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Big Bad Bingo

ショートショートガーデンに投稿した話を長めにしたものです

タイトルはフリッパーズ・ギターの同名曲から


 「サッカー部の様子見にいってたんでしょ?」

 ドアを開けると、長机で文庫本を読んでいた茜が聞いてきた。

 「そうだよ」

 「やっぱ、まだ未練あんだ」

 「人付き合いで行っただけだよ。未練なんてない。原博実になれないのは、もうわかったからな」

 僕は鞄を適当に床に置くと、パイプ椅子に跨った。

 「ふーん……"アジアの格納庫"だっけ」

 「"核弾頭”だよ。てか、そっちこそまだあんじゃないの? 俺と違って将来……」

 「忘れた?」

 突き刺すような声だった。 

 「……なに? 何を忘れたって……?」

 「だって前に、その話はもうしないって、自分で言ってたじゃん」

 「そうだったっけ……ごめん……」

 少し気まずくなった僕は、椅子から立ち上がり、部室の窓を開けた。ボールを蹴る音と掛け声が、よりハッキリと聞こえてくる。

 「いま読んでんのって、また難しい小説?」

 「……難しくはない……三毛猫ホームズだよ。ていうか、難しい本なんて読まないし……そんなイメージあったの?」

 「うん……まあ、なんか……いつも難しそうな顔してるし……」

 茜は何も答えずに読書を続ける。生温い風が入り、その短くなった後ろ髪を揺らした。

 「怒ってない……?」

 「……は? なにが?」

 「いや……また怒るかと思ったから」

 「別に怒ったことないけど……たぶん。あ、これ、今度の予選のインタビューのこと書いてあるから……卓球部の」

 手渡されたプリントには、四行程の箇条書きが十分過ぎる間隔を開けて並べられていた。

 「これだけで……いいんだっけ」

 「いいんじゃん……先輩が書いたんだし」

 「そうか……いいか……。てか、あの先輩達って」

 まだ、放送部に関わっていたのかと聞こうとしたとき、茜が戸棚を指差した。

 「そこの引き出し、開けてみなよ。おもしろいの入ってるよ」

 「今度は……なんだよ?」

 「"心の声の録音機”の話、覚えてる? あのときさ、やけに興味を惹かれてたよね」

 「……はあ? くだらねえ……何を言い出すかと思えば……。そんなもん、今の今まで忘れてたよ……つうか、どうでもいいしそんなの……」

 「ハズレか……そういうの好きそうだと思ってたんだけど」

 茜の声色は、それでも無機質だった。そしてそれが、その日ふたりが交わした最後の会話だった。

 僕は、部室から出た茜が廊下を曲がり、下駄箱に向かうのを確認すると、戸棚の引き出しを開けた。


 「この人、若草物語のエイミーでしょ? リズって名前じゃないんだ……」

 「それは愛称だな。本当はエリザベス、縮めてリズってことか」

 「ふーん、今度この映画やるんだ」

 「うん、だいぶ先だけどな。美味いな、天ぷら」

