国立中央アカデミー生命工学科助教授
朝食後一段落し、俺はアカデミーへと向かった。
国立中央アカデミー生命工学科助教授。
それが俺の職業である。
若干十六歳で助教授の資格をとり、そしてそれから二年間ずっとアカデミーで働いている。
助教授と言ってもそんなに偉いわけでもなく、賃金に関してもお世辞にも高いとは言えないが、それでも妻と娘、亜種を養うには十分だった。
「よう、甲斐。徹夜明けなのに大丈夫なのか?」
「静か………少しきついけど、これくらいで弱音を吐くわけにはいかないさ」
アカデミーに行く途中の道で、親友にして仕事仲間の静に出会った。
「仕事熱心だな」
「そんなことないさ。ただ、今日は忙しくなるだろうと思ってね」
くいくいっと静をアカデミーの方に注目するように促す。
一目見てもいつもより何倍もの人間や亜種達が働いている様子が分かる。
「まったく、新しい惑星ねぇ。それがなんでうちら中央環境庁が関係してくるんだ?」
「DIOを使うんじゃないか? あんなに近いんだ、たぶん生命体の有無の調査にお偉いさん方は乗り出すだろう。俺たちはDIOを頻繁に使うから扱いに長けているし、な」
人型凡用機械、通称DIO。
名前から分かるように人のような形をし、人間が長時間活動できない場所などの調査が主な仕事で、時には殺戮の兵器として活躍する。
「DIO…か。今回はそれを持ち出すまでもないだろうに。亜種で十分だろ」
隣を通り過ぎた亜種を横目にしながら静がぼやく。
「おいおい、自分でセーラに新惑星の探索に向かえって言うつもりか?」
「うぬ…そんなことは言いたくないな」
俺は苦笑しながら、ふと群衆に目を向けた。
静もアカデミーを行き交う人々を指差す。
『いつかギタリストになる』と言っている彼の指はとても繊細で白かった。
様々な人間や亜種がそのアカデミーを行き来している。
それはとても活気があり、生き生きしている。
まさに栄華の極みのようだ。
だが、実はそうでない。
過去の爆発的な人口増加による食糧不足と環境破壊によって、テスは今や瀕死と言っても過言でないほど荒んでいる。
例えば森林の伐採が原因で二酸化炭素が増加し、そしてその影響で温暖化が進んだ。
陸は海に沈み、その海も汚染されている。
現在の人口はこの星の最大期の五分の一にまで落ち込んでいる。
他の星への移住も長年検討されてきていたが、居住に適した星は見つからずにいた。
そのような状態が長く続いたため、世界は閉塞的になり、近親交配が行われるようになった。
俺と未衣のようなケースも珍しくはない。
そのため虚弱体質な者や先天的障害者、遺伝子レベルの異常をもつ者が増え始めてしまった。
由衣の体質も、おそらくそこからきているものと思われる。
彼らはテスの厳しい環境に耐えられずに早死し、それが人口減少に更なる拍車をかけ、ついにはその社会的問題が亜種までをもテスに出現させてしまうことになった。
亜種というのはつい数十年前ほどから現れた人間と動物の交配によりできた人間の変異体だ。
端麗な容姿と交配した動物の優れた能力――猫なら敏捷性、ウサギなら跳躍力、など――を兼ね備えている。
近親交配が進み、人々はなんとか近親相姦以外の方法で健全な子孫を残そうと必死に研究し、その結果思い至ったのが身近な動物と交配だったのある。
それは一見成功したかのように思えた。
が、しかしある意味では失敗だった。
たしかに亜種はそのほとんどは人間のそれと何も変わりはなかった。
だが、交配した動物の体の一部、耳がその外見的特徴として現れてしまったのである。
ミノワを例に挙げてみると、猫科、つまり猫と交配した彼女は耳が猫のそれでふさふさのしっぽまで生えている。
アカデミーを行き来している亜種にしても、ネコ耳はもちろん、ウサ耳、イヌ耳、エルフ耳など数えただけできりがない。
加えて、研究データによると女性の方が多く生誕するという事実も確認されている。
つまり、次代の子をもうける器はあっても、その子の基となる種が、圧倒的に不足するのである。
また、亜種同士の交配は、結局のところヒト科の繁殖ではなく、このままではヒトに代わり亜種がこの世界に繁栄するようになる。
まさに、一時的な逃げの手段なのである。
彼女ら亜種は人間、つまり生物学的区別で純血種とよばれている種族に奴隷のように扱われ、彼らに奉仕するよう厳しく教育されていった。
家事一般はもちろんのこと、夜の慰みも彼女らの仕事だったりする。
『人間ではなく亜種である』という理由で人権は認められず、しかしそれでも人間に酷似し、さらに低賃金で働いてくれる貴重な労働力ということで多くの人間が彼女らを求めた。
仮に人間が再び盛り返したとしても、亜種に対する仕打ちは変わることはないだろう。
亜種がこのテスに誕生したこと。
これは、紛れも無い『悲劇』としか言い様が無いのである。
――もしも、新しく見つけた惑星に自分達と同じような生命体がいたとしたら?
それは、限りなく人間の存命に繋がるだろう。
だが同時に悲劇も数多く生まれるはずだ。
侵略、略奪、殺戮……想像にかたくない。
また、ヒト科を繁栄させるためなら、まったく自分達と同じでなくてはならない。
亜種のような存在ではダメだ。
そんな生物がその惑星にいるとは、限りなく0に近い可能性である。
それでも、きっと皆、その星を目指すのだろう。
「…行こう。教授に怒鳴られてしまう」
二つの足音が、アカデミーの中へと吸い込まれ、消えた。