんがいなくなったのも、こんな雨の日だった)


 五年前、いなくなった兄を思い出す。

 彼がいなくなったのも、梅雨の時期だった。


「アユカ?」


 聞こえた声に顔を上げると、目の前には梨子ではなく、赤い髪の少年がいた。

 どうやらぼんやりしている間に授業は終わったらしい。


「どうしたの? ぼんやりしてたけど」


「……兄さんのことを、考えてただけだよ、チェシャ猫」


 自らを【チェシャ猫】と名乗る包帯だらけの少年に、オレは緩く笑う。

 空を映したような青い色の傘を広げる。

 止まない雨の中、少年と並んで歩く。


「お兄さんいなくなったの、この時期だっけ」


「……ああ」


 兄がいなくなって、途方に暮れていたオレの前に現れた、真っ白な【女王】とこの【チェシャ猫】。

 以来、オレの日常は非日常に変わったわけだが、それはまあ、今は置いておこう。


 ふと足元を見やる。

 雨降る季節に咲き誇る色とりどりの鮮やかな花が、そこにいた。


「アジサイ、キレイだね」


 再度聞こえた声に、また顔を上げる。

 今度は梨子が、傘をくるくると回しながら笑っていた。


「もう、歩耶ってば、ぼんやりしすぎだよー!」


「ああ……ごめん」


 ピンクと黒の傘が並んで歩く。

 猫はいつの間にかいなくなっていた。


「これは現実なのかな」


 ぽつり、傘から水滴が零れ落ちた。


 

『さあ、どうだろう?』



 答えたのは、蒼い髪の【眠り鼠】。

 握っていた傘はいつの間にか、愛用の金属バットになっていた。

 オレはバットを握りしめ、駆け出した。


『これが、夢なら……きみは、どうする?』


 ぱしゃり。

 水溜まりを踏み潰した音で、世界が眩む。

 遮断機が音を立てて、電車は水を跳ね飛ばした。


「歩耶!」


 遮断機の向こう側、いるはずもない兄さんが、手を振っていた。

 ぐらり、霞む視界に映った空は、夏を描いた青空だった。


 +++


「歩耶、熱中症で倒れるなんてビックリしたよ」


 静寂が包む家の中、梨子が笑った。

 木製の天井が見える。

 自室のベッドに、オレは寝ていた。


「……いつから……兄さん、は……?」


「歩耶?」


 不安げな梨子の顔が、オレを覗き込む。


「大丈夫? まだ寝ていた方がいいよ?」


 彼女はそう言って、布団をかけ直す。

 降り始めた雨の音が、部屋を満たした。


「わ、雨だ。私、帰るね」


「あ……ああ」


 いそいそと帰る支度をする梨子に、オレは曖昧に頷いた。

 ふと、気になったことを尋ねてみる。


「なあ、梨子」


「なあに?」


 首を傾げた幼なじみは、オレの方に向き直った。


「これが、夢なら……お前は、どうする?」


 それは【眠り鼠】の問いかけ。

 梨子は朗らかに、笑い飛ばした。


「決まってるわ。起きればいいのよ」


 立ち上がった少女は、オレを現実へ引き戻す存在なのだろうか?


「おやすみ、歩耶」


 その言葉に、オレは意識を手放した。

 雨音はもう、聞こえない。




 雨ト夢。



(兄さんが、異世界にいることを)


(この時のオレは、まだ、知らなかった)




 窓辺に一輪、紫陽花がゆらりと笑った。

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