377.どんなくじ運してんだ!?
お待たせしました。
ではどうぞ。
『さぁっ、ここで、遊ぼうよ~!』
少しゆっくり目のテンポで流れるメルヘンチックな音楽。
そんな可愛らしい曲調の歌と共に、あちこちにセットされていた膨大な数の風船が解き放たれ、ふわりふわりと宙を舞う。
歌を歌うユニットの四人も、それに合わせた衣装に身を包み、会場全体へ癒しを届ける。
「おぉぉ~! リツヒも、お姉さん達も、凄く可愛いっ!」
「わぁぁ! フワフワであります!! フワフワ!!」
左右に座るルオとロトワも、今日一番の盛り上がり様だ。
それもそのはず。
研究生たちバックダンサーも含め。
この曲を歌うアイドル達は皆して、動物のコスチュームがステージ衣装となっているのだ。
だから年齢が低くても、他のユニット以上に親しみを感じられるらしい。
「――本当、凄く可愛らしいですね! リツヒ様は猫さん、ですか」
「だな。……へへっ、リオンの格好見ろよ、ラティアっぽくないか?」
「蝙蝠かな、あれは。ハヤテがウサギで、ミヒロは……牛?」
むしろこうした可愛らしいメルヘンなユニットには、桜田辺りが入るものかと思っていた。
だが赤星がこの四人の内の一人として、しかもウサギのコスチューム・装飾をして参戦しているのはとても驚いた。
……微妙に照れが混じってる様に見えるが、俺の見間違いだろうか?
『……颯さんは、ウサギさん衣装も可愛いですし、似合ってるんですから。もっと堂々とすればいいと思いますけどね』
織部もやはり俺と同じような感想を抱いたらしい。
まあ多かれ少なかれ、他のメンバーにも同じことは言えるだろうけども。
皇さんは灰色に近いモフモフした耳やフットカバー、手袋に尻尾を装備して、とても愛らしい猫になりきっていた。
光原妹も自分の好みというか、中二心から選んだんだろう蝙蝠っぽい羽や牙を装備して、それでよく踊り、歌えていると思う。
ただ一人だけ成人である飯野さんは……うん。
――これ、出演して大丈夫なんですかね?
「あれ……絶対空木に後で揶揄われるだろ」
童顔なのに破壊力抜群の武器を二つお持ちで。
更にそれを強化すべく装備された牛柄衣装。
メルヘン感も勿論あるが、一方で、見る者によってはそこはかとないいかがわしさも感じる格好となっていた。
……本当、これで変なグラビアの仕事とか殺到しっちゃったりしないよね?
大丈夫だよね?
『照れや恥じらいも時としては大事な感情ですが、颯さんもプロなんですから、ねぇ?』
織部はまだ赤星の話をしていた。
いや、今回は同意を求められても、すぐは頷けないぞ?
織部がそれを言うと、何か別のことを赤星に求めてるみたいに聞こえてしまう。
赤星は織部の存在を知る者であると同時に、一番最初に大精霊の装備を得た者でもある。
……要するに、一歩間違うと織部の弟子というか、織部の思想を理解する者になりかねないのだ。
だから、赤星には久しぶりに抱いた正常な羞恥心を、そのまま保って欲しい。
決して邪の羞恥心に陥ってはいけない。
……いや、自分で言ってて何だ、邪の羞恥心って。
『……ただ、飯野さん、あれはダメです。私への宣戦布告と受け取りました。梨愛と同じ憎むべき相手にカテゴライズさせてもらいます』
巨乳族への憎悪剥き出しか!!
ってか親友も憎むべき相手に入ってんのかよ!
