379.ルオ、それはズルいっ!!
お待たせしました。
ではどうぞ。
「うぃっすー! いやー、いい天気だな! 絶好の引き籠り日和だ! よし、今日は外出なんてせず、皆家で過ごそうぜ!」
「……マスター、朝からテンションおかしいんだけど」
「……天気の良さと外出しないことの関連性が意味不明なんだが、隊長さん」
全く、リヴィルもレイネも、何を言ってるんだか。
寝てないから眠いだけで、俺におかしい所なんて何一つないし。
それに入り込む日差しが眩しいから、浄化されないよう家に閉じこもっていようぜってだけなんだが。
「でもご主人、そろそろ出ないと、椎名お姉さんとの待ち合わせが……」
「……あぁ、だな、行こうか。……仕方ないけど。滅茶苦茶外に出たくないけど。今すぐ布団に入って夕方まで爆睡してたいけど」
「隊長さん凄い嫌そう。布団に未練タラタラかよ……」
だってしょうがないでしょ!
夜中ラティアとずっと、呼吸の聞こえるくらい側にいたんだから!
んなもん、緊張で寝られんばい……。
……あっ、やべぇ、何か言葉がグチャってる。
これは、もうちょっと薬草とポーションをキメとかないと……。
※注:危ないお薬じゃありません。
あの炎スライムとの死闘の末出来た肌の火傷も、もう肘の周り以外は殆ど気にならないくらいに治っていた。
完治する前に、また薬草を食べる言い分を見つけないと……。
「んじゃ、行ってくる。……あと、もうライブが終わったら家に直帰だからな? ここには戻ってこないから、忘れ物とか鍵、頼むな」
「了解。じゃ」
残るレイネに後を任せ、ルオ、そしてリヴィルと出発する。
ラティアとロトワは未だ眠っていた。
……理由が俺と同じとは限らないが、ラティアも夜中、多分、寝られなかったんだろうな。
「――あっ、チケットはスマホアプリで見せるんだからな? 分かんなかったら俺か椎名さんに電話してくれ」
足を止めて振り返り告げる。
2日目のチケットは紙媒体ではなく、スマホで予約するものを取って貰っていた。
そもそも有体物としてのチケットを貰ってないので間違えようがないとは思うが、レイネは偶に天然な所もあるからな……。
「あ~分かったから! 子供じゃないんだ、ほらっ、もう、行った行った!」
レイネに顔を赤くしながら追い払われてしまった。
酷い……。
心配しただけなのに。
「レイネはあれか、反抗期的なやつか」
「フフッ、そりゃマスターに子供扱いされるのは面白くないよ」
リヴィルの指摘を受け、楽し気に横を歩くルオへ視線をやった。
「うんうん、子ども扱い、良くない! レイネお姉ちゃん、レディーだよ、ご主人!」
「おうぅ……そうか」
そんなつもりはなかったんだが、そう言われると仕方ない。
以後気を付けます。
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「おはようございます、皆さん。お待ちしておりました。さぁ、どうぞこちらに」
待ち合わせ場所の貸会議室に到着する。
椎名さんは挨拶もそこそこに、すぐパーテーションで区切られた奥に移動した。
付いて行くと、紙袋が複数置いてあった。
ルオの物も含め、俺達用の着替えらしい。
俺の分の中身を見てみるとスーツだった。
「あっ、すいません、ラティア達の分も用意してもらったみたいで……」
男物以外の紙袋には誰用のかが分かるように、それぞれ“RA”とか“RE”などと書かれている。
ロトワの分もあるけど……これ、ロトワは未来のロトワじゃないと、スーツを着ても違和感あるだろうに。
ルオの分は勿論、椎名さんが実際に着るだろう衣服が準備されていた。
「ライブをご覧になる方の分はお持ち帰りいただいて結構です。……では、先ずは皆さん、お着替え頂いて、それから説明します」
椎名さんに促され、俺達はそれぞれ着替えることに。
……いや、勿論俺は反対側に移動しましたよ?
さっき指摘されたばかりだからね、うん。
レディーとは別の場所で着替えるんですよ、はい。
「……どう、かな、マスター」
「……絶対俺よりも女子にモテるな」
着替え終えたリヴィルを見て、出てきた感想はそれだった。
黒髪のウィッグを被り、スーツに身を包んだ姿は、男装イケメン喫茶とかにいそうな執事っぽさが凄い。
今のリヴィルに口説かれたら、女子はもうイチコロだろう。
「……そういう感想を求めてたんじゃないんだけど」
いや、じゃあ何を言えと。
「まあ、マスターのスーツ姿も凄くカッコいいけどさ、うん。……付いて来た一番の役得、かな」
だがそこで機嫌を悪くするでもなく、俺の格好を見て嬉しそうに頷いていた。
いや、タダのボッチのスーツ姿ですよ?
