388.悪いことは言わん、魔王にしておけ!!
お待たせしました。
前話、つまりエイプリルフールネタよりも1話前のお話の続きです。
ではどうぞ。
『フフッ、フフフ……』
「…………」
織部が、笑っていた。
赤星、そしてリヴィル・レイネを伴い通信を始めたら、満面の笑みで出迎えられたのだ。
そこに邪念や悪だくみの気配はなく、純粋な優等生織部としての清らかな表情がそこにはあった。
……いや、逆に怖いって。
「えっと、ようっ。今日は一段と上機嫌そうだな」
『ウフフッ、こんにちは新海君。昨日はグッスリ眠れて、何だか良い夢を見られた気がしたので。いつもより気分が良いのかもしれませんね』
“ウフフッ”って何だ、お前いつもそんな笑い方しないだろうに……。
「わぁぁ~新海君、織部さん、やっぱり凄い綺麗で可愛いねっ! きっと妖精さんとか小人さんが出てくる素敵な夢を見たんだろうなぁ……」
『あらあらっ、赤星さんったら! 冗談がお上手ですね! ウフフッ』
赤星っ、お前何言ってんの!?
普段の鋭い洞察力はどうした!!
あの魔王カオリーヌに裏のリーダー任されてる奴なんだろ!?
何で織部相手の時だけそんなポンコツっぷりが顔を出すんだよ!!
「…………」
「…………」
俺とレイネは無言でリヴィルに視線を送る。
それに気づき、リヴィルは苦笑交じりに首を振り返してきた。
“自分にはどうしようもない”と言うことらしい。
リヴィルでもダメか……。
……本当、織部と話す時だけ変な状態異常掛けられてない?
大丈夫?
友人や親族が新興宗教にハマってしまうのを見る心境ってこんな感じなんだろうか……。
赤星、早いとこ目を覚ませよ……。
「あっ、そう言えば二人に報告することが――って、異世界で頑張ってる織部さんに言うのは凄く心苦しいんだけど……」
赤星が改まった様子で話し出す。
既にリヴィル達には伝えたことらしい。
特に織部には伝え辛い内容なのか、少し視線を逸らしていた。
『っっっ~~~~!! ――!!』
赤星が画面を直視出来ていないのを良い事に、織部は口パクで俺に何かを訴えてきた。
長い付き合いで身につけた織部読唇術1級の能力で何とか解読すると……。
“新海君、学生の身で、パパになったんですか!? 赤星さん抜け駆けですか!? 伏兵さんなんですか!?”
……うん、読み解いたのに何言ってるか分からないです。
どうやったらそんな発想が出てくるのか……。
「――えっと、無事、推薦、合格しました。あ、あはは、来春から、晴れて女子大生になります」
『あっ、そう言う事ですか――おっ、おめでとうございます! うわぁぁ、我が子の……じゃなかった。我が事の様に嬉しいですね!』
だから何と間違えてんだよ織部は……。
「あぁ、そっか。今日は合格を言いに来てくれたのか。……おめでとさん」
元々来てくれた目的を理解し、めでたい事だと祝福する。
赤星が言い辛かったのは俺や織部に配慮してだろう。
俺はまだ受験が年明けてからだし、織部に至っては高校を卒業すらできない身だ。
自分ばかりが浮かれたようなことを言うのも……みたいに思ったのかもしれない。
『ですです! おめでたい事ですからね、赤星さん、遠慮することはありませんよ!』
織部もそこに関しては屈折した感情などはなく、純粋に赤星の合格を祝った。
「ははっ、ありがとう。ちょっと照れ臭いね、うん。……あっ、そう言えば新海君はあれだよね、“立花さん”と第1志望が同じなんだってね?」
「あぁぁ、まぁ、なぁ」
事実ではあるが、なんとも言い辛くて歯切れ悪くなる。
『ほぅ……新海君。つまり新海君は合格すれば、春から現役スーパーアイドルと同じ大学に通うことになるんですか』
ほらぁ、こう言う事言ってくる奴がいるでしょう。
「あのなぁ、落ちるつもりはないが、そもそも今を考えてみろよ。今でも超人気アイドル様の“逆井さん”と同じ学校に通って同級生だぞ」
大学なんてただでさえ学生数も多いし、授業だって履修方法が高校とは全然違うって話だ。
仮に立花と同じ大学に入ったとしても、あっちは超有名人。
一方の俺はどこにでも生息する一ボッチ男子だ。
何かあると思う方がおかしい。
「……でも隊長さん。最近、ツカサから連絡、よく来るんだよな?」