 今晩は珍しく、父が自宅で夕食を食べている。

 「で、茜は中学……何部に入るんだ?」

 「まだ決めてない……でも、陸上には入らないかな」

 「そうか……じゃ、いっそ父さんみたいに……いや、なんでもない」

 「うん、放送部もいいかもね」

 父が半笑いのまま、私の顔を見つめている。

 「お父さん、この前もその話したよ」

 「そうか……そうだったな……」

 「綺麗だね、やっぱり」

 「……なにが?」

 「リズだよ、エリザベス」

 「ああ……綺麗だ。綺麗だな」

 そうだ。こんな綺麗で素敵な女優さんだから、あいつにリスなんて呼ばれても怒る気にならなかったんだ。リスとリズ……響きが似ているだけとはいえ……。

 「母さんは、もう町会から戻ってくるかな」

 「うん。そういえばユカのお父さん、また部署変わったんだってね」

 味噌汁の椀を取ろうとしていた手が止まり、少し悲しげな目が私を見た。

 「よく……知ってるな……母さんが言ってたのか?」

 父の声は、弱冠震えていた。

 「うん、ユカのお母さんと、こないだ会ったときに聞いたって言ってたかな……どこに移ったの?」

 「そうか……ああ、ちょっと国外にな……」 

 「え……それって、もしかして海外特派員とかいうやつ? すごいじゃん!」

 「いや……そういうのとは、少し違うんだ」

 そう言って、父がまた椀を取ろうとしたとき、ガラガラと戸が開く音がした。

 「帰ってきたね」

 「ああ……帰ってきたな」

 母を迎えに玄関に行くと、式台に見慣れない郵便物が置かれていることに気がついた。

 「ああ、ただいま。父さん食べてる? あ、そうだそれね、さっき届いたの。あんた宛ね」

 厚みのある封筒を手に取り裏を返すと、そこには彼女の名前が書かれていた。


 「ううん、そこは大丈夫だよ。女子でも入部出来るし」

 「だから、そういう意味じゃないって。私、陸上部辞めるつもりないから」

 「そう……」

 よく響く声と、大きく開いた目は迫力満点だった。

 「それにさ……どうせ下心でもあるんでしょ。他の男子じゃなくて女の子入れようなんて」

 「いや、ちゃんとした理由だよ。三枝さん、ヘディングとか上手そうじゃん、俺より背高いしさ。て言っても、俺がチビなだけかもしんないけど……あと足だって速いじゃん」

 「だから、それなら男子でいいわけでしょ」

 「うん……そうなんだよね」

 それ以上言葉が出なかった。完敗だ。これなら早く次の候補に声を掛けるのが賢い選択だろう。

 僕は適当に話を終わりにして、三枝に背を向けると、早足で教室に戻った。

 「どうだった?」

 席に着くなり、芳雄が後ろを向いて聞いてきた。

 「全然駄目だよ。茜にも断られたら諦めよう」

 「そうか駄目だったか……期待してなかったけど残念だな」

 「なんだよそれ」

 「え?」

 「だって、おまえから言ったんじゃん。女子が入れば色々と……なんだっけメリットだかがあるって……おまえは誘い方が上手いから大丈夫だって……それなのに期待してなかったのかよ」

