380.へぇぇ……2期生か。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「おいっ、映像止まったぞ! どうなってんだ、昨日チェックしたんじゃねえのか!?」
「ちょっと、ここは初日の演出とは変えるんでしょ!? 何で花織ちゃんの歌の時に美桜ちゃんの音楽が流れんの! 本番そこは絶対ミスったらダメな所だよ!」
「こっちにもっと人員割いてくれっ! 物販の準備がギリギリだったの、昨日で分かってんだろ!? もっとバイトの子達を寄越してくれよ!」
現地に到着して直ぐにルオと別れ。
立花さんに案内されるように中に入る。
この時間まだ観客が入ることは出来ないため、今会場入りしていることが何だか不思議な気分だ。
既に大勢のスタッフが中で働いていて、人の行き来が絶えない。
「っと、二人とも、こっちこっち。一先ず偉い人に挨拶に行こう。そこさえ済ませば後はもう気楽に観光気分で大丈夫だから!」
猛者さん――立花さんが指差しして次に向かう場所を示してくれる。
昨日に来ているとはいえそれは観客としてなので、こうして丁寧に教えてくれるのは助かる。
ただ楽天的なのか、それともチャランポランなのか。
“気楽に観光気分”と言ってしまうのは大丈夫なのかね。
「――へぇぇ! 夏生さんの言ってたのは君達ね! 彩果ちゃんでも凄い素材の子が入ったなって思ってたのに。貴女もとんでもない逸材ね。やっぱり志木ちゃん達の所には原石が集まるのねぇ……」
「えっと、どうも、ありがとう、ございます」
紹介された総合演出を務める女性に挨拶を済ませる。
本番を控えているからピリピリしているものかと思ったが、意外にすんなり挨拶する時間が取れた。
“椎名さん”は顔が利いて、しかも業界の皆さんの信頼も相当厚いらしい。
受け答えも柔らかく、リヴィルを特に気に入ってくれたようだった。
……まあ、リヴィルはアイドル候補生じゃなくて、マネージャー・プロデューサー見習いって設定だけどね!!
「ふぃぃ~。お疲れ! よしよし、これでもう後は大丈夫だね!」
それから更に10人程、各部署や業界のお偉いさん回りをして、ようやく一息ついた。
“椎名さん”あるいは“夏生さん”の名前を出せば、どの人も手を止めて挨拶をさせてくれた。
容姿抜群のリヴィルの存在も大きかったが、こんな俺みたいな下っ端でもちゃんと相手をしてくれるのは、やはり椎名さんが根回ししてくれたからだろう。
そしてその椎名さんに動いて貰うよう頼んだのは、志木や皇さんだ。
「皆さん本番前で凄い忙しそうでしたけど、怒鳴られたりしませんでしたね」
事前に“怖い・怒られるかも”というニュアンスのことを言われたので、立花さんにジト目で言ってみる。
「えっ? やっ、そりゃそうだよ! 青年君も感じなかった? 椎名さんを敵に回したくないって人もいるだろうけど、やっぱり花織ちゃんと律氷ちゃんに嫌われたら、この業界終わりじゃん! そりゃご機嫌窺うよ!」
……まあ、うん、言いたいことは分かるけどね。
中には露骨に“花織ちゃんによろしく!”とか“今度配信ドラマやるからさ、皇さんにどうかって聞いといて!”とか言ってくる人もいた。
それだけ二人の業界における影響力というのは無視できないものだと言うことだろう。
魔王カオリーヌ……間違えた。
志木は黒かおりんを身に宿してるから、別に違和感はないけど。
あの純真無垢な皇さんが業界人からもその動向を注視されているってのは、なんかちょっと変な感じだ。
「さっ、一回休憩しよっか! ……丁度メンバーの皆が出てきて通しリハやるらしいからさ、3人でコソッと見学、しよう!」
提案風な言い方をしているが、立花さんは悪戯な笑みを浮かべ、返事を聞かずに歩き出したのだった。
……自由な人だな。
「私達の休憩が目的ってよりは、むしろ皆のことが見たくて良い口実があったって感じだね」
リヴィルも苦笑いだ。
「だな……」
まあ挨拶周りで気を張っていたので、休憩できるのならそれに越したことは無い。
立花さんに付いて行って、有難く通しリハの見学をさせてもらうことにした。
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「もう~、六花は酷いんだ~! 皆より出番が少ないシイナへの嫌味ぃ? 失礼しちゃう、ぷんぷんっ!」
「フフッ、フフフッ、やめて椎名ちゃん、分かったから、ごめんなさい、謝るから、“ぷんぷん”は、“ぷんぷん”はやめて……」
「お~い、椎名さん。ライブ前に六花さん笑い死にするから、一人欠けるとウチにしわ寄せ来るから、そこらへんにしといて下さいね~」
ステージ上にはシーク・ラヴのメンバー12人が勢揃いしていた。
