4.この子、俺を殺そうとしとる!?
あの後、急いで俺のベッドに寝かせて付きっ切りで看病した。
2・3時間に一回は額に乗せたタオルを絞って冷やして。
久しぶりに自分以外のことで徹夜したわ。
コンビニに行ってレトルトのおかゆやスポーツドリンクなんかも買い込んだ。
最初は全く何も口につけてくれなかった。
俺というか、誰かが自分を看病しているみたいな意識はあったと思う。
だが、殆どは意識が朦朧としていて、うわ言を繰り返すばかり。
偶にはっきりと意識が戻ったとしても、食事を取ろうとせず、直ぐに眠りにつく。
もうね、罪悪感一杯っスわ。
俺のせいなのか、それとも違うのかは分からんが、それでも俺はそんな少女を見て食事をとる気になどなれなかったもん。
だが薬草だけはムシャムシャ口にしていた。
これだけは何か苦いし、マズイし、食事って感じがしない。
追加で300枚ほど購入して6000DPも使ったが、これなら俺も口にできた。
これをしていると不思議と口の中の物足りなさも無くなる。
っていうかこれ以上何も口にしたくない感が一杯になったね。
逆に少女の周りは直ぐに手に取って食べられるものばかりで埋め尽くした。
本当にねぇ、何かの呪いにでもかかってるのかってくらい、口につけないのよ、これが。
水は取ってくれた。
スポーツドリンクは一口飲んだら一瞬目を見開いてたもん。
でも、やっぱり食べ物はダメ。
メッチャ気使って、カロリーのメイトは全味揃えて、封まで切って傍に置いておいた。
後から考えたら何かの儀式のお供え物みたいなサークルが出来上がっていたが。
もうね、3日あったから。
このままもし少女が死んでしまったらどうしようとか。
俺、死体遺棄と誘拐、場合によっては殺人で捕まるんじゃね、とか。
色々と考えたよ。
でもね、一番何が悲しいって。
――薬草が美味ぇぇ、と思えてしまった自分に気がついたとき。
もう情けなくて情けなくて。
少女の看病の間も、薬草の食するレパートリーを色々と考えてたのよ。
他にやることないし。
それで冷凍庫に入れてパリッパリになるまで冷やしてたの。
それを口に入れた時マジで美味かったんだよ。
「うめぇぇぇ!! キッンキンに冷えてやがる!!」
とか頭の中で言って、少女の前で藤原○也ごっこしてたの。
それでそんな自分がアホみたいで、もうね。
不意に涙が溢れてきた。
少女は何も食べずに苦しんでるのに。
俺は一体何やってんだ、と。
そしてフッと少女の方を見ると。
「――あ、れ、起きた、か?」
少女が目を見開いて、俺の方をしっかりと見てたんだよ。
うっわっ、見られた!!
「――あの、何で、泣いて、いるのですか?」
本当に彼女が自分の意思で発した第一声が、それだった。
うわぁぁ、無茶苦茶良い声!!
鈴が鳴ったような可愛い声!!
なのにかけられた言葉が俺のアホを心配している!!
クソッ、マジでアホだ俺。
それで急いで涙を手の甲でゴシゴシして。
「な、なんでもない!! ――それで、大丈夫か? 何か、食べるか?」
俺がそう聞くと、少女は一瞬首を振りかける。
だが――
「…………」
少女は視線を行き来させた。
俺が部屋に持ってきた薬草20枚前後と。
自分が寝ているベッドを、捧げもののようにして囲う、携帯食料やレトルトの数々。
「――申し訳、ありません。では、こちらの、物を」
俺と彼女が出会って、3日目だった。
初めて、彼女が、何かを口にしてくれる。
それが嬉しくて嬉しくて、仕方ないはずなのに。
何故か俺は自分にダメージを受けていた。
――少女は、そっと、カロリーのお供フルーツ味を手に取ったのだ。
少女は別に俺に対しては何も言っていない。
「――!? こ、こんな、こんなおいしい物を……ずっと、ずっと食べさせて、下さろうと、していただいていたなんて」
少女の目の端から、スッと涙の筋が。
俺も心の中で号泣したくなった。
――“えっ、こんなおいしい物があるのに、何でこの人葉っぱばっか食ってんの? 草食系男子なの? ああだから童貞なんだ。子孫、残せるといいね?”
全く少女はそんなこと思ってもないだろう。
だが、俺の中の意地悪な悪魔っぽい俺が、勝手にそう翻訳してしまった。
……うっせぇ。
美味いんだよ、薬草も。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「――ひゃぁっ」
「だ、大丈夫か!?」
浴室の中から聞こえた可愛らしい悲鳴。
すわ地球人の天敵Gでも現れたかと間違ってドアを開けてしまう。
「あっ――」
そこには先程まで骨が浮き出るようなくらい痩せ細っていた少女が、水の温度に驚いてシャワーヘッドを落としてしまった光景が。
彼女はあの後、レトルトのおかゆや乳酸菌がたっぷり入ったチョコなどを少しずつ食べた。
すると、見てわかるくらいに体形が普通へと戻っていったのだ。
勿論一気に太ったというわけではないが――
「えっと……」
健康体へと近づいている。
その証拠に、目の前で少女の形の良い胸が、その大きさを取り戻していることを確認――
「わ、悪い!!――」
急いで扉を閉める。
決して狙ってやったわけではない。
だが、客観的にはラッキースケベ的展開になってしまった。
これは、立場を利用して「グヘヘ、おっと、手が滑ってドアを開けてしまったぞい!!」みたいに取られてセクハラ通報される!?
いや、誰にだよ、と思うがそうとられてもおかしくない。
「あ、あの――」
ドア越しに、少女の気遣うような声が。
「ご主人様……お見苦しいものを、お見せしました」
覗いてしまったのはこちらなのに。
少女はさも自分が悪いかのように謝る。
「い、いや、俺が悪かった」
ちょっとどもりながらもキチンと謝罪する。
「……ご主人様には、もっと肉付きを良くした、色気のある、体形に戻してから、もう一度、見ていただきたい、です」
つっかえながらも、向こうから聞こえたその声は、嘘を言っている風でもなく。
慣れない言葉を、表現を、何とか使いながらも、その想いを必死に伝えようとする。
そんな健気さがあった。
「……いや、その、今でも十分に可愛いし、その、魅力、的だから」
俺はそれだけ言って扉の前を離れた。
いや、ボッチにはこれが限界だって!!
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「――改めて、俺はえっと、新海。新海陽翔」
シャワーを浴びて体を洗い終わった彼女を前にして。
自己紹介をしておくことにした。
彼女用の服が今ないので、一応俺の服を使ってもらっている。
……こら、シャツの臭い嗅がない、君自身から良い匂いも漂わせない。
余ってる袖部分を指でチョッンと摘ままない。
火照ってるのか知らんが無意識に胸元パタパタさせない。
いいかい、思春期ボッチを無自覚に殺そうとしないで、分かった?
「どう、お呼びすればよいでしょう……ご主人様」
いや、君自身の中でもう無意識に答え出しちゃってるじゃん。
ご主人様一択じゃん。
「まあ、好きなように、呼んでくれていい」
「では……“ご主人様”、よろしくお願いします」
一瞬考える間があったが、やっぱりご主人様らしい。
ご主人様…………まあ、いいんじゃない?
「えっと、君は? 俺は、何て呼べばいい?」
俺がそう聞くと、彼女は初めてそのことに思い至ったと失態を犯してしまったかのように慌てて自己紹介し始めた。
「も、申し遅れました!! ――私、ラティア・フォン・ベルタークと申します、親しい人や大事な人からは“ラティア”と呼ばれていました!」
……そういう地味に“あなたもその親しい人や大事な人カテゴリーに入ってます”的なニュアンス、何なの?
この子、無自覚に男を惚れさせようとし過ぎてない?
エグイぞ、これで容姿・外見が万全に戻ったら……化け物が生まれよる。
「えっとじゃあ……ラティアよろしく」
「はい!! よろしくお願いします、ご主人様!!」
本当に嬉しそうに返事する。
まるで構ってもらえて嬉しく尻尾をぶんぶん振る犬のように。
クッ、既に可愛い!!
童貞を殺しに来とる!!
コイツ、既に化け物か!?
うちの奴隷少女のためならば、俺はもしかしたらダンジョンも攻略できるかもしれない!
「それで……えっと、ラティアは異種族って聞いたんだけど、どんな感じなの? 俺、そういう所疎くて」
話を変えるため、気になっていたことを尋ねる。
すると、ラティアは今までの嬉しそうな様子が一変して、シュン……と落ち込む。
「……えっと、聞いたらダメな奴だった?」
俺の質問に首を振る。
ダメではないらしい。
しばらく待つ。
本人に、ちょっと打ち明けるのに勇気がいる類のものか。
そして――
「――……私は“サキュバス”という種族です」
そう、打ち明けた。
――やっぱりこの子、俺を殺しに来とる!!