一章 少年は英雄の夢を見る 二十話
「はぁ……うっ……」
「大丈夫か? 少し休憩しても……」
僕に肩を貸してくれているグレイが心配そうに聞いてきたが僕はやんわりと笑みを浮かべ、その提案を断った。するとグレイは複雑そうな表情を浮かべながらも「そうか……」と頷き、以降は下へ延びる階段を真っすぐに見据えた。
静寂が場を包み、辺りには僕とグレイの跫音だけが響き渡る。しばらく暗い階段を下り続けていくと視界に巨大な金属製の扉が入ってきた。
その扉の横幅は優に三mを超え、高さは十mはあるだろうか。所々錆び付いた金属製の大扉はこれまでとは異なる雰囲気を醸し出している。
「これは……もしかして、守護者が待つ部屋……?」
「ああ、多分そうだろうな。迷宮変異で生み出された区画の最深部、ここにいる守護者をぶちのめせばエミリーの呪印は解けるはずだ」
ここからでも分かる。常時使用している【魔力探知】にないような反応が感じられる。強く、大きく、恐ろしい、そんな魔力がこの扉の向こうから溢れてきていた。
思わず喉を鳴らす。この先に待ち構えている相手は今しがた倒した女王酸蟻よりも手ごわい。手負いの僕と消耗したグレイで果たして勝てるのだろうか?
考えれば考えるほど今から行おうとしている行為が危険なものだと理性が訴えかける。
でも……たとえそれが愚かな行いだとしても、たとえ勝ちの目がどれだけ少なくとも、僕は決して退かないだろう。
こんな時だというのに僕の頭に浮かんだのはエミリーの花が咲いたような笑みだった。僕はあの笑みをもう一度見たい、それに、この胸に募る思いも伝えられていない。
「グレイ、行こうか」
「おう!」
僕はグレイの肩から離れると、すこしふらつきながらも自力でその場に立った。僕は左側に、グレイは右側に立ち、巨大な金属扉に力を加えた。
すると閉ざされた重厚な扉は重々しくもその口を開いた。
背中に背負った黒輝剣に手を伸ばし、一歩踏み出そうとすると背後から声を掛けられた。
「ジン、覚悟を決めたようだな。我から言うことは一つだけだ。ジンに教えた我の剣術の応用技、あれは今のジンでは一日に数回も使えないだろう。だが、使う機会をはき違えるな、お前が必要だと判断したならば躊躇も迷いも捨てて使え、いいな?」
「うん」
「ガハハッ! なかなかお前も男らしい顔をするようになったな、よしッ! いってこい、我が弟子よッ! 必ず勝ってこい、我が相棒よッ!」
僕は重厚な金属扉を越え、暗闇に支配された部屋の中へと踏み込んだ。
このままでは視界が確保できない。僕が【エンバース】を使用し、辺りを照らそうと考えた瞬間、部屋の壁に突然青白い炎が音を立てて灯り始めた。
それによって部屋の全貌が明らかになる。
目測でおおよそ四十m四方の部屋で、高さは五・六mといったところだろう。この広大な空間の奥に一匹、これまでの魔物とは明らかに異なる何かが佇んでいた。
二本脚で直立し、腕は二本、その身体のフォルムは人間に近しい。だが、その背には昆虫の羽が、そして顔は先程見た女王酸蟻に酷似している。
「あれが守護者……」
呆然と呟いたグレイの声が聞こえてくる。
僕は即座に【鑑定】を視界の先に佇む守護者に向けて使用した。
魔物の名は“皇帝酸蟻”そのLVは女王酸蟻をも上回る35。確認はしていないが先程の戦闘で僕のLVも上がっているだろう。だが、それでも視線の先でこちらの様子を窺っている魔物のLVには届かない。
「な……!? LV35だとっ!? そんな高LVの魔物が出てくるなんて……」
グレイも【鑑定】を使用したのか、あの魔物の強さに驚愕を禁じ得ない様子だった。だが、その驚愕も次の瞬間には頭の中から飛んでしまった。
「ニン、ゲン。ナゼ、ココニ、イル?」
「「っ……!」」
息をのんだ、まさか魔物が話しかけてくるなど思いもしなかったからだ。そもそも魔物が何故人間の言葉を話せるんだ?
