383.凄いプライバシーを覗いちゃった気分だ……。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「あっ! 新海ッ、こっちこっち!」
家を出てお隣さんへとやってくると、広い玄関で逆井が待ち構えていた。
モコモコした温かそうなパジャマに、落ち着いたピンク色のルームソックスと、おしゃれさも兼ね備えた格好だ。
流石は現役のスーパーアイドル様。
ただの部屋着でも抜かりない。
「っす。……もう来てんだよな? どうだ、様子は」
案内してもらいながら立花達の状況を尋ねる。
「えっ? うーん……皆真っ先にお風呂行っちゃったから。どうだろうね」
えっ、お風呂!?
……だ、大丈夫だよね?
聞けば空木も一緒に入っているという。
空木も俺が来ることは知ってるんだ。
変な風に、それこそラッキースケベ的なイベントになって、初対面で印象最悪スタートみたいにはならないだろう。
広めのリビングに通されて、しばらく待つ。
今更ながら、現役トップアイドル達が入浴する同じ屋根の下にいるって、どんな状況だよ……。
まあドキドキはするが、それで変な気を起こすこともないけどね。
「ふぃぃ~サッパリした……あっ、お兄さん、いらっしゃい」
一番に戻って来たのは空木だった。
髪が乾ききっておらず、本当に風呂上り直後なんだなと感じる。
空木は“芋だけ食ってのんびり生きたい 誰か養って”とプリントされた長袖シャツに身を包んでいた。
「おっす。……凄いの着てるな」
そしてその文字の下には、SDキャラ化した空木自身がグダッとした絵も。
……一瞬だが、そのロンティー欲しいと思ってしまった。
クソッ、リヴィルみたくセンスの塊め。
「これですか? ふふん、絵はウチが描いたんじゃないですけど、全体のデザインはウチがしました」
「そうか」
欲しいですかと聞かれそうになったので、直ぐに興味を無くした風を装い、素っ気なく答える。
……いや、だって素直に欲しいって言うのも、なんか“ちびキャラ化した空木”の可愛さに負けたみたいで悔しいじゃん。
「ツギミーそういうセンス凄いもんね~。ライブのグッズの売り上げも、かおりんの次に良かったし」
逆井も若干悔しさを混ぜながらも、降参だと言う様に苦笑いした。
志木の次とか、空木は地味にファンからの人気が凄い。
あとサラっと流しそうになるが、普通に1位を取っている魔王カオリーヌ様も語彙力無くなるくらいにしゅごぃ……。
「フハハッ! 我っ、地獄の血が沸き立つマグマより帰還したぞっ!!」
「あ~もう、ほらっ、凛音ちゃん、ちゃんと髪の毛拭かないと、風邪ひくよ?」
空木が戻ってきてそれ程間を置かず、二人の少女がリビングに入って来た。
光原姉妹だ。
化粧や装飾などが全く施されていないと、本当に瓜二つだな……。
……まあどっちがどっちか簡単に見分けられるけどね。
「っっ!? えっ、男の人!?」
その片方――姉の和奏が、リビングにいる異物を見てギョッとする。
そして妹――凛音を庇う様に前へ出た。
……ですよね~。
夜に、大人気アイドル達しかいないシェアハウスへと潜り込んでる男なんて怪しさ満点ですもんね~。
しかし、そこで緊迫した雰囲気に突入する……ことはなく。
「おぉぅ! 同志ではないか!! 久しいな、どうした、我に会いに来てくれたのか!?」
姉の心妹知らずで、光原妹はパッと表情を輝かせ、パタパタと俺の下に駆け寄ってくる。
まるで尻尾を振る子犬のように、その顔には邪気がない。
……光原妹的には邪気というか、黒魔力的なものはあった方が嬉しいのだろうが。
「あっ、いや、今のは違うぞ! “同志”と“どうした”を掛けたわけじゃないからな! えと、その……――た、“怠惰を司る者”! “太陽の化身”、我を助けよ!!」
勝手に軽い自滅をして、怠け者の空木と、コミュ力お化けの逆井に泣きついたのだった。
……まあ、険悪な空気になるよりは全然マシだけどね。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「えと、じゃあ、その、かおちゃんが言ってた“ダンジョンに詳しい人”が、このお兄ちゃんってこと?」
「かおちゃん……“花織ちゃん”だから“かおちゃん”か。何それ可愛い」
「いや新海、“お兄ちゃん”呼びに食い付かずそっちに反応するの!?」
逆井、お前の“かおりん”も中々だとは思うが、かおちゃんも良くないか?
