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屋上の献花台

作者: おさひさし

いつか、どこかで紡いだ物語。

そのに。

 例年に増して酷い暑さだった夏が終わり、すっかり肌寒くなってきた秋の夜。

 大学から自宅への片道約二時間の帰り道、二度目に乗り換えた電車の中でのことだった。

「よう」

 昔の知り合いを見つけたような、懐旧と安堵の混じった男の声。それが自分に向けられたものだとは思わず、吊り革につかまったままぼうっとしている僕の肩を、声の人物が軽く叩いた。僕は誰だろうと訝しく思いながら、ようやくその人物に振り向いた。そして僕は目を見開いた。

「渡部……」

 かれこれ二年ぶりに見る中学・高校時代の友人、渡部の姿がそこにあった。

「いやあ、久しぶりやな」

 僕は半ば反射的にそう言った。懐かしさが込み上げる。

「元気そうやな。変わりないようで何よりや」

 渡部はそう言って笑った。僕は渡部を見て、言い返した。

「何やお前、あれからちょっと太ったんちゃう?」

 渡部は少し膨れた自分の腹をさすった。

「はは、高校のテニス部引退してから全然運動してないからな。今まで通り食べよったらぶくぶく太ってもたんや。敵わんわほんまに」

「そないや俺も運動してないな。最近体力落ちた感じがするわぁ」

「やばいなぁ。これじゃ将来、メタボになってまうがな」

 渡部の言葉に、僕たちは二人して笑い合った。他の乗客が僕たちに一斉に不快そうな視線を向けてきたので、僕は手で口を押さえた。渡部も笑いを抑えるために口を閉じたが、やはり笑いが込み上げてくるらしく、口の端は半開きになっていた。そこから微かに笑い声が漏れていて、滑稽な顔になっていた。僕は渡部の顔で、また吹き出しそうになった。

 渡部は昔からよく笑う。それは今でも変わっていない様子だった。


 僕たちはしばらく、よもやま話に花を咲かせた。まず最近のニュースのことから始まって、次にそのニュースに関する体験を語り合った。そして次第に空白の二年間を埋めるように、この二年間でどんなことがあったか、どんなことを考えたのか、その他諸々についても、とことん話し合うようになっていった。


 やがて僕たちの話は、ある地点に到達してから、急に雰囲気が変わった。高校時代の話をして、教師に関する思い出を語り合っていた時だった。それまでの渡部の嬉々とした表情が、ふっと薄れた。


「そういえばあの人の葬式、結局どうなったんやろな」

 唐突に渡部がそう切り出したが、僕は何のことかわからなかった。高校時代に誰かの葬式などあっただろうか。クラスメイトはもちろん、その親族が亡くなったという話も聞かなかった。それとも自分が忘れているだけなのだろうか、と思うと、何とも言えない焦りが生じた。

「え、葬式? 誰のや」

 目をぱちくりさせる僕に、渡部は呆れたような調子で言った。

「お前、ひょっとして梅田が死んだこと知らんかったんか。はがき来たやろ、一ヶ月くらい前に。梅田は亡くなりました、っていう……」

「え、ほんまか? 梅田が? 何で?」

 てっきり高校時代の話をしているものと思っていた僕は、一ヶ月くらい前という言葉と、梅田という懐かしい固有名詞を聞いて、少し困惑した。ちょうどその時電車が大きく揺れ、僕はバランスを崩してつり革にしがみ付いた。目の前の座席に座っている中年の男が、迷惑そうに顔をしかめる。

 梅田、という人物は、僕たちの高校一年生の時の担任教師だった。親しみやすい雰囲気の、穏やかだが生真面目な国語教師。かなりのお人好しで、女子生徒からはウメ先生とかウメちゃんとか呼ばれることもあった。僕自身も当時、梅田には何度か世話になった。

「そう言や、そんなはがきが来たような気がするな……確か一ヶ月くらい前は、レポートが重なっとって あたふたしとったから、気付かんかったのかもしれん」

「高校の担任の死よりもレポートが大事か。薄情やなお前も」

 渡部は皮肉を込めた笑みを見せると、目を伏せて「飛び降り自殺やったらしい。学校の屋上から飛び降りた、ってな」と呟くように言った。

 渡部のその言葉に、僕は唖然とした。衝撃的ではあったが、悲しみや喪失感などは不思議と感じなかった。むしろあっさりとした、軽い感じがする。現実感がないというやつだろうか。ドラマのよくあるワンシーンのように、すぐに感情が高ぶって大粒の涙を流す、というようなことにはなり得なかった。