頭の中が混乱する。
皇帝酸蟻は間髪無く僕達に話しかけた。
「マア、オマエ、タチ、ノ、リユウナド、ドウデモ、イイ。オマエタチ、カラハ、ドウホウノ、チノ、ニオイ、ガ、スル」
「っ……!」
直前まで話していたと思っていた皇帝酸蟻はその場から姿を消した。それは一瞬のことで、僕の意識はそれに対応しきれなかった。
直後、背後から気配を感じ咄嗟に大剣を使って防ごうと振り向くが、相手の拳の方が速い。拳は僕の心臓目掛けて繰り出され、その拳は危険だと本能が訴えかけてくる。
「ッ!」
間に合わない、そう確信し、目の前に鮮血が飛び散った。
間違いなく致命傷、そう思っていた。
だが、痛みはない。それもそのはずだ。
僕の前には肩に大きな風穴を開けたグレイの姿があった。僕と皇帝酸蟻の間に滑り込み、奴の一撃を受けたのだろう。その傷口は痛々しく、骨が垣間見え、止めどなくどす黒い血液が流れだしている。
「グレイッ!」
僕は大剣で皇帝酸蟻に斬りかかりながら、左手でグレイのことを抱きかかえた。
グレイの顔は苦痛に歪み、呼吸は荒くなっている。
「なんで僕のことをッ!」
「うっ……あのままだとお前、死んでただろ? お前が死んだらエミリーが悲しむだろうが」
「だからってッ!」
「ぐっ……!」
抉り取られた方を抑え、グレイは呻いた。僕はグレイをその場にそっと降ろすとそっと立ち上がる。
「おいっ、ジン、逃げろ……。俺はもう戦えない、一人であいつに勝つのは無理だっ!」
背後からグレイの声が聞こえてくる。
僕は頭だけ振り返ると笑みを浮かべた。
「死にそうな友達を捨てて逃げるなんて嫌だよ」
皇帝酸蟻に視線を向け、僕は地面を蹴った。
同時に駆けだした皇帝酸蟻の方が僕よりも速い、皇帝酸蟻との距離が一瞬で詰まる。
神速の一撃、目で追いきれない程速い拳が再び僕を襲う。
同じように心臓を狙った一撃、しかし今度はその拳を僕の大剣が弾いた。
皇帝酸蟻の瞳が心なしか開かれたような気がした。
だが、そんなものは関係ない、僕は即座に踏み込み拳を弾いた勢いに乗り、回転するようにして皇帝酸蟻首目掛けて一閃する。
皇帝酸蟻は斬撃を空中に飛び上がることで回避した。
「ふっ……!」
空中へと避難した皇帝酸蟻を追い、飛び上がると同時に斬りつける。だが、その斬撃さえも皇帝酸蟻は身体を捻り避けた。
斬撃が終わり、重力に従って地面に着地する。
このままでは勝てない、油断は無かった。それなのに僕は初撃をあの魔物に取られた。それは皇帝酸蟻の強さの証明、そして言語を理解し操る魔物ともなればその学習能力も高いはずだ。
僕は扉を潜り抜ける前に言われたアレクの言葉を思い出した。
「アレク、僕、迷わないよ」
スキル【狂化】。
「ぅぅぅぅぅぅぅうぅううううううううッ!!」
身体が熱い、全身の血液が沸騰するように熱を帯びている。思考がどんどん纏まらなくなってくる。
頭の中には声が響いてくる。
壊セ。殺セ。蹂躙セヨ。
「うる……さい……」
脳内に響く声を否定すると全身に激痛が走った。
「ぐッ……」
それでも頭の中に響く声を否定し続ける。
痛い。痛い痛い痛い痛いッ!!
駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だッ!
屈するな、僕は何のためにここにいるッ!
