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54.“私”が“ボク”になった日。

お待たせしました。

どう描くか悩んで悩んで……。


丸々1話第三者視点です。


そしてもしかしたら読み辛くなるかもしれませんので、ごく簡単に補足を。

“■■■■”が、要するに主人公が今回買った奴隷のドッペルゲンガーちゃんです。

名前がないのでこうしてます。


□◆□◆Another View ◆□◆□



「――はぁぁ、はぁぁっ、っぁ!?」



 ■■■■は走っていた。

 息荒く、何かから必死で逃げるように。


 未だストックの一つすら分け与えて貰えていない、ドッペルゲンガーとしての素の状態で。

 


「ぃっ、ぁっ――」



 振り返っても、自らの母が追いついてくる様子はない。

 ――今は確か……魔王様の“ストック”で、時間を稼ぐと言ってた。



 なら……自分は、このまま、勇者たちに――




 この後の未来を憂え、そして温かかった過去を思い出し、■■■■はこんなはずじゃなかったと嘆いた。








『■■■■。お前にも、とうとう今日、私の【影絵】のストックをやる。精進するんだな』


『うん! 母さん、分かった!!』

 

 真っ黒な人の形をした影が、現魔王の一人を――正確には、現魔王の姿をした一人を相手に、無邪気に頷いていた。

 



 影という形で生を受けるドッペルゲンガーはまず、ベースとなる人格・ストックを親から譲り受ける。

【影絵】という極めてレアなスキルを生まれながらに保有し、それを用いて生きていくのだ。

 


『えへへ……母さん、凄いよね!! 魔王様に直々に影武者を任されてるんでしょ?』


『……ふふっ。まあな、お前も日々鍛錬を怠らなければ……いつか誰かを完璧に再現できるようになるさ』


【影絵】は基本的に1つの人格をベースにして、4~5個他にサブの人格をストックする。

 それを場合によって使い分けるのが、ドッペルゲンガー達の間では普通だった。


 

 ■■■■が、ほぼ完全に魔王を再現する母を誇りに思うのも、それが大きく関係している。

 魔王というとんでもない存在をベースにできるというのは、とてつもない程のキャパシティーを必要とするからだ。

 母が去った後も、■■■■は興奮していた。





『魔王様程のお方をストックするとなったら、相当“影”のキャパシティーを取られるはず。私なんてまだ人間の子供すらもストックできないのに……やっぱり母さんは凄い!!』




 人が成長していくにつれてその肉体も大きくなるように。

【影絵】というスキルも年を重ね、鍛錬を積んでいくことでキャパシティーが増えていく。



 ドッペルゲンガーの【影絵】で必要になる“影”というキャパシティーも最初は100程と、とても小さい。

 人間の、何の特徴もない赤子を対象とするだけで、【影絵】初心者は一杯一杯になる。


 

 だが、それでも精一杯対象を観察、理解し続けると、“影”のキャパシティー限界値は110、125、150……とどんどん増えていく。

 そうすると、より複雑な相手のストックを得られるようになってくるのだ。

 


 自分に見合った相手のストックを作って、作って、また作って。

 そうして自分のできることを増やしていくのが、ドッペルゲンガーの生の過程だった。

 



 例えば、普通の成人一人をほぼ完璧にストックするのに、2000のキャパシティーを要するとする。

 この場合、その対象を観察・理解し、1000のキャパシティーを割くのでもストックすることは可能だ。


 しかしその場合[ストックパターン①:成人Aさん Lv.10]と[ストックパターン②:成人Aさん Lv.5]と、明確な差が出てしまう。

 そうすると、①では明瞭に記憶していることでも、②だと記憶の欠如が生まれたり。

 或いは、①では本人とほぼ同様50㎏を持ち上げる能力を有しているのに、②では30㎏程までしか持ち上げられない、といった劣化が生まれるのである。



 なので、ドッペルゲンガーはそれぞれベースとなる人格をできるだけ完璧に近づけ。

 他の3~4のスペアはキャパシティーを適度に割り振る人格を選ぶ、という運用をしているのである。






 