「屋上から……まぁ、屋上の好きな先生やったからなぁ」

「せやな。電車に()ねられるよか、ええ死に場所やったかもしれん」

 淡々とした、まるで他人事という感じの僕の反応とは対照的に、渡部の声は感傷的で悲愴な感じがした。

 それからはしばらく沈黙が続いた。電車は行き違いの車両待ち合わせのために停まっていた。単線の電車は遅い上によくこうやって停まるから、余計に目的地までの時間が掛かる。到着予定時刻から逆算すると、降車駅まではまだ二十分ほどある。僕はしばらく目を伏せ、四年ほど前になる過去の回想に(ふけ)った。


 高校一年生の時、火曜日の七時限目に自由学習という各クラス共通の科目があった。大抵は進路を調べたり、ボランティア活動をしたり、道徳の授業をしたりするのに使われる時間だったが、時折することがなくなって、各クラスそれぞれに名前のごとく自由に「学習」を委ねることもあった。そんな時、梅田はクラスの皆を屋上に連れ出した。

 暗い階段を上り、普段は立ち入り禁止で鍵が掛かっていた屋上への扉を、校長に特別に許可を貰って借りたという鍵を使って、慣れた手つきで開いた。すると、一気に明るい光が差し込み、景色が広がっていった。まず目に入ったのは、空の青と、山の緑だった。

「どや、ええ景色で、気持ちええやろ」

 その言葉と共に、梅田はクラスの皆に屋上の景色を見せた。

周りを霧の掛かった緑の山に囲まれ、住宅地やジャスコなどのスーパーが栄えているものの、三階建て以上の建物がほとんどない灰色の田舎町。空は限りなく青く、僅かに見える真っ白な雲が、その景色をより一層彩っていた。そして、それまで校舎の中の閉塞感に辟易としていた僕にとっては、新鮮味に溢れ、世界がどこまでも広がっているような、得も言われぬ開放感があった。

 山の上に建っている学校の屋上は、確かにいい景色で、気持ちがよかった。もしその時にカメラか何かを持っていたなら、確実に写真を撮っていただろう。この感動を残したい、と強く思った。実際に梅田は、ただ屋上を見るだけでなく、その風景の写生をしたり、詩を書いたり、感想を述べたりすることを僕たちに課していた。

「この学校で、一番ええ場所や」

 屋上に来る度そう言っていた梅田は、とても楽しそうだった。

 梅田は、自分のことを「屋上マニア」だと言っていた。屋上から見た風景や、屋上そのものを、絵に描いたり写真に撮ったりするのが好きだった。どうしてそこまで屋上にこだわるかというと、独特の開放感を感じるからだという。屋上へ続く暗い階段を上っていって、重い扉を開くと、一気に世界が広がる。まるで永遠に続くかのような暗闇の中を手探りで進み行き、ようやく光を見つけたような、そんな感じが好きだと言っていた。そしてその他にも、さすがマニアと言うべきか、長々と屋上についての尽きることのない愛を語っていた。

 あの梅田が、愛していた屋上から飛び降りて死んだのだ。


 行き違いの車両が通過した。停まっていた電車が、再びガタンゴトンと音を立てて走り出す。

「でも何でまた自殺なんかしたんや。確かにあの先生、苦労人って感じやったけど……」

回想から離れて僕がそう呟くと、渡部は遠くを見るような目になって言った。

「なんかな、ほら、あれ、モンスターゆうやっちゃ。散々ひどい苦情があったみたいやで」

「ああ、今流行の……」

 モンスターペアレントという言葉は、ニュースや新聞、インターネットなどで何度か目にしたことがある。しかしその都度、こんなことはありえないだろう、大げさに言っているだけだろうと、遠い世界のことのように思っていた。

