化け物
「…ん」
数人の足音が近づいてくるのを聞いて、目が覚めた。
まだ外は暗い。
いったい誰がこんな時間にこんな場所を通るのだろうか。
足音はじょじょに大きくなり、そしてこの近くで止まった。
「………」
息を潜め、あたりの様子を伺う。
誰かのひそひそ声が聞こえた。
「――しまった!」
「くそっ、やっぱり囲まれていたか!」
表に出ると家は数十人もの男どもに囲まれていた。
みなそれぞれ武器を持ち、実戦慣れをした雰囲気を醸し出している。
「……謀ったな」
「ひっひっひ。騙される方がわるいのさ。それに、そろそろ空が白み始めるというのに、今更『目的の場所に着く前に夜になってしまった』だ? バカバカしいったらありゃしないね」
俺を家の中へ案内した男が一歩前に出る。
「さっきは仲間をよくもやってくれたじゃねぇか。このお礼はたっぷりしないといけねぇよな」
そうだそうだ、と男どもの雄叫びがあたりに響く。
「くそ、俺としたことが…」
忌々しい声をあげながら剣を抜く。
妖しく月あかりをその刃は映し出していた。
「この大人数を相手にしようなんざ考えない方がいい。勝負は決まったようなもんだからな。大人しく降参して、そして俺たちに首を飛ばされるがいい」
「それはごめんだ。最後まで抵抗させてもらう」
男の持っている鎌が音を鳴らし、きらりと光る。
「やっちまえ!」
怒涛の声が響き、男どもが一斉に群がってくる。
「……さらば、世界の神々よ!」
正眼に剣を構え、そして男どもの中へと足を踏み出した。勝機など、ない。
「ん?」
男どもの後ろで何か異変が起きているような気配がした。
「うがあぁ!」
「ぐふっ……」
醜い声があがる。
男どもの後方の動きが鈍くなり、何かあわただしい。
動揺がその集団の中を走っている。
「なんだ、どうした!」
「わ、わかりません! 後ろから何者かに斬りつけられて…うわあぁっ!」
黒い一筋の影がさっと空中に走り、そしてその影は俺の前に現れ、一つの姿を形成した。
「また襲われているんだね。手伝うよ」
さきほどの少女だった。
どこかしら冷たい印象を受ける。
「あいつらを仕留めればいいんだね? 先にボクが行くから、援護を任せたよ」
「ま、まて。誰もそんなこと…」
「――せいっ」
少女は俺の言葉を遮るように声をあげ、剣を薙ぎながら男どもの中へと突撃した。
「…………ええい! 父上、申し訳ございません!」
俺は自分の剣と共に少女の後ろへと続いた。
やつらは少女のあまりに早い剣さばきに対処できずに倒れ、その剣の難を逃れたとしても俺の剣がそれを貫いた。
少女の牙が集団をかき乱し、その牙を逃れた者どもを俺の爪が一掃するのだ。
「な、なんだこいつは………は、速すぎる!」
「そんなことを言っている暇があるのなら、オトモダチでも援護してあげた方がいいんじゃないかな」
そんな短い会話の中で、少女は三人もの男を斬り伏せた。
俺はその光景が信じられなかった。
自分の年齢にも達していない女が自らの身長と大して変わらない長さを誇る剣を軽々と扱い、なんの躊躇いもなく大の男を斬り捨てているのだ。
少女が、である。
自分でさえ八歳で騎士団に入団し、まともに今の剣を扱えるようになったのは十歳の時だ。
人を初めて戦闘で殺したのは十一の時、つまり四年前である。
「あ、後ろ!」
「おっと、すまない」
いつの間にか後ろから襲われていたらしい。
難なく攻撃をかわし、相手の脇腹に剣を突き立てる。
「ぼーっとしてたらダメだよ!」
「そうだな。戦闘中に考え事はよくない」
「当たり前だよっ!」
あっというまに数十人といた漢たちの数は数人にまで減っていった。
残った者も、その光景が信じられずにガクガク足を震えさせている。
「すごいな………これほどまでとは」
「こんなの、まだまだ序の口だよ」
少女は息一つ切らしておらず、まだ生き残っているやつらを睨んでいる。
「それで? すぐに殺っちゃっていいの?」
「うーん、できれば一人残しておいてほしい」
「了解したよ」
さっと風のように彼女は彼らに斬りこんだ。
彼らは抵抗すらできずに斬られ、そして倒れていった。
「ば、化け物…」
一人がそう小さく呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
おじけついた彼は俺たちに背中を向け、そのまま少女に背中をまっぷたつにされた。
今までよりも鋭く、鮮やかに。
少女は残っていた最後の一人を当て身で気絶させると、しばらくその場に無言で佇んでいた。
「…君も、なの?」
とても低く、とても冷たい声が俺を貫く。
「君も、ボクを化け物呼ばわりするの?」
「………」
何も言えなかった。ただ、とても胸が痛かった。
「君は…誰なんだ?」
「ボク? ボクはただの人間だよ。少し、髪の毛とか他の人と違うけど」
少女の双眸はどこかしら哀愁をその中に宿らせていた。
「俺は化け物と言わない」
「でも、さっきいきなり怒鳴って出て行ったよ」
「あれはそういう意味じゃない。俺は…そう、君の身分を知らなかった。だから自分と付き合ってはいけないと教えられてきた身分の者なのかと思っただけなんだ」
「………」
「確かに君は並の人間には到底およばないほどの能力を備えている。しかし、君は人間だ。多少髪の色が違っても、それでも人間であるということには変わりないんだ」
まるで綺麗事のようにその言葉は口から飛び出した。
それは少女に対しての罪滅ぼしか、それとも自責の念なのか。
少女は二度も俺の命を救ってくれた。
本来なら俺は騎士として誠意を込めて礼を尽くしただろう。
それが騎士道を歩む者だからだ。
しかし、実際はどうか。
俺は騎士道から外れ、恥じるべきものと戒めていた行為をしていたのだ。
「君は、普通の人間の少女だ」
俺は大きい声で何度も繰り返し叫んだ。
「……変わった人だね」
「ああ。よく言われる」
「でも、なんかおもしろいな」
少女が初めてふっと笑顔を見せてくれた。
その笑顔があまりにも愛らしくて、本当にさきほどの戦闘時の少女なのかとドキッとしてしまった。
「とにかく、一回ここから離れよう。誰か来るかもしれない」
「うん。そうだね」
少女は当て身をくらわせた男をよいしょと担ぎ上げた。
「………」
「うん、どうしたの?」
「い、いや、なんでもない」
もはや何も言うまい。
無言で少女が暖をとっていた家へと移動した。