91.あれ? 一体何が……。
お待たせしました。
ではどうぞ!
「えヘ、えヘヘ……ねぇぇ、部屋、ちょっと暑くない? 脱いで……いい?」
「…………」
「聞いてるの~? もう、酷くな~い? 私、身体つき、自信あるのにな~」
「…………」
「そっちがその気なら、いいもんね~。脱ぐもん! これで一日中いるんだからね!」
――家の中で今、何が起こっているかお分かりだろうか。
織部の箔を付けるために何がいいか、相談しに1階へと降りてきたら、既にこうなっていた。
こんなことを口にする子が、3人の中にいるということなのだが……。
「うぇぇぇん!! ラティアァァァ、マスターが構ってくれない! 意地悪するぅぅぅぅ!!」
「ああ、もう、よしよし、さっ、リヴィル、良い子良い子……」
――そう、リヴィルなのである!!
ソファーで座っているラティアに泣きついて、その豊満な胸に顔を埋めている。
その様は酒が入って泣き上戸になってしまった女性OLみたいだ。
「……どうしてこうなった」
何となく嫌な予感がしながらも、事情を知っていそうなルオに視線を向ける。
「あ、あはは……えーっと、ラティアお姉ちゃんが飲むために置いておいたジュースを、飲んじゃって……」
気まずそうにルオは首筋辺りを掻いて、その指でテーブル上を指す。
透明なコップには、薄っすらと濁ったような色のジュースが1/3程残っていた。
これは、もしや!?
「リヴィル、飲ん、だのか!? グレープフルーツジュース、を!?」
あの、以前俺が買ったはいいが冷蔵庫に保存したままだった、あの!?
「――うわぁぁぁん、マスターなんて知らないもん! ラティア、ラティアァァ……」
マジかとリヴィルを見ると、未だ号泣しつつも豪快にルームウェアを脱ぎ去ろうとしていた。
「ああ、リヴィル、泣くのか脱ぐのか、どっちかに……」
「グスッ、うぐっ……じゃあ……脱ぐ」
いや何でだよ!?
何とか宥めたものの、まだグレープフルーツジュースの酔い(?)が残っているのか、リヴィルはラティアにベッタリくっついたまま離れない。
そして俺が近づこうとするとプイと顔を逸らしてしまうのだ。
……まあ顔だけで、体の物理的距離を離すとかまではしないのだが。
「……ラティア、何してんの~? エロエロなゲーム?」
……酔っぱらっているリヴィルは表現も幼いというか、単純というか。
いつものリヴィルのような知性・クールさみたいなものはすっかり隠れてしまっている。
「そうですよ~。サキュバスが主人公の同人ゲームです。セールだったので買いました」
ラティアは慣れたように膝枕しているリヴィルの頭を撫でながらゲームの進行を続けた。
……ってかラティア、リビングでエロゲーかよ。
俺はジロッとルオを見る。
一緒にリヴィル達の様子を見守っていたが、俺の視線を敏感に感じ取り、口笛を吹いて誤魔化そうとしていた。
あの一件――織部と俺、共に自爆事件をルオがラティアへと密告してからというもの。
ラティアの間接的な誘惑の頻度が心なしか増えている気がするのだ。
ルオの目を逸らすためとはいえ、俺がエロいことに興味深々みたいな発言を堂々としてしまったことが、おそらく影響を与えているのだろう。
「中々襲ってくれない主に焦れて、サキュバスの主人公が逆に襲おうとするのがテーマですね」
「……ふ~ん」
「主人が逃げていく先々で魅力的な女性キャラが出てくるので、そのキャラ達を上手く誘惑して闇堕ちさせて、主人への誘惑包囲網を如何にして築くのか、腕の見せ所ですね!」
「へぇぇ……面白そう!!」
「えぇ!? 嬉しい、リヴィルも興味を持ってくれたなんて!! じゃあ、一緒にやりましょう!!」
「うん!!」
――なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁ!?
このリビングでのエロゲープレイも、もしかしてその間接攻撃の一種!?
ちょ、ラティアさん、リヴィルまで巻き込んで――ハッ!?
俺はまさかとの思いで、今だ飲み干されずに置かれたままのコップに目をやる。
テーブルにラティアが置いていたグレープフルーツジュースを……。
たまたま、リヴィルが、飲んだ?
――そんなはずあるまい!!
ラティアは既に一度オレンジジュースによるリヴィル酔っ払い事件を経験しているんだぞ?
なのに、わざわざ注いだにも関わらず口をつけないで置いておくか、否!!
クソッ、これは全てラティアが仕組んだ罠だったんだ!!
