表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Pitch night, Sun light

作者: なみあと

 真っ暗な夜の中で、自動販売機が光っていた。



「砂利道は素足で歩くには、少し痛いのではない?」

 たまたま通りかかった私に、それはそうやって声をかけた。

 それは私の身なりを言っているのだろう。確かにこの舗装されていない道を、私は靴すら履かずに歩いている。

 ……けれど私はその愚問に答えることはしなかった。ただ、無言で立ち去るのも何か違うように思えて、結局私は、型に嵌った挨拶を返す。

「今晩和」

「今晩和」

 と、自動販売機もそうやって挨拶をした。

 そしてせっかくだからと、私はそれにお願いをする。

「くださいな」

「何が欲しいんだい」

「そうね」

 けれど私は、彼が何を売っているのかを知らない。

 小首を傾げて尋ねてみる。

「何があるの?」

「何でもあるさ」

 けれどそうやって、あまりにも楽しそうに言うから、私は自動販売機を苛めてやりたくなった。

 私は高飛車を装って、

「それなら、あなたの持っていないものを頂戴」

「やあ、持っていないものは売れないよ」

「嘘吐きね。何でもあるって言ったのに」

「ああ。何でもあるよ。――君の求めるもの以外なら」

 それを聞いて、私は思わず目を丸くした。

 頬を膨らませながら、告げる。

「意地悪」

「お互い様」

 くくっ、と小さな笑い声とともに、自動販売機はそう言った。

 私のからかいへの、仕返しのつもりだったのだろう。



 小さくため息をついて、私は自動販売機に寄りかかった。

 そんな私へ、からかうように彼は言う。

「疲れたのかい」

「休憩よ。夜はまだ長いから」

「成る程。賢明な判断だ」

 自動販売機の隣に立つ外灯が、ジジ、ジジジ、と音を立てて点滅を繰り返している。それほど遠くない未来、寿命が尽きるだろう。果たしてそれは数分後か、数日後か――それはわからないけれど。

 けれどそれもいつかは、

「死ぬのね」

「……うん?」

 不意に吐かれた私の言葉の意味がわからなかったのだろう。突然どうしたい? と、心底不思議そうに、自動販売機は言った。

 それに私は、なんでもないわ、と答える。今更考えるまでもなく知っている当たり前のことを、そんな感慨深げに吐いたのだと、思われたくはなかった。だからそう言えば、彼はただ、そうかいと言った。私の考えになど、興味はなかったようだ。

 明かりを求めてやってきた蛾が、自動販売機に止まった。それを見て自動販売機は、やあ、可愛いなあ、と楽しそうに言う。無機物にとって、有機物は慈愛の対象になるのだろうか。

 蛾がまた飛び立っていくのを見送りながら――

「そういえばこの間、業者が来てね」

 彼はぽつりと、そんなことを言った。

「業者?」

「僕の中身を補充して行った」

「ふうん」

「明けない夜はないよと、そういう歌を歌っていたよ」

「そう」

 暗い夜が私たちの周りに広がっている。

 この夜もいつかは明けるのだという。

 けれど私は疑問に思う。

 ――だからどうしたと言うのだろう。

「そろそろ朝が来るよ。お行き」

 自販機が言った。

 こうべを上げて東を見やるけれど、まだ闇が広がっていた。

 西も南も、私の頭の上も、まだ黒いままだ。けれど自動販売機がそう言うから、私はそれを信じることにする。

「ええ」

 さよなら。言えば自動販売機は、さよなら、と言った。私との別れを惜しんでなどくれなかった。私が別れを惜しんだことなどないのと同じように。

 素足で砂利道を歩く。

 石が足の裏にめり込んで痛みを感じる。

 少し歩いてから振り返ると、舗装のない道の橋で、自動販売機がぼんやりと光っていた。ものを売らない自動販売機が。

 その横に佇む電柱はもう光っていなかった。だから自動販売機は、たったひとりで、ただ静かに、誰のためでもなく、阿呆のように光っていた。光らざるを得なかった。

 朝が来れば世界は明るくなるだろう。

 果たして朝は来るのだろうか。

 私は足元を見た。

 その道は薄暗く、私は照らす灯りなど持ち合わせていなかった。

「嗚呼」

 だから私はそれに今気づいたかのように、そしてまるでそれを嘆くように、天を仰いでみた。けれどそれは仮初めの仕草だった。ただ、そうしてみたかっただけなのだ。

 嘆くまでもなく、もうずっと昔から気づいていた。

 私は無力だ。

「…………」

 無言で天を仰いだところで、そこにもただの暗闇しかなかった。

 私はそれに失望などしなかった。ただ、そこにあるものへの諦念だけを感じていた。



   *



 そろそろ朝が来るよと。

 自動販売機は言っていた。


 明けない夜はないのだと。

 業者は歌っていた。


 果たして朝は来るのだろうか。

 いつかは来るのかもしれない。

 もしかしたら来ないのかもしれない。

 けれどどちらでも構わない。

 どちらにしろ、世界は何も変わらない。


 朝日は誰も救わない。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 朝日は誰も救わない。 ゾクリと来ました。 朝日と言えば肯定的イメージが多いですし、 明けない夜は無いとの会話のあとでのこれ。 ある意味明けない夜よりも現実的で絶望感の強い言葉だなと思いまし…
[一言] 「じゃあ、あなたの持ってないものをちょうだい」 「はい、今から探しに行きます。手に入れました。目の前のあたなの写真」 なんてのはどうでしょう。この会話が面白かったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