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彼と彼女と残念ごはん。

ロマンスとはほど遠い

作者: 砂臥 環

挿絵(By みてみん)



『パンがなければ、お菓子を食べればいいじゃない』?


──馬鹿め、パンの代わりとして菓子など食ってみろ。胃がもたれること請け合い。


「そう、今の私のようにな!」


ヤケ気味に高笑うも、虚しく響く。

主に、胃に。

否、響く余裕もなく私の胃の中には詰められたホールケーキがパンパンである。


ヤケ食いとはよく言ったものだ。

ヤケ食いのヤケはヤケっぱちのヤケであり、胸焼けのヤケでもあったのだと知る。


ホールケーキ1ホールとか、子供の頃は夢の行為だったが、いざやってみるとクリームに凭れ、お口直しレベルの苺に救いを求める地獄の所業。苺が8割でいい。お願いします、苺をください。

スイーツ食べ放題とか行く人の気が知れない。いやこれ完全に妬みなんだけど。スイーツ沢山食べれる若さへの。

最早若くない私がケーキを美味しく頂けるのは精々四分の一であり、それ以上は胸焼けと胃もたれを覚悟せねばならぬのだ。若い頃はもう少し食えた気がする。

奇しくも今食っているのが、バースデーケーキというのがまた腹立たしい。


それもこれも、全て、あの人のせいだ。




ウチの企業には『誕生日休暇』なるものが存在している。余程手が離せない仕事以外、有給扱いで一日余分に休みをとらされるという謎の福利厚生だ。

所謂『御局様』である私には、迷惑この上ない。大した仕事じゃない仕事が、意味の無い休み明けに大量に待っているのだ。

人のルーティンをまるっと無視しやがって。


仕方なく惰眠を貪っていると、インターフォンが鳴った。こちとら寝間着である。益々煩わしい。


モニターを見るとそこには課長がいた。




課長と私は同期で、あと4人程仲良くしていた同期がいる。ふたりは女子で寿退社し、一人は離職、もう一人は今部長。

未だに時折『同期会』をやるくらいには仲がいいが、その頻度はかなり低い。女子とはたまにお茶をするが、ふたりとも子連れだ。

私は叔父に管理を任された一軒家に住んでいる為、遊びに来るのが常で、昔皆揃っていたときは、会社から近い一軒家のウチが宅飲み場になっていた。


今でもたまに、課の子らに二次会で突撃される。ウチは宴会場じゃねぇ。


慌てて手ぐしで髪を直し、寝間着が隠れるロングカーデを着て玄関先に出た。


「課長? どうされたんです?」


課長は答えずに、紙袋を私に押し付けた。


「……ん」

「なんですか、コレ」

「ん!」


私の誕生日に突然現れた上司は、紙袋を押し付けて逃げるように帰ってしまった。


『ん!』ってなんだよ、『トトロ』のカン太くんかよ。


課長が『トトロ』のカン太くんで私がさつきちゃんならば、ほのかで初々しい恋心にホッコリするところだが、生憎課長は元々仕事以外寡黙な男である。

滅茶苦茶デスクワークはできるのに、そのコミュ障ぶりに万年課長の名を欲しいままにし、出世の道を閉ざされたいわく付きの男だ。

そして私はドライアイと、誕生日よりも早くにいらした四十肩に左肩の上がらない、バッキバキの『鋼鉄の肩を持つ女』──


そう易々とときめけるわけがない。




極めつけは紙袋の中がケーキであること。

これが装飾品等なら『あら、あの人私のことを……!? どうしましょう!』的な困惑しつつのときめきも発生できそうなモンだが、ケーキなのだ。


おそらく課のみんなから、とか、勤続年数的に気を使われた、とか、そういうやつに違いない。


つーか1ホールってなんだよ!

私は独身一人暮らしですけど?

ケーキの大きさって号数だっけ?

細かいこたぁ知らんが明らかに一人には尋常ではない大きさの1ホールじゃないか。

嫌味か?あてこすりか?嫌がらせか?!



──そして今に至る。



私の誕生日の夕飯は、尋常ではないでかさのケーキと化した。

昭和生まれである私の脳裏に過った『勿体ないお化け』が他の食物を拒んだのだ。

そもそもどちらかというと食が細い部類なので、消費するには覚悟が必要とみた選択。


つーか寄越すなら、せめて日持ちするやつにしてくれよ。


「おぅえっぷ……」


私は大食いタレントではないし『甘味大好き! ケーキならホールでイケます♡』とトチ狂ったことを宣った覚えもない。

なのに何故か、胸焼けしながらケーキを1ホールひたすら食っているという、愉快な誕生日の記憶ができた。呪われろ。


「ダメだ、限界だ……」


ケーキだけでなく甘さの緩和の為のコーヒーと、喉の渇きにより摂取した麦茶によって、腹の中はもうリミットいっぱいである。

幸い明日は土曜日で休みなので、残りは明日に回すことにした。


ケーキは残り四分の一ちょっと。

もうケーキの顔も見たくないが、ブランチにしょっぱいモノを食べれば夕飯には全て消費できるだろう。

勝てる。この無意味な戦いに。




重たい腹と胸焼けに、ソファに横になっていると、インターフォンが鳴った。


「誰だよこんな時間に……」


モニターには、再び課長。

なんだ、忘れもんでもしたのか?