「ほんまにテレビとか新聞に出てくるような大げさなこと言うんやで。『うちの子の成績が伸びひんのは、先生がうちの子にわからんようなテストを作っとるからや。うちの子が満点取れるようなテストにせい』とか、『先生に真面目に進路を考えろ、って怒られたことがトラウマになって、学校に行きたくないって言うとる、どないしてくれるねん』とか、まぁいろいろや。中には権力を傘に着たあり得へん無茶苦茶な言い分もあったらしいで」

「何やそれ。最近の親は容赦ないなぁ」

 段々と興奮気味になって話す渡部に、僕は他人事のような、あいまいな返事をする。渡部はそれに構わず、話を続けた。

「それだけやない。まだそれだけやったら、まぁどこの学校でもあることやからまだいいねんけど、問題なんは、他の先生が、梅田にモンスターの相手とか雑用を全部押し付けたらしいんや。苦情受付係でも下働きでもないのに」

「ええ?」

 呆気にとられる僕を尻目に、渡部は眉間に皺を寄せながら言った。

「ほら、梅田って結構ベテランの先生にこき使われとったやろ? 益岡とか岸田に」

「益岡……ああ、あのやたら態度と声のでかいおっさんか。岸田はいつも嫌らしい顔しとったからよう覚えとる」

「せや、せや。んで、先生らの間で派閥があったやろ。益岡派と岸田派って、暗黙の了解みたいな感じで。山に囲まれた閉塞的な学校やったからな。でも梅田はそういうの嫌いやから言うて、どっちにも付いとらんかったやろ? それがどうも二人の機嫌を損ねたらしくてな。それに、別に俺らにとってはそうでもなかったけど、先生らにとっては何となく付き合いにくい感じの人で、ちょっと嫌われとったらしいし。雑用係押し付けるには、格好の標的やったと」

 そういう話は聞いたことがなかった。僕は何故渡部がそこまで知っているのか疑問に思ったが、間もなく、ああ確か渡部は人間関係に異常に敏感な奴で、いつか開かれるであろう同窓会の幹事も任せられとったな、と昔のことを思い出し、納得した。渡部はそんな僕の思考など差し置いて、その後もまだ話を続けた。

「あとは、生徒の暴力やな。俺らが卒業した後から、何かすごい学校荒れたらしいんや。数学の山下なんか、制服のシャツ出ししとる生徒を注意しただけで、首絞められて救急車に搬送されたらしいし。梅田も、何かやられたらしいんや」

「ええ、何やそれ、また……」

 初めて知ったことのように返したが、実は母校のことは噂で何度か聞いていた。僕たちが在籍していた頃から、決して大人しい生徒ばかりの学校ではなかったが、暴力事件はめったに起こらなかった。僕自身、高校三年間の中で二度くらいしか見たことがない。それなのに変わり果ててしまった現在の母校の様子を聞く度に、僕はなんとなくやりきれない気持ちになる。

「……梅田も何でそこまでされて黙ってたんやろな」

僕はやりきれない気持ちを乗せて、そう言った。梅田は確かに穏やかでお人好しな性格だったが、誰かに理不尽なことを押し付けられて黙って従うような人ではなかった。

「さぁ、何でやろな。教育委員会が怖かったんちゃうかな」

渡部にもそのことについては心当たりがないようだった。

 降車駅の三駅前、目の前の座席が三席分空いて、それまで吊り革につかまっていた僕と渡部はようやく腰を下ろした。


 暗く重い話をしていたせいか、僕と渡部の間に何となく鬱屈とした空気が漂っていた。それはまるで鉛でできた重りのようで、このままだとどんどん気分が沈んでいってしまいそうだった。僕はそれを振り払うべく、わざと明るい口調で切り出した。