「あっ、私もよく見るよ。マスターがリビングでツカサとメールのやり取りしてるの」
……レイネさん、リヴィルさん。
何でそこで追及側に助太刀するかね。
君らはどうしたいの……。
とりあえず光原姉妹含め、連絡先を交換している事実は認め。
だが送られてくるメールなんて大した中身じゃないことを告げ、無罪を訴えた。
『歳の近い異性に対して、何気ない・他愛無いやり取りを求めることこそ疑念を深める要素だと思うんですがねぇ……』
じゃあもう何言ってもダメじゃねえか。
これ以上の抗弁は無駄だと諦め、強引に話を先に移すことにしたのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「――で、織部、話したいことって何だ?」
俺が先程の話は終わりだと言う態度を見せると、織部達は不満そうにしながらも切り替えてみせる。
『……こちらもとうとうダンジョン攻略、半分を超えました』
織部がサラを呼んで、二人で近況を報告していく。
もう既に見知っているからか、赤星はサラの登場には驚かない。
……サラもエルフで、凄い美少女なのになぁ。
何故赤星は異世界のメンバーには大きく反応せず、織部にだけはあれ程“綺麗だ! 美少女だ! 妖精だ!”などと褒め上げるのだろうか……。
「――つまり、大きく分けて4つのテーマ別のフロアがあって、今は2つ目の頭脳系を突破したってことだね?」
リヴィルが要約して口にした認識を、サラが頷いて肯定する。
『そうです。今リヴィルちゃんが言ってくれたように、おそらく25階層ずつに防衛のテーマが分かれてて。で、私達は先日50階層を突破したんです』
サラが話す間に織部が画面外へと一度引っ込み、何かを持ってきた。
『よいしょっと……ふぅぅ。――新海君が送ってくれた機器類、特にノートPCですね。これが凄い効果を発揮してくれました。おかげで第2ステージは楽勝でしたね!』
俺がダンジョン攻略関連で得た報酬、それで購入した、決して安くはなかったPCや発電機達だ。
織部は表計算ソフトや文章作成ソフトなどを立ち上げ、色んなファイルを開いた。
“27階層目 クイズ整理”や“38階層目 暗号 法則性”など名前が付され、沢山のデータがダンジョン攻略に使われたことが分かる。
「わぁぁ……凄い沢山」
『はい! ですが、大したことはなかったですよ?』
赤星からの尊敬の眼差しが余程心地いいのか、織部は緩みに緩んだ恍惚な表情を出すまいと、何とか我慢して謙遜した。
「あたしが知る限り……異世界のダンジョンで、暗号とか謎解き系の防衛システムって、かなり面倒なんだけどさ」
レイネが異世界事情を補足するようにして呟く。
「インターネットがなくても、地球の“PC”があれば、記号や情報が一元化できるってのか先ずエグイよな」
「ああぁ、それは分かる。それにデジカメのデータも送れるよね? 撮った画像とかデータも併せれば、そりゃ解読は捗るよ」
リヴィルがそれに理解を示すと、正にその通りだとあちらにいるサラが何度も頷いた。
『はい。通常ならマッピングももっともっと雑で。紙1枚に描写できる情報ももっと少ないんです。ですから、1フロアの1つの暗号を解読するだけでも、何十枚もの紙を見返したり、見比べたりしないといけないのに……』
「それにカンナ達のパーティー皆して頭良いだろう? 専門の解読士を雇わなくていいってのもかなりデカい」
えっ、リコーダー?
違うよね……レイネ、今なんて言った?
『えっ、何ですか、今レイネさん“リコーダー”っておっしゃいました? わ、私、新海君にまだリコーダーを要求はしたこと無いですよね!?』
……最悪。
織部と聞き間違いが被った。
ってか“まだ”って何だ“まだ”って。
冷静になって整理してみたら“リ”ではなく“ディ”だと分かった。
とりあえず織部は放置だな、うん……。
「あはは、“リコーダー”じゃなくて解読する人って意味の“ディコーダー”じゃないかな? 織部さん、ちょっと抜けてる所があるのも可愛いね」
赤星ぇぇぇ……。
何なの、お前は織部を全肯定する人なの?
クッ、赤星がいてくれると織部の暴走は抑えられるが。
逆に赤星の濃い洗脳具合を感じてしまってそれはそれで辛い!
誰か、赤星を眠りから覚ましてやってくれ!!
