57.何か腹に入れようか……。
お待たせしました。
ではどうぞ。
――きゅぅぅぅぅ
ルオが泣き止んだタイミングを見計らって、俺たちはダンジョンを出た。
歩きながら簡単に自己紹介をお互いにすまし。
そして家へと戻る道すがら、可愛らしくお腹が鳴る音が。
体を動かしたとはいえ、俺たち3人は既に夕食を済ませていた。
なので、これが誰のお腹から発せられたのかは明らかで――
「う、うぅぅぅ……ゴメンなさい」
恥ずかしそうにお腹を押さえながら、ルオが小声で謝った。
「ははっ、謝る必要はないさ……そういえば、もう夕食からかなり時間経ってるな」
遅くまで勉強することもある学生なら、この時間帯は丁度小腹が空いてくる頃。
俺はラティアとリヴィルに視線を向ける。
「私も少し……」
ラティアの様子的にそこまでお腹が空いているという感じではなさそう。
ただそこは空気を読んで、ルオ一人に恥ずかしい思いをさせたくないとの気遣いだろうな……。
「うん。いい汗かいたらね、何か少しでいいからお腹に入れたい、かな」
リヴィルは確かに、エネルギー的には一番消費しているだろうから、腹に何か詰めたいというのは本当だろう。
ただ、あまり変化がないその表情が、少し、疲れているように見えた。
そりゃそうか、ずっと導力を使い続けてたんだから。
生命エネルギーみたいなもんをずっと垂れ流してたんだし、疲れるのも当然だ。
ふむ……。
「――ラティア、リヴィルを連れて、先に戻ってくれ。何なら気にせず先に休んでくれていいから」
俺の言葉を受け、ラティアがリヴィルの表情をチラッと見る。
そして直ぐに意図を察してくれて、大きく頷いた。
「分かりました。リヴィル、二人で先に帰りましょうか」
「……うん、分かった。マスター達は?」
すんなりと納得したところを見るに、やはり本人的にも疲労感があるんだろうな。
「この時間だと、スーパーはもうどこも閉まってるだろうし……」
安物のデジタル腕時計はもう直ぐ全部が0の数字になるところだった。
俺はルオの頭に手をのせて、ポンポンと優しく撫でる。
「ルオと二人で、コンビニ寄ってから戻るわ。そこで二人の分も含めて適当に夜食買ってくる」
「? すぅぱぁ? こんびに?」
来たばかりのルオは、分からない単語を連発されて、頭がハテナマークで埋め尽くされていた。
「ハハッ、直ぐに分かるさ――じゃ、二人とも。本当に疲れてたら気にせず休んでくれていいから」
「はい、ではまた後程」
「ん。ルオも、また後でね」
「うん! えっと、また!」
少々ぎこちないながらも返事をしたルオ見て、二人も頬を緩める。
別方向へと歩き出したラティアとリヴィルを確認し、俺はルオへと改めて声をかけた。
「――よしっ、じゃ行くか!」
「えっと……“こんびにぃ”だっけ?」
未だカタカナ言葉というか、こちらの単語そのものに慣れていないルオは、変なイントネーションになっていた。
“スーパー”とごっちゃになったかな……。
「ああ、“コンビニ”な。“あなたとコンビに”なんてボッチが忌避感を覚えるキャッチフレーズながらも。商品は大体どれも美味しいから、直ぐにルオも慣れるよ」
他の大手2社のコンビニは近くにないので、自然行くところはそこになる。
良く分からない持論を述べながらも、俺はルオを先導した。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「――しゃぁしゃぁぁせぇぇぇ」
「うわぁぁぁ……」
深夜バイトのやる気のない“いらっしゃいませ”に出迎えられながら。
入店したルオは視界に映るもの全てに感嘆の声を上げていた。
まずこんな夜に、周囲が明るさを保っていることそのものが驚きだったらしい。
「ルオ、驚くのは分かるが、出来るだけ声は静かにな」
やることが多いだろうバイトは、レジに行くまで俺たち客に関心を向けることもほぼない。
だからルオに、どう振舞うべきかできるだけ優しく、簡単にだが教えておく。
「うん! 分かったよ!」
つい先ほどまであんなことがあったというのに。
答えたルオは全く疲れを感じさせない明るい笑顔を返してくれた。
こっちまで疲れが吹き飛ぶような、そんな笑顔だった。
「……ふふ。――さっ、早く買って、それで帰って食べて寝よう! ルオ、何が食べたい?」
「えーっと、ここ、食べ物を売ってるんだよね、ご主人?」
どこをどう見ればいいのか分からず、ルオはキョロキョロと周囲を見回す。
そしてレジ付近に置いてあったフライヤーのケースを見つけ、そう聞いてきた。
「ああ、そうだな。大抵の物は揃うから、欲しい物があったら入れてくれ」
緑色の買い物かごを手に持ってカップ麺を一つ掴み、その中に入れる。
どうするか、これで分かってくれたようで、ルオは嬉しそうに頷いた。
「さっ、色々見て回ってみな?」
「うんっ!!――えへへ……」
今にも走りだしそうなくらいに軽快な足取りで俺の前を行き、ルオは目を輝かせて商品棚を見て行く。
「お~!! うわぁぁぁ……これも食べ物なんだ、あれっ、じゃあこっちのも!?――」
直ぐにコンビニの商品に夢中になったルオ。
その様子を後ろから見守っていると、何だかおもちゃ屋さんでどれにしようか迷っている子供のように見えた。
「フフッ……さて――」
あまり離れすぎないよう気を付けながら。
俺もどんどん適当に商品を見繕い、かごの中に入れていった。
ラティアやリヴィルの分の夜食も買う必要があるから、気持ち多目で。
夜で、しかも遅い時間なので、ケースにちらほら空きの部分も目立つ。
だが、それでもおにぎりやサンドイッチ類、それにデザートのコーナーにはまだいくつも品物が陳列されていた。
「これと、これと……あと、シュークリームも買っとくか……」
3つずつ。
頑張ってくれた二人のご褒美も兼ねて。
ルオは……他にはプリンとか食べるかな?
「――ご主人ご主人!! ボク、これっ、これがいい!! きっとお姉ちゃんたちも喜ぶよ!?」
「ん? どれどれ――え゛ッ」
ルオが手にしていたのは。
ゆずの味を忠実に表現したことを売りにした、期間限定のチューハイだった。
「えーっと……他のにしようか。それより美味いの知ってるぞ、俺!」
お酒・アルコールという意味でも。
そして柑橘系の飲み物という意味でも。
二重の意味で、特にリヴィルから距離を置くべき飲み物だった。
「? 分かった!!」
首を傾げながらも素直に言うことを聞いてくれたルオを見て、ホッとする。
ふぅぅ。
「――合計4197円でございまぁす……」
「ウっス……5千円で」
コンビニの買い物で5千円札出すなんて、中々ないな……。
「5千円から……あっ! カード持ってます?」
先言ってくれよ……ポイントカード。
「あっ、はい。えーっと……ウっス」
「どもっす……お返しします――813円のお釣りです」
「いや、803円じゃ……」
「あっ、すんません……」
「いえ……」
ものすっごいグダグダ。
まあ偶にそう言うことあるけど。
えっと、バイト入りたて?
誰しも最初は初心者だから、別にいいんだけどね。
「ふぅぅ……変なところで疲れたな」
会計を済ませ、外に出る。
「ご主人、こっちの世界、凄いね! お金も紙で支払うんだ!?」
そこにも関心が行ったのか。
ラティアやリヴィルもそうだったが。
ルオはとりわけ色んなことに対する関心のアンテナが敏感な気がする。
こちらの世界にある物全てに興味を示しては目を輝かせてる程だからな。
「ああ、ルオも、二人のように直に慣れるさ――それと……これ」
俺は両手に持った買い物袋を一度、全部左腕に移し。
そして右手で目的の物を取り出し、ルオに渡した。
「これは……うひゃぁ!? 冷たッ!!」
「ははっ……これはアイスって言ってな……どれ――」
俺も自分の分のアイスバーを取り出す。
そして袋を開け、手本を見せた。
「おぉぉ!! えーっと、こうやって……どうだ!!」
「そうそう、上手いじゃないか……で、中の木の棒を掴んで、取り出す」
袋の中から出てきたのは。
何かあった際の武器になるんじゃないかと噂されるくらいに固い、小豆を使ったアイスのバー。
「うーんっと……こう、かな? ――うわぁぁぁ!!」
ルオは器用に俺がやって見せたように中身を取り出した。
その小さな指に支えられているのは、ミカンをガツンと使ったアイスバーだ。
「こう、舐めてみるんだ……うん」
舌の先に、上品な甘味が広がる。
俺は続けて舐めた。
舐める、舐める、舐める。
……というより、今は“舐める”しか選択肢がない。
ここで“噛む”という行動に出ようものなら、上下の前歯が全部持っていかれる。
「……れるっ――んんんん~! 甘い! 甘酸っぱくって、美味しい!!」
俺が舐めるのを真似てミカンのアイスバーを舐めたルオは目を見張る。
そして一瞬にしてその甘さ・酸味が織りなすハーモニーの虜に。
目をくの字の左右対称にしたようなルオは、夢中になって舐め続けた。
「美味いだろう? でも、溶けちゃうから、下の方も気にしながら適度に噛んで行くのが、上手な食べ方だ」
実践して見せるため、一点に集中して舐め続け、柔らかくなり始めた部分に歯を入れた。
ルオは持ち手に近い部分が溶けだしたことに気づいて慌てて舌を這わせる。
「こういう風に溶けちゃうから、買ってすぐに食べないとなんだ。ラティアとリヴィルの分は、代わりにスイーツ買ってるから、これは内緒な?」
「……うん、うん!」
何だかいけない秘密を共有しているようで、少し気分がワクワク、というか高揚する。
ルオも嬉しそうに何度も何度も頷き返してくれた。
その後、アイス片手に少しゆっくりとした歩調で、俺たちは家へと戻ったのだった。
……まあ、ルオの手が溶けたアイスの液体でベトベトになっていて二人にはバレてしまったが。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「プハァァァァ……美味しかった」
「ふふっ、ちゃんぽん、完食ですね」
「だな……汁まで全部飲み干したってことは、相当美味かったんだろう」
ルオは途中でフォークを置き、慣れない箸を器用に使って、レンジでチンするだけのちゃんぽんを全て食べ切った。
俺たちもそれぞれおにぎりだったり、或いはプリンや杏仁豆腐などのデザートを軽く腹に入れ。
「……ふぅぅ。人心地着いたね。私はもうシャワー先に貰ったから、先に寝ようと思うけど」
「ああ、そうした方がいい。リヴィル、疲れてるだろう」
やはり疲れが出ていたのか、リヴィルは眠そうに目をこすりながら頷く。
「うん。じゃあ、お休み……」
少しウトウトしつつ、リヴィルは先に2階に上がっていった。
「――ふぁぁぁあ。俺ももう寝ようかな。シャワーは起きてからにして」
大きなあくびをしてしまう。
流石に俺も眠くなってきた。
それに学校も普通にあると思うと、もう寝た方がいいだろうと体が訴えてくる。
「では、私はルオと一緒にお風呂に入りますね」
「えっ、ボク、お風呂、入っていいの!?」
そこで驚くのか……。
「ああ、好きな時に入っていいぞ。入り方はラティアに教えてもらえばいい」
「うわぁぁぁ……凄いや、ボク、そんなのピカピカのつるつるになっちゃうや!!」
感覚的な言葉なので意味は良く分からないが。
どうやらかなり喜んでくれているようだ。
……あっ、そうだ。
「そういえば寝るところはどうしようか? ルオの」
後空いてる場所といえばもう1階の畳の部屋くらいしかない。
それ以外だと、最悪の場合親父たちの部屋、という選択肢もなくはないが……。
「それでしたら、もう既に布団を敷いておきました。今日は私のところで、二人で寝ようかと」
「あっ、そうなの、大丈夫か?」
「はい。今後も、もし増えるようでしたら二人で一部屋と考えて下されば。リヴィルにも既にそのように話しておりますので」
「……そうか」
二人一部屋でいいの?
そんなに言う程大きくはないのに。
それに二人だと色々、その、プライバシー的に気を使わないだろうか……。
「ボクも大丈夫! お世話になります、ラティアお姉ちゃん!」
ルオも既にその気らしい。
……まあ、本人達がいいなら、それでいいけど。
「フフッ、はい。――あ……そういえば、ルオの着替えはどうしましょうか。大きさ的に――」
そう言って、ラティアは自分とルオを見比べる。
なるほど……。
ルオは小柄だからな。
体型的にラティアやリヴィルの服だとブカブカになるかも。
うーん……今からだと勿論店も開いてないだろうし。
どうしたもんか……。
「――えーっと……ラティアお姉ちゃんのお洋服を、借りられるの?」
少し悩んでいると、ルオ本人がラティアへとそう尋ねる。
「それは構いませんが……大丈夫ですか? サイズ、結構大きいですよ?」
「うん! その、ね? ゴニョゴニョ……」
何やら考えがあるようで。
しかしそれを俺には聞かせたくないらしい。
ルオは背伸びしてラティアに耳打ちした。
「ふん……ふんふん……なるほど、それならば――」
ラティアの反応を見るに、良くは分からないが大丈夫らしい。
「……えーっと、行けそうか?」
「はい! 大丈夫そうです。一日二日でしたら、私の服で何とか」
「そうか……なら明日までには何とかルオの服を揃えよう。今日はスマンが、ラティア、頼む」
「分かりました」
ラティアがしっかりと頷き返してくれたのを確認し。
他に直ぐ対処しておくべき事柄がないかを考える。
「……他は、なさそうだな、うん。――じゃあ、悪いけど、俺も先に寝るから。なんかあったら遠慮なく起こしてくれていい」
普通に数時間後には学校だもんな……。
「はい、分かりました。――今日は本当にお疲れさまでした、ご主人様」
「えっと……ご主人、本当にありがとうね」
これから風呂に行く二人が、先に休む俺をわざわざ労ってくれた。
こういうの、ちょっとしたことかもしれないけれど、沁みるものがあるな……。
「ああ……。お休み」
「お休みなさいませ、ご主人様」
「お休みなさいご主人!」
俺はその後自室に戻り。
極々簡単ながら織部に『無事解決した。詳しくは明日また連絡する』とのメッセージだけ送り。
そうして眠りについた。
すいません、感想の返信はまた時間を見つけて行います。
なので今しばらくお待ち下さい。
さて――
評価していただいた方が946名と、1000名まで50を切りそうです!
また見ない間に一気に増えていて、ありがたい限りです、はい!
ブックマークも遂に8000件を超えました!
10000件が少しずつですが見えてきたように思います、嬉しいです!
本当に気力的にもモチベーション的にも。
継続できているのは皆さんにご声援・ご愛読頂いているという事実がちゃんと感じられるからです。
これが無かったらいいように休憩をどんどん挟んで、そうして更新を長引かせていたと思います。
本当にありがとうございます!
今後も是非是非、ご声援、ご愛読頂けましたら嬉しいです!!