それだけでなく、研究生や見たことない少女達までが舞台袖に集まっている。
俺達は関係者が見学するスペースに移動し、そこからリハーサルを見させてもらう。
「はぁぁぁ~凄っ! 生でリハーサル見られるとかもう最高っ! この業界入って本当良かった! あっ、尊死する――」
「……昨日は見てなかったんですか?」
「昨日も見たよ! でも昨日のリハと今日のリハは違うの! 青年君だって、昨日と今日でする彼女とのイチャコラ、違うでしょ? それと同じことなの!」
全然違ぇよ。
ってか前提からして間違いしかない。
“年齢=彼女いない歴”のボッチなんですけどねぇ。
イチャコラする前提が――いや、それ以上は言うまい、悲しくなるだけだ。
「へぇぇ……」
こらっ、リヴィルも反応しないの。
ってか今の“へぇぇ”は何に対しての“へぇぇ”だよ。
ルオの存在だけでなく、逆井や赤星、それに空木など。
知り合いの存在を認めて一先ず安心する。
テンションが爆上りし出した立花さんと、しばらく通しリハーサルを鑑賞させてもらう。
すると――
「――うわっ、マジか、やっべぇ! 本物だ! 本物のシーク・ラヴだ!!」
「凄ぇぇ! 可愛ぃぃ!! この距離からでも分かる、可愛い奴やん!!」
「マジで最高っ! 俺、今日まで頑張ってきて本当に良かったぁぁ!!」
ゾロゾロと人の集団が入って来た。
声を抑えてはいるものの、20~30人程が塊となっているので、どうしてもその存在は目立ってしまう。
「……ほらっ、静かに。ここへは遊びに来たんじゃないんですからね。研修中だと言うことを忘れず、周りの邪魔にならないよう行動してください」
集団の先頭を歩く、一人だけ目立つ服装の大人が注意する。
……ってか探索士の制服か、あれは。
「……えっと、アヤカ、さん。あれって、何なのかな?」
リヴィルが形のいい眉をしかめて、立花さんに耳打つ。
「ん? ――あぁぁ、あれね」
二度三度とリヴィルに肩を叩かれて、立花さんはようやくステージから意識を離した。
「“ダンジョン探索士の2期生”だね、多分。研修で来てるんだよ。……まあ“研修”って言っても、彼らにとってはそんな感じじゃないだろうけどね」
「研修で……ライブに? それもリハーサルの?」
リヴィルが引っ掛かりを覚えるように首を傾げる。
「ははっ、要は“未来のダンジョン探索を担う諸君、合格おめでとう! 君達の先輩であるシーク・ラヴの勇姿を見て、しっかりとダンジョン探索士がどれだけ可能性を秘めている職業かを学んでおいで!”ってことさ」
少し茶化した、皮肉が混じった様な言い方だったが、おかげで何となく言いたいことが分かった。
「……つまりご褒美みたいな感じですかね? “制度”として非常に上手くいっている“ダンジョン探索士”の未来の担い手たちに、少しでも印象よく、やる気を出してもらうための」
「……フフッ、まあそんな感じじゃないかな?」
立花さんはニヤッと笑ったものの、明確に肯定することはしなかった。
修学旅行という名の、陽キャにとってはただの楽しいイベントのように。
研修という名の、選ばれた者にとってはご褒美イベントでしかない。
そんなノリでやって来た探索士2期生の一団。
まさかこんな場所で遭遇するとは思わなかった。
「あぁぁ、実感湧いてくるわぁぁ! なっ、マジで何か特別な存在っぽさない? 俺達ってさ!」
「だって1期生の応募も併せたら何十万人以上が申請して、合格したのが2000人だろ? ……俺達、要するにエリートだからな」
「絶対ダンジョンをドンドン攻略出来るようになって、花織ちゃんに相応しい男になってやるぜ!」
……野心に燃えていて、素敵なことで。
まあやる気になってくれる探索士が増えることは喜ばしいことだ。
今は攻略するスピードよりも、ダンジョンが増える速度の方が圧倒的に勝っているのだ。
手は多ければ多い程良い。
花織ちゃんに相応しい男になれるかどうかは……分からんが。
まあ頑張ってくれ、俺も応援はしてるから。
予想外の集団と一緒に見ることになったが、リハの通しは概ね問題なく終わった。
やはり昨日1回経験しているという事実が大きいのだろう。
「――さてっ! 最高の休憩時間を堪能したことだし! 今度はもっと素敵な時間を経験しよう!」
立花さんが手を叩いて動き出す。
顔ツヤっツヤだな……。
どんだけシーク・ラヴのことが好きなんだよ。
……この人には、間違っても会員番号0番なんて都市伝説の話はしない様にしよう。
「ってことで、いざ、雇い主――花織ちゃんと律氷ちゃんに挨拶だ!!」
ふぅぅ……。
た、多分次で終われると思います……。
かなり色んな所端折ってるはずなのに、中々終わらないもんですな……。




