身分の違い
「気がついた?」
ぱちぱちと火が燃える音がして、ふと目を覚ました。
「…………ここは?」
「近くの民家。空いてたみたいだから、勝手に借りた」
少し離れたところで、少女が火をくべて暖をとっていた。
幾分冷える。
「急に倒れたもんだから、攻撃を受けたのかと心配したよ」
「どうやら、大丈夫なようだ」
身体を見渡すが外傷も見当たらず、どこも痛む様子はない。
「俺の剣は?」
「ここにあるよ。寝ている時にまで剣を携えていることもないでしょ」
「いや、いつ襲われるか分からないからな。剣を持ってないと不安になる」
「大丈夫。今はボクがいるから」
「大丈夫って言ってもな…」
少女の身体をなめるように眺める。漆黒の髪、漆黒の瞳。明らかに異国の少女である。
「………なんかいやらしい目つき」
「そんなことはないぞ。――ただ」
「ただ?」
「いや、幼い容姿をしているのでな。あの時助けてくれたのは本当に君なのかと失礼とわかっていながらも考えてしまった。すまない」
「いいよ。普通の人はそう考えるから」
そう言われるのが当たり前、もう慣れているから平気。
彼女の言葉がそう聞こえた。
「ところでどこの国の人なんだ?」
「ボク? ボクはここの国の人間だよ」
「ここの? そうか。俺はスラトンの人間だ」
「……なんて名前の国だっけ?」
「は? だからスラト…」
「そうじゃなくって。この国の名前だよ」
「え……?」
言葉を失ってしまう。
「それ、本気で言っているのか?」
「うん。そもそも、この国はなんて名前なの?」
少女が冗談を言っているようには見えない。
本当に知らないようだ。
「驚いたな…自分の国の名前を知らない人間がいたなんて」
「それ、普通じゃないの?」
「ああ。少なくとも俺の周りではな。大抵自分の主人に仕える際………いや、もう幼少の頃から教え込まれたりしている」
「ふぅん。ボクたちは主人を持たないから、そんなこと知らないや」
「お、おい。今さっき、ここが自分の国だと言っただろ?」
「うん、言ったけど?」
「だったら矛盾しているじゃないか。この国の人間だと言うことは、すなわちこの国の王に仕えているということだぞ」
「そうなの? ボクたちは自分たちだけで自分たちの生活をしているだけだよ」
「そんな、だけだって…」
そこで俺は気づいた。
彼女の着ている服は貧民階級の者が着ているものよりもはるかに質素で汚れているということを。
「なんだ、すると、俺は、非人階級の者に助けられてしまったというわけか」
「…ヒニン?」
「なんてことだ…………非人に助けられたなんて、これでは代々の恥となるだけではないか」
「ねえ、さっきから何を口走っているの?」
「うるさい、非人!」
少女の身体がびくっと震えた。
なんだかわからない憤りがこみ上げてくる。
「………」
俺は彼女から自分の剣を取り上げると、そそくさと家から出た。
「ど、どこに行くの?」
「……お前には関係ない話だ」
俺はそのまま家から飛び出した。
あたりはいまだ夜の気配に包まれていた。
こういう時に出歩くことはかなり危険な行為であると分かっているのだが、今さらそうも言ってはいられない。
家があるということはすぐ近くに似たような民家があるはずだ。
そこで厄介になればいいだけの話。
別に危険なんてない。
予想通り歩いてすぐの場所にもう一軒の家を発見した。
すぐに駆け寄り、扉を叩く。
「――どなたでしょうか」
「旅の者なんだが、目的の場所に着く前に夜になってしまった。すまないが一晩の宿をお借りしたい」
「左様でございますか。それなら、どうぞ」
ガラガラと横に扉が開き、一人のみずぼらしい男が現れた。
「では、こちらにどうぞ」
「かたじけない」
俺は小さな一室にとおされた。
灯りはなく、壁の隙間から月の光がほのかに入ってくるのだけが頼りだった。
「まったく、まさか非人に助けられたとはな………しかもそれに気づかなんだとは、一生の不覚だ」
ぶつぶつと独り言のように同じことを口走っていたが、やがてまだ疲れが残っていたのか、うとうとと眠りはじめてしまった。