「FUUUUUUUUUUU……ッ!」
いつの間にか目の前には拳を振りかぶる皇帝酸蟻の姿があった。だが、その拳に先程まで感じていたような恐怖は無い。
なぜならその拳が子供が駄々をこねた時に殴りかかるような、そんな風にしか見えなかったからだ。
僕はゆっくりと近づいてくる拳目掛けて大剣を振り下ろした。
「ッ!?」
大剣は皇帝酸蟻の手首を切り裂き、拳を切り飛ばした。緑色の血液を撒き散らしながら拳が宙を舞う。
溢れだす血液を気にもとめず皇帝酸蟻は即座に後ろへ遠退いた。
♢♢♢
クソッ、肩が焼けるように熱い。あまりの激痛に意識が飛びそうになるが、何とか意識を保つ。
どうしてあいつは逃げてくれないんだ。この戦いがどれだけ絶望的なものなのか分かりきっているというのに。
俺も覚悟はしてきた。だが、あの魔物は想像の範疇を優に越えている。
俺のLVは27、例えどう足掻いたとしてもその実力差が覆ることは無い。それはジンも同じだろう。
二人で相手をするとなれば万に一つの可能性はあった、だが一人で戦うとなれば話は別だ。
ジンがここで退かない理由は何となく予想できる。城で呪印に苛まれているエミリーと、怪我を負った俺のためだ。あいつはエミリーのことが好きなんだろう、態度からバレバレだ。
まだジンとは出会ってから数日しか経っていない。だが、俺はあいつのことを大切な友達だと感じてる。だから、あいつの言葉を聞いた瞬間僅かでも嬉しさを覚えてしまった。
今すぐにでも俺も戦わなければ……っ!
「くっ……ッ!!」
足に力を籠め、立ち上がろうとしたがそれすら覚束ない。どうやら血が流れすぎたようだ、思うように力が入らない。
眼前では強大な魔物を前に必死に喰らいついている友の姿がある。せめて、その雄姿を見届けなければ。
戦いは拮抗しているように見えた。自身よりもLVが高い相手にあれだけ戦えているのは称賛されるものだ。だが、僅かだがジンが押され始めている。
それにジンは上手く皇帝酸蟻の攻撃を避け、いなし、躱しているが攻め手に欠けている。
このまま戦えばどちらが負けるかは明白だ。
俺は首から下げているペンダントを左手で掴んだ。
これは魔道具だ。この魔道具には希少な魔鉱石に転移の魔法を込めた魔石が埋め込まれており、これに魔力を籠め、このペンダントに触れていたものを指定された場所に転移させることが出来る。
指定されている位置は王城、これを使えば一人は生きて帰ることが出来る。初めはジンに逃げてもらった後に俺がこれを使おうと考えていたのだが、どうやらそれは難しそうだ。
これはジンに使おう。
俺がそう決めた瞬間だった。
「FUUUUUUUUUUU……ッ!」
突然ジンが苦しみだしたかと思えば、まるで獣のような唸り声をあげた。
何が何やら分からない。だが、あのジンの姿を見ていると何故か恐怖を煽られた。
次の瞬間いつの間にやら移動した皇帝酸蟻が再びジンの心臓を貫かんと拳を放った。離れた位置から見ていた俺は皇帝酸蟻が移動したことに気が付くことが出来たがジンでは不可能なはずだ。
俺はすぐさまジンにその事を伝えようとしたが声が出ない。
そうしている間にも皇帝酸蟻の拳はジンに接近し、拳は心臓を貫く……はずだった。
「……っ!?」
鮮血が舞った。だが、その色は深紅ではなく、深緑だった。
いつの間に構えたのか、大剣を振り下ろしたジンは易々と皇帝酸蟻の突き出された拳を斬り飛ばしていた。
その信じられない光景に驚愕しつつも、俺は希望を見出した。
「じ……ジン……っ!」
絞りだした声、それにジンが気づくことは無かった。だが、一瞬こちらに振り返ったジンの顔を見て背筋が凍り付く。
瞳は真紅に輝き、唇は狂ったように歪んでいた。
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