不安
「…思ったとおりの展開になってきたな」
ふうと大きく溜息をつく。
ここ数日、俺はアカデミー内の事務処理で忙殺されていた。
とてもじゃないが家に帰ってくつろぐ時間などない。
一日に一度、ミノワが服や日常品を届けに来てくれ、家の様子などを離してくれるのが少しもの慰めか。
「未衣と由衣は元気にしてるか?」
「はい。お二人とも元気になさっています」
昼休み、廊下でミノワと待ち合わせをする。
「あ、由衣様が少しだだをこねられてますが…」
「だだ?」
「はい。『おとーさまのところにゆいもいく、おとーさまのおてつだいするのー』だそうですよ」
「それはまあ…なんとも」
ふと口元が緩んでしまう。
「お、甲斐じゃないか…って、ミノワも一緒か」
「あ、こんにちは静様」
静が偶然通りかかった。
「何の話をしているんだ?」
「家のことについてさ。ミノワ、他に何か変わったことはないか?」
「特にはございません。いたって普段と変わりありませんよ」
「…そうか」
何事も起こっていないことに少し安心する。
最近は治安が悪くなりはじめ、犯罪数も多くなってきているので心配だった。
「ミノワ、セーラの方はどうだ?」
横から静が口をはさんでくる。
「セーラも元気にしてますよ。今はバイトに勤しんでいると思います」
「そうか…ありがとう」
セーラは犬科の亜種で静に仕えている。
静もセーラが気にかかっているらしい。
(……静も家に帰っていないのだろうか)
「それにしても、お忙しそうですね。やはり新しい惑星に関してですか?」
「ああ、そうだ。なんでも大がかりな計画が進行中らしい」
「そうですか…。それでは、邪魔をしてはいけないので私はこれで失礼します」
「ああ、ごくろうだったな」
ミノワはぺこりと礼儀正しくお辞儀をして部屋から出て行った。
「なかなかかわいいよな、ミノワは」
部屋に戻ると同時に、静がチャカしてきた。
「おい、静。自分の仕事はどうした?」
「今は休憩中だよ。そうカリカリすんな」
「別に、カリカリなんかしてない」
「いーや、カリカリしてる。ほら、小魚でも食っとけ」
静がポンとパックを投げてよこす。
「もしかしたら近い将来、魚なんて食べられなくなっちまうかもしれないがな」
しかしもう天然の魚は食べられなくなってしまっている。
水が汚れすぎているのだ。
「そういや、ミノワはどうして甲斐の家に来たんだっけ?」
「未衣が買ってきたんだよ、確か。かわいそうだったからとかなんとか…無類の猫好きだからな」
「おいおい、こんなところでノロケ話はやめてくれよ」
どっと笑いがおこる。
「まあ、今のうちに可愛がっておくんだな」
仲間の一人がやれやれといった感じで溜息をつく。
「………どういう意味だ?」
「どういう意味も、もしかしたら一年以上も会えなくなるかもしれないんだぜ」
静がいつになく真剣な表情を見せている。
「なぜ?」
「おいおい、知らないのか?」
さきほどの仲間が拍子抜けしたような声で意外だと声にした。
「なんでも、今度始まる大がかりな計画ってのがあって、あの惑星の調査を行うらしいぜ。なんでも、一人だけ調査船に乗り、一人で惑星を調査するらしい」
「そんな馬鹿な。一人でなんて無理だろう!」
思わず語尾が荒がる。
「だから、そうカリカリすんなって。もちろんDIOも一緒に連れて行くだろうさ。俺たち中央アカデミー自慢の、な。扱いに慣れた人物ということでアカデミーの中からその乗組員を募集するんだと」
「誰も行かないと思うんだが……」
「そしたら誰か強制的に連れていかれるんだろう。『はい、ご指名3番テーブル~』みたいな感覚でさ。もしくは何かとっておきの餌でもつるすだろうよ」
静はそう言ってはんと鼻を鳴らし、机の上に置いてあった煙草に火をつけた。
「まあ、どんなことになるにしろ、誰かが生贄として政府のやつらに捧げられることは間違いないだろうな」
重い空気が流れる。
「……もしもだぞ。もしも、政府が条件を出すと言うのなら、その条件っていったいどんなものなんだ?」
静に尋ねてみる。
「そんなこと、俺にわかるわけないだろう。おい、まさか、甲斐、お前……」
「違う! ただ、その条件とやらに興味を持っただけだ」
「――そうか、それならいいんだが」
静は俺の椅子に深く腰掛けると、灰だらけになった煙草を灰皿の中へと投げ捨てた。
「俺たちの願いを一つだけ聞き入れる。それが、今の政府に出来る精一杯のことだろうよ」
静はふぅと一回深く溜息をつき、そのまままどろみに身を任せていった。
同じ頃、ルインと呼ばれた惑星では――