「――ほらっ、リヴィル、上手く誘惑できました。これでまた一人、主を欲に溺れさせるための駒が」
“嫌っ、私、神に仕える身で、こんな、淫らな姿を――”
「……巫女さん、堕ちるね」
ちょ、リヴィル、目がすわってる――
“……こんなに素敵なことを知らなかったなんて、私はなんて世間知らずだったんでしょう……”
「フフッ、ザッとこんなもんですね」
女性キャラの闇堕ちを確認して、ドヤ顔を向けるラティア――
「いや、怖ぇよ……」
「リヴィルお姉ちゃんは目を輝かせちゃってるけど……」
「……時間だ、時間が解決してくれるはず……」
リヴィル、早く目を覚ませ!
後、巫女さんは何か日本っぽくて良さそうなので、織部へと送る候補にコスプレ衣装入れときます!!
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その後、ラティアと水面下での交渉の結果。
俺が灰グラス――効果が切れた物を1日かけることに。
それだけで矛を収めてくれるのならば安いものだ。
その際の駆け引きは普通にダンジョン攻略へ挑むよりも各段に上の冷や汗ものだった。
直截的に言うのなんて勿論NGなので、遠回りに回って、何とか引き出したのだ。
“ラティア、最近、どうだ? 何か、俺にして欲しいこととか、あったりするか?”
とか
“眼鏡か……ああいや、いいんだ遠慮しないで――ただ、その間はちょーっとクールにというか、静かに過ごしたいな、みたいな?”
とか、物凄く外回りで回りくどい言い方をして、ラティアの譲歩を勝ち取ったのだった。
「テレビ!! テレビ見よ!!」
ノートパソコンを閉じたラティアを見て、リヴィルはじゃあ次はとリモコンを手にする。
「はいはい……フフッ、何だか手のかかる子供みたいですね……」
「私、まだ子供だも~ん! ルオ、ルオ!! 一緒に見よ!?」
「あはは……うん、見よっか、リヴィルお姉ちゃん」
ちょっと苦笑しながらも、ルオは何か指摘するでもなくリヴィルに付き合うと決めたようだ。
「えへへ、私、お姉ちゃん!」
本当に子ども見たいだな……。
いつも何だか抑圧でもするように無表情でいる分。
偶にはこうしてリヴィルがハッちゃける機会を作るのもいいかもしれない。
……柑橘系のジュース、買い溜めしておくか。
そうしてテレビの電源が点くのと同時に、俺は灰グラスを取り出し、装備する。
1分間、その短い間だけ存在感が消えるのだが。
まあまた後でダンジョンに行って30分チャージする必要はあるが、そんなもの大した手間ではない。
『――さあ、続いてはエンタメ! 先ずは何と言ってもこの話題』
点けたテレビでは、夕方日曜にやるニュース番組が放送されていた。
直ぐにキャスターから画面が切り替わり。
“男性探索士アイドル、始動間近!! 2人の追加メンバー発表!!”との文字が映し出されている。
「あっ……これ、確か、ご主人様と同じ学校の……」
ラティアは思い出したように俺の座っている場所を向いたが、俺の姿はそこにはなく。
というより、1分間は姿が認識できないのだと自分で思い出して、ラティアはまた前を向いた。
そしてルオに教えるようにして、二人の男を指さす。
まあ、確かにその二人――立石と木田は同じ学校ではあるな。
「へぇぇ……」
そんな声を出しながらも、ルオはあまり興味がなさそうな反応だった。
白い歯を輝かせて手を振る立石や、結構様になっている衣装のままポーズを決める木田には目もくれず。
どちらかというと、その新メンバー二人の方がまだ面白そうという感じか。
一人はブロンドに染めた髪に、シルバー縁の眼鏡をかけたインテリっぽい男性。
そしてもう一人は――ん?
雪のように淡い白の髪に中性的な顔立ち。
あまり多くを語らずミステリアスな雰囲気漂う小柄な少年――のように見えた。
その人物に、俺は首を傾げずにはいられない。
『5人での出発に際し、最後の一人の発表は当日、行われるということで。今から“男性探索士アイドル”の船出が、増々楽しみになってきましたね!!』
キャスターが読み上げたその言葉を耳にし、俺は「だよな~……」と独りごちる。
だが、先日も“灰グラス”を日常でかけた時、同じようなことに出くわしたことがあった。
だから、多分、見間違い、じゃないんだろうな……。
――この4人の中に1人、女子がおる。
あれれ~?
どういうことだろう~?
とりあえず、リヴィルには困ったら柑橘系ジュース!