えっちぃ仕事をあっせんしようとする悪い大人の前に、飯野さんは先ず悪い勇者に目を付けられたようだった。
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『いや~颯先輩たち、凄く可愛かったですね!』
『だね! もうハヤちゃんも律氷ちゃんも、皆可愛すぎ! ……美洋さんはちょっと可愛いの枠を飛び越えてたっぽいけど』
今度登場したのは、桜田達4人組だ。
次に歌う予定のユニットがMCを回す、そんな流れなんだろう。
呪うべき相手である逆井に、更に間男ならぬ、寝取り間女たる志木もいる。
さぞ織部の目も濁りが凄かろうと思っていると――
『――あっ、すいません、新海君。サラに呼ばれましたので、一旦落ちますね』
「お、おう……分かった」
見るのが嫌なタレントが出てきたらチャンネルを変えるとか、そんな風ではなく。
純粋に用事が入って仕方なくと言った感じで、織部はDDの通信を切った。
……まあ、そうだよな。
今日も織部は地球の曜日とは関係なく、普通にダンジョンなんだもんな。
休憩の合間合間を見て繋いで、親友や他のアイドル達を気にしてくれて……。
それだけ地球――故郷そのものを気にかけてくれているということだろう。
……うん。
今度何か、織部の欲しい物でも差し入れしてやろう。
簡単にその趣旨を口にすると、真っ先にルオが手を挙げてくれた。
「ならさ、ご主人! さっきの演出で飛ばしてた風船! あれ、回収した人は持ち帰って良いんだよね!? あれを2つくらいカンナお姉さんに送ってあげない?」
ルオが純粋に、その優しい心から提案してくれたのがすぐに分かった。
なので俺は言葉を告げることなく、ただルオの頭を撫でるだけにとどめた。
……だが、それの実現は難しいだろう。
風船を手に入れて持ち帰ってもいいと言うのは先程アナウンスされたことなのでその通りだった。
2つくらいなら、俺達が能力を駆使すれば、何とかなるとは思う。
ただ、2つってのは、さっき話に出たサラの分も合わせて、って意味だろうけど……。
――膨らんだ丸い物体を2つ送りつけるのは、勘の鋭い織部相手だと“偽胸用ですか!? 新海君、喧嘩売ってますか!?”って言われるから、やめておこうね!
『――そ、そうだ! 最近流行ってるって言ったら、あれだ! 逆井さん、“メンバーモノマネ”! あれをやろう!』
話し始めたばかりでどうやって織部の話題から意識を逸らそうか考えていたが、その必要はなかったようだ。
ステージで4人が交わしていた話題は、“最近ハマっていること・流行っていること”。
ユニットの4人目――立花司がステージ上で閃いたという風に口にする。
『えっ? ……あぁぁ~あれねぇ。でもさ、でもさ。あれ、仲間内っていうか、アタシたちだけで盛り上がる奴じゃない? 大丈夫なん?』
『チハちゃんは見るの、結構好きですよ? ――あっ、ご存じないお客さんもいると思うんで、一応説明しておきます! 司先輩が言っている“メンバーモノマネ”って言うのは……』
桜田が会場にいる観客にごく簡単に説明した内容は、俺達が、俺達だからこそ知っているものだった。
「あっ……ご主人、これって――」
「だな……」
ルオと顔を見合わせ、頷き合う。
ルオの記念日に、ラティア達皆がサプライズでやってくれたことだった。
つまり、いつも一緒にいる他の誰かを演じる。
それを、今正に、ステージ上で志木や逆井達はやろうとしているわけだ。
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『じゃ、じゃあアタシから……律氷ちゃん、やります。――“あの、その……私は、御姉様が宜しいのでしたら、それで……――って! もう椎名っ、それ伏兵ッ! 颯様もです! うぅぅぅ~!”』
会場中でドッと笑い声が起こる。
俺も伏兵の意味自体は分からなかったものの、あの逆井が皇さんを演じたと言うこと自体が、おかしくてたまらない。