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
『わざわざメンバー入れ替えのために何度も何度も地上とダンジョンを往復しなくていいんですから、そりゃ攻略も早いですよ』
「50階層か……それだけでも途方もない数で、ただただ凄いよね」
赤星のその感想は確かに頷けるものだった。
二桁階層は経験してはいるが、それでも多分、質が全然違う。
雑魚モンスター1体にしても俺が戦おうものなら、ボス戦クラスの準備をしないと生き残れない強さだろう。
そんなダンジョンに、織部達はずっと潜っているのだ。
『フフッ、ありがとうございます。……そっちでの年明けくらいには最深部――“ノーム”のいる場所に辿り着ける計算でいます』
織部はまたダンジョンの防衛方針がシフトするから、前回の機器類とはまた違った支援をお願いすることになると告げた。
それ自体は勿論、否はない。
「うん。私も推薦通って肩の荷も一つ下りたから。出来ることは何でも言ってね!」
『本当ですか!? 何でも!? それでは――』
「…………」
赤星の協力の申し出に、織部が変な事を言い出さないよう無言で睨みを利かせる。
“綺麗な織部”の仮面が剥がれるのを俺が防いでやるのもおかしな構図だが、それで織部に暴れられるよりは余程良い。
『んっ、んんっ! ――それでは、新海君と梨愛を支えてあげて下さい。私をいつも支えてくれる二人には、少しでもよりよい日々を送って欲しいんです』
俺の視線に気付いて、織部は仮面を張り付け直し、改めて綺麗な自分を取り繕う。
……この表情・セリフだけなら、もう美少女な清楚系ヒロインとして100点満点なんだけどなぁ。
普段の行いがあれだから、うん。
俺がこの場面だけでズキュンとハートを撃ち抜かれ、織部を神聖化して惚れてしまう、なんてことも当然無い訳で……。
だが――
「……凄い。自分以外のことを真っ先に優先出来るなんて……流石は織部さん。やっぱり織部さんは凄い人だなぁ」
絶賛織部を女神視している赤星がいるんですねぇ、これが。
“流石は織部さん”略して“さすおり”なのかな?
「私、アイドル以外でも、実は凄く恵まれた環境にいるんだね……こんなにも尊敬できる同性の友人が近くにいるんだから」
赤星は嬉しそうに織部を見て目を細め、俺に語り掛けてくる。
「志木さんも全然タイプは違うのに、私のずっと前を行って、ずっとお手本でいてくれて。……あはは、うーん、織部さんと志木さん、どっちを参考にすればいいか、分からないくらいだよ」
苦笑して両の天秤が揺れ動き続けていると赤星は嬉しい悩みを訴えたのだった。
赤星が“勇者ブレイブカンナ”と“魔王カオリーヌ”の間で揺れている!?
だが本来、誰か尊敬できる人が複数人いて、どう参考にすればいいかなんてのは択一的に決めるものじゃなく。
自分のマネできる範囲で、良いトコ取りで、自由に手本にして行けばいい話だ。
しかし、俺はあえてどちらか一方のみを参考にしろと言いたい。
――赤星、悪いことは言わん! 参考にするなら魔王にしておけ!!
あんなに魅力的な完璧美少女、他にいないだろう!
可愛いし、頭も切れるし、これでもかってくらい美人だし!!
だが勿論織部が目の前にいる今、そんなことは口に出来ない。
更にレイネもこの場にいるので“勇者”だ“魔王”だと言い出すと、レイネの地雷を踏むことにもなりかねない。
『ウフフッ、本当、赤星さんったら。冗談がお上手なんですから!』
「私、全然冗談なんて言ってないよ! 本当に、ねぇ新海君、リヴィルちゃん、レイネちゃん!」
くっっ!!
つまり織部の赤星への洗脳を解くためには、同格たる志木の力が必要だと言うことか。
織部の存在を知らせずに、志木の協力を仰ぐ……。
難易度ハードモードの地球産ダンジョンを攻略するよりも困難なミッションだぜ。
志木も忙しいだろうが、一先ず志木との連絡を増やすか……。
織部の暴走が殆どないにもかかわらず、織部の影響力が濃く表れているのを感じた時間となった。
それに頭を悩ませつつも、志木とのコミュニケーションを増やすことを決意するのだった。
志木さん、主人公とコミュニケーションの時間を増やすチャンス!!
やったね志木さん!!
でもその背後には織部さんの影が付きまとうという……。
自分で書いててアレですが、何だこの構図(白目)