 芳雄は僕の顔をまじまじと見たあと

 「うん……そうなんだよね」

 と、さっきの僕と同じ台詞を言った。

 「うん……そうなんだけどさ……おまえも乗り気だったじゃん」

 「違うよ。俺はそういうんじゃなくて、ふたりの親がテレビ局で働いてるからだよ。俺テレビ好きだしさ……会えるかもしれねえじゃん有名人に……原博実とかさ」

 「原博実って……人間爆弾だっけ?」

 「"アジアの核弾頭”だよ! どんな間違いだよ、つうかサッカーやってんなら覚えとけよ」

 チャイムが鳴り戸が開くと、ゴンゾー先生が教室に入ってきた。

 「でも浜島なら来るかもな。おまえら仲良いじゃん」

 と言って芳雄は前を向いたが、自分が茜と仲良しと思ったことなんて一度もない。苗字でなく名前呼びなのも"浜島”が、なんとなく呼びづらいからだ。

 「なんで、そう思うの?」

 小声で聞いたが返事はない。もう授業が始まっていたからだ。

 僕は先生の叱り声が届く前に、急いで教科書を開いた。


 「ああ、私もいま行こうと思ってた。どうしたの?」

 教室の戸を開けると、ユカが廊下に立っていた。

 「うん、たいしたことじゃないんだけどさ……ほら、茜のこと栗鼠みたいだとか言ってた奴いるでしょ。例のちっこい子」

 「ああ……サッカー部の」

 「うん。その子にさ、部活の勧誘受けたんだよ、さっき。なんか女の子入れたいからって。断ったけどさ、今度茜が声かけられるよ」

 「は? なんで私が?」

 「"次の候補”なんだって……ほら、噂をすればだ」

 ユカが後ろを振り返る。一番奥の教室から出てきた"ちっこいの”が、こちらへ歩いて来るのがわかった。

 「どうする? また私が追い払おうか」

 「ううん、大丈夫だよ。そんな悪い奴でもないし、向こうもひとりだしさ。よくわかんないけど、話だけ聞いとくよ」

 「そう……じゃ、また放課後ね」

 ユカが自分の教室に戻っていくのを見計らったように、奴が速度を速めて近づいてきた。

 「やあ……ちょっと久しぶり……つうか元気?」

 なんだか白々しい笑いを浮かべている。

 「……ねえ、私も陸上辞める気ないから無理だよ」

 「え!」

 「じゃ、戻るね。変な噂たてられても嫌だし」

 「待った!」

 引手に掛けようとした私の手を、奴が掴んだ。

 「あ、ごめん……。でも、そんな、なんつーの……冷たいっていうか……」

 「素っ気ない?」

 「そう、それ! あれ……もしかして、こないだ栗鼠って言ったの怒ってる?」

 「怒ってないし、普通の態度のつもりだけど」

 「そう……なら、良かった……。わかったよ、じゃあ、ごめん……」

 肩を落として戻ろうとする奴に、ちょっとだけ気になっていたことを尋ねた。

 「ねえ、なんで私のこと栗鼠みたいだと思ったの?」

 「へ……?ああ……あれか」

 奴は顎に手をあて、上を向くと

 「あれ、最初は三枝さんに言うつもりだったんだよ」

 と、言った。

 「ユカに?」

 「うん。あのふわふわしたポニーテールが尻尾みたいに思えてさ、目もパッチリしててチップに似てるなぁと思って……あ、『チップとデール』のチップね」

 「それが、なんで私の方に?」

 「それは……茜と三枝さんて顔が似てるって言われてるじゃん。俺も二人が並んでるのを見て、同じこと思ってさ。目のここら辺……目尻だっけ? そこはちょっと吊り上がってるけど茜の方がちっちゃいし。髪もショートだけど、逆にそこが……チップぽいなぁって……やっぱ……怒ってる?」

 そこまで言うと、奴は私の方に向き直った。

 「だから怒ってないって、さっき言ったじゃん」

 と答えたものの、きっといまの私は、それなりにきつい声遣いをしているのだろう。現に奴はまた天井を見だした。

 「栗鼠の件はわかったよ……じゃあ私も戻るから」

 「あ、俺もひとつ聞きたいことあるんだけど……」

  奴が、またまた私に向き直る。

 「なんで、入部の誘いだとわかったんだ? たしか三枝さんには茜のことは話してないし……」

 「そんなの大体検討つくでしょ。でも、もしかしたらアレを使ったのかな……」

 「アレ……?」 

 

 その小型テープレコーダーは、部活で使っていたのと全く同じ製品だった。やはり、小馬鹿にされただけなのかとも思ったが、中には見覚えのないカセットテープが入っていた。

 とりあえず、試してみなければわからない。ちょうど下から、母さんの呼ぶ声がする。僕は夕食中の両親の声をダビングすることにした。

 食事中、二人に会話はなかった。きっと昨晩の喧嘩が尾を引いているのだろう。気まずい雰囲気ではあるが、いまの僕には都合が良かった。

 「ごちそうさま」

 おかわりをせずに、箸と茶碗を洗い桶に入れる。

 「あら、もう食べないの?」

 「ああ、なんか……あんま腹減らないから……」

 小走りで二階へ駆け上がり、部屋に入って鍵を閉める。

 期待に胸を膨らませ、ポケットに忍ばせていたレコーダーを机に置いて巻き戻したあと、再生ボタンを押す。だが、流れてきたのは知らない男女の声だった。

 「山下の……五時……豆腐……しなきゃ……どうすんだろこれ……」

 意味不明というか、脈絡が無いというのか、そんな言葉が暫く続いたあと、女の声が僕の名を言った。

 一度停止ボタンを押し、心を落ち着かせ考えてみる。

 これは、恐らく録音に失敗したのだろう。だから元々テープに入っていた声が流れてきたのだ。いや、それなら何故僕の名が出てきたのか……。それも偶然のうちと片付けるのは簡単だが、やはり事前に音声を確認しておくべきだったのではないか……。

