一章 少年は英雄の夢を見る 十八話
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「まったく……グレイもジン君も大人に何の相談もせずに行ってしまったよ。そんなに僕たちは頼りないかったのかなぁ」
王城の一室、月明かりに照らされた王都を駆け抜けるジンとグレイの姿を窓越しに見ながらツヴァイは独り言を零した。
「迷宮は危険だ、迷宮変異で生み出された区画は特に。でも、ジン君がいるなら大丈夫だろう。彼には初代様が憑いているようだし」
右手に持ったグラスを傾ける。グラスの中に満たされた葡萄酒に月光が差し込み、紅紫色に輝いた。
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迷宮の中に入った僕たちは見覚えのある道を駆け抜けていく。道中魔物が出てくるが構っている暇は無い、最低限の戦闘のみ行い、遂に迷宮変異によって生み出された区画に辿り着いた。
「ようやくここまできたな……」
「うん……。僕たちが前に見たときは塞がれてた道も今では元通りになってる。これなら簡単に進めそうだね」
分岐路を曲がり、新区画に踏み入った瞬間、僕たちが来た道に壁が現れ退路を断たれた。
「どうやら俺たちのことを逃がす気は無いみたいだな?」
「もともと最深部まで向かうつもりだったんだ、別に退路が消えてもやることは変わらないよ」
「お、かっこいいこと言うなジンっ!」
グレイは笑みを浮かべて僕の背をばしりと叩いた。
これまでは少しでも重量を軽くするために【アイテムボックス】の中にしまっていたけど、もうその必要は無い。
僕は“アーテル・ニテンス”を取り出し、肩に担いだ。“マギア・インディクム”のような幻想的な美しさとは異なる品のある美しさを放つ黒い刀身のずしりとした重みが伝わってくる。
「うえっ!? なんだよその大剣っ!」
「ああ、そっかグレイには初めて見せたもんね。これも“マギア・インディクム”と一緒に、とある知り合いの人から貰ったんだ」
迷宮を進みながら話していると、【気配探知】に反応があった。反応は五つ、速さはそこまでないが、確実に僕たちの方に向かってきている。
「グレイ、どうやら魔物はもう来るみたいだよ! 構えてっ!」
「おう!」
前方から二匹の魔物が地面を食い破り姿を現した。
「KISYAAAAAAAAッ!」
忘れもしない、僕たちが苦戦させられた魔物酸蟻だ。続いて後方に三匹の酸蟻が地面から現れ、僕たちは完全に包囲された。
「前回の続きってわけだな」
「僕が後ろの三匹を、グレイは前の二匹をお願い」
「任せろっ!」
互いに背を合わせ、僕とグレイは同時にその場を飛び出した。
【縮地】を使い、一気に距離を詰めながら大剣を大きく横薙ぎに振るう。剣は酸蟻の身体を容易く断ち切り、勢いの衰えない刃が隣の酸蟻をも両断した。
右から左へ大剣を振った勢いをそのまま利用し、身体を回転させ、流れるように三匹目の酸蟻目掛けて大剣を振り下ろした。
「KISYAA……?」
魔物の理解が追い付かないほど迅速に勝利を収めることができた。やはり、この数日間の修練は決して無駄ではなかったと、そう実感できる。
グレイの方も二匹の酸蟻を屠り、戦闘が終わっていた。
「お疲れさん、どうやら城から抜け出してから相当強くなったみたいだな」
「そういうグレイこそ」
お互いに顔を見合わせ笑いあうと、表情を引き締め前へと進む。
「基本的に迷宮の中で魔物が沸くのには一定時間が必要になる。だから、魔物を倒してから少しの間は安全に進めるはずだぜ」
「そうなの? それなら、余計今のうちにできるだけ進んでいかないとね」
「ああ、そういうわけだ。【ファイアースピード】」
グレイの魔法がグレイ自身と僕の身体を赤く包み込んだ。
身体が軽い、身体強化系の魔法だろうか?