志木め、魔王カオリーヌといい、かおりんと言い、二つ名が多すぎる。
世の中を欺くための顔を幾つも持っていると言うことか。
むむむっ、恐ろしい奴め……。
「ふふんっ、我が血を分けし半身よ! どうだ、凄いだろう! “全てを統べる魔の女王”も同志には一目置いているようだったぞ! そして、その同志はめちゃんこ凄い我の理解者なのだ! つまり、我、偉い!!」
「うーん……そこは凛音ちゃんが威張るところじゃないけどねぇ」
ドヤ顔で鼻息を吐く光原妹を、姉が軽くあしらう。
慣れたもので、しょぼんとする光原妹を気にせず、光原和奏は話を続けた。
「えっと、梨愛ちゃんとお兄ちゃんの関係は親しいクラスメイトさんで、美桜ちゃんはお隣さんだからご厚意にしてもらってる……ってことで良いんだよね?」
妹に対する遠慮なさとは打って変わって、逆井や空木へ問い掛ける声はか細い。
曲を歌っている時に感じたような力強さはなく、内弁慶なのかなと思った。
シーク・ラヴ内でもコミュ力、調整力の高い逆井や空木相手でこれなんだから。
部外者兼初対面の俺相手だともっと弱々しくなるだろうな。
「はえっ!? えーっと、その、親しいクラスメイトと言えばそうだし、それだけにとどまらない間柄と言えなくもないかもしれないし……」
……逆井の奴は何をモニョモニョと言ってるんだ?
……あれか、織部の件についてか?
確かに逆井とは特大の秘密の共有者でもあるが……。
「あー、まあ間違ってはないね、うん。……ただ一点付け足しておくと、お兄さんの家には桁違いの物凄い美人なお姉さんがいるからね。ウチはお兄さんの家に永久就職して養われたい間柄とだけ言っておくよ」
いや、ラティア目当てだろ絶対。
ラティアに老々介護ならぬ、若々介護させる気かよ。
……この場合“若々”でいいの? 合ってる?
「そっか。なら必要以上に気を張ることもないのかな……」
ただお隣で、女性も一緒に住んでいると聞いて、光原姉の警戒は大きく解かれたように感じた。
……まあ、そうだよね。
こんな陰気そうなボッチが一人で暮らしてるのか。
それともちゃんと他の住人もいて人らしい生活をしている奴なのかで、全然変わるもんね。
「むむっ! ――和奏ちゃん、理解が早すぎる! もっと抵抗しよう、もっとメスガキ感出してお兄さんを煽りまくろうよ!!」
「いや、ツギミー何言ってるのか分かんないんだけど……良いじゃん、“わななん”が早く新海のこと納得してくれてさ」
本当それ。
逆井もっと言ってやれ。
……ってか危うくスルーしかけたけど、“わななん”って“わかな”から付けたあだ名のことでOK?