 録音機は本物か? 声の主は何者か? いずれにしても、もう一度試してみる価値はありそうだ。ならいっそ、相手を変えてみるのもひとつの手だ。

 明日、前もって部室に行き、中身を変えた部活用のレコーダーを引き出しに入れ、放課後に決行する。どうせ真面目に出席するのは二人だけだ。何も問題は無い。

 肩の力が抜けた瞬間、一気に疲れがわいてきた。畳の上に大の字になり眼を瞑ると、今さっきのことが頭をよぎった。

 「あ……豆腐だ……」

 そう、夕飯のおかずは冷奴だったのだ。


 その日、初めてテープレコーダーを手にした。

 「へえ、これで録音出来るんだ。でも、広告とかに載ってるのと同じだね……おじさん、これ仕事で使ってるの?」

 「ううん、それは撮影用のでも何でもないから」

 「そうだよね、もっと大きな機材とか使うよね」

 「うん、まあ……あと、それ使ったら結構大変なことになっちゃうらしいよ」

 「大変なこと?」

 校門を閉める音が聞こえてくる。いつの間にか空の色も薄くなっていた。

 「それ、喋ったことじゃなくて、心の中で思ったことを録音しちゃうらしいよ」

 「心の声ってこと……?SFとかのテレパシーみたいなもん……?」

 「SFの中だけじゃないよ。ほら、こないだ超能力者がどうのって、テレビで騒いでたじゃん」

 「テレビでやってたっけ……? 私、洋画劇場以外は、そんなに観ないからなあ……でも」

 あいつなら、きっと知ってるだろうな……。歩道の反対側では、サッカー部員達が、はしゃぎながら帰り道を歩いている。

 「ねえ、あの子去年、茜と同じクラスだったっけ。頑張るよね、背だって高くないのに何度もヘディングしようとしてるし」

 「うん……たぶん原動力みたいのがあるのかなあ……目標にしてる人がいるとか……」

 「じゃあ……茜は、そういう人とかいるの?」

 「うん。ユカだよ」

 私が、なんの躊躇いもなく答えたからか、ユカは少し焦ったように見えた。

 「あ……本当だよ。だって私、ユカと一緒だから陸上なんてやってられるんだもん。ユカが辞めたら、たぶん私も辞める」

 「そうなの……? でも……そしたら私もう……」

 「なに……?」

歩道の反対側で笑いが起こる。ユカは話を逸らすかのように、サッカー部員達に視線を移した。

 「ああやって楽しそうだけど……中学行ったら、もっと大変になるんだろうな……どの部活もさ……でも私は、もしひとりになっても陸上は続けるよ」

 「やっぱ……すごいなユカは……。あ、ねえ……これなんだけどさ」

 私はユカの手をそっと取り、レコーダーを返した。

 「これなんだけどさ……もし本当に、もしだよ……いらなくなったりしたら……私、貰ってもいいかな……?」

 「貰ってもって……それ……パパがスタジオの奥で偶々見つけたもんだし……もしかしたら誰かの………ていうか、なんで?」

 「うん……ごめん、なんでもない。ただ……なんか、もし自分が大人になったときに、何回か必要になることがあるんじゃないかなって、いまちょっと思っただけ。あと、試してみたいと思った奴もいるから……」

