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命の鼓動と星の胎動  作者: 久遠寺蒼
第二部:【ルイン】君臨した戦神
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闇夜の襲撃と出会い

 ――はぁ、はぁ。

 いったいどのくらい走ったのだろうか。

 すでに息は途切れ途切れになり、酸欠で目眩さえする。

 だが、こんなところで倒れるわけにはいかない。

 もし今倒れたら、その首と胴体は別々の入れ物に入れられることになるだろう。

 だから、今はただ走る。

「はぁ、はぁ…くそ、いい加減しつこいなっ!」

 暗い闇の中、激しい雨が降りつけていた。

 少年は一度振り返り、そして再び走り出す。

 すでにその体は冷たく、体力も大量に消費しているだろう。

 彼はいったい何から逃げているのか、それはわからない。

 だが、確実に何かから彼は逃げていた。

「くそ……父上たちとはぐれてさえなければこんなことにはならなかったのに!」

 ちっと舌打ちし、忌々しい声をもらす。

「はぁ…はぁ……せめて、馬さえあれば……」

 逃げきれるのに、という彼の台詞は喉の奥でつまって出てこなかった。

 状況は絶望的だ。

 ただ逃げるしかない。

 ふと、少しひろい広場に出た。

 彼の身長の半分ほどにまで草がぼうぼうに生い茂っている。

 本来体を隠すには絶好の場所なのであろうが、相手がわるいようだ。

 彼は隠れようとはしない。

 覚悟を決めるか、と少年はその真ん中まで移動し、さきほどまでの道へ振り返った。

「………追い詰めたと思っているんだな」

 周りには誰の姿も見えない。

「なんで凄腕の暗殺部隊さんたちが俺を狙うんだい?」

 彼はその闇へと語りかけた。

 音もなく、ぬっと一人の男がその闇の中から顔を出す。

「これも上からの命令でね。殺れと言われたらやらなくてはいけないのがこの世界の掟。わるいがここで死んでもらう」

 どこか静かで、しかし恐怖さえ感じる。

(2、4………ざっと気配だけでも6人か)

 きついな。

 彼は腰の剣を手に取り、その鞘を投げ捨てた。

「わるいが、俺もただ殺されるのは趣味ではないんでね。抵抗させてもらおうか」

「ククククク………おもしろい、どれだけ足掻くことができるか、見せてもらおうか」

 男の顔は、もしも顔がはっきり見ることができたならきっと禍々しく歪んでいることだろう。

 すっと再び闇の中にまぎれると、さささっと素早くその中を移動した。

「さて、晩餐の始まり……かな」

「………」

 もはや喋る言葉さえなかった。

 あとは何人道連れにすることができるか、ただそれだけ。

「いくぞ」

 緊張が走る。

 少年は一歩踏み出そうと重心を前にずらした。

 ――その時。




「ふああぁぁぁ…」




「……!」

 ふいにすぐそばでなんとも場違いな声が漏れた。

 はっとその方向に振り向く。

「うーん……」

 ゆっくりとその草むらの中からその声の主人が顔を出した。

 暗闇でシルエットしか見えない。

「あれ、もう夜…それに、雨まで……」

「お、おい!」

 少年の顔がこわばったそれに変わる。

 声から判断するに、結構若い人物のようだ。

「………」

 風が吹いた。

 どうやら彼らの一人がその人物を標的にしたらしい。

「そこのお前、なんでそんなところに……!」

「え? だって、ここなら誰もいないし、草がふさふさだからゆっくりとお昼寝ができ………」

「わかった! だから、今は逃げろ!」

 少年が叫ぶのと、風が今目覚めた人物めがけて吹いたのはほぼ同時だった。

 少年はその人物をかばうように前に出た。

 激しく金属がぶつかる音があたりに響く。

「ちっ!」

 風は一度引き、今度は複数の風が突撃してこよう身構える気配があった。

「ねえ、いったい何をしているの?」

「わからないのか? 殺されようとしているんだぞ!」

 あまりに非現実的しすぎてその人物は今自分がおかれている状況がよくわかっていないのだろうか。

「殺されそう……って、ボクらが?」

「ああ、そうだ。知っているのなら神にでも祈りの聖歌を捧げていてくれ」

「嫌だよ」

「え?」


 思わずその人物に目をそらしてしまう。

 そこを彼らが逃すはずがない。

 一気に、複数の斬風が舞い戻ってくる。

「くそ、もうだめか?!」


 半分やけくそで少年はその剣を振るった。

 しかし、その剣に手ごたえはなかった。

 空振りした。

 つまりそれは大きな隙を相手に与えることであり、同時に死をも意味する。

(くそ、ここまでか……)

 少年はせめて苦を和らげようと目をつぶり、そして神に祈った。

 ……。

 …。

「何を、してるの?」

「え?」

 自分の喉と腹をかっさばくはずの剣の代わりに、昼寝の君の声が聞こえてきた。

 そっと目を開ける。

「な……!」


 目の前には胴が真っ二つに引き裂かれた襲撃者の姿がいくつも転がっていた。

「そんな目をつぶっている暇があるのなら剣を振るってよ。じゃないと、本当に死ぬよ」

 同時に、昼寝の君の手にしている赤く染まった剣に目が止まった。

「お前が、斬ったのか?」

「うん。他に誰がいると思うの?」

 こんなこと造作でもない、と言いたげな瞳だった。

(おい、ぞんぶん腕がたつぞ)

(あわてるな! あの三人は所詮我々の中でもその実力は最下だ)

 闇の中でひそひそ声が聞こえてくる。

 一合も剣を交えることなく斬り伏せられたことに少なからず動揺しているようだ。

「………お前は、いったい? その剣は?」

「そんなことより、前を気にした方がいいよ。どうやら全員で一気にくるつもりのようだから」

 その人物は剣を構え、少年もそれに倣う。

 風が吹き抜け、繁茂している草が波のような音をたてた。

 一瞬の静寂の後、風の吹き抜ける音が、聞こえたような気がした。

 金属のぶつかる音、肉の切れる音、断末魔の声。

 様々な音色が一瞬で奏でられる。

「――はっ!」

 少年が剣を振るうと誰かが一人倒れ。

「………」

 昼寝の君が剣を振るうと残り全員が倒れた。


 全て刹那の出来事であった。

 闇にまぎれていた者は全員その存在を肉の塊に変え、囲まれていた二人は五体満足でその場に佇んでいた。

「今ので、全部?」

「あ、ああ……たぶんな」

 少年はそのまま昼寝の君を凝視した。

 どれほどの剛の者なのか、先ほどまで暗闇であったのと、あわてていたのできちんと確認していなかった。

 ――しかし。


「し、少女だと…?」

 少年を助けてくれたのは、彼よりもさらに幼い少女だった。

「これでも、ボクは君と大して変わらないと思うよ」

 俺は唖然としてしまった。

「とにかく、これでボクらは助かった、そう解釈していいんだね?」

「……あ、ああ」

 もう他に気配もない。

 これでひとまず大丈夫だ。

 そう思うと、少年の気はふっと緩み、そのままその場に倒れこんでしまった。

「あ、ちょ、どうしたの!」

 最後に、少女の戸惑う声が、その広場に響いた気がした。


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