「でもお前、梅田の授業わかっとったか?」

「いや、全然わからんかった」

 渡部は苦笑いを浮かべながら、首を横に振った。僕も渡部につられて自然と苦笑いを浮かべる。

「教えるの下手やったよなぁ、あの先生。学者ならともかく、教師向きじゃなかった」

「教科書の方がわかりやすかったしな」

「そう、それやな。あの先生は……」

 自然に僕の声は小さくなっていった。亡くなった人物の笑い話をするのは、何となく気が乗らない。ほんの少しだが、罪悪感すら感じた。

 初めこそ、梅田の死に驚き以外の何も感じてはいなかったが、だんだんと、わずかにそれ以外の感情がせり上がってくる。

 僕はいつになくしんみりとした口調になって言った。

「また同窓会とかで会えたらええな、って思っとったけど、もう無理なんやなぁ。なんか、嘘みたいや。現実感、あらへん」

「そうやな」

 渡部は、静かに頷いた。

 また鬱屈とした空気が戻ってきて、僕はため息を吐いた。

「でも、独身やった、っちゅうのが救いやったかもしれんな。遺された家族の人がおったら、相当悲しい上に、悔しかったやろうし……」

「ああ、お前知らんかったんか」

 僕の言葉を遮った渡部は、若干もったいぶるような仕草をしながら、続けた。

「先生、妻子持ちやったんやで」

 僕はまた唖然とした。確かに梅田は妻や子供がいてもおかしくはない年齢だった。しかし指輪をはめているわけでもないし、女子生徒に奥さんやお子さんはいるのかと聞かれた時は一人暮らしだときっぱり公言していたし、家族の存在を仄めかすようなこともなかったので、ずっと梅田は独身とばかり思っていたのだ。

「何で知ってるんや」

「ほら、高一の時、文化祭の準備でさ、買出しあったやん。そん時にさ、先生の車、助手席に乗せてもらったんやけど、そしたらさ、写真が飾ってあったんよ。先生と、女の人と、あと小学生くらいの男の子と女の子。先生にさ、『これ誰なん』って聞いたらな、『俺の家族や』ってな。『俺の子供、かわええやろ』って照れくさそうに言うとった」

「全然知らんかった」

「そりゃ、家族がおるってこと教室では一回も言わんかったからな。一人暮らしっていうのは、確かよう言っとったような気がするけど」

「じゃ、一人暮らしってのは、単身赴任しとったっちゅうことか」

「……いや、ちゃうねん」

 新事実を知って納得した僕が口にした言葉を、渡部は声を落として否定した。そして躊躇(ためら)うような表情をした後、続けた。

「梅田の家族、実は既に死んどってん。車の中で、梅田がそう言うとった。雨の日の、車の事故やったらしい。まぁ、詳しくは言わんかったんやけど、あれから梅田はそんなに車に乗らんようになって、しばらくペーパーになっとったらしい。『免許返上しようかどうか迷っとるとこや』って」

「……そうか」

僕には、それだけしか言えなかった。


 降車駅の一駅前に到着する頃、駅名を告げるアナウンスが流れると同時に、渡部は短くため息を吐いた。

「何かさ、俺、悔しいねん」

 唐突に切り出した渡部に、僕は怪訝な顔を向けた。渡部は僕を避けるかのように俯いて、続けた。

「何で梅田が死ななあかんねん、ってな。そう思うわ。授業は下手やし、何か素晴らしいことをやったわけでもなかったけど、でも、おかしいやろ。クソ教師やカス親、アホ生徒……何であんな人を貶めることしかできん人間のクズみたいなやつらに、自殺に追い込まれなあかんねん」

 いつになく尖った口調の渡部に、僕は戸惑った。いつもへらへら笑って能天気なことばかり考えていたお喋りの渡部が、こんなに感情を露にするのを見たのは、もしかしたら初めてかもしれない。この二年間で、渡部は変わったのだ。今、目の前にいるのは、僕の知らない渡部だった。

「えらくきつい言い方するようになったなぁ、お前も」

 僕がそう言うと、渡部は「そうか? 元からこんなんやぞ」と首を傾げて返したが、しばらくして「俺あの先生好きやったからな」と付け加えた。好き、と平然と言える所は大して変わっていない。しかし、他に変わっていない部分はあまりなさそうだ。

 僕は何か変わったんやろうか、とふと考えた。この二年間の大学生活で、僕に変化は訪れただろうか。学問に対する知識は多少付いた。大学での友人も、変わり者揃いだが何人かできた。この間の夏休みには、その友人達とキャンプもした。料理の技術の必要性に今更ながら気付かされ、自分で料理を作ろうと思うようにもなった。しかし、それだけだ。僕の根本的な部分は、何も変わってはいなかった。