偶にテレビで二人が共演してる時“わななんわななん”言ってたから何のことだと思ってたが……。
「むぅっ、梨愛ちゃん分かってないなぁ~。凛音ちゃんが即落ちでお兄さんに懐いちゃってる今、メスガキ分からされを期待できるのはもう和奏ちゃんしかいないんだよ!?」
「……美桜ちゃん、意味は全然分からないけど、私にロクな事を期待していないのは分かったよ」
光原姉は色んな意味で常識人だった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
一先ず光原姉妹との顔合わせは済み、最後の一人を待つことに。
「……ってか、立花は大丈夫か? 全然戻ってこないけど。風呂でのぼせてるとかないよな?」
光原姉妹との話し合いが終わってもまだやってくる気配がない。
4人で風呂に行ったにしては遅い様に感じた。
……いや、これで俺が心配して風呂場に駆け付けるなんてことはしないから。
純粋に不思議に思っただけです。
俺以外に4人もいるんだし、あえてラッキースケベが起こりそうなことを自ら買って出る必要もないしな。
「あぁ~まぁ大丈夫でしょ。司ちゃん、いつも長風呂だし。それに妄想癖あるし、戦隊モノ好きだしね」
「いや、後ろ二つは戻ってこない理由になってないよ美桜ちゃん……司さんの恥ずかしい情報を言っちゃってるだけだよ」
控え目ながらちゃんとツッコミも出来る光原姉は貴重な人材だな。
……それはそうと、立花、妄想癖があるのか。
真面目な委員長タイプと思ってたから意外だな。
「まあなっつーも忙しいからね。探索士にアイドルに受験に……って感じで。だから余計お風呂の時間くらいゆっくりしたいんじゃない?」
逆井の説明で十分に納得できるので、必要以上の心配はしない。
待つ間は先程出かけに見た、ダンジョン関連について調べることにする。
逆井も同じくスマホに指を走らせ、情報収集しているようだった。
「……あっ、ハヤちゃんからメッセ来たよ。“他の探索士さん達と合流。志木さんと軽く調べておいたけど、全然余裕そうかな”だって」
証拠を見せるように逆井が自分のスマホ画面をこちらに向ける。
……良いの?
俺が見ても大丈夫なの?
仮にも超人気アイドルのスマホだろうに、もうちょっとプライバシー気にしろし。
【グループ名:かおりんと素敵な仲間たち※椎名さんもいるよ!!】
〔伏兵従者 椎名:皆様お疲れ様です。……あの、そろそろこの“伏兵”という枕、外してもよろしいでしょうか? 約束していました三か月の期間が経ちますので、どうかお願いします!〕
〔白い妖精?律氷:まだ御姉様と颯様がお忙しいので、“伏兵裁判”は後日にしましょう。……ただ、今押した“可愛らしくお願いしている様子”の“ミニ椎名スタンプ”は状況証拠として受理します〕
〔伏兵颯:今ダンジョンの下調べから戻って来た。ようやくスマホ使える。梨愛、そっちはどう?〕
〔貴方だけの花織:颯さんもいてくれるから、こっちは大丈夫そうです。梨愛さん……陽翔さんと司さん達の様子はどうかしら?〕
〔お芋教教祖!!美桜:あっ、司ちゃん、ダメっ、我を失ったら! 悪の女幹部になるだけならいざ知らず、お兄さんを襲って、お兄さんと無理やり家族になろうだなんて、そんな、そんな……!〕
〔伏兵颯:!?〕
〔貴方だけの花織:!?〕
俺はめまいを感じ、目を閉じて情報をシャットアウトした。
……何か、凄い可愛らしい椎名さんのスタンプがあった気がする。
椎名さん、あんなスタンプとか使うんだ。
目頭を軽く揉み解しながら、口を開く。
「……すまん、情報量が多すぎる。それと……空木、ちょっと集合」
「“良いぞ、もっとやれ”……ふぇっ? ――えっ、あっ、ちょ梨愛ちゃん、何お兄さんに見せちゃってるの!? ブーブー、プライバシーの侵害だー!」
……空木ぃぃぃ。
ってか“良いぞ、もっとやれ”って打とうとしてたのかよ。
仮にそんな状況だったとしても止めろよ。
“伏兵裁判”や“ミニ椎名スタンプ”、それに“貴方だけの花織”など、凄いプライバシーを見てしまった気がした。
それ以外にも色々とあったかもしれないが、全部を整理する前にとうとうその時がやって来た。
「はぁぁ~温かかったぁ。梨愛さん、お先に使わせてもらった。お風呂、良かったら入ってくれ。それで美桜、花織さんが言っていた“ダンジョンに詳しい人”って言うのは……え?」
長い黒髪をしっとりと湿らせ、背筋のピンと伸びる凛とした女性。
立花司が、リビングへと姿を現したのだった。
……俺を見てピタッと停止したけどね。
ま、まあチラッとだし、新海さん殆ど覚えてないし、覗いちゃっても大丈夫だよね?
逆井さんも、志木さんと赤星さんを心配してのことだし、だから二人も許してくれるよね?
……え?
椎名さん?
…………。
ちょっと何を言ってるのか分かりませんね(逃走)