リヴィルのスーツの方が社会的な価値は段違いにあるだろうに。
レディーの扱いは良く分からん。
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「では、ルオ様、よろしくお願いします。――それと新海様、リヴィル様。お分かりかと思いますが、私自身は本日ご一緒できません」
椎名さんそっくりへと姿を変えたルオを伴い、出口まで見送って貰う。
ルオ自身は帽子に眼鏡をかけて、椎名さんの変装の上に、更に有名人バレを防ぐ変装という、何だかよく分からない状態にはなっているが。
「そりゃ、でしょうね。椎名さんが現場に二人いることになりますから」
「はい。ですから、担当の者に今日は頼んでいますので。何でもその娘に言ってもらえば大丈夫ですから」
はぁ。
具体的な事はその当人と会ってから聞いてくれと言われ、それ以上は黙っていた。
ただルオは、椎名さんになっている時に、その女性に会ったことがあると言う。
そのルオと椎名さんが二人で、しばらく情報の擦り合わせをしていた。
頃合いを見て椎名さんが離れていく。
迎えが来るらしいので更に3分程待っていると、本当に正面に普通車がやって来た。
助手席の窓が開く。
「――あっ、椎名先輩っ、お疲れ様です! 遅くなりました」
とても若い女性の声。
運転席に座るのは、薄っすらとどこかで見たことがあるような、ないような……そんな女性の顔だった。
椎名さんや逸見さんとそこまで年の差が感じられない。
二十歳前後という感じか。
知的な印象を受ける、美人な女性だった。
ただ睡眠不足もあって、中々記憶の整理が上手く付かない。
えっと、誰だったかな、ここまで出かかってるんだが、うーん……。
「もう、アヤちゃん、おっそーい! シイナ、ぷんぷん、だぞ!」
だがそれは、ルオ――が演じるシイナさんの一言で、記憶の底に再び沈んでしまった。
ブフッ!
思わず吹き出してしまう。
ちょっ、ルオ、シイナさんで“ぷんぷん”はズルい!
「あぁ~はい。……もう“アイドルスイッチ”入れたんですね。――すいませんでした。ささっ、そちらお二人も乗って下さい」
……なるほど。
つまりこの人は、本物の椎名さんとルオのシイナさんを“アイドルスイッチのON・OFF”という形で区別しているらしい。
とりあえず椎名さんが言っていた人はこの人だろうと、促されるままに車に乗り込む。
ルオが自然に助手席に乗ったので、リヴィルと二人で後部座席に。
「はい、じゃあシートベルトお願いしますね~。――……ん? あれ、そっちの青年君は、どっかで会ったこと無かった?」
おっ、やっぱりそちらさんも何か会った記憶あります?
ただ具体的に会った場面を思い出せないので、曖昧に頷いておいた。
「まぁ、こういう業界だとそう言う事ってよくあるから。私も入ったばかりだし、人の顔を覚える練習はこれからしていった方が良いよ、うん。先輩からのアドバイス」
「……あぁ、そっか」
リヴィルが隣で小さく呟くのが聞こえた。
今のアドバイスについて何か思ったことでもあるのだろうか。
俺達は今回、椎名さんがアイドル事務所の見習いとして声を掛けた新人、と言う設定になっている。
だから、今車を発進させたこの女性が、俺達に先輩風吹かせてもおかしくはない。
「そうじゃなくて……」
リヴィルはまた小さく呟き、俺の膝上にいきなり手を置いて来た。
いや、何で俺の思考読んでんのさ――ってちょっ、お前っ!
そう言うのは逆じゃない!?
俺が立場を利用して黒い笑顔で“グヘヘ、良い脚してるな、リヴィル……どうだい、ちょっと今夜、俺と一緒に……”とか言いながらスリスリする奴!!
そしてイケメン風主人公が助けに来て俺の悪事が露見し、成敗される感じの!!
……いや、俺退治されるのかよ。
「…………」
ん?
だがリヴィルの手つきは別にいやらしい感じのものではなく。
というか、人差し指を動かして、何か文字を書いている。
少しこそばゆいが我慢して……。
なつ、ばいきんぐ、こらぼひん、あげた……。
つまり、“夏、バイキング、コラボ品、あげた”――
あぁっ、思い出した!!
あの時の猛者さん!?
リヴィルと二人でケーキバイキングに行った時、帰りに限定グッズを譲ってあげた女性だ!
志木と飯野さんのをあげて、代わりにプールの優待券を譲ってくれた人!!
「――あっ、そう言えば自己紹介はしてなかったね。えっと、青年君とそっちのイケメン美少女さんが“新海さん”ね。OK、OK!」
猛者さんはルームミラーでチラッと俺達を確認し、自分の名前を告げた。
「私は“立花彩果”です、初めまして。歳は椎名さんの一つ下で、一応現役の女子大生です。今日一日、宜しくね」
うっ、うーん……後1話は、キツい、かも……。
頑張りますが、もしかしたら2話必要になるかもしれません。