 僕と渡部は電車を降りるまで、言葉を交わすことはなかった。よく揺れる電車に半ば翻弄されながら、僕は渡部と同じく俯いて、梅田についての物思いに耽った。


 今まで全く知らず、関心もなかった教師の過去。そしてその死。それらを知った今、僕の中に梅田という人間が、今までになく大きく、重く、どっかりと腰を落ち着けたような感じがした。その感じを言葉で言い表すのは難しい。

 梅田の死を知った渡部は、僕よりももっと多くのことを感じたのだろう。それは、渡部が変わるきっかけのひとつになったのかもしれない。そして今、溢れ出る憤慨をうまく抑えきれずに葛藤しているように見えた。


 暗くて重いものが、僕の中に生まれた。それには、絶望や不安を感じた時のようなどす黒さはない。色は暗いが、確かに透明な、しかしずっしりとした、強いて言うならくすんだ色の大きなビー玉のようなものが、静かに、ゆっくりと僕の中を転がっている――そんな感じがする。

 僕はこの暗くて重いものをいかにして扱えばいいのか、全く以ってわからなかった。転がしておけばいいのか、それともどうにかして止めた方がいいのか――わからないまま、電車は降車駅に到着し、僕と渡部はそそくさと電車を降りた。


「ほな、な」

 駅を出て、渡部と別れた。別れ際の渡部は、昔の渡部と同じような、しかし曇った感じの笑顔を見せた。一方の僕は昔と変わらない愛想笑いを返し、それから自宅へと歩いた。

少し冷たくなった風と、快い虫の声。夜九時の、街灯に照らされた道路にはまったく車が走っていないし、これからも走る気配はない。僕はふとした出来心で道路の真ん中まで行くと、センターラインを、一歩、一歩、踏み外さないように気を付けながら歩いた。


 僕の脳裏を、ある記憶がかすめていった。

 高校一年生の時の、ある日の掃除の時間。僕は自分のクラスの教室で、黒板に雑巾掛けをしていた。ふと気が付くと、梅田も隣で黒板の雑巾掛けをしていた。普段穏やかな表情をしている梅田が、珍しくうな垂れ、ため息を吐きながら、大雑把(おおざっぱ)に黒板を磨く姿が印象に残っている。随分、疲れているようだった。

「先生、何だか元気ないですね」

 僕がそう声を掛けると、梅田は苦笑いをその顔に浮かべ、返した。

「俺もしんどいんやで」

 あの時僕は、ああ、教師も大変なんやな、と思っていた。宿題の山を崩すために休日もずっと机に向かって、勉強というものにいい加減うんざりしていた当時の僕は、毎日のように「しんどい、しんどい」と愚痴をこぼしていたような気がする。自分のことで精一杯で、周りが見えていなかったのかもしれない。教師という立場の梅田が口にした「しんどい」という言葉に、僕はいささか新鮮味と親近感を覚えていた。ちょうどこの時、クラスの三人の生徒が問題行動を起こしたことで、梅田も職員室でいろいろ言われていたのだろう。それはとても精神的に苦しいことだ。僕は、それだけで梅田のことを何となくわかったような気になっていた。同情すらしていたかもしれない。

 しかし実のところ、僕は何もわかっていなかったのだ。

 僕は今日、梅田の死を知って初めて、教師もひとりの人間であったのだということを理解したのだ。


「昔、こういう遊具が幼稚園にあったなぁ……」

 平均台のようにセンターラインを踏み締め、月と街灯のほのかな光に照らされながら、心だけはどこかへと向かい、果て無き濃紺の夜を、僕はひとり、歩いた。


変わろうとしても、なかなか変わらなくて、

変わらないでいようとしても、いつのまにか変わってしまう。

電車の中で昔の知り合いにばったり会ったときって、ちょっと焦ることあるよね。

それはそうと、渡部くんは今後どうなるのでしょう。


新しい物語のために、過去の小説を晒していこうのコーナー第二弾。

テーマは「屋上」だったかな。

うーん、痛々しい。

ところで、屋上にプールがある学校っていいなと思います。憧れです。

でも、梅田先生がいた高校にはなかったみたい。

梅田先生的には、ないほうがいいかもね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 古い(二年ぶり、ということですが)友人との会話がとても良いです。 「太ったんちゃう?」とか、「敵わんわ」とか、そういう会話、良いですね。 その中で「葬式」の話が始まり、ドキッとする。 電車…
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