 ユカは立ち止まると、握っていたレコーダーをじっと見つめた。

 「怖くないんだ……? 茜はこれ使うの。ひょっとしてその相手って、さっきの子?」

 「え……ああ、うん。あいつに使ったら、おもしろいかなとは思う……」

 「うん。たしかにそうだね。おもしろそう」

 ユカがそう言ってクスクスと笑ったとき、生温い風が吹いてその長く結んだ髪を揺らした。

 「私もユカみたいに髪伸ばそうかな。どう思う?」

 「え、うーん。そうだなあ……茜はどっちかといったら……」

 

 「昔からテレビを観てて、なんだか違和感を覚えるような場面があったんだけどさ、これのおかげでわかったよ」

 そう言って録音機を長机に置いても、茜は反応せず読書を続けている。ここ一ヶ月、変わることのない光景だ。

 「心の声が出てくるアニメとかあんじゃん。エスパー魔美とかさ。でもあれ、聞こえてくるのは、実際に話してるときと同じ声なんだよ」

 「と、言うと?」

 ページを繰る手が止まる。

 「俺、録音された自分の声を初めて聞いたとき驚いたんだ。喋ってるときに聞こえる声と全然違うから。でもそれが、他人にとっては俺の声となり、逆に俺にとっては馴染みのない声となる。きっと、それはみんなも同じはずだ」

 「馴染みがない……か」

 茜は文庫本を置き振り向くと、僕の顔を見上げた。

 「だってそうじゃん。その声を当然のように聞く機会があるのは、それこそ歌手や、テレビかラジオの仕事をしている人間くらいだろ。だからそれ以外の人間にとって、普段心の中で呟く声は発声したものとは別の声質、もしくは自分に馴染みのある声になるはずなんだよ。母さんや父さんの声が全然違ったのはそのためさ。そして……おまえの声も」

 「ふーん。で、どんな声だったと?」

 「あれは……チップの声だった。前にテレビでやってた"チップとデール”の。俺、テレビ好きだからさ、覚えてたんだよ……。わざとやったろ? てゆうか……おまえもあのアニメ観てたんだな」

 茜の視線が窓の外に逸れる。空の色は、もうだいぶ薄くなっていた。

 「……で、他に証拠となるものはあるのかな? ホームズ君」

 「棒読みでそんなこと言うなよ……。そんなの……あの告白を聞けば……あれふざけてたのか……? 最初から馬鹿にするつもりで」

 「本気だと言ったら?」

 「本気だったらって……いや、実は僕も……じゃない! 俺も……前から茜のことが……」

 椅子がガタリと音をたてたかと思うと、目の前に茜の顔があった。その俊敏な動きは、まるで栗鼠のようだった。

 「ビンゴ」

 「え……?」

 「ビンゴ!」

 それは、僕が知っている茜からは聞いたこともない、悪戯っ気に満ちた声だった。

 

『あの日から気が変わっているのなら、そのまま処分してほしい』

 手紙には、そう書かれていた。

 気が変わったというわけではない。でも、あいつに対して自分で使わなかったのは、違うやり方を考えたからだ。

 その頃、まだ部活に来ていた先輩が、レコーダーの購入を提案したのはラッキーだった。私に送られてきたのと同じ製品を薦めると、先輩も同意してくれた。

 これであとは、機を見て引き出しの中身を入れ替え、適当に理由をつけて、あいつに持たせて録音させれぱいいだけだった。

 それなのに中々決心がつかなかったのは、やはり彼女が言っていた"怖い”という気持ちが、心の隅っこにまだあったからかもしれない。

 そうこうしているうちに、部室には私達ふたり以外来なくなり、自然と活動内容も薄っぺらくなっていった。

 「"心の声の録音機”の話、覚えてる?」

 不意に口から出た言葉が、あいつにとっては覿面だった。それだけ最初に立てた作戦が、回りくどかったということでもあるのだろうけど。

 そして私はいま、あの日の彼女と同じように、握っていたレコーダーを見つめている。

 「ユカ……きっと帰ってくるよ……」

窓の外に顔を出し、耳をすますと、遠くから飛行機の音が聞こえてくるような気がした。


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