『――ちょっ、ちょっと! 梨愛様っ! 私はそんな感じじゃありません!』
ステージ裏で聞いていたのだろう、出番でないはずの皇さん本人が慌てて脇から反論した。
それがまたおかしくて、会場内で中々笑い声が止まない。
『あはは! ゴメンゴメン! ――じゃっ、次は……なっつー! 一番はアタシがやってあげたんだから、言い出しっぺ、次頑張って!』
『うっ、うぅぅ……私か』
指名制なのか。
逆井からバトンタッチを受けた立花が、観念するように一歩前へ。
「フフッ、やっぱり楽しいものですね」
「そうだね、お互いにやってみることで分かることもあるし」
ラティアとリヴィルが感想を言い合っている。
以前に自分達でやってみたことを思い出しているのだろう。
確かにお互いの理解を深める、という意味もあるんだろう。
ユニットということで、普段良くつるむというか、一緒にいるメンバーとは違う人と組むことになる。
だから、お互いの距離感を縮める意味でも。
そして次の歌に向けた緊張を解す意味でも、この“メンバーモノマネ”は、志木達にとっては意味あるものなんだと思う。
『立花司、やります!! “面倒臭そうでいて、時々メンバー想いの一面を見せる美桜”――』
立花はキュッと目を瞑ったと思うと、覚悟を決めたようにして表情を変える。
そして――
『“はぁぁ嫌だな~、練習。花織ちゃんも司ちゃんも飛鳥ちゃんもストイックだからな……青春マンガかっての。でも、ま、ウチだけやらないわけにはいかないし。皆頑張ってるのは知ってるし、仕方ない。――やりますか”』
ほっこり笑いで会場内は温かな空気に包まれる。
『……司ちゃん、何でウチの独り言を盗み聞き+丸暗記してんの? えっ、何なの、ウチのストーカーなの? アイドルがアイドルのストーカーとか、えっ、正気?』
先程の皇さんの如く、引っ込んでいた空木が恨めしそうな声で口を挟んできた。
だが立花も“うんうん、大丈夫、分かってるから……”という顔をして取り合わない。
……空木、ドンマイ!
『ふぅぅ……――次、花織さん、頼んだ!』
『えっ、私!? ええ……知刃矢さんは……』
三番手の指名を受け、志木が珍しく慌てる。
……このメンバーモノマネ、もしかして志木はあまり得意じゃ、ない?
ナイスだ立花!
明日会う時、何か差し入れ持って行くわ!
『私ですか? 別にやっても良いですけど……花織先輩のマネしますよ?』
『やっぱりいいです。私がアンカーで構いません』
おおぉ。
志木のあの態度、桜田がやる志木のモノマネもそれはそれで酷いらしい。
『えー。かおりんが渋っている訳をちょっと説明します! これ、公平性を出すために、12人皆で名前が書かれたくじを引いて、誰をマネするか決めたんだよね!』
『はい! で、梨愛先輩が律氷ちゃん、私は花織先輩を引いたという感じです。それで、じゃあ花織先輩が引いたのが誰かというと――』
フォローのつもりなんだろう。
心の準備を決める時間を稼ぐという意味で、逆井と桜田は説明を交えたトークをして場を繋ぐ。
こういう所でもユニット間での絆的な物を感じさせる。
そこに――
『――クックック。“全てを統べる魔の女王”よ! 苦しんでいるな! ここが貴様の墓場であるぞ!!』
実に調子のいい声が響いた。
皇さんや空木とは違い、マネされる前に出てきたそいつは――
『…………』
『フフッ、フハハ、フハハハハ!! 恐ろしくて声も出ないか! だろうな、我は日々、闇との同化で精神を最強めちゃんこに鍛えまくっているのだ! そんな我をマネようなどと……自我の崩壊的なあれで、怖くて怖くて仕方なかろう!!』
まださっきの蝙蝠コスから着替えてない、光原妹――凛音だった。
――つまり、中二かおりん、だと!?
志木、お前、何てくじ運なんだ……!!
腰が……腰が痛い(涙)
久しぶりに腹筋したら、腰が痛くなりました。
腰を痛める場合は、やり方がダメらしいですね。
かおりんに試練を与えたのは、腰の痛みの八つ当たりとかじゃありませんから(目逸らし)