 そして、その日は■■■■が初めて母から【影絵】のストックを分け与えてもらう日だった。

 対象をストックするという性質上、どうしても“相手”が必要。

 しかし、ドッペルゲンガーは世間一般ではモンスター。

  

 普通に人里に降りていって、お願いし、観察・理解させてくれるものではない。

 なので、既に人のストックを持った親から、一番キャパシティーを食わない人の赤子などのストックを、譲り受けるのである。

 それをまた更に自分が親になった際、自分の子供に一つ分け与える、という“ストック分け”が代々行われているのも特徴の一つだ。


 もうその頃には、親ドッペルのキャパシティーは5万とか、10万とか、その限界値が大きく成長しており、赤子一人どうということはなくなっている。


 これから自分もその過程に足を踏み入れるのだと、■■■■はワクワクが止まらなかったのだ。







 だが、ここで最初に戻る。

 ――■■■■は……その“ストック分け”を、行うことができなかった。



 

「何で勇者なんているんだ……勇者がいるから、魔王様が皆を守らないといけない。魔王様が生きなければいけないから……母様が影武者にならないといけない……悪いのは勇者だ」




 丁度その日に、自分達の住処である魔王城が急襲されたからだ。

 勇者に……いきなりだ。


 そのために母が影武者として戦うことになった。

 そして、その母が自分を追ってくることが無いということが、何を意味しているか―― 



 自分はまだ何の力もないただの影。

 悔しい。

 悔しくてたまらない。



「生きてやる……何が何でも生きてやる――」




 ■■■■は、ボロボロになりながらもそう誓った。



□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆



「……んっ、ここ、は……?」


 勇者の進軍は猛攻で、壮絶を極めた。

 モンスターの全てを狩りつくす勢いに、■■■■は泥に塗れ、疲労困憊で遂に倒れた。


「――あれっ!? うわっ、起きた!」


 どれくらい眠っていただろうか……。

 目覚めると、古びた木の屋根が随分近くに感じる。

 そして、動く何かが、視界に入った。



「えへへ……よかった。君、泥だらけで、もう5日も寝てたんだよ?」


「…………」


 段々と思考がクリアになっていく。

 ■■■■は、ギョッとした。

 目の前にいるのは何と人ではないか。


 母や、仲間が【影絵】で振る舞う人のようなモノではなく。

 本物の人。


 そういえば追手はいたが、ちゃんと誰かの姿を視認したわけではない。

 なので、■■■■は最初、自分を捕獲して殺そうとしているのだと思った。

 しかし、相手はそれを察してか慌てて手を横に振る。


「あっ、違う違う!! ボク、別に君を食べたくて連れてきたんじゃないよ!?」


 何とか誤解を解こうとする目の前の少女は、クリーム色の長い髪を揺らしながら必死で訴えた。


“貧しい暮らしをしているが、食べ物に困っているわけじゃない”

“自分はドワーフの血も混じっているが、半分は人間のものだ”

“だからモンスターを積極的に食べる趣味・習慣ははない”

 

 そういったことを思いつく限りに弁明する彼女を見て。

 ■■■■は、何だか毒気を抜かれたようで、小さく笑った。



「……フフッおかしい」   


「あっ――えへへ……ボク□□□□!! よろしくね!!」


 ハーフドワーフの明るい少女は、屈託ない笑顔で自己紹介する。




 それが、■■■■と彼女との出会いだった。








「――えへへ! 凄いね! ボクそっくりじゃん!!」



 ■■■■が彼女に拾ってもらい、二人で生活するようになって既に一か月が経っていた。

 彼女は魔境と人境を隔てる山脈の奥深くに、一人で暮らしていた。

 

 2年前まで、母と二人で暮らしていたが、その母は病にかかり既に帰らぬ人に。

 ドワーフの父がどうしているかは……聞かなかった。


「……まだまだ。“私”なんて全然だよ」


 その間に、■■■■は少女を初めて【影絵】でストックした。

 最初は顔もぐちゃぐちゃで、全体的にゾンビかと思われるような出来。

 とても見られる物じゃなく酷い完成度だった。



 でも、毎日その顔だけを見て過ごしていたので、容姿そのものは日々似せることに成功していたのだ。


 ただ、一人称など細かい部分を追い求めだすとまだまだで。

 母が魔王を再現するところを最も間近で見ていた分、その想いは一際強い。



「……やっぱり凄いや! もっともっと上手くなるってことでしょ?」


 

