69.あれ、逆井、お前……。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「……さて、大丈夫、だろうか?」
土曜日の午後。
とある家のチャイムを目の前にして、俺は動きを止める。
今日初めて来た家だから緊張するというのはその通りなのだが。
それだけでなく。
「逆井……ちゃんと把握できたかね?」
そう、俺は今、昨日教えられた逆井の家の前まで来ていた。
今日初めて来て、そして2回目の来訪となる。
ちょっと叙述レトリックっぽくしてみたが、なんてことはない。
「朝入れたボイスレコーダー……気づいているといいけど」
そう、要するにまだ空が黒い時間帯に一度来て。
そしてまた今、2度目として訪れたというわけだ。
今日初めて来たその朝の時間に、あの織部の音声を録音したボイスレコーダーを、ポストに入れている。
かなり大きな一軒家で、閑静な住宅街の中に、逆井の家はあった。
入れる際は見られないようにと灰グラスをかけてまで実行したのだ。
……犯罪絡みと思われなければいいが、多分大丈夫だと思う。
『――っ、……はい?』
チャイムを押した後、比較的直ぐに応答があった。
声の様子からハッキリと逆井自身のものだと分かる。
昨日のメールの際に、逆井の両親が不在だということは聞かされていた。
「俺だよ、俺、俺――」
『新海!? っ!!――』
プツッと相手との通話が切れる音がした。
……ボケも一切触れられなかったな。
門前から玄関まで石畳の渡り道があるくらいだ、逆井の家がそこそこ裕福であることが外観からもわかる。
壁も綺麗に塗られていて、剥げ落ちた部分なども見当たらない。
そんな防音性に優れていそうな家なのに、ドタドタと大きな足音が近づいてくる。
それだけ――
「――新海っ!!」
乱暴な手つきでガチャンっとドアを開け、逆井がその姿を現した。
逆井は寝間着のままで、その目はここからでも分かるくらいに充血している。
俺の姿を認めると、どうやら裸足のままで外に出て、あの石畳を駆けてきた。
「おっ、おう俺だ俺だ。ってお前、どうしたんだそんな――」
軽く手を上げ、その逆井のなりふり構わぬ様子を冗談交じりに指摘しようとすると――
「っ!!――」
逆井は俺の言葉など聞いておらず、一直線に俺の前まで来る。
そして慌てた手つきで門を開け――
「ちょっ、おい!? 逆井!?」
全身を投げ出す勢いで、俺に飛び込んできた。
「新海っ……新海っ……」
何とか受け止めるも、逆井は泣き声を抑えるようにして俺の名前を呼び続ける。
「ど、どしたし!? さ、逆井、さん……?」
あまりの逆井の様子に驚いて、俺も若干口調が不安定になりながらも。
何とか言葉を引き出そうと努力する。
その際、抱きとめている女子特有の柔らかな肌の感触、押し付けられてフニュンっと形が潰れている双丘には、できるだけ意識を割かないように。
「――あのね、新海っ、柑奈が、柑奈が……生きてたんだ」
逆井の言葉はある意味想定していた内容だっただけに、そのことで驚きはない。
ただ、ここで「うん、知ってた」なんて言おうものなら話がとんでもない方向へと行く。
それに俺も、ここまで取り乱したようにしてしがみ付く逆井を見て、その意味では驚きもあったのだ。
「えっ、“柑奈”って……――それ、もしかして“織部”のことか?」
だから、俺はかなり自然に驚愕した表情を浮かべることが出来たのだった。
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「えへへ……ゴメンね、取り乱しちゃって」
その後、一先ず玄関に入って逆井が泣き止むまで数分を要し。
「いや、まあそれだけ嬉しかったってことだろ」
そして逆井の部屋に案内され、大体予想していた通りの経緯を説明された。
要するに、俺が新聞よりも早くにポストに入れたボイスレコーダーに、逆井自身が気づいてくれて。
それで、織部の無事を知って、こうなったのだという。
まあ……あのボイスレコーダーにそれだけ取り乱してもらえて、こちらとしては嬉しい限りなのだが。
今度はこっちが取り乱しそうだ。
だって、俺が今いるのは、逆井の私室。
普段チャラチャラしてそうな逆井の印象とは打って変わって、とても整頓が行き届いている。
以前送られてきた写真越しに少しだけ見たことはあったが、ピンク色を基本とした実に女の子らしい部屋だった。
「うん……えへへ、何か、変な感じだね」
「お、おう……」
しかも逆井は未だ寝間着のままで、目元には泣きはらした跡もある。
それがこの部屋の雰囲気と相俟って、目の前の逆井が何だか凄く女の子らしく見えて……。
いや、今まで逆井が女子に見えなかったということじゃなくて。
その、可愛らしいというか、守ってやりたくなる、みたいな?
「――その……あんがとね、新海」
少しの沈黙の中で告げられたその言葉にドキっとする。
逆井の表情に、甘酸っぱい恋心の芽生えを感じたとかそういうことではなく。
……このお礼に、真正面から頷くことはできない。
「……何で礼を言われるのか、分からないが――ああ、それか?」
俺は、自分が持ってきた紙袋に視線を送る。
ラティアの全面協力を得て『Isekai』で購入した、逆井の誕生日プレゼントを持ってきていたのだ。
ストーリーとしては、逆井に呼ばれたので丁度いいとプレゼントを持参。
そこに、突如織部の話が降って湧いて来て、俺も何が何やら――そんな感じだ。
織部のことを知らされて、渡すだけ渡したままで中を開けるまでには至ってなかった、みたいな。
「それも、嬉しかったけどね。でもさ、何か……良く分かんないけど、新海のおかげって感じがするんだ、柑奈のこと」
再びドキッとさせられる。
まさかバレたんじゃないだろうか。
織部からは、最悪バレたら仕方ないという言葉は貰っているものの。
でもその織部自身、未だ他の誰かに自分のことを告げる決断まではできていないように思える。
「……その感覚は良く分からんが」
「うん、アタシもさ、上手くは言えないんだけど……何か、そんな気がする。だから、新海にお礼を言っときたいの」
様子を見るに、バレていたり、逆井自身に何か確信があってそう言ってるわけではないっぽい。
なら……まあいいか。
「えへへ……ごめん、湿っぽくなっちゃったね!」
逆井は意識的に笑顔を作って見せる。
織部の音声の内容は勿論俺も知っているので、特に今何かが起こるということはない。
とりあえず逆井が織部の無事を知り、その不安や悲しみだけでも取り除けたと思うと、一安心だ。
「……気にすんな」
「う、うん……」
湿っぽいというより、何かむず痒いような、こそばゆいような、そんな空気なんだが。
ってか俺、今女子の部屋にいるのか……。
アイドルとしてもデビューして、かなり人気もある逆井の、部屋……。
意識し出すと、色んなことが気になってくる。
さっきまでは感じなかった、甘い花の香りみたいなものが室内を満たしていたり。
衣装棚やクローゼットが目に入り、あそこに普段逆井が身に着けるような服や、あるいは下着なんかが入ってるのかなと考えたり。
……やばい、気まずい。
「えーっと……――あっ、そ、そうだ! このプレゼントさ、開けて今着てもいい!?」
逆井自身も気まずい雰囲気を感じ取っているのだろう。
ワザとらしく意識を別の物へと持っていく。
「お、おう! ダンジョン関連も大変だろうから、防御力にも優れてて、見た目もバッチリの衣装一式だと思う」
実際に俺が目を通したのはブーツだけだ。
水の中級精霊が加護を与えたと説明されていた。
探索士の制服と合わせても、見た目的な違和感も無いだろうと思ったのだ。
ただ他の部分のものはラティアが選んだ物なのである。
コーディネートの詳しいこととなると、やはり俺にはさっぱりだし、女性のラティアの方が詳しい。
何よりラティアが物凄い乗り気だったのだ。
“リア様へのプレゼントですね、私に任せて下さい! これ、ちゃんと揃えると割引される場合もあるようですし!”
と張り切っていたので、他の部分は任せたのだ。
確かに通販で同じ出品者が出している時のように。
シルレの町は大きく、複数の店があるようで。
詳しくは知らないが、複数購入や一式購入などにより大幅な割引もあった。
「へぇぇ……じゃあさ、じゃあさ! 今から着替えてくる!! ニシシ、新海が一番にそれを見れるんだから、役得だね!」
「……ああ、そうだな、嬉しい嬉しい」
役得かどうは知らんが……。
俺も中身自体は殆ど知らないし。
ただ単にちゃんとした物を一式揃えて買ったら、確かに1600DPかかるところが850DPで済んだということくらいだ。
それでも安い訳ではないが、逆井達の強化は間接的に俺の楽に繋がる。
プレゼントでもあるし、投資みたいな感じで割り切れた。
それらは橙色の紙に包まれていたので、それをちゃんと紙袋に入れて持ってきたというわけだ。
何か“アーマー”みたいな文字は目にした。
その割には軽いな、と思ったが……。
「うわっ、すっごい適当……あっ、これ、お返しってわけじゃないけどさ、言ってた良い物、新海にあげる」
自分の部屋を出ていく寸前、Uターンして机を漁り、手に取ったものを俺に渡してきた。
「えっ、いや、別に気にしなくても――」
「いいからいいから! じゃ、アタシ着替えてくるからちょっと待っててね!」
一方的に押し付けて、今度こそ逆井はプレゼントの紙袋を手に、部屋を出ていった。
「……って、何だ? カード……――うげっ」
『逆井梨愛公式ファンクラブ会員番号:0 新海陽翔』
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またか!
俺、どれも申請した記憶一切ないんだが……。
今度のそれはかなり過激で。
真っ白なシーツの上に仰向けでいる逆井が、そのカードに描かれている。
そしてその逆井は衣装が乱れており、胸と股の大事な部分をそれぞれ手で隠していた。
その状況に恥じらいの表情を浮かべ、上目遣い。
「……抱き枕カバーの絵柄かよ」
しかもちょっと親に見せるのは躊躇われるような感じの。
何か順調に俺がファンクラブの会員になっていってるんだが。
しかも何故か番号が0というコアなファンっぽい感じで。
「他の普通の会員とは何か違うのかね……」
先日の志木のカードと、そして皇さんの物を取り出して比較する。
勿論カードの背景に写っているそれぞれの絵は違うが……。
「他は……特に違いってなさそうだよな?」
会員だから〇〇ができるとか、××の権利があるとか。
特に記載されているわけでもない。
「じゃあこれ、何の意味があるのかね……」
「――えっと、その、新海?」
「うぉっと!? ど、どうした?」
逆井の声がして、3枚のカードを慌てて財布に仕舞う。
いや、別に慌てる必要はないんだが、何かそうした方が良いと咄嗟に思ってしまった。
「…………」
「ん? 逆井?」
逆井は何故か木製のドアに隠れて顔だけを覗かせている。
自分の部屋なのに、恥ずかしそうにして中々入ってこない。
「……その、これ、さ……新海がアタシに、買ってくれたん、だよね?」
「? ……まあ、そうだな」
殆どを選んだのはラティアだが、買ったのは俺ということになるかな。
ってかそうじゃないと、プレゼントとしての体を成さないし。
「そっか……その……新海、こういうのが、趣味なんだ――似合ってる、かな?」
「…………」
良く分からない言葉を呟きながらも、ようやく部屋に入って来た逆井の姿を見て、俺は絶句する。
内股になって恥ずかしそうに両足をこすり合わせるその姿は、通常ならとても直視できるようなものではなかった。
ただ、その場にいるのが俺と逆井の二人だという事実が、どうすればいいのか分からず思考停止をもたらしていた。
「……これ、さ……ビキニアーマーっていうの? 確かに、何か不思議と安心感はあるけどさ……」
防御力的にはやはり問題ないらしい。
だが上から下まで、履いてないとっても過言ではない程の生地面積。
どこかで見たことあるような既視感を覚える露出具合。
「その、やっぱり凄い恥ずい……こんなのアタシが着てるなんて、柑奈が戻ってきても見せらんないよ……」
その水色のビキニアーマーと、そして俺が選んだブーツを装備した逆井を見て、とうとう頭を抱える。
――ラティアめぇぇぇぇ!!
何て卑猥な恰好をチョイスしてやがる!
これで困るの俺と逆井なんだからな!
本人的にも装備としての性能は十分実感できているらしいところが、またこの選択の憎いところだ。
これじゃあ面と向かってラティアの選択を非難し辛い。
クソッ、黒ラティア、手強すぎるぞ!?
しかも俺が考えて、選んで、買ったと言ってしまった手前、ラティアが関わっているとも言い辛い。
そのせいで、この衣装が俺の趣味嗜好を反映したものだと思われてしまっている。
……確かにグッとくるし、男として惹かれる部分もあるが、それとこれとは別だろう。
「……あ、あはは……えと、折角ダンジョン関連で新海がいい装備プレゼントしてくれたんだし、明日の話でもしよっか」
逆井は新品だからか、室内でもブーツを履いたままでペタンと腰を下ろし、話し始める。
……ちょっ、その過激な衣装のまま目の前で座らないでくれ。
どうしても目が胸とか、その、下の方に行ってしまうだろう。
お前、何かどこかの痴女部さんに行動が似て来てないか?
「……明日って、逆井も志木に?」
何とか視線を逸らしつつ、“明日”という話題に乗っかることにする。
「うん、じゃあやっぱり新海も呼ばれてるんだ――なら、新海には言っても大丈夫かな」
逆井は少し考えて、一人頷く。
そして真剣な表情になって、それを教えてくれた。
「――かおりんがさ、今まで見たことが無いようなダンジョンを見つけたんだって。それで、皆が集まれる明日の内に、何とかしたいってことらしいよ」
やっぱり、更新しないからですかね、こうも色々下がるのは……。
それとも旬が過ぎたのか……。
あるいは単に面白いお話を書けていないだけかもしれないですね……頑張ります。
ただそう思って落ち込む中でも、少しずつでも評価いただけたり、ブックマークが増えているのを実感できるのは本当に嬉しいです。
折れずにちょっとずつでも頑張ろうと思えます。
本当にありがとうございます!
今後も何とか飽きずに読んでいただけるように頑張って行きたいと思います。
ご声援、ご愛読いただけましたら嬉しいです、よろしくお願いいたします!