生憎ここには忘れてないぞ、他のところだ。


でも仕方ないから玄関を開ける。


「お疲れ様です。 どうされま…………」


そこで言葉を止めた、私の視線の先。

モニターには写ってなかったが、課長は荷物をいっぱい持っていた。

その中には、花束もある。

課長は再び「ん」と言って花束を差し出した。


「──もしかして、誕生日を祝いに?」


困惑しながら尋ねると、課長はコクリと頷いた。


コミュ障ぉぉぉぉ!!!!

むしろよくそんなんで課長になれたな?!

逆にどんだけデスクワークできんだよ!!


「その袋は……」

「……ワインと惣菜」

「もう私食えませんよ……なんで前もって言ってくれないんですか? ケーキだってほとんど食べちゃいましたよ! 他に誰が来るんです? 課の子ら? それとも同期の……」

「いや、誰も誘ってない」

「え」


「…………」

「…………」


課長は俯いたまま頬を赤らめている。


『あら、あの人私のことを……!? どうしましょう!』


……的な困惑しつつのときめきが、今更発生していなくもないが、なにぶんツッコみどころが多い。

配分的に『困惑5:ツッコミ4:ときめき1』位の残念な割合になっている。


でも寡黙なオッサンが照れている姿にはちょっと萌えたので、とりあえず家には入れてあげた。


「誕生日、おめでとう」

「もうめでたくもないですけどね」


乾杯のワインだけいただいて、課長が買ってきた数々のお高そうなオサレ惣菜を課長に食わす。

ケーキよりそっちが食べたかった。


「先に連絡くらいしてください」

「……した」

「きてませんよ? スマホになにも」

「スマホじゃない、ケーキの袋」


そう言われてケーキの入ってた袋をよく見てみると、メモが入っていた。箱を出してからすぐ畳んだので、全く気付かなかった。


『誕生日おめでとう。 今日、残業終わったら祝いに行く。 予定があったら連絡ください。』


「わかりづらいよ! スマホでいーじゃん!!」

「……個人用メッセージだと引くかと」

「……ビビリかよ」


なんだよ嬉しいわ。先に言えよ。

だんだん困惑値がときめき値へと移行している。(ただし、ツッコミ値は変わらないが)

上司扱いをやめ、自然と口調も昔のように変わっていた。(変動しないツッコミ値のおかげである)


「あ、ケーキも食べてよ。今切るから」


そのまま直にフォークで食べていたので、両端を切って出す。

甘いチョコプレート部分を残しておいたので、必然的にその部分となった。


「よりによって……」

「? ……なに、チョコ嫌いだっけ?」


何故かケーキを差し出すと、ガッカリする課長(呼び名は役職で既に定着している)。

彼は私にケーキの皿を再び「ん」と押しつけた。


「やだよもう食べれないって」


残骸の端の部分で充分だ。


「……じゃあ、食わせろ」

「なんでだよ」


恋人気取りか?

その前に言うこととかあんだろうが。

……でも圧が凄い。


(…………あっ?)


もしかして、と思ってチョコプレートを退かすと、あからさまに不審な穴が空いていた。


そこにフォークを突刺すと、ケーキには有り得ない感触。



そこには──指輪。



……クリームでべっとべとになった。



「馬鹿じゃないの?! 食品衛生的にも!!」

「……サプライズ」

「いやいやいやいや!!」



勿論即、洗った。



随分ロマンチックなことをやってくれたもんだが、ロマンスとはほど遠いこの現実。




色々段階をスっ飛ばしやがって……と文句を垂れながら、半年後私は結婚し、そのまた半年後、運良く子供もできた。

結婚指輪は別にくれたが、いつも私はこの指輪を付けている。

育った子供に貰った経緯を聞かれるのが、いつも少し困る。


そんな日常を過ごしているが、この間の誕生日、再びこれをやられた。



ダイヤモンドが五個連なったペンダントトップは、きちんとラップに包まれていた。




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― 新着の感想 ―
この解り難くて憎めない不器用さがナイス!
[良い点] なんという不器用な課長! だからあなたは課長止まりなんですよ! と、課長ですらない私が書いても全く説得力がない。 ケーキあんがい重いのですよねぇ。 ペロッといけそうでいけない。罪な食べ物だ…
2021/09/09 22:07 退会済み
管理
[良い点] わーお。すごい話。 [気になる点] この、謎のサプライズ。なんだかなー。される側は迷惑よ。 [一言] 冷静に考えると、文章で自然に過不足なく説明できるってすごい
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