「これで少しは探索速度が速くなるだろ?」
「ありがとうグレイ!」
そこから僕たちは手当たり次第に迷宮の中を探索していき、運よく次の層へと下る階段を見つけることができた。
階段を下った先に広がっていたのは先ほどまでと何ら変わらない石造の廊下。変わらず光源は見当たらないため、効果時間が切れる前に【エンバース】を唱えておく。
「迷宮変異で出来た区画って何階層くらいあるの?」
「えーっと、確かものにもよるけど四・五層だったと思うぞ。だから最低でもあと二回は手当たり次第に探索して階段見つけないといけねえな」
「うへぇ……」
正直この階段を見つけるという行為が思いのほか大変なのだ。
ゲームのように自動で来た道をマッピングしてくれるわけではないのでしっかりと道を覚えておく必要があるし、いつ魔物がどこから襲ってくるか分からないので、常に警戒している必要もある。
「とりあえず魔物が出てこない間にもう少し先に進んでおこうか?」
「そうだな」
僕たちは休む間もなく再び駆けだした。
これだけ走り回っているというのに息が上がる様子が見受けられないのはこれもまたLVアップの恩恵だろう。
すると、前でグレイが声を漏らし、立ち止まった。
「どうかした?」
「いや、あれ……」
グレイが指した方向に見えたのは下層に通じる階段だった。先程あれだけ苦労した階段探索がこうもあっさりと終ってしまうと嬉しい気持ちも勿論あるが少し複雑な気持ちになる。
「……とりあえず進もうか」
「……おう」
次の層もこれまでと同じ代わり映えのしない密閉空間が続くのだろうと階段を降りると、僕は目にした光景に口を思わず開いてしまった。
視界に広がっているのは広大な大地。草木が枯れ果て、生命の気配は感じられないが、これまでの階層のような石造の、どこか人工的な造りとは少し違う。
「迷宮にはこんなものまであるの……?」
「ああ……俺も話でしか聞いたことがなかったけど、稀にこういう広い空間の階層もあるらしい」
グレイの方を向いて話を聞いていると、ふと壁に違和感を感じて、何かと思い壁に近づいた。
すると見つかったのは石壁に開いた大きな穴。大きいとはいえ人が通れる程の大きさは無く、通れたとしても子供が這いつくばってようやくというほどの大きさだ。
そのような穴が石壁に無数に存在している。ざっと見たところ視界の範囲内だけでも三十は下らない。
「なんだこの穴?」
「分かんないけど……。なんだか嫌な予感がするな、とりあえずまた階段を探そう」
壁伝いに歩き、階段を探しているとそれらしきものを発見した。ならばと下層へ降りようと歩みを進めると足が何かにぶつかった。
不思議に思い足元に視線を向けるがそこには何も見えない。もう一度踏み出そうとすると同じように何かに足がぶつかった。
「……? グレイ、ちょっと先に行ってくれないかな?」
「おお、いいぞ」
グレイが僕を追い越し、階段を降りようとすると、グレイの身体が何かに衝突した。
「うおっ!?」
横から見ていたから分かる、どうやら階段に目視出来ない膜のようなものが張られているみたいだ。
折角下層に降りる階段を見つけてもこれでは先に進むことが出来ない。
「なんだこれ……? 階段のところに何かあるみたいだな」
「うん、そこに見えない壁みたいなものがあって、先に進めないようになってるんだよ」
「それだと次の層に進めないな……。でも、迷宮で次の階層に絶対に進めないってことは流石に無いはずだ。ならこの層のどこかにこの見えない壁をどうにかする仕掛けがあるんじゃないか?」
グレイの意見は最もだ。流石に攻略不能の迷宮ということはあり得ない。だとすればグレイの言う通りこの階層のどこかに透明な膜を消す仕掛けがあるはずだけど……。
この階層はこれまでの層に比べて明らかに広大だ。しかも、これまでの階層は通路が続いていたが、この層は辺りが開けている。常に全方位に警戒する必要があるし、囲まれる危険性も大きい。
加えてこの一面に立ち込めている霧、これのせいで視界を満足に確保することもおぼつかない。
こんな状況でこれまで通り探索していては絶対に時間が掛かりすぎてしまう。
通常ならばどれだけ時間を掛けようと構わない、でも今の僕たちにはそれが許されない。
こうしている間にも刻一刻と刻限は近づいてきている。エミリーに掛けられた呪印の効果が発動するのは呪印を受けてから丁度一週間後。
エミリーが呪印を受けてから今日で丁度七日が経つ、僕たちが迷宮に忍び込んだのが夜明けごろでそれから少なくとも五時間は経過している。
エミリーが呪印を受けたのは夕方頃だから残された時間は八時間と少しと考えていい。
残り八時間の間にこの階層を探索し、迷宮最深部にいる守護者を倒さなければならない。運が悪ければこの層の下にもう一つ階層が残っている可能性もある。
唇を強く引き締め、悩みに悩んだが末に僕は口を開いた。
「グレイ……二手に分かれてその仕掛けを探そう」
「……分かった、それじゃあ俺は左回りに探索してくる!」
「あ……」
普段のように笑みを浮かべるとグレイは走って行ってしまった。その姿は霧に包まれ、あっという間に見えなくなる。
グレイは何でもないように笑みを浮かべていってしまった。グレイも分かっているんだろう、二手に分かれることの危険性も、そうしなければエミリーを助けることが出来ないことも。
「アレク、僕たちも行こう」
「ああ、気を引き締めろよジン。友の心配をするのは構わないが、それでお前が死んでしまっては意味がないからな」
「分かってるよ」
僕は苦笑を浮かべながらアレクに答えると、背に背負った“アーテル・ニテンス”を抜いた。
「どうやら早速お出ましみたいだ」
【気配探知】に反応が三つ。一つは前方から、二つは左から迫ってきている。
僕が大剣を構えるのと同時に霧の海を掻き分け、魔物が姿を現した。
「KISYAAAAAAAAA!!」
忘れもしない、酸蟻の姿がそこにはあった。酸の涎を垂らしながら大きく口を開き、僕のことを丸呑みせんと飛び掛かってくる。
【気配探知】で魔物が来ることを予期していた僕は予め構えていた剣を振り下ろした。刃はするりと酸蟻頭へと通り、断末魔をあげる隙さえ与えず軽く両断する。
正面から迫る酸蟻を片付けると、左から迫る二匹の魔物の方へ意識を向ける。大剣を肩に置き、一呼吸すると霧を突き破り勢いよく二匹の酸蟻が姿を現した。
「「KISYAAAAAAAAAAAAAAA!!」」
「はあぁぁっ!!」
気合一閃、酸蟻が飛び込んでくるタイミングを見計らい、大剣を大きく横に一薙ぎする。
飛び掛かってきた酸蟻達は空中で成す術も無く大剣に断ち切られ、黄土色の血液を溢れさせながらその場で絶命した。
「ふぅ……もう酸蟻には慣れてきたかも」
「この迷宮に入ってから酸蟻ばかりだからな。まあ、あの時の意趣返しだと思えばいいのではないか?」
「あはは、そうだね」
ひとまず周囲に魔物の反応が消えたことを確認し、“アーテル・ニテンス”を背のホルダーに戻した。
ここまでは霧で方向感覚を狂わない為にも壁伝いに進んできたが、特に仕掛けらしきものは見当たらなかった。となれば透明な壁を消す仕掛けがあるのはこの階層の中央付近だと考えられる。
「仕方ない……かぁ……」
この霧の中だ、無暗に動き回れば方向感覚を失って霧の中で彷徨うことになるかもしれない。ただ、こうする他に方法は無い。
腹を決め、僕は霧の立ち込めるこの階層の中央へと向かい、歩みを進めた。
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