 無邪気に自分を褒めてくれる少女に悪い気はしなかったが、同時に。

 いつも不思議に思っていたことがあった。



「どうして……私と一緒にいてくれるの? 私、モンスターだよ?」



 その疑問を投げかけてみた。

 

 彼女はキョトンとした顔をする。

 そしてはにかむように笑った。


 彼女は戻ろうとした小屋に視線を移す。



 

 小屋は質素なつくりで、人が一人暮らすのでも狭く感じるものだった。

 藁を敷き詰めた床。


 天井は低く、背が高くない二人でも頭がぶつかってしまいそうな程。 

 そして風が吹くとギシギシと音を立てる。


 他の魔獣が近づかない安全地帯というわけでもない。

 食料は何時間もかけて下山し、ようやく見える人家と、日々の狩猟の成果を交換し手に入れた。



「ボクさ……ずっと一人ボッチだったんだ……他の人はボクのこと、あんまりいい目で見ないから」



 彼女は少し寂しそうに、そして同時に諦めたような表情をした。

 でも、それは一瞬のこと。


「いつかは勿論、仲良くなれたらいいなって思う。後……素敵な男の人のお嫁さんにもなってみたいな。けどさ、今はもう、一人じゃないから――」



 ■■■■に向けたのは、何の憂いもない、最上の笑顔だった。



「だから、君と一緒に居られるの、凄く嬉しいんだ!」



 純粋に、自分との時間を大切に、幸せに思ってくれていると感じられた。 

 ■■■■は、初めて、彼女から、人の心を学んだ。








 それから二人は何をするにも一緒に過ごした。

 狩りを楽しみ、山を下り、風に揺れる小屋の中で肩を寄せ合い。

 


 ■■■■は全てを教えてくれた彼女が大好きだった。

 友とも、親とも、仲間とも、どれとも表現できない特別な関係。


 笑い方も、泣き方も、悲しみ方も、怒り方も。

 全てを、彼女は教えてくれた。


 ずっと続けばいい

 こんな時間が、ずっと――




 ――だが、その願いは、叶わなかった。




□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆




「――ほんと、あっぶねぇぇよなぁぁ……危うく取り漏らすところだったぜ」


「ですね、でも流石は勇者様! “ドッペルゲンガー”が人になって隠れている可能性に思い至るなんて!」


「ふふん……まあ、あの魔王擬きの奴、クソ手間取ったからな。二度同じ手は食わねえって寸法よ!」


「勇者様……素敵です!」


「マジゲーム知識役立ち過ぎ。現代知識が実はチートだった」


「“げぇむ”? 勇者さん、偶に良く分からない言葉使うよね……」




 ――あの子が……死んだ?



 

 下山して、あの子の代わりに食料交換に赴いていた時だった。

 もう流石に彼女以外の【影絵】のストックを仕入れ、それで町をうろついていた。



『どうしても今日はボク一人でしたいことがあるから、お願いしてもいい?』と言われれば、是非もない。


 そこは小さな町で、人の話す声が聞こえた。

 意識するしないに関係なく、耳に届いてきたのだ。


 

 見るからに豪勢な鎧に身を包んだ、“勇者”と呼ばれる男と。

 そして司祭や拳闘士風の女などの4人組だった。

 

 話している内容からして、明らかに彼女を、奴らが手にかけたことを表していた。

 そしてそれを、奴らは誇るように話している。

 


「っ!!――」


「おっ、おいオバはん!? どした!?」


 近くにいた男性が声を上げる。


 見た目に反する軽快な足取り。

 そんな自分に驚く声など気にもせず。


 ■■■■は駆けた。


  

 早く、小屋に戻らないと。

 一秒でも速く、走らないと。


 

 彼女の無事な姿を見るために。

 さっき耳にしたことが単なる自分の聞き間違い・思い違いであると確かめるために。




 必死で、死に物狂いで駆けた。

 それこそ数か月前に、死から逃れるため、一人で道なき道を駆けずり回ったように。     





「――……ぁぁ、ぁぁぁああああ!!」




 小屋には、胸を刃物で貫かれ、物言わぬ亡骸となった彼女がいた。

 床の藁には、赤い血が零れ、乾いている。



 ――また……“勇者”か!!



 ――母様も、そして彼女までも、奪うのか!?




 嘆き、悲しみ……■■■■は、憤った。



 ――なぜ気づかないっ!! 彼女はただの優しい少女だ!! モンスターと、彼女を、なぜ間違えるんだ!?


 

 その怒りの半分は、自分にも向いていた。



 ――彼女を、再現しようとしなければ……彼女が、死ぬことも、なかった……!!


 ――そもそも、彼女と出会わなければ、彼女を再現しようなんて思うことも……なかった。


 ――悪いのは……自分。


 それを理解すると、一瞬で、体の中のエネルギー全てが失われていくようだった。



「…………?」



 ふと顔を上げると、藁に引っかかった一枚の紙が、目に入る。


 彼女は裸足で山を駆け。

 魔獣たちと戦闘するとなると、その足が武器になるような豪快さはあったが。


 同時に、こういう紙などはちゃんと整頓するという几帳面さも持ち合わせていた。


 

 よろよろ、ふらふらと幽霊の如くそれに近づき、拾い上げる。




「あぁぁ……あぁぁぁあああああ!!」



 そこには、文章がしたためられていた。

 彼女の字で、彼女の言葉で書かれた最後の文。


 



『ボクが誰かに書く、初めての手紙です。えーっと……えへへ。なんか改まって書くと、照れるね。――記念日とか、何かを書くとか……母さんが死んで一人だったから、したことなかったんだけど。でも今日は、君と出会えて、それから数えて多分、丁度100日目です!!』



 涙が、止まらなかった。

 想いが溢れて溢れて、どうすることもできなかった。



『君と出会えて、毎日が楽しいです! 喧嘩したり、笑ったり、泣いたり……君と過ごす時間全部が、ボクの宝物で……豪華なのは無理だけど、ささやかながら、今日はお祝いだぁぁぁ!! ってことで、一人で行ってもらいました。へへへ、ごめんね!』



 ――だからか……。


 なぜ今日だけは頑なに自分一人だけを行かせようとしたのか。

 祝いの準備を、一人でしようとして……。


 手紙を読み進めると、もう、涙で視界が滲んで……。

 でも、最後の文章だけは……それでも分かった。




『――ボクと出会ってくれて、ありがとう。……君は自分がモンスターだってこと、気にしてたっけ。だから……いつか、もしかしたらお別れの時が来るかもだけど、それでも。ボクは、君と出会えて、君と同じ時間を過ごせて……本当に良かったと思ってます! えへへ……やっぱり恥ずかしいね、こういうの!』



 真っすぐで、一点突破に自分の想いを伝えてくる。

 彼女らしい、とても彼女らしい手紙だった。





「…………決めた」




 枯れる程に泣きはらした。

 そしてある程度思考が戻って来た時、■■■■は決意する。





「――“ボク”が……君になるよ。君を、死なせたりしない」


 勇者達に対するマグマの如く煮え立つような怒りは勿論ある。

 しかし、最もしなければいけないことはそれではないと、理解していた。



 彼女を世界から死なせないこと。

 彼女が生きた証を刻む――自分のやるべきことは、それなのだ。




 それが、■■■■が、□□□□となった瞬間だった。

後1話で終わるかな……。

何とか頑張ってはみますが、もしかしたら2話に分けるかも……。


すいません、何とかまた夜中の遅くに1話上げられると思うので、お待ちください!!


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― 新着の感想 ―
[一言] > 「何で勇者なんているんだ……勇者がいるから、魔王様が皆を守らないといけない。魔王様が生きなければいけないから……母様が影武者にならないといけない……悪いのは勇者だ」  そっか、ブレイブカ…
[一言] 自分がやったことをされてみるっていうのは愚か者に対する一番分かりやすい物事の教え方だと思うんだ。 このゴミには自分が殺した者の経験や感情を追体験してみてほしいです。
[一言] 義務教育の中に転生して勇者になったときの倫理学を盛り込まなくちゃね
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