表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/416

47.図太いな、この子。

kome




「乗ってください」


 集合場所として指定された近くのコインパーキング前。

 そこに止まった、ハイエースのバン。


 助手席の方のドアが少し開くや否や、運転席から体を寄せて来た椎名さんに、端的にそう言われた。

 


「え」


「2度言わせるな、難聴系主人公か、君は」


 毒を含んだ厳しい椎名さんのツッコミ。

 言葉自体はキツイものの、怒っているとかではなく。

 

 もうこれが俺とこの人との通常運転になっていた。


 俺は一先ず疑問を飲み込む。

 


 椎名さんも、それを確認してドアから手を離し、運転席の方へと戻っていった。

 こうしてわざわざ一度運転席を離れて俺を迎えるように助手席のドアを開いてくれたんだ。

 そういうところからも、ささやかながら気遣いのようなものが窺えた。


 何だかな……と思いながらも、俺は助手席へと乗り込んだ。



「――やぁ、新海君」


 

 後ろの座席から、声がかかった。



「おっ? ――赤星も一緒か」


 秋らしく少し涼しくなってきた今日この頃。

 肌寒くないかと心配したくなるようなラフな格好をしていた。

 

 赤星が軽く手を上げると、その後ろから更にまた別の声がする。



「――うわっ、新海じゃん!! あれっ、なんでいんの!? 今日は用事があるって言ってなかったっけ?」



 テンション高めの逆井が、前に座る赤星の肩を掴む勢いで立ち上がって捲し立ててくる。



「……うわっ、逆井じゃん。あれっ、なんでいんの? 今日は用事無いって言ってなかったっけ?」 


  

 対する俺は、テンション低めで言葉遊びのような返しになった。

 コイツ、1時間くらい前にメールで言ってたんだよ。


『ねね、ねねね? 新海ってさ、夕方暇? 丁度ね、今日は帰ってきて用事無くてさ。遊ばない?』


 とか言ってたくせに。



「それそれ、それなんだけど、急にかおりんに召集かけられてさ、んで、ほかってたけど秒で準備してタピるのやめて――」


「――OK、赤星、日本語に訳して」


 意味が行方不明だったので、同じ女子高生の赤星に翻訳を求めた。


「……あはは、私はスマホのAIか何かかな」


 乾いた笑いを浮かべたものの、赤星は逆井が今言った言葉をやはり理解できているらしい。

 最近の若い奴、とくに女子は独自の言語を発展させ過ぎだろ。

 

 むむむ、青年男子諸君にとっては由々しき事態である。

 コイツ等とコミュケーションをとれなくなる日もそう遠くないかもしれない。



「もう!! いきなり遮るとかひど過ぎだし!! それに普通の高校生なら、今のくらい分からなくない?――ねぇ、“チーちゃん”!?」


 

 逆井は自分の斜め前――つまり、窓際で、赤星の隣にチョコンと座っていた少女に声をかけた。

 ……やっべぇ、気づかなかった。


 それはおそらく。

 以前動画で見た、逆井達と一緒に登場した“桜田(さくらだ)知刃矢(ちはや)”という女の子だったはず。


「――ええっと……その、そうかもですね」




「ほらぁぁ、やっぱり新海が知らなすぎるだけだし!! もっとさ、そのさ、女子とも一杯接した方がいいと思うわけで……」


「いや待て、その前に――」

 

 この子、俺初対面なんだけど。

 そう言おうとしたのに――



「――では、出発します」



 椎名さんが、車を動かしてしまう。

 動き出したことによる慣性で少し体がぐらつく。

 うわっと……。



「え、あ、その――」


 どう何を言えばいいかまごついていると、前を見たまま椎名さんは無慈悲に言う。


「後にしてください。ただでさえ時間が押しています」


「……うす」


 ……やっべ、気まずい。 


「…………」 

 

 椎名さんの隣だという点でも。


「…………」


 そして、後ろの初対面の少女と自己紹介すらしていないまま同乗しているという点でも。


 走り出した車の中、俺は非情に気まずい思いで存在空気になることに努めたのだった。



□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆ 



「――へぇぇ、やっぱり新海君も、特に何も聞かされてないんだね?」


「……おお。って言っても、赤星達もつい数日前に帰って来たばっかりなんだろ? それなのに志木といったら、急だな、とは思ったが」


「まあそんなに疲れてはないけどね? だってあのダンジョンもそんなに強くなかったし」


「……そか。まあ救世主さん方が余裕を持ってくれるんならこっちとしても安心だ」


 前を向きながら、後ろから話しかけてくる赤星や逆井の相手をする。

 その間、椎名さんと桜田が口を開くことはない。


 というか、やはりこの少女はあの動画のイラっと系少女――桜田知刃矢で間違いないらしい。



「――あ、そだ!! ハヤちゃん、これ、新海に渡して」


「ん? ハイハイ、よっと……――新海君、これ、梨愛(りあ)から」


 赤星が中腰になって、助手席まで腕を伸ばしてくれる。

 軽く首を後ろにひねってそれを受け取った。



「ありがと……ああ、前の」


 薄いピンク色の封筒の中には、一万円札が複数枚。

 それを逆井が渡してきたということから、どういう趣旨のものかを理解。


「ありがとね、ちゃんとお金返してもらったから、新海にも返しとこうと思って」


 あの冷や冷やしたタクシー代だな。


「まあお前が金について困ったりするってことは考えてなかったから、そこまで心配はしてない」


 一応探索士だしな。

 それにまたダンジョン攻略の特別報奨金みたいなもんも貰ってるだろう。


 ああ、後――


「それにだ、逆井だけじゃなくて、赤星達も動画収入とか、あるんじゃねえの?」


 俺はスマホを取り出す。

 そして最大手動画投稿サイトにて『ダンジョン 攻略過程』と打つ。


「そうそう、これこれ――うぉっ、もう7000万回も再生数行ってる……」



 あの東北でのダンジョン攻略の過程を録画した動画。

 再生回数からしても、彼女らの収入ってえげつないくらいになるんじゃ……。




「――基本は等分です」



 そこで、隣から突如声が掛けられた。


「えっと……ということは、一人100万とか、そんなんっすか?」


 動画収入は聞いたところによると、1再生につき0.1円とか、0.2円とか、そんなレベルらしい。

 だから、大体100万円くらいはあるだろうか、という素人レベルのとても大雑把な計算。


 運転中の椎名さんは極僅かに頭を動かし、肯定を示す。



「具体的な金額まで把握してはいませんが――それと、今回お嬢様と花織様は受け取りを辞退されています」


「ってことは……」


 俺は今度は体の半分くらい後ろを向く勢いで、赤星達を見た。



「単純に3等分か。割れないな、ははっ」


「そうでもないよ? 今回動画の編集の功労者は、知刃矢ちゃんだから、6:2:2くらいでも全然問題ないよ――ねっ?」


 赤星が、隣に座る彼女に話を振った。

 今まで肩身が狭そうにしていた桜田は、いきなり自分が話すことになり、狼狽える。



「えっ!? 私、ですか!? えと、えと……」


「ププッ……チーちゃん、何おどおどしてんの? いつもはもっとハキハキしてんじゃん!」


 逆井が茶化すように言うと、更に桜田は困ったように俺を見た。


 

「知刃矢ちゃん、もしかして新海君のこと気にしてるの?」


「逆井も、赤星も、意外そうな顔してるけど俺とは初対面のはずだぞ?」


 一応助け船のつもりでそう言った、のだが――




「――そうですよ!! っていうか、そもそも、この人誰です!?」




 不満というか、溜まったものが爆発したのか。


 普通に指をさされた。

 ああ……何だ、やっぱりあの動画通りの子だわ、この子。


 何だか今まではまるで猫を被っていたように、桜田は次々を疑問を口にしだした。



(はやて)先輩も!! 梨愛(りあ)先輩も!! 何で普通に男の人を受け入れちゃってんですか!?」


「いや、新海君とは知り合いだよ?」

  

「っていうか、新海はアタシとオナクラだし」


 ……おい逆井、だから言葉は正確に使え。

“同じクラス”な。


 略すと何か卑猥に聞こえるから。


 っていうかそもそも同じクラスではない。

 “同じ学校”っていう意味を広く使い過ぎてるぞ。


 “オナチュウ”なんだ、みたいな感じか?

 ……これもこれでちょっとダメだ。


 二重の意味で言葉をちゃんと使ってくれ。


「えぇっと……一応自己紹介しておくと、新海だ」


「あ、どうも。桜田です、ペコリ」


“ペコリ”とか、声に出すか普通。


 一々あざとウザイ仕草をする子だな。

 まあ、それが受けるのかもしれないが。


「まあ、そうだな……逆井や志木達のダンジョン限定のアドバイザーみたいなもんだ。あんまし存在感ないから、気にしなくていい」


「いや気にしますよ!? 何ですか“アドバイザー”って!? っていうかあなたがあの“新海(にいみ)君”さんですか!?」


『“新海君”さん』ってなんだ。

 それはいいとして、この子、ツッコミ属性もあるのか。

 バラエティーで重宝されそうな奴だな。


「花織先輩や颯先輩が一目置いてるのに、“誰にも気づかれない影の如く存在感が薄い”って、それは自虐が過ぎますよ!?」


「いや誰もそこまで言ってねえ!」

 


 人の話を聞かないタイプか。

 それとも狙ってやってるのか。

 

 どっちにしてもイラっとくるな。


 だがこういうのが芸能界で生き残る秘訣なのかもしれない。





 そうして、なんだかんだ最初はぎこちなかった桜田も。



「ふふん、ということは、“新海先輩”、ですね? ――先輩、よろしくお願いします! 私のファン1号としてメロメロになってくれてもいいんですよ?」



 

 図々しいくらいに俺と打ち解けていた。 


 ……終始イラっとは来るけどね。


□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆ 



“――君と~、見つけたいっ!!”


 終わりのポーズが目の前で決められる。

 あんなに激しいダンス、そして歌唱を終えた後なのに、息切れしているメンバーはいない。



「……どうかしら? あなたから見た出来の方は」



 隣では、自慢げに胸を張る志木。

 彼女は今回踊っておらず、俺と共に4人のダンスを見守る側に回っていた。



「……正直驚いた。前見せてもらった時よりも格段に良くなってる」


 志木グループが絡んでいるスポーツジムの個人レッスンスタジオ内。

 そこに連れてこられた俺は、再び彼女たちの歌を聴かせてもらった。



 普通のアイドルのレベルではない。

 純粋に、そう思った。


 そんなにアイドルの歌に詳しくない素人の俺でも、断言できるくらいに凄かったのだ。


 逆井も、赤星も、皇さんも、桜田も。

 

 皆レッスン用のラフな格好で、目の前で来週披露するデビュー曲を歌ってくれたのだが。


 ダンスはキレがあり、歌の音程も外さず。


 そしてそれら1個1個を単独でこなしているのではなく。

 他のメンバーと上手く重ね合わせることにより、更に上の次元のものを見させてもらっている気がした。



「フフッ。それは良かったわ。今回貴方を呼んで見てもらって――律氷(りつひ)っ、彼、良かったって」


 今の歌の即席の反省会を開いていた皇さんを呼び、志木は簡潔にそう言った。



「ふぁぁぁぁ!! ――っ!! 椎名、椎名!! 陽翔様が歌、良かったって!!」 


 

 フニャっと崩れたような笑顔を浮かべた皇さんは、直ぐに入口近くで保護者のように突っ立っていた椎名さんの元へと駆けていく。



「それは良かったですね、お嬢様……」


 目元を細めて自分のことのように一緒に喜んでいる。

 ……本当、皇さん命だな、あの人は。



「本当に、今日貴方に見てもらって良かった……来週のお披露目ライブでは、こう上手くはいかないかもしれないから」


 その光景を同じように優しく眺めていた志木が、隣でそんなことを呟いた。


「……どういうことだ?」


 それが今日呼んだ本題だろうか。


「ああ、勘違いしないで。これは単なる愚痴みたいなもの」



 そう前置きして志木が語ったことは、確かに納得のことだった。



 

 今見せてもらった高い質のパフォーマンスには、おそらくダンジョンでモンスターを倒したことが関係している。

 つまり、レベルアップや能力上昇で、基礎身体能力が上がった恩恵が要因の一つではないかと。



 探索士アイドルとしてデビューするグループに入るのは、全部で12名。

 志木や皇さん達、ここにいるメンバーは5人。


 つまり、ダンジョン攻略に関わった5人ならば、これだけのハイレベルのパフォーマンスを見せることはできる。

 でも、12人揃ってとなると、多分どうしても質は落ちてしまうだろう、と。



「……なるほど、どうりで今日ちょっと無理してでも皆集めたわけか」


「ええ……梨愛さんもそうだけど、特に律氷は、貴方に歌を聴いてもらうこと、踊りを見てもらうこと、凄く楽しみにしてたから」


 そう言って、志木は少し寂しそうに笑った。



「ハハハッ、チーちゃん、一個間違えてたよ? 細かいのだったけど」


「あっ、それ私も思った。でも知刃矢ちゃんは皆で合わせるの久しぶりだもん、仕方ないよね」


「もう!! 何であのハイレベルの歌と踊りをこなしながらちゃっかり私のミスまで見つけてるんですか!?」


 逆井と赤星が、上級生が多いこの場で居心地が悪くないだろうかと桜田をさり気なく気遣っていた。

 そんな様子もまた、志木は何とも言えないような表情で眺めている。


「これも、攻略者となったことの影響の一つだから、受け入れないとということは分かってるんだけどね」


「…………」


 志木は、別に他の7人を責めたいとか、そういうことで俺に話したわけではないのだろう。

 それはもう仕方のないこととして別の話だと思っている。


 ただ、何か、心の整理をつけるために誰かに話したかった。

 そして俺が、それを気兼ねなく話せる相手、なんだろう。    



「――さっ、それはいいとして」


 

 切り替えるように、志木は胸の前で手を叩いて見せた。



「今度はそっちの話、聞かせてもらえるかしら?」


「え? ――ああ、そういえば、元々はそういうことだったな」


 メールでは確かに俺に聞きたいことがあるということだった。


「いや、でも何を話せば――」


 

 俺は本当に心当たりはなかったのだが。

 しかし、そんな様子を、どこかはぐらかしているとでも取ったのか。


 志木は挑まれた謎を楽し気に答えるようにして、俺の言葉を遮る。



「――フフッ“立石君”と“木田君”と、言ったかしら?」



「…………」



「あの攻略者“となっている”二人と、先日会いました。でもどうにも……私には彼らが自力で攻略したとは思えなかった」


 自分の推理に自信を持っている、そんな様子がひしひしと感じられた。


「……それで?」



 俺は肯定も否定もせず、先を促す。

 というか、もう彼女はおそらく確信しているのだろう。




「――あなたが、あの二人の攻略劇に絡んでるんでしょ?」 

すいません、感想返しは明日以降にまとめて行おうかと思います。

申し訳